ダメダメ男
「つまりお前ら、俺が別れてから、付き合うようになったって訳か」
煙草の煙を吐き出し言い放つ翔太。
「うーん、結論から言えば、そうなるかな」
ビール片手にあゆみが言った。
呆れた話だと思った。勝手に人をふっておいて、他の男と結婚を決めるなんて。
その相手が信二だから益々呆れる。
「翔太ちゃんには、悪いと思ってるさ。だけどあゆみちゃんの気持ちも考えれば、それも仕方ないでしょ。あの広い都会で、たったひとりで頑張ってきたんだよ」
信二が言った。
「まぁ、俺だって悪かったとは思うさ」
それには少しだけ同意する翔太。
細かい経緯はあるが、直接の引き金となったのは、自分が福島に帰郷したのが原因。
それに関しては、あゆみにすまないと思うし、反論する余地もない。
「それは理解するさ。だけど何故、このダメな男が相手なんだ?」
あゆみに向き直り、問い質す。
それが疑問だ、あゆみは翔太をダメな男と判断した。
だがダメな男ぶりなら、信二の方が上をいく。何故ならこの男、特定の職にも就かず遊び呆けているだけのダメダメ男。
そんな男と結婚しようという、あゆみの心理が理解できない。
「翔太に、ダメな男って言った件?」
少しばかり戸惑う様子のあゆみ。
口を閉じて、眉根をひそめて、少し考えこむ。
「いや、それより信二のことだ」
翔太もその件に関しては、大いに興味はあった。
だが訊き出すタイミングではない。あゆみの話に、どんな地雷が埋まっているのかも判らない。
さっきは感情的になって大声で喚いたが、ここは馴染みの店ギブリ。
葵もいるし、タマさんもいる。しかもお調子者の春樹までいる。
そんな話をされたら、顔を合わすことさえ出来なくなるかもしれない。
「確かに信二は、社会人としては最低ね。いまだに定職に就いたこともない」
「だろ。俺より最低な馬鹿な奴」
躊躇いもせず言い放つあゆみと、うんうんと頷く翔太。
その点に関しては二人共同じ意見らしい。
「だけどわたしに対しては、尽くしてくれるよ。翔太が田舎に帰った後、色々とよくしてくれたのは信二だもの」
「女に関しちゃ、俺より気が利くからな」
それに関しても同じ意見。
社会に馴染めない信二だが、異性に対する気配りだけは優秀。
だが尽くすといえば聞こえは良いが、言い換えれば“ヒモ”だ。実際そんなことで生活が成り立つのかさえ疑問。
「お待たせしました。ご注文の品です」
そこに再び葵が現れた。言って頼んだおつまみを並べていく。
「おっと美味しそうなしいたけじゃん」
それを信二が受け取る。
実際この男、かなりのオーバーアクションだ。どんな料理でも賞賛し、美化する特性がある。
「美味いに決まってんべよ。俺んちで作ったしいたけだかんな」
カウンターから春樹が言った。
春樹の父親は、原木しいたけを栽培してる。ギブリではそこから仕入れていた。
「へー原木なんだ」
「それじゃーいただきます」
信二とあゆみ、それぞれ口に運ぶ。
「マジ、美味い」
「本当だ」
その二人の会話を聞き入り、ニコニコと笑みを見せる春樹。
「だべした。丹精籠めて作ってっからな」
言って美味そうにビールを煽る。
「春樹、おめー調子いいよな、作ってんのはお前の親父だろ」
堪らず言い放つ翔太。
豪語する春樹だが、しいたけの栽培に関与したことはない。
『そんな苦労して原木なんて作っても、しゃーねーべ。菌床しいたけの方が、簡単だし、金になる』
そんなグダを巻くこと多々ある。
「かたい話すんなってトビ、同じようなものだべした」
「同じじゃねーだろ、別モンだ」
「はいはい、トビちゃんの仰る通りで」
「……ってか、なんでおめービール飲んでるんだよ」
「あっ、つい」
「確信犯だべ?」
「暑いんだもんしゃーあんめ、トビ。帰りは代行だな」
こうして普段通りの会話を繰り出す二人を、あゆみが和やかに見つめている。
「トビ、っていうのは、翔太の渾名なんですか?」
そして訊いた。
「んだっぺした。こいつの渾名だよ」
すかさず言い放つ春樹。
「最初はトンビって呼ばれてたのよ。最初呼んだのは涼っていう先輩。んだげんちょ、ある時期を境に、トビってなったんだよな」
確かに翔太は"トンビ"と呼ばれた時期があった。
小学校一年の後半から、二年生前半にかけての、ごく僅かな期間だ。
「ちっと勘弁しろって春樹、誰もそこまで訊いていねーだろ」
堪らず言い放つ翔太。
それは事実だが、人前でそんな過去の話を、されたくなかった。
「いいじゃんか減るもんでもねーし」
しかし春樹は少しも気にしない。
「トンビってあの空飛ぶトンビのこと?」
「多分そう、あのピーヒョローって鳴く奴。この辺にもどっかに巣があったな」
「へー翔太ちゃん、そんなふうに鳴くんだ」
「ここにいるトビは鳴かないぜ、トンビの鳴き真似なら俺の方が得意だ」
あゆみと信二を加えて、益々その舌が滑らかになっていく。
気付けば、葵もその話を訊き入っている。
翔太の付け入る隙など、完全にない。




