花は桜木、男は消防団
こうして宴も盛り上がり、一時間近くが経過した。
宴も中盤に差し掛かり、傍らでは酒豪達の豪快な一気飲みが行われている。
生ビールと肉は完全に無くなっていた。真っ赤に燃える炭だけが勇ましい。
多くの団員達は更なるエモノを求めて、片っ端から食料を調達し始める。
あるものは賞味期限の切れたカップラーメンを食らい、あるものは黒く焼け焦げた肉に触手を伸ばす。
またあるものは焼酎をストレートであおり、あるものは一升瓶を回し飲みしたりと、殆ど泥酔状態。
それでもその輪の中心、宗則と涼は普段通りの顔色。相当の上戸だ。
そのとき屯所脇に一台の車が停められた。
それと共に団員達の表情が変わる。『肉が来た』『待ってました肉』『早く肉焼くべ』と、それぞれ喚き散らし、車の側に歩み寄る。
その様はまるでゾンビだ。死肉を求め、全てをしゃぶり尽くす勢い。
「追加の肉、買って来たぜ」
車から降り立ったのは殿村陽一だ。
その手にはスーパーで購入した大量の肉を抱えている。
着込むのは同じ法被、この男も大沢五部の一員だった。ちなみにメガネはかけていない。あの時のメガネは伊達メガネだ。
この日は母親が風邪をこじらせて、急遽病院に行っていた。
それ故検閲には参加出来ず、この時間になっていた。
肉を博史に手渡すと、その旨を宗則と涼に伝えている。母親の容態はそれほど悪くはないらしい。
「どうだ翔太、我がサークル、"ファイヤーボーイズ"の雰囲気は?」
そして翔太が手渡す缶ビールを受け取ると、プルタブを切りながら訊ねた。
「まぁ、悪くはないっすね」
気恥ずかしく感じて言い放つ翔太。
「じゃっか、翔太の輝かしい未来とファイヤーボーイズの活動を期待して乾杯するか」
「輝かしいかは疑問ですけど……」
こうして二人、缶ビール片手に"普通の未来"を祈って乾杯した。
ちなみに陽一は、消防団を"ファイヤーボーイズ"と呼んでいる。『その呼び名の方が女受けすんべ』そう言って自信に満ちた笑みを浮かべる。
消防団に入って知ったことだが、翔太が消防団に加わる切っ掛けを作ったのはこの男だ。
あの婚活に参加した陽一は、町役場のガイドから翔太の素性を聞いていた。それで大沢の人間と知って、消防団への入団を画策する。
涼をも巻き込んで、サークルへの勧誘と称して、半ば強引に入団させたのだ。
陽一と涼は同い年。消防団内でも仲がいい。
その内容を訊いて、宗則は呆れて言い放つ。『そんな馬鹿な手段を使ったのか? 翔太なら、そんな馬鹿なことしなくても消防団に入っただろう』
それには陽一と涼もあたふた戸惑う様子。陽一はともかくとして、涼は本意ではなかったのだろう。
一方の翔太も戸惑いは隠せない。真っ向から消防団への勧誘があれば、のらりくらりとかわして、やんわりと断っていたかもしれない。
ちなみにその流れで、翔太が婚活に参加していたことは、誰もが知ることとなる。
いつかのギブリでのやり取りの時も、涼は翔太が婚活に参加していたことを最初から知っていた。
翔太の必死の頑張りは、ただただ虚しかっただけだ。
とはいえ、あれこれ考えても仕方ない。こうしてこの場に参加している以上、どうでもいい問題だ。
陽が西に傾いていた。残り火の始末も終わり、のんびりした時間が流れている。
「しかし太一もたいしたもんだな。結婚して子供も小学生だなんて」
翔太が言った。
「ホント大変なんすよ、子供の面倒みんのは」
しみじみと返す太一。
彼は数年前に結婚して、今年度から小学校に通う息子がいる。
「小学校なんかあがったら、パチンコ行ぐ金もねーな」
傍らで真樹夫が言った。
「んだない」
