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どうして田舎に戻ったのか

「聞いてんのかよトビ」


 突然春樹が首に肩を回してきた。


 それで、翔太ははっと我に返る。


「ああ、聞いてる。……ライバル、だよな」

 適当に答える。


 ぼーっとしてたのが知れれば、面倒な状況になってしまう。


「そんなことよりいいのか? あんなキザな男に嫉妬するなんて、お前らしくねーじゃん」

 それを察知されぬように、話題を変えた。


 それで今度は春樹がはっとなる。


「まぁ、それもそうだな」

 フッと息を吐き出して言った。


 少しだけだが、こちらも冷静を取り戻したようだ。


「そんな奴より、運命の相手を、見つけるのに専念しろよ。その為に来たんだろ?」


「当然よ。俺の実力はこんなもんじゃねーからな」


「だべ、それがお前だよ」


「たりめーだべ。次こそやろーには負けねーよ」

 こうして春樹は、いつも通りの春樹に戻る。


 正直、その自信がどこからくるのか、翔太には疑問。


 それでも場の流れから、これが正解だと感じた。



 とにかく翔太が漏らした台詞は、春樹には聞こえていなかったようだ。


 ほっと安堵のため息を吐く。


 改めて、彼女の方に視線を向けた。


 だが既にそこに彼女はいない。

 数人の女達の団体に溶け込んでいた。







 それから翔太達は、城内の見学などを経て、昼食を摂り、次の目的地へと進んだ。


 そこは“飯盛いいもり山”。


 ここで様々な説明を受け、各々のフリータイムと相成る。


「さてと俺は」

 その"フリータイム"との言葉を訊き、春樹の眼の色がかわる。

 どんな不利な状況、逆境にも耐え抜き、狙った獲物を確実に仕留める、ハンターのそれだ。


「やろ、俺のユキちゃんに?」


 そして今度は、ねたみとそねみに狂う、感情も手段も選ばない、ストーカーの視線に変貌した。


 何故ならそのターゲット、一番人気と噂高い、ユキは既にメガネの餌食だから。



「あのー」と、後方から声をかける、小柄な女などは完全に無視だ。


「ちょっと待ったぁー!」と、ネルトンを彷彿ほうふつさせるように駆け出した。



 それを愕然と見つめる翔太。


「まったくあの、でれすけは」

 呆れて額に手をあてた。


「…はる…沖島…はる…き…さん…」

 傍らでは小柄な女が、呆然と立ち尽くしている。


 不意にその二つの視線が重なった。







「ふうーん。奈美なみちゃん、保育園の保母さんなんだ」


「うん。○○保育園で働いでんです」


 二人は市内を一望出来るベンチで、会話に興じていた。



 彼女は奈美といった。同じ町内で、保母を勤める二十三歳の女だ。

 婚活というから行き送れた年配ばかりだと想像していたが、意外にもきれいな娘だ。



「ちっこい子供らど仕事しでっと、こっちまで楽しくなんですよね」


「へーえ。楽しく仕事できて、それで給料貰えるんだもん。それは天職だよな」


「里見さんは、なんの仕事してんです?」


「俺は会社員。しがないサラリーマン。上司にこき使われて、アリのように働くお仕事」

 アッサリと言い放つ翔太。



 彼にとって仕事はやりがいのあるものではなかった。

 就職氷河期の折り、やりたい仕事はあっても見つからない。今の仕事も知り合いのコネで入社しただけの、やりがいのない仕事。



 美奈はその翔太の横顔を、食い入るように見つめている。


「別に深い意味はないよ。給料貰えて働けるだけ、マシってもんだし」

 その視線に気付き慌てて返した。


「そんな意味じゃねーばい」

 誤解だと言わんばかりに、慌てて手前で両手を振る奈美。


「里見さんって、どっかこっちの人らどは違う気がしたがら」

 そして言った。


「違うって言葉使いが? 大して変わらないだろ。いて言えば、発音イントネーションがでたらめなくらい」


 実際、福島だからといって、意味不明なお国言葉を多用する者は少ない。

 それはテレビを見聞する若者なら当たり前だろう。


 だがイントネーションは別だ。育ってきた環境が違うから。


 ある人が言っていた話を思い出す。

『福島の人間は、特殊な方言を使わないんだ。だから他県の奴が訊いても、なんとなく意味を理解する。……だからって身元を隠そうとしてもダメなんだ。イントネーションが全然違うから。特殊な方言を使わないから、イントネーションの違いに気付かない。だからいつまで経っても標準語にはならない、いつまで経っても福島県民。致命的な欠点だな』


