うるさい相棒
帰りの車中、座る場所は決められてはいなかった。
カップル誕生と相成った者同士は別として、まだ話たりない男女への救済措置なのだろう。
だがそこに大野葵の姿はなかった。
町役場ガイドによれば、彼女は現地集合、現地解散組だとのこと。
道理でここに来るバスでも、その存在に気付かなかった訳だ。
これで翔太の僅かばかりな希望も、完全に絶たれたということ。
そんなわけで翔太の隣には、先ほどの奈美が乗り込んできた。
「私、里見さんさ投票したんだよ」
そして顔を赤らめ告白した。
「えっ?」
その突然の告白に圧倒される翔太。
「だげんちょ仕方ねーない。里見さんは里見さんで、別の誰かさ投票したんだべがら」
それでも奈美の表情はサバサバしたものだ。
その様子に少しだけホッとする翔太。
そして疑問に思った。
「ゴメンねもう少し話す時間さえあれば、良かったんだけど。それより奈美ちゃんぐらいかわいい子なら、こんな婚活に参加しなくても、かっこよくて若い彼氏が出来るんじゃないの? それにまだ結婚なんかしないでも、イケる感じじゃんよ」
このバスに乗り込む多くの男女は翔太より年下。
まだ若く結婚に焦る年齢だとは思えなかった。
「そうなんですが」
口籠もる奈美。答えに困り、戸惑うような表情だ。
「俺なんかもう少しで三十歳だけど、まだまだ結婚なんて考えたことさえないんだぜ」
「えっ? んだげど、ここは婚活の場だっぱい? 結婚について真面目に考える場」
確かだ。奈美の台詞こそが正論。
「……だな」
流石の翔太も、そのれには戸惑うものがあった。
「実はね、この会が婚活だとは知らずに参加しちゃったのさ。馬鹿なダチにはめられた」
頬をポリポリと掻き、仕方なしに告白した。
「んだったんだ」
シュンとした奈美の言葉がもれる。
怒りとか悲しいといった感情ではないだろうが、なにか拍子抜けしたような表情。
「あは、はは、そうだ奈美ちゃんさえ良ければ、今度合コンしようよ」
「合コン? んーそうですねー……」
こうして翔太は場を和まそうと、覚めた会話に興じる。
後方の席では、メガネの男がその会話を静かに聞き入っていた。
今回めでたくカップル成立したのは、このメガネと、一番人気ユキこと美由紀ちゃん。
故にメガネの隣の席にはユキが座っている。
だが通路を挟んだ反対側から、横槍を入れるのは春樹だった。
「ねぇねぇ、ユキちゃんはドライブ好きなのかい? 俺さ、白のエスティマ乗ってんだよ。こう見えても地元じゃ有名なんだぜ」
普段は方言バリバリなのに、すまして標準語を遣ってる。
故に少しばかり表情が硬い。うっすらとだが、額に青筋が浮いている。
「へー、もしかしてあのペタペタのエスティマかな」
「うんうん、たぶんそいつ。気合バリバリだべ。今度、あれで花見でも行くべぇよ。“三春の滝桜”どかサイコーだぜ?」
メガネの存在など気にすることなく、ユキと話し込んでいる。
「あはは、沖島さん、今さっきカップル成立した人を、ナンパするなんてヤバイっしょ」
「そうだぜ、春樹くん。流石にそんなことは“ヨウイチ”さんにわりーべや」
後方の座席ではヤンキーとハゲかかった年上が囃し立てる。
ヨウイチとはメガネの男の名だ。殿村陽一。それがその胸に書かれた名だ。
「俺は別にかまわねーぞ。とれるもんならとってみろや」
それでも陽一の態度は至極覚めたものだ。口元には笑みまで浮かべている。
「スゲー自信。これじゃ春樹くんが敵う訳ねーべした」
「あはは、沖島さん負けちったない」
辺りから笑い声が響く。
しかし当の春樹は本気だった。ムカつきを押さえ切れぬように陽一を睨む。
「だ、だげんちょこのやろはナンパ師だべした。ちっと前までは、郡山駅前とが三崎公園でナンパばっかししてた、でれすけだ」
そして口元を尖らせて、興奮を抑え切れず吐き捨てた。
流石のその様子に、他の面々も戸惑いをみせる。
「沖島さん、言い過ぎだばいって」
「んだぞ春樹くん。言葉っちゅうのは、時と場合を考えねどダメだべや」
春樹に向かい、説き伏せるように伝えた。
当人である陽一も、怪訝そうに髪を掻き上げる。
「ふん。そう熱くなっとこがまともに女のひとりも出来ねー理由なんだろ。なぁ“ハリー”」
意味深な台詞だ。それでもやはり、口元に浮かぶのはすかした笑み。
しかしその意味は春樹には通じるらしい。恥ずかしさからか、かすかに紅潮する。
それでも陽一は冷静だ。
「てめぇだって数年前まではナンパ師だったべよ。“オジョーにハリー”有名なナンパコンビだ。尤も、相棒がいなくなってからは泣かず飛ばずだがな」
「泣かず飛ばず?」
ごくりと喉を鳴らす春樹。
「うっちゃし、黙ってろ!」
堪りかねたように語気を荒げた。
同時に車内の空気が張り詰める。
「春樹、騒ぎ過ぎだって」
すかさず翔太が止めに入る。
実際一番うるさいのは春樹だ。
その一言で流石の春樹も我に返る。
冷静に戻って周りを見回した。
陽一以外の多くの面々が、固唾を飲んで視線を向けている。
役場のガイドも立ち尽くしたまま、ぽかんと口を明けていた。
それでようやく春樹も我に返る。
「ナンパなんざ卒業したべや。今は婚活。……相棒はこいつトビだ」
へらへら笑みを浮かべて、ぼそりと言った。
「えっ? なに言うんだって春樹」
今度は翔太が語気を荒げた。
同時に場が和やかな空気に包まれる。
ガヤガヤとした笑い声が車内に響き渡った。
だげんちょ、そうだけど、って意味
うっちゃし、うるさい、って意味