太一の趣味はパチンコ。週末は子供の面倒をみてるか、パチンコを打つかの生活。
どうにも負けが込んでいるようで、いつもすっからかん状態らしい。
その太一の表情をニヤケながら見つめる真樹夫。
「残念だったな太一。その点俺らは独身だから気楽だわ」
翔太の肩に腕を回して、意味深に言い放つ。
「気楽って言えば気楽だけど」
「寒くなってきたな。これでここは終いだっぺ。これが終わったら、一緒にいいとこ行くか?」
時刻は午後の六時過ぎ。
夕闇に閉ざされると確かに肌寒く感じる。薄暗いこの場で、これ以上宴会も出来ないだろう。もうそろそろ潮時といった具合だ。
「二次会ってことですか?涼さんの話じゃ、近くのスナックに行くってことじゃ」
「涼さんらは涼さんらだ。ただ話に行くだけじゃ、"我慢"出来ねーべした」
「我慢って?」
しかしその意味は翔太には理解出来ない。
「野暮いうなっての。おめも男なんだからわがっぺ?」
含み笑いを浮かべる真樹夫。
「いっちゃんどっか行ぐの? いいなー俺も行ぎっちーな。連れでってくんにの?」
その意味は太一には判るらしい。拗ねたように投げかける。
「おめ、金もってんのがよ?」
だが真樹夫の無常な言葉がとどめを刺す。
「そんな金ねーばい。知ってっぺな」
「金ねぇーなら仕方ねーべ、残念!」
そして繰り出されるお笑いタレントの真似。
「そんな古いギャグ、いま使う人いねーがら」
ぼそっとつっ込む太一。
辺りに漂うは冷たい空気。そんな古いギャグを言う奴の方が残念。
「太一?」
翔太が訊いた。
「あれっすよ、いっちゃんら行くの風俗」
その耳元に囁く太一。
「風俗って」
呆気にとられ真樹夫を見つめる翔太。
だが既に真樹夫の興味は翔太にはない。
「淳平、おめもだがんな。付き合えよ」
興奮気味に他の団員に言い放つ。
「え? また私を誘うんですか」
少し長めのナチュラルパーマで、線のか細い男は、千葉淳平。翔太の四つ年下。こういってはなんだが、中学生かと思えるほど、小柄で幼い顔つきだ。
「どうせ運転手にする気なんでしょう」
確かに淳平は酒が苦手のようで、最初から一滴も飲んでない。故に運転手にはてきめんだ。
しかし内心では行きたくはないのだろう、はた目にはそう見える。
しかし真樹夫はそんな淳平の思いなど気にもしない。
「かすかだんな」
有無も言わさず言い放つだけだ。
「俺も連れてって下さい」
不意に誰かが言った。
「はぁ?」
きょとんとした視線を向ける真樹夫。
「風俗っすよね。お金は無いけどいいっすか?」
それは博史だ。上目遣いで懇願するように伝えていた。
「お金ないって、大胆なやろーだな」
呆気にとられる真樹夫。その大胆すぎる台詞に、少しばかり戸惑い気味。
「そんだけ煽って、ダメは無しっすよ。んだって俺も男っすよ。一度ついた火は簡単には消せねーばい?」
「俺よっか行く気満々だな」
調子だけで場を煽ったことを、今更ながらに後悔しているようだ。
「確かに博史の話は正解だわ。つけた火は消さねーっきゃな」
その会話を聞き入り、覚めたように煙草に火を点ける陽一。
「ちゃんとおごってやれよ。無理やり誘うんだがら淳平の分もな」
同じく涼も言った。
真っ赤に紅潮する真樹夫。
「分がってっぺな。俺も消防団、下半身についた火ぐれー消してやんべよ。博史と淳平、その分は俺が払うべ」
渋々ながら言い放った。
場にガヤガヤとした会話が戻る。個性溢れる男達の集団ではあるが、気の置けない仲間が集うところ。
それこそが"地元消防団"と呼ばれる訳でもあるのだ。
消防団団員って、長男が多い。だから、一、が付く名前が多い。陽一とか太一とか。
消防団あるあるだね。