 なんとなくだが、それは翔太も理解する。



「それもあっけど、なんだべ雰囲気が」

 奈美が笑った。


「まあ、確かに半年前まで東京に住んでたからね」

 翔太も笑い返した。


「東京がぁー、私は生まっちぇがらずっと福島だから分がんねーな。……やっぱりいいんだばい?」


「そうだな。とにかく人だらけだよ。夜でもネオンが灯っててデカいビルで空も見えない」

 懐かしさを覚え答えた。



 今でも思い出すことがあった、都会での暮らしを。

 むせかえる様な人の群れ、そびえ建つ高い建築物、それらが彼の心を掴んでいた。


 特に好きだったのが、徹夜仕事明けの人通り疎らな朝の街並みだった。

 まだ目覚めぬ、沈黙に沈む巨大な街。青白く佇むビル群。

 それらのふところに抱かれ思っていた。『いつまでもこの街にいたいな』と。



「楽しがったんだない」


「まぁね。一度くらいは経験するのもいいと思うよ」


 そして奈美は、再び翔太の顔を凝視する。


「……んだげど、そんなに好きだったのに、なして帰って来たんです?」

 そして改まるように訊ねた。



 ……どうして? 翔太は返答に困った。


 確かにどうしてこうなったのだろう? どうして俺は田舎にいるんだろう?


 考えても始まらない。何故なら答えは単純だから、翔太自身が決断したことだから。







 去年の初夏の頃の出来事だ。



 翔太は一本の電話で、福島に呼び出される。


『翔太、今すぐけぇって来てちょうだい! お父さんが倒れちったんだよ』

 母からの電話だ。


 こうして駆けつけた病院のベット、父がすやすやと寝ていた。


 母は彼を呼び出し言い捨てる。

『お父さんね、長くないんだよ』



 彼の父は、小さな精密機器の会社を営んでいた。


 家族の為、若い頃から必死の思いで仕事をしてきた。

 最近の不景気の影響もあり、かなり無理もしてきたのだろうと思った。



『翔太、もういい加減こっちさ、けぇって来たらどうだべね』

 その母の台詞が、更に彼の心に追い打ちかける。


 いつかは父の会社を、継がなくてはならない。彼とてそれは理解していたからだ。


 その時が来た、そう思った。



 人というのは単純なもので、あれだけ執着していた、都会の暮らしも、簡単に決別する決心がついた。


 会社に退職願いを出し、彼女とも話し合い、今後のことを整理した。



 こうして夏も終わろうとしていた頃、彼は実家の玄関口に立っていた。



 だがそんな彼の思いも虚しく、事態は急展開する。


 実家に戻った、彼の視線に飛び込んだのは、テレビにかじりつき、ゲラゲラと笑う父の姿だった。



『はぁ? あれはただの検査入院だぞ、おめぇに気ぃ使わせることなんかこれっぽっちもねぇ』

 父は一笑にふす。


 母は視線を合わせようともせず黙って俯いたままだ。


 そして気付いた。これは母が、翔太を田舎に戻そうと、仕組んだ芝居だ、と。



 その地点て、東京に戻ることは叶わなかった。既に手遅れ状態。


 それに母も今年で五十七歳。一人息子が帰ってくるのを待ち望むのは、当然の感情だ。


 その為に芝居までしても、翔太に責める権利はない。つくづくそう感じた。



 それが東京での生活を終え、福島に帰ってきた理由だ。







「うーん、歳も歳だったからかな。これでもひとりっ子だしね」

 はぐらかすように答えた。


「あのー奈美さん、そろそろボクと、お話させてもらってもいいでしょうか?」

 不意に別の男が言ってきた。

 来るときのバスで並んで座ってた、ハゲかかった年上の男だ。



「あっ、すいません。長く話し込んちゃったな」

 翔太は気まずさを覚え、慌てて立ち上がる。


 男はペコペコとお辞儀をして、美奈の隣に座り、会話を繰り出す。


なして、つまり、どうして、って意味

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