噂を信じちゃいけないよ
「マジかよその話……」
数分後、三人は喫煙所で煙草を吹かしていた。
「まあな、志織を浚った実行犯は、城さんじゃないんだよ」
昔を思い出すかのように、なにもない宙を見据える翔太。
「俺の先輩が、勇み足で浚っただけ。……もっとも俺にも、責任はあるけどな」
同調するように龍太郎も言った。
「だったら何故、本当のことを言わなかったんだよ? 当時噂になってたべ『県立の城島も落ちたもんだ。女を浚って、そのうえ年下相手に負けるなんて』って」
堪らず訊ねる春樹。
それを横目で窺う龍太郎。
「それでいいと思ったんだよ。俺としての“こいつら”に対する、けじめだから。それに俺は元々、ケンカなんかには興味なかったのさ。先輩に頼まれて、仕方なくやっていただけ」
煙草の煙を吐き出し言った。
「その件に関しちゃ、俺や“志織達”も、了承してるんだ。全ての真実が明るみに出たら、困る人もいる。結果、一番の被害者は城さんだったけど」
噂話というのはどこまでが本当かは、さだかではない。
人から人と流れる度に、尾ひれが付く。聞き間違いだったり、誇張拡大だったり、様々な思想があって、わざと湾曲させることもある。
実際その場にいなければ、真実は分からないということ。
「こいつらとか、志織達とかって、おめーら、まだなんか隠してるよな?」
怪訝そうに訊ねる春樹。
「これ以上はトップシークレットなんだよ。過去の栄光を、地に落とすわけにはいかねーからな」
「そういうこと」
確かにこの二人、別な意味で隠さなきゃならない真実を持っていた。
ある男の、栄光と名誉を守る為だけに……
「まぁ、なんでもいいげんちょな」
流石の春樹も、それ以上訊ねることはなかった。
「そういや翔太、あの彼女とは、どうなったんだ? あんだけ必死に守ろうとした、かわいい幼馴染とは」
その龍太郎の問い掛けにはっとする翔太。
「かわいい彼女って。勘弁してくださいよ。志織とは、なんでもなかったんすから。あいつには彼氏もいるし、それにもう十年以上前のことですよ」
堪らず言った。
「志織っていえば、今こっちに帰って来てんだよな? ウチのお袋が、見たって言ってたもん」
すかさず言い放つ春樹。
「春樹までなにを言いいだす? ……あいつには彼氏がいて……」
戸惑う翔太。
そういえば志織に、『来週一緒にどこかに行こう』と言われていたのを思い出す。
「そんなモン浚っちまえ。なぁオジョー」
「ああ同意するぜハリー。略奪愛だ翔太、あの頃のように」
そんな翔太を余所に、益々活気付く春樹と龍太郎。
この二人かなり仲がいいようで、中々のコンビネーションだ。
「それよりなんなんだよ、オジョーとかハリーって? かなり仲いいな」
その呼び名は、前回の婚活の時から、気にはなっていた。
「ニックネームだよ、俺と城島さんの。二年前まで最強のナンパ&合コンコンビだったんだぜ。まあ、オジョーが結婚しちまって、コンビは解散しちまったけどな」
爽やかな笑みを見せる春樹。
「俺、結婚して失敗したわ、向きじゃねーんだな」
深いため息を吐く龍太郎。
その件に関しては翔太も理解できる。
県立の城島龍太郎は、ケンカの腕も強いが、ナンパの腕前も上等。
事実翔太に負けたと言う噂が流れた直後には、県南でも最強のナンパ師に登り詰めていた。
同じく口八丁な春樹と組めば、最強のナンパ師コンビが結成となるだろう。
「それよりオジョー、あんたも競馬すんだったっけか?」
その春樹の問いかけに、少し考え込む龍太郎。
「……いや、今日は知り合いを捜しに来たんだが、どうやらここには来てないようだった」
バサバサと長い髪を掻きあげる。
「それよりお前らは、例の婚活か? 町民ニュースにも載ってた奴」
そして逆に問い質した。
「嘘だろ? これって町民ニュースとかにも載ってんの?」
愕然となる翔太。
「当りめーだろが、町側が大々的に宣伝しなきゃ、人は集まらねー。一種のお祭り騒ぎなんだよ」
春樹が豪語した。
「俺、親にも内緒なんだぜ、これに参加してんの」
「残念だない、トビちゃん」
こうして会話の弾む二人。
「へへっ、おもしれーな、お前ら」
その様子に龍太郎が笑った。
因みにこの婚活という名の、人生を賭けた大レース。
本命サクラコと大穴春樹の、ワンツーフィニッシュとなるかと思いきや、直線で失速。
サクラコが“勝ち馬投票券”に書いたのは、別の名前だったようだ。
その理由は『私みたいな競馬好きと、春樹くんみたいなギャンブラーが、ゴールインなんて有り得ないでしょ? 借金にハマって、惨めな生活。……結婚するなら、きちんと計画を立てて、勝てる競馬が出来る人とじゃないと……』
納得な意見だった。




