人のイメージなんてそれぞれ
その会話が終わると共に、翔太が戻ってきた。
それで場が、さっと波を打ったように静まり返る。
「どうしたんす?」
それを察して翔太が問い質す。
「あれだ、あれ、涼さんのガキんちょ、大丈夫かなって……」
慌てて真樹夫が、その空気を取り繕う。
しかし一方の陽一はにやけ顔。
「あれよ、トビ……」
口を開く陽一。
「トウミギ(とうもろこし)食うが」
慌てて真樹夫がかぶせた。
「はぁ?」怪訝そうな表情の翔太。「ちっ」舌打ちする陽一。「ほっ」と安堵のため息をもらす真樹夫。
これはこれで、漫才のようなやり取りだ。
もちろん陽一も真樹夫も、素でやり取りしてるだろうし、翔太に至っては巻き込まれただけだが。
こうして場は、普段通りの落ち着きを取り戻した。
「まったりしてきたな」
陽一が水割りを飲み干し言った。
「帰んのがい……」
ゆらゆらと頭をあげる太一。
ボトルキープした焼酎の中身は殆ど空だ。テーブル上にあるのは、サービスで出された漬物とおにぎりだけ。
宴会が始まってから五時間少々、確かに終わるにはいい頃合いだろう。
「おめーらは帰えんのが、んだったらタクシー呼んでもらえ。その分も預かってっから」
陽一が言った。
「タクシーって、一緒に帰る訳じゃ?」
すかさず訊ねる翔太。
確かにその疑問はもっともだ。
ここまでは陽一の車で来ていたが、陽一は酒を飲んいるので運転出来ない。
それに関しては、他の面々も同じ。
しかし真樹夫だけはシラフだ。酒を一滴も飲んでいない。
故に運転して、送ってくれると思っていたのだろう。
だがそんな翔太の思いも他所に、真樹夫はすまし顔。「俺らは夜練あっから」と造語を言い放つだけ。
暗に、俺達は別行動、と言ってるようだ。
それに反応して、太一が顔をあげる。
「風俗だばい。だがらいっちゃん、酒飲まながったんだばい」
そしてストレートに直球をぶち込んだ。
太一と同じく、淳平も知っている。
真樹夫の"夜錬"という造語は、風俗に行こうという隠語だ。
少し前まで、淳平もさんざんそれに振り回されてきた。いつも運転手に使われていた。
それに嫌気がさして、最近は酒をたしなむようになっていたのだ。
今までは先入観もあって、アルコールは飲まなかった。
だがいざ飲んでみると、美味しいものだと知った。特に日本酒は美味しい。鼻に抜ける心地よさが丁度いい。
もちろん他の面々のように、馬鹿げた飲み方はしない。
そもそも消防団の連中は、飲み方が乱暴過ぎる。
とにかくこうして淳平が酒を飲むようになった以上、運転手の役目は回ってこない。だから真樹夫は、仕方なく酒を飲むのを控えていたのだ。
「太一。おめぇは、こういった話はなオブラートに包んでな……」
「いっちゃんは黙ってらっし」
慌てて言い放つ真樹夫を、太一が制した。
「みんな知ってっかい、博史のこと」
そして他の面々に向けて言い放つ。
淳平、翔太、共々視線を向ける。
真樹夫は茫然自失。指で眼鏡のフレームを押さえながら太一に視線を向ける。
陽一に至っては視線を遠くに向けてる。それでも邪魔するでもなく黙って聞き入る。
「博史? 博史がどうしたって?」
訊ねる翔太。
「やろー、なんで消防来ねえか、分がったんすよ。……やろー風俗通いで、女さ嵌って、何回もあそこさ行ったんだど。んで金が無ぐなって会社の金、横領したんだって」
「マジかよ?」
「そうなんですか」
それは思いがけぬ話だった。
真樹夫や陽一はともかく、博史が風俗狂いするとは、にわかには信じられない。
「マジらしいわ、あいつその金持って、女と逃げ出す算段までしてたんだとよ。ところがその女さドタキャンされて、しゃーなくひとりで逃げたんだと。まあ横領した金は、あいつの親が払って、事件になるのだけは免れたみてぇだがな」
それに補足する陽一。相変わらず視線は、なにもない宙に向けられている。
「げへへ、そう言ややろ、“るいちゃん”にぞっこんだったらしいがんな。週に三回も通ってたこともあるって話だ。……るいちゃんの方は、商売だって割り切ってだらしいがな」
そんな場の空気もお構いなしに、真樹夫はおにぎり片手に爆笑の渦に包まれている。
「ゲホッ、ゲホッ! “息つきメド”にメシっ粒入った」
終いには笑い過ぎて、気管に米が詰まる始末。
「いっちゃんのせいだばい! いっちゃんと陽一さんが、やろー誘うがら、こーなったんだべよ」
怒りを顕にする太一。
どうやら博史がこうなったのは、真樹夫と陽一に原因があると思っているらしい。
「はぁ? おめ“のっぺ”俺のせいにすんよな。やろー誘ったの、たった一回だげだべよ。やろが猿だっただげだべ」
「きっかけとしたら、一回でも充分だばい。もうちっと、大人の自覚もだっしよ」
「ナマ言うな。そんなのわが好きだべよ」
真樹夫の台詞は、ただの逃げ口上。
一方の陽一は、われ関せずといった表情。
もちろんこのやり取りも、淳平からすればいつもの光景。
太一の言葉が荒いのは、かなり飲んでいるからだ。
飲みすぎて酔っぱらっている。おそらく、本気で怒っている訳でもない。
しかしそんな状況など、知らぬ者がひとり。
