表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/58

鶴ヶ城と白虎隊

 辺りを見回すと、他の男女もそれぞれの会話を楽しみ、熱心に勤しんでいた。


 春樹も相変わらず、せっせと行ったりきたり。

 その駆け回る姿だけ見れば、夢に向かって駆け抜ける好青年にも見える。もちろん心の中は欲望で満ち溢れているが。



 とにかく誰もが、なり行きでこの活動に合流した翔太とは違って活発だ。



 離れた場所では、あの女がひとり遠くを見つめていた。

 翔太のように覚めた態度ではないが、彼女もまた婚活に勤しむ素振りではないように思える。


「なにを見てるんです?」

 不思議に感じて、後方から声を掛けた。


 その突然の台詞に、女はハッとするように振り返る。


 一陣いちじんの風が舞い、黒髪を吹きさらす。

 それでようやく彼女の全貌が確認できた。


 翔太の予感は本物だった。

 シンメトリーの整った顔つき。切れ長の目と、形のいい耳との大きさの対比もよく、鼻筋も通っている。その割に化粧っ気はない。薄くひいたルージュだけが白い肌に映える。緩く巻いた前髪が、さらさら揺れる。

 清楚なキツネ、といった第一印象だ。



「ここから見える景色が綺麗だなって」

 しみじみと答えた。



 確かに見栄えのする景色だ。

 前方に広がる大パノラマで、市内を一望できる。


 鶴ヶ城の城郭は、やや小さめだが確認できた。これが江戸時代末期なら、雄大な姿も望めたのだろう。


 

「ここで多くの若者が、散っていったのね」

 遠い過去に想いをせる彼女。


白虎隊びゃっこたいだな。城が燃えてると思って自害した。悲しい過去だ」

 翔太も同調するように目を伏せた。



 白虎隊。幕末の戊辰戦争で有名な、十五歳から十七歳の少年で編成された部隊の名だ。


 戊辰ぼしん第三のえき・会津戦争は、熾烈しれつを極め、老若男女まで総動員する。


 こうして若い彼ら、白虎隊も出陣することとなった。


 現在ならばそんな無謀とも思える行為を、大人が許さないだろうが、時代が違う。


 意気揚々と生まれた故郷をほまれと感じて、自らの意思で出陣したのだ。



 しかしその奮闘虚しく敗走。

 この飯盛山にて、鶴ヶ城が燃えていると勘違いして、十九名の若者が、新しい夜明けを見ることなく、自刃じじんして散っていった。


 一説によれば、城ではなく、その城下町が燃えていた。それを知って、なお自刃したとも云われている。



 無言の時が過ぎる。言葉を口にするのも切なかった。


 設備内には、それらの墓標が祭られていて、訪れる者の手向けた線香の香りが、うっすらと感じられた。



「だからこそ、今の平和が幸せだなって思えるのかもね」

 不意に彼女が向き直り、和やかに笑った。

 そこに先程までの切なさは見えない。


 笑顔は笑顔で丁度いい。


「だな」

 翔太も笑った。



「いつかは来て見たいって思ってたのよ、この場所は」


「いつかはって、地元の人間じゃないの? ……大野さん」

 不思議に思い訊ねた。

 翔太達の地元に住む人間なら、修学旅行などを介して、一度は会津を訪れてる筈だ。


 因みに大野とは彼女の名だ。ネームプレートに大野葵おおの あおいと書かれている。


「私は最近、あの町に引っ越してきたばかりだから」


「へぇー。俺も最近なんだぜ帰ってきたのは」


「そうなんだ。私は東京に住んでたんだよ」


「マジ? 奇遇、俺も東京だぜ」


 その東京の話題に、翔太は少しだけやる気が沸いてくるのを感じた。


 ひと昔前の彼女を忘れ、同じ匂いのする彼女と仲良くなりたいと、思い始めていた。


 だが時間はそれを許してはくれない。


「ハーイ皆さん、フリートークはここで終了でーす。バスに戻ってベストカップルを決めたいと思いまーす」


 人生など兎角とかくそんなものだ。





 こうして翔太達は、それぞれ気に入った相手の名を書いて提出する。

 待望のカップルの誕生を祈った。


 結果は二組のカップル成立。

 彼のささやかな願いは、え無く散った訳だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