鶴ヶ城と白虎隊
辺りを見回すと、他の男女もそれぞれの会話を楽しみ、熱心に勤しんでいた。
春樹も相変わらず、せっせと行ったりきたり。
その駆け回る姿だけ見れば、夢に向かって駆け抜ける好青年にも見える。もちろん心の中は欲望で満ち溢れているが。
とにかく誰もが、なり行きでこの活動に合流した翔太とは違って活発だ。
離れた場所では、あの女がひとり遠くを見つめていた。
翔太のように覚めた態度ではないが、彼女もまた婚活に勤しむ素振りではないように思える。
「なにを見てるんです?」
不思議に感じて、後方から声を掛けた。
その突然の台詞に、女はハッとするように振り返る。
一陣の風が舞い、黒髪を吹きさらす。
それでようやく彼女の全貌が確認できた。
翔太の予感は本物だった。
シンメトリーの整った顔つき。切れ長の目と、形のいい耳との大きさの対比もよく、鼻筋も通っている。その割に化粧っ気はない。薄くひいたルージュだけが白い肌に映える。緩く巻いた前髪が、さらさら揺れる。
清楚なキツネ、といった第一印象だ。
「ここから見える景色が綺麗だなって」
しみじみと答えた。
確かに見栄えのする景色だ。
前方に広がる大パノラマで、市内を一望できる。
鶴ヶ城の城郭は、やや小さめだが確認できた。これが江戸時代末期なら、雄大な姿も望めたのだろう。
「ここで多くの若者が、散っていったのね」
遠い過去に想いを馳せる彼女。
「白虎隊だな。城が燃えてると思って自害した。悲しい過去だ」
翔太も同調するように目を伏せた。
白虎隊。幕末の戊辰戦争で有名な、十五歳から十七歳の少年で編成された部隊の名だ。
戊辰第三の役・会津戦争は、熾烈を極め、老若男女まで総動員する。
こうして若い彼ら、白虎隊も出陣することとなった。
現在ならばそんな無謀とも思える行為を、大人が許さないだろうが、時代が違う。
意気揚々と生まれた故郷を誉と感じて、自らの意思で出陣したのだ。
しかしその奮闘虚しく敗走。
この飯盛山にて、鶴ヶ城が燃えていると勘違いして、十九名の若者が、新しい夜明けを見ることなく、自刃して散っていった。
一説によれば、城ではなく、その城下町が燃えていた。それを知って、なお自刃したとも云われている。
無言の時が過ぎる。言葉を口にするのも切なかった。
設備内には、それらの墓標が祭られていて、訪れる者の手向けた線香の香りが、うっすらと感じられた。
「だからこそ、今の平和が幸せだなって思えるのかもね」
不意に彼女が向き直り、和やかに笑った。
そこに先程までの切なさは見えない。
笑顔は笑顔で丁度いい。
「だな」
翔太も笑った。
「いつかは来て見たいって思ってたのよ、この場所は」
「いつかはって、地元の人間じゃないの? ……大野さん」
不思議に思い訊ねた。
翔太達の地元に住む人間なら、修学旅行などを介して、一度は会津を訪れてる筈だ。
因みに大野とは彼女の名だ。ネームプレートに大野葵と書かれている。
「私は最近、あの町に引っ越してきたばかりだから」
「へぇー。俺も最近なんだぜ帰ってきたのは」
「そうなんだ。私は東京に住んでたんだよ」
「マジ? 奇遇、俺も東京だぜ」
その東京の話題に、翔太は少しだけやる気が沸いてくるのを感じた。
ひと昔前の彼女を忘れ、同じ匂いのする彼女と仲良くなりたいと、思い始めていた。
だが時間はそれを許してはくれない。
「ハーイ皆さん、フリートークはここで終了でーす。バスに戻ってベストカップルを決めたいと思いまーす」
人生など兎角そんなものだ。
こうして翔太達は、それぞれ気に入った相手の名を書いて提出する。
待望のカップルの誕生を祈った。
結果は二組のカップル成立。
彼のささやかな願いは、敢え無く散った訳だ。