「俺も、太一の言ってることには、賛成しますよ。いっちゃんらが、大人としての自覚が足りなかった。二十歳そこそこの博史を、ああいう店に連れてって、後でどうなるか考えりゃ分かることでしょ」
それは翔太。
やはり熱い男だ。宗則、涼にも負けず、熱くなるタイプ。
そう思って淳平、テーブルの端にある、紙切れに視線を向ける。
そこには3つの絵。淳平が翔太に依頼して、即興で書いてもらった絵だ。
それに目を通して、再び翔太に視線を向ける。
「陽一さんも陽一さんっすよ、だいたいいつも口先ばっかり、俺が消防団入る切っ掛けだって……」
「うるせートビだな」
「えっ?」
揚々と言い放つ翔太だが、陽一の一言で、唖然とした表情を見せる。
「なんかおめーの癪に障ったのか? それとも本当にトビ、っていうと怒んのが?」
陽一はすかした態度だ。まるでわざと翔太を怒らせている感もある。
「なんだべ陽一さん、いつもらしくねーばい。翔太も怒んなよ」
真樹夫が戸惑うように割って入った。
陽一の台詞のとげとげしさもそうだが、翔太が怒るのではないかとの不安もあるのだろう。
「悪りいなイッチ、これが俺の性分なんだ。場の主導権、他に渡したくねーんだ。かんけーねーおめーは引っ込んでろ」
しかし陽一は、それさえもあっさり断ち切る。
「主導権ってガキみたいな性格ですね」
すかさず返す翔太だが、陽一は気にする素振りも見せない。
「おめーだってガキだろ、言っとくが暴力は無しだがんな。俺は喧嘩には自信ねー」
グラスの氷を指で取り出し、口に含んで噛み砕く。
「淳平、自覚ってどういう意味だ?」
翔太に視線を合わせたまま、淳平に訊ねる。
「えっと、自分の置かれた状況とか、立場とか理解する。もしくは把握するって意味じゃ……」
一瞬戸惑う淳平だが、淡々と答えた。
「つまり博史だって、状況とか立場で判断して、ひとりで風俗通いしてたんだ。その結果勝手に暴走して歯止めが利かなくなった。だけどそうなることは最初っから自覚はしてた筈だろ。周りのせいには出来ねーぞ。最初のきっかけがどうだったからどが、誰々に言われたがらそうなったどが、そんなこというのはそれこそ自覚が足りねー。おめーだって、その自覚をもって消防団入ったんだべ」
全て正論だ。付け入る隙がない程に正論武装している。
「まあ、それはそうっすけど……」
これでは翔太も、迂闊に反論はできないだろう。
陽一の表情が、徐々に普段通りに戻っていく。
「分かってくっちゃなら良いさ。翔太、後は任せたがらな」
全てを翔太に託して、堂々と風俗に出掛けていった。
こうして翔太は、あっさりと丸め込まれる。
そもそも言葉巧みな陽一に、翔太が勝つ見込みはゼロだ。理論武装して、正論で攻撃されるのがオチ。例えるなら短銃片手にマシンガンに挑むようなもの
それで淳平も、幾度となく丸め込まれた経験がある。
あの涼でさえ、陽一には口では敵わないのだから。
それに、これは淳平の憶測だが、翔太は最初からそこまで、博史を擁護するつもりもなかった筈だ。
それに風俗の件に付いては、やっぱり博史が悪い。
なんだかんだで博史も大人だ。他人が誘おうが唆そうが、最後に決めるのは自分。その結果がどうあれ、他人のせいになど出来はしない。
現に淳平だって、正規の断り方ではないが、真樹夫達の魔手から逃れたのだ。本当に嫌なら、自分の意思はある筈だ。
こういってはなんだが、翔太はそういうところが疎い。
熱い故の欠点なのだろう。
そう思って淳平は、再び手元の絵に視線を落とす。
「さっきから、なにやってんだよ淳平?」
それを疑問に思ったか、翔太が訊いてきた。
口元には火のついた煙草。バリバリと黒髪を掻き挙げている。
「えっと、その」
それでハッとなる淳平。
「……俺が描いてやった絵じゃねーか」
冷めた視線の翔太。
おもむろにそれをつまみ上げる。
「えっと、男前なゴリラ、眼光鋭いマントヒヒ、主人公みたいな猿の惑星、だな」
ふーっと煙草の煙を吐き出す。
確かにそれが、純平が出した絵のお題だ。広告チラシの裏側に書いてもらったものだ。
「なにがいいんだか、こんな落書き」
じゃりじゃりと、少し濃くなった顎を摩る翔太。
一瞬の沈黙。
「そういや、あのタオル、もう少し待っててな。……持ってくんの忘れてな」
そして思い出したように言った。
タオルとはあの火事場で貸したタオルだろう。あれから数か月が経ってる。会う毎に同じ台詞を言うが、いまだに持ってこない。
「必ず返して下さいよ」
それには苦笑するしかない。
「それとその落書き、ちゃんと捨てて置いてな」
「はーい」
微かに笑みを浮かべる淳平。
とはいえ淳平は、この絵を捨てるつもりはなかった。
男前なゴリラ、眼光鋭いマントヒヒ、主人公みたいな猿の惑星。
それを眺めてると、誰かに似ている。
元々その意図があって、書いてもらったのだ。個人としての先入観もあるから、益々似ている。
目の前ではそんな意図も知らず、翔太が大あくびを掻いている。
かすかに赤らんだ顔、濃くなった顎、掻き毟ってくしゃくしゃになった髪の毛。
まんま、主人公みたいな猿の惑星だ。
他の二つは、宗則と涼……
その意味は淳平だけの秘密だ。
のっぺ、いつも。
かす、文句って意味かな。




