ガリレオの観察簿
こうして翔太のいなくなった空間。
「そう言えば、前から気になってたんだが、翔太って、なんでトビ、って渾名なんだ?」
陽一が言った。ふーっと煙草の煙を吐き出す。
「んだない」首を傾げる真樹夫「分がんねない」そして速答する。
「おいおいイッチ、なんだそれ?」
まるで漫才のような、軽やかなやり取りだ。
この二人、妙に気が合う。
その行動や性格はともかく、このやり取りを見てるのは楽しい。
それを肴に、彼はちびちびと日本酒を嗜む。
喉に焼き付くような日本酒の感触が伝わる。
陽一は、他の面々と違って他の地区出身だ。
だから幼い頃の翔太を知らない。
「よっくは分がんねんだばい。小学一年か二年の頃がら、急に呼ばれ始めたんだない。最初は涼さんかその妹の志織がそう呼んでて、いつの間にか同い年のやろら、そう呼んでだんだない」
対する真樹夫は、翔太のひとつ年上。
それでも二十年以上前の出来事だ。うろ覚えな記憶のようだ。
「あの頃はよく分がんねーがったげんちょ、いま思えば翔太の、翔、つまりは、翔ぶ、って意味じゃねーがない」
それでも真樹夫なりに、分析はしてるようだ。
つまりはマンガなどである、当て字。キラキラネームだと言いたいのだろう。
「んな訳ねーべや、平成ならともかく、昭和の昔なんだぞ」
しかし陽一は、その考えを全否定する。
「淳平はどう思う」
埒が空かぬ、とばかりに、傍らの彼、いや淳平に訊ねた。
「……そうですね。普通ならないかなって思います。翔って漢字、今ならともかく昔は、翔ぶ、って当て嵌めないと思います。少なくとも小学生にはムリかと」
慌てて答える淳平。
正直、小学生の頃の涼が、そんな洒落た渾名を付けるとは考えられない。
うんうんと頷く陽一を見て、ホッとため息をもらして日本酒を嗜む。
淳平は知識が豊富だ。
自分ではごく普通の知識だと思っているが、周りの団員達は、ガリレオと呼ぶこともある。
それ故、このように意見を求められることもあった。
ちなみに淳平は、最初からこの場に参加していた。
会話に参加せずに黙って訊いていた。故に存在感がなかっただけだ。
地味で目立たない存在だが、自分ではそれでいいと思っている。
物語の主人公は、もっと熱くて正義感ある人物が引き受ければいい。
それに淳平は人の行動を見るのが好き。ヒーローも大好きだが、人間も好き。それぞれ個性があって、面白い。そもそもヒーローだけでは物語は成り立たない。
「んだない」はにかむ真樹夫「流石だっぺ淳平。もっと飲め」言って淳平のお猪口に日本酒を注ぐ。
「まあ、由来なんかなんでもいいんだげどな」
それを覚めたように見つめ、陽一は煙草を灰皿にもみ消す。
「それはそうとしてよ、なんでおめーらは、トビって呼ばねーんだ?」
その陽一の疑問は、淳平としても興味はあった。
確かに子供の頃からの親しい間柄なら、渾名で呼んだりする。そこに親しみがあるか、悪意があるかは別として、多くの者は渾名、もしくはニックネームが存在する。
淳平が、ガリレオと呼ばれるように。
だが翔太の場合は、少しばかり様子が違うようだ。
その渾名が、ほぼ同級生限定のモノだからだ。
他で呼ぶのは涼ぐらい。お調子者の真樹夫なら、絶対に渾名で呼びそうなものだが。
「俺も思ったない。俺は後輩だから、そうは呼ばねーげんちょ」
テーブルにうなだれながら、太一が呟く。かなり夢見心地だが、意識はまだあるようだ。
太一は翔太の二個下。淳平は四個下。確かに先輩に向かって、渾名は呼びづらい。
「俺らの同級のやろが、言ったんだばい。翔太を渾名で呼ぶと怒るって」
真樹夫が言った。
「俺らの一個うえが、翔太を渾名で呼んだら、いきなり殴らっち、ボコボコにされたって」
「なんだそれ?」
「噂になったんだばい。殴らっちゃのは、俺よりひとつ年上、涼さんと同じ年齢だない。それが二つ年下だった翔太に、いきなり殴らっちゃんだって。その原因が、翔太を渾名で呼んだから。んだがら他の奴らは、翔太を渾名で呼ばなくなったんだ」
ふうーん、と煙草の煙を吐き出す陽一。
つまらなそうな表情だ。なんだそんな理由か、そんな覚めた様子。
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やる気が違う。
ちなみに分かる人は分かるだろうけど、物語の設定は今(令和)じゃありません。
途中、察する場面あるので、推測してね。