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宗則様御一行貸し切りバス


 そして再び時が過ぎる。



「でも宗則さん、おっかねがったな」


「んだっぺ、太一。我がは見でるだけで、文句言ってりゃいいべげんちょ、やってる身にもなって欲しいよな」


「だっぱい。だいたい今日だって、なして来ねーんだっぺ」


「宗さんは、火事のごどしっか興味ねーんだべ」


 場も盛り上がり、みな程々に酔いが回っていた。


 特に太一と真樹夫の二人は、宗則の話で盛り上がりつつある情況だった。



「あの人って、昔がら凄かったんだばい。ケンカ強くて、負け知らずだったって訊いてっけど」

 太一が訊いた。


「んだ。俺も小学生だったがらよく知らねーげど、高校の頃の鷹城宗則ったら無敵の番長様だったがんな。この辺だげじゃなぐ、白河がら郡山まで全部占めてだ」


「噂だげは訊いてんない」


 記憶を探る真樹夫に、太一が頷く。


「小学校の頃っちゃ、バス使って登校してたべ。そのバス一台、宗則ツアーで貸し切り状態だったぐれーだから」


「貸し切り?」


「宗さんとその御一行様だべした、その兵隊と仲間だ。宗さん乗っから他のヤンキーも乗り込んでくんだよ。全部ヤクザ顔負けのおっかねーヤンキーばっか。んだがら他の人が乗れなくなんだ。同じ高校生が遠慮して乗れねーんだぞ、中学生、ましてや俺ら小学生は乗れねーべ。だからヤンキー専用バス。つまりは宗則貸し切りバスだ」

 メガネの曇りを、御手拭きで拭きながら伝える真樹夫。



「涼さんも覚えてっぱい」

 そして涼にふった。


「ああ、そんなことあったっげな?」

 しかし涼は妙に歯切れが悪い。


 仕方なさそうに真樹夫は翔太に視線を向ける。


「翔太は覚えてっぺ?」


「んーどうっすかね。よくは覚えてねーけど、貸し切りにしてた訳じゃないんじゃ」

 翔太はあたふたと答えた。


『二人共覚えが悪いな』そうメガネのフレームを押さえる真樹夫。



 確かに真樹夫の言っていることは、(おおむ)ね正解だ。

 それだけ宗則が凄かった。その光景は翔太も覚えている。リアルタイムで見ていたからだ。



 いつからか、誰が広めたか、当時としては知る(すべ)がなかったが、翔太が小学校入学当時『朝七時三十分のバスに乗ってはダメ』といわれていた。

 おそらくは宗則をよくは思わない父兄が、通達した約束事だと思われる。



 それ故に小学生は、七時十分のバスに乗って登校していた。

 それは(まぎ)れない事実。当時バス通学してきた者のほとんどが覚えている。



「んだげんちょ、俺の頃はそんなことねがったばい」

 しかし太一はその記憶がないようだ。


「あれはあれだっぺ。おめが入学した頃、宗さんは卒業したから……」

 真樹夫の台詞は妙に歯切れが悪い。

 かなり昔のことだから覚えてないのだろう。


 しかしその答えは完全なる間違い。

 太一が小学一年の頃、宗則はまだ現役高校生。

 つまりバスの中で会っている。


『そうじゃない……』涼も暗にそう言っているように思われた。



「そういえば涼さんと翔太は、バスに乗ってながったな。誰がに、送らっちぇだんだっけ?」

 そして再びの真樹夫の問い掛けにあたふたする。



「俺らはほら、なぁトビ……親戚だっけ」


「……っすね。……親戚のおじさんに」

 互いに目配せして、ぼそぼそと言い放つ。


 実際は嘘だ、真樹夫より二十分遅いバスに乗っていた……



 その思いを知ってか知らずか、真樹夫はまるでピントを合わすように、メガネの前後をずらして二人を見回している。


 それ以上追求するな、それが翔太と涼の本音だ。



「宗さんっていえば、トンビ事件にも関わってんだばい?」

 太一が話題を変えた。

 酔った勢いからか宗則を宗さんと呼ぶ始末。


 だがその話題は真樹夫からすれば好物。


「あれだっぺ、宗さんが一本杉のトンビ怒らせて、近所のガキんちょが襲わっちゃ事件。知ってんぞ、トンビのやろぶっ殺すって、長老がたが騒いでだから」

 そして意気揚々と話し出す。



 トンビ事件とは、今から二十数年前に大沢地区で起こった事件だ。

 八幡神社を舞台にした噂話。



 夏祭りの縁日に出掛けた幼い子が、トンビに襲われたという事件が数件起きた。


 その祖父が地区会長をしていたこともあり、町議会や猟友会をも巻き込んでの騒ぎとなる。


 幸い被害はそれで終わり、射殺するまでは至らなかった。


 しかし事件は別な方向に飛び火する。

 トンビを怒らせたのは宗則だ、だからトンビが幼い子を襲った。

 そんな話がまことしやかに囁かれたらしい。


 もちろんそれが真実とは限らない。

 些細なことに尾ひれがついて、そこまでの騒ぎになったとも考えられる。


 とはいえ火のないところに煙は立たない。

 宗則もなんらかのかたちで、事件に関わっていたのだろう。


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