県立高校の覇者
「イヤー、いち時はどうなっかと思ったけど、なんとかなるもんだわな」
「マジだぜ、まったく」
春樹と翔太が、トイレで並んで用をたしていた。
「ヘッヘへ、俺はサクラコちゃんを必ず落としてやるぜ」
腰をくねらせ、滴りを切る春樹。
「だわな、ガンバレー」
洗面台で手を洗いながら言い放つ翔太。
『最強のギャンブラーカップルだわな……』その言葉は伏せておいた。
「トビの方はどうよ? いい女いねーのが?」
春樹も用をたし、手を洗い出す。
「ははは、まあ、あれだ」
「葵ちゃん、こねがったな」
翔太が話を逸らすが、春樹はのほほんと白い歯を見せる。
「なんだよそれ?」
慌てて返す翔太。少しばかり動揺していた。
『今度の婚活、おめーの名前登録しておいたからよ』との、春樹からのメールが送信された時、翔太はギブリを訪れていた。
葵も例の知り合いの手続きで、今回の婚活に登録していたそうだ。
だが待ち合わせ場所に、彼女の姿はなかった。
主催者に訊ねたところ『暑いのは苦手だから、今日の参加はキャンセルします』だった。
「確かに今日は暑いよな。福島は盆地だがら、そうとうなもんだぞ」
春樹が言い放つ。
「ああ、日陰にいても汗が滴る」
「だげんちょ葵ちゃん、ホント暑がりだな。その割には、いっつも長袖着てて、暑いのが嫌いってより、日焼けが嫌いなんだべ」
その春樹の台詞で、いつかの田植えの光景を思い出した。
確かにあの時、燦燦と照り付ける太陽の下、彼女は長袖のジャージを着込んでいた。
翔太は暑さに耐えきれずTシャツ一枚だったのに、彼女はジャージの腕まくりさえせずにいた。
春樹の言うとおり、日焼けが嫌だったのかも知れない。
その透き通るような白い肌を、少しだけ想像していた。
「あん? “ハリー”じゃねーか。なんだおめーも競馬に来てたのか?」
不意に誰かが声をかけてきた。
呼応して呆然と視線を向ける春樹。
「オ……“オジョー”!?」
そして目を丸くする。どうやら知り合いらしい。
そしてその"オジョー"という呼び名には、翔太も覚えがある。
いつかの婚活で、春樹と陽一が言っていた名前だ。
そう思い出して、何気に視線を向ける。
そこに立っていたのは、一見ホストと思しき、整った顔つきの男。
年齢は翔太達より少し上か。
やや長めのパーマがかった黒髪。チノパンに、派手な花柄シャツをラフに着込んでいる。頭にはサングラス、胸には金のネックレス。高級そうな腕時計をつけている。
「ヤバイって、この再会は最悪……」
春樹は何故か青ざめた表情だ。
黒髪の男に向けて、なにか言いたげにジェスチャーを送っている。
「あん? なんだよハリー。なにを……」
訝しげに返す黒髪。
そしてその切れ長な視線が、翔太を捉えた。なにかに気付いたように、眉根をピクリと動かす。
それは翔太にしても同じだ。忘れようとしても忘れられぬ思い……
「里見、里見翔太か、お前」
黒髪が言った。
「あんた、もしかして、城島……龍太郎、さんか?」
呼応して言い放つ翔太。
男の名は、城島龍太郎。翔太達のひとつ年上で、県立高校の覇者。
そして翔太とは、過去に因縁を持つ相手。
「……久しぶりだな。お前、こっちに帰って来てたのか」
鋭い眼光を向ける龍太郎。
「ああ、一年程前にな。城……さんも元気そうで」
翔太も上目遣いで龍太郎を見据えた。
互いに短い会話だが、胸に去来するのは、熱かった学生時代の記憶。ほろ苦い思い出。
「なんだよ春樹。お前ら、知り合いだったのかよ」
翔太が訊ねた。
春樹は学生の頃から、変わらず、ちゃらけた性格の持ち主だ。面倒は嫌いで、争い事などもっての他。
それ故、県立の不良グループなどと、付き合いはなかった筈だ。
「ああ。卒業してからの付き合いだよ……」
ゴクリと唾を飲み込む春樹。そこに普段通りの飄々さは皆無。
「過去のことは忘れろ。……今じゃ時効だべよ」
そしていつになく真剣な面持ちで、翔太と龍太郎の間に立ち塞がった。
「時効? ……なにがさ」
片方の眉をひそめて、視線を向ける翔太。
「志織の件だ。十年以上前のことだべ。だから時効」
どうやら春樹の憂いは、学生の頃にあるらしい。
志織を浚ったのが、龍太郎率いる県立の連中だったから。
そのせいで翔太は傷害事件の容疑者になり、志織は交通事故の被害に遭ったから。
確かに学生の頃、校内にはそんな噂が出回っていた。
噂というより、それは真実だ。その内容だけなら、それは紛れない事実。
そんな春樹を余所に、翔太と龍太郎は冷めた表情だ。
視線を集中させて、互いを見つめ合う。
「確かに時効だな」
「十数年前の話だしな。今さら、傷付く奴もいない」
意味深に会話するだけ。
「へっ?」
戸惑う春樹を押し払い、互いに前に歩み出す。
「マジ、久しぶりっすね、城さん」
「水くせーな。帰ってきてたんなら連絡ぐらいすりゃーいいのに」
互いに笑顔を見せて、手前で拳をぶつけ合う。
その間にあるのは、噂をも超越した、絶対的な友情だった。
ちなみにこの物語、登場人物は、実在する俳優、女優を意識して作ってます。
その方が、登場人物に個性を植え付けられるから。
だけど読む方としては捉え方が違うかな。そのイメージが伝わればいいけど。




