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自由民権運動




 あゆみ達の滞在は二日間だった。



 あのあと春樹が強引に参加して、様々な話で盛り上がった。

 そして翌日、翔太達の住む町の観光すると相成った。


 全て春樹の独断だ。翔太も話の流れ上、それに従うしかなかった。



 観光といってもなにもない町のこと、数時間の付き合いで済む。



「マジで見事になにもないよね」

「だから言ったんだ。春樹の話は、半分以上出まかせだって」

「ホントーだね。見所が満載とか言ってた筈なのに」

 信二の借りたレンタカー車内で会話する、信二と翔太。


 信二は運転席、翔太はその後ろの席に座っている。



 外は相変わらずの炎天下だ。ゆらゆらと陽炎が揺らめいて、アスファルトも溶け出しそうな熱波が支配している。

 クーラーの効いた車内は、僅かながら過ごしやすい。


 二人の視線が捉えるのは、車外で写真を撮るあゆみの姿。もの珍しそうに、辺りの光景を写し取っている。


 そしてその傍らで、春樹が汗水たらして、必死にうんちくを喋っている。



「しかしうそつき春樹は例外として、あゆみだけは乗り気だな」


「元々ここに来ようって言ったのは、あゆみちゃんなんだ。仕事柄、政治がらみの案件もあるから、行ってみようって」


 この場所を指名したのはあゆみだ。

 どうしても見たいと頼まれて、翔太達が案内した。



 翔太の住む桜谷町は、自由民権運動の発祥の地だ。

 明治時代に、東日本発の政治結社が設立されたらしい。


 それは翔太もおぼろ気に知っている。

 学生時代、先生がそんな話を言っていたから。校歌などにもそう記載されている。


 だがそれは、翔太達が町民だから知っているだけ、東京育ちのあゆみが知っているのに驚きがあった。



 ちなみに歴史が嫌いな春樹は、そのことは完全に忘れていた。必死にウンチクを喋っているが、それは無理矢理しぼり出す、脱け殻な記憶だ。

 


「おいおい春樹ちゃん、あゆみちゃんに近づきすぎだよ」

 眉をひそめる信二。


 あゆみの周りをぴょんぴょん跳び跳ねる、春樹を疎ましいのだろう。


「間男が間男を不安視するのか?」

 翔太からしても、春樹は確かにウザい。

 だが同じくらい信二にもウザさを感じる。


「ちょっと翔太ちゃん、ボクちゃんが間男だって?」


「人の留守中に、人の女を取れば、立派な間男だろ」


「…………」

 信二の反応はない。



「……実際お前、いつからあいつに目を付けてたんだ?」

 すかさず畳み掛ける翔太。


「いつからだろうね。……そんなこと忘れちゃったな」


「俺と付き合っていた頃からじゃねーだろうな?」


「そんな筈ないでしょ。……翔太ちゃんの勘違いだよ」


「図星だな」


「…………」

 普段調子のいい信二だが、核心をつかれると無言になる。


 つまりこの男、あゆみと翔太が別れる以前から、あゆみに気があったということだ。



「だいたいにしてお前、本気であゆみを、幸せに出来ると思ってるの?」


「出来ると思うよ。……多分ね」


「多分ってお前、そんな簡単なことで、あゆみと結婚するつもりか?」


「いいじゃん。そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ?」


「結婚ってのは、そんな簡単なことじゃないだろうよ」


「やだなー、結婚もしてない翔太ちゃんには言われたくないよ」


「それはそうだが……」


「だったら祝福してくれるね」


「それとこれとは話は別だ。……あゆみの“額の傷”だって、受け入れるんだろうな?」


「その言い方は酷いよ。まるであゆみちゃんがキズモノみたいな言い方」


 実際田舎に帰った、自分が悪い。あゆみとの関係を、中途半端にしていた翔太自身が。


 だがそれも相手によりけり。それがかつての友人、信二ということが、翔太の絶望感に拍車(はくしゃ)をかけていた。



 その時トントンとドアをノックする音が響いた。それはあゆみだ。写真撮影も終わったようで、歩み寄っていた。



「なによあゆみちゃん。写真撮影終わったの?」

 信二がドアウインドーを降ろす。

 同時に、もあっとした熱風が、車内に浸入してくる。


「もちろん。それよりどうしたの、むさ苦しい男二人が車内でひそひそと?」

 屈託ない笑みを見せるあゆみ。信二のエスコートで助手席に乗り込む。



「ねぇねぇ翔太、他になにか観光できる場所はないの?」

 そして振り返り、シート越しに訊いた。


「ねーよ。燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽、青い空、緑豊かな大自然。それにて打ち止め」

 すかさず即答する翔太。


 正直それなりの観光スポットがあれば、自分だって苦労はしない。

 遊ぶ場所もなく、出会いの切っ掛けさえない、それが田舎の田舎たる所以(ゆえん)だ。



「馬鹿、そんなこと言ったら、我が故郷に失礼だべ? もっと誇れる場所はいっぱいあるべよ」

 それを翔太の隣に乗り込む春樹が反論した。


 ずっと炎天下にいたから、汗だく状態だ。

 はーはーと犬のように舌を出して、左手でシャツの胸ぐらを捲り、右手に持つウチワで扇いでいる。


 ぼりぼりと後頭部を掻く翔太。


「だったら言ってみろ、その誇れる場所をよ」


 ウチワを扇ぐ、パタパタという音が耳障りに感じる。


「あれだ。……花見の季節は終わったし……ダム湖なんかどこにでもあるし……リンゴの季節はもう少し先だし……」

 あれこれと思考に耽る春樹だが、実際打ち止めだ。

 連れて行ける場所は既にない。


「だったらドライブ行こうよ。かやぶき屋根のスポットとかあるでしょ? ネギで食う蕎麦が有名なとこ」

 信二が言いたいのは“大内宿(おおうちじゅく)”のことだろう。

 よくテレビなどで流れていて、全国区になりつつある。


「いいねー、それが正解。俺の役目はこれまでだな」

 同意する翔太。


 同じ町内でなければ、観光案内は不要だろう。

 そのことはあゆみ達も同意のうえで、案内を依頼されていた。つまりここで自分の役割は終了。


「俺らも付き合うべよ? こういうのは大勢の方がいいべよ」

 しかしお調子者の春樹は納得しない。

 翔太の意見なと最初ハナから訊く気がない。


「大勢って、俺達は邪魔者なんだぜ」

 翔太としては一刻も早く、この場を去りたい気分だった。


 正直この二人と一緒だと、どこかギクシャクするのも確かだ。



「ダメだよそんなことじゃ。今日はこの町を、とことん追及しようって決めたんだから」

 だがそんな男達の会話を、あゆみがバッサリと断ち切った。



「有名な観光地じゃなくてもいいのよ。伝統的な催しとか、歴史的な言い伝えとか、戦争の記憶とか」


 この女、昔からそうだった。目に見える派手さより、内に秘めた思いに共感する。


 翔太と付き合うようになったのも、漫画家を目指す夢と弁護士を目指す夢がシンクロした結果だ。



「戦争の記憶ね。……この辺に原子爆弾の製造工場があったってのは有名だな」

 気圧(けお)されたように漠然と呟く翔太。


「原子爆弾?」


「実際には作ってなかったって。だけど日本軍が躍起になって開発してたって」


 うろ覚えな記憶だった。その事実も学生時代に教師が言っていたし、終戦の頃になるとテレビなどで特集が組まれることもある。



「へー。その話は初耳」

 何故か目を大きくしてキラキラした視線を向けるあゆみ。

 翔太が危機感を覚えるには、てきめんな状況だ。


「……俺も詳しくは知らないんだぜ。アサばあちゃんが、たまに言ってたから……」


「アサばあちゃん? その人なら知ってるんだね」

 その思いも虚しく、あゆみのボルテージはあがる一方。


 それもその筈だ。この女都市伝説的な逸話も、大好きだから。


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