鍋最高
*騎士とメイドの物語 05*
目の前にはガスコンロが置かれ、その上では土鍋が湯気を吹きだしていた。
ぐつぐつと醤油と脂身が煮え立ち、独特の臭いが鍋蓋から洩れ食欲をそそる。日が完全に暮れ、そろそろ外は肌寒くなってくる時間だが、目の前で噴出す土鍋の湯気によってこのLDK型の居間はむしろ熱いぐらいであった。
どこにでもあるような四脚型のテーブルには鍋の具材が盛られた大皿があり、それぞれの手元には箸とグラスに取り皿、そして、ワー用に酒ビンが一升置かれていた。
「さてと」
となりの椅子に座る割烹着を着た老婆ワーが鍋のふたを外した。その姿は恐ろしいほど割烹着が似合っている。
「いい感じに煮えてきたようだね」
白菜、肉団子、えのき、しいたけ、春菊等の見慣れた鍋具の中に良く煮えたぶつ切りの鶏肉が見えると同時に鳥鍋特有の香ばしい香りが食卓の周囲を漂う。
「小僧どうだい?」
「はい、うまそうです」
蓋を開けた瞬間の鍋の臭いが空腹感を煽ってくる。
向かいに座るジーンズに黒いTシャツのラフな格好の少女は小柄のやかんを持つと六原に話しかけた。
「六原さんはお茶でよかったよね」
「嗚呼、ありがとう」
--しかし、六原さんというのも新鮮な呼び方に六原はまだすこしこそばゆい感覚にされられるなぁ。
肝心な事を調べていなかったが少女、月島が自分の通っている学園の生徒であることは分かっていたが、学年が六原より一つ下の後輩だとは六原は知らなかった。
つい先ほど、午後になりただボーとベッドで寝ているわけにもいかないので、ある程度月島と辰野についての情報をベッドの上でケータイを使い、よく使っている掲示板や彼女たちについて深く関わっていそうな知り合いに連絡と色々調べた結果に月島が六原の学年の一つ下だという事が分かった。
その時、六原は驚きを隠せなかった。正直、同い年だと思っていたからだ。
それから、帰ってきた月島にこの事実を聞いてみたところ、本人は六原が先輩だと言う事を既に知っていたらしく、対して驚かずに六原の質問を肯定してくれた。
そして、キミや六原君というのはなんか上から目線の気がして腹が立つからと正直に言ってみたところ、では呼び方を変えようということになった。
案として普通に先輩等でも良いかと思い、試しに呼んでもらったが、「面と向かって先輩等と話されたがなんか違う。」ということになり迷いに迷って何故か六原さんに落ち着いてしまったわけである。
――まぁ、完全に年上扱いされていなかったみたいですねぇ。
お茶を入れてくれたことに軽く礼を言う。皆のグラスに飲み物が行き渡ると割烹着の上に着ていたふりふりのエプロンを外したワーがグラスを高々と上げた。
「じゃあ、うちの主人と小僧の完治を祝って二人とも、まだ色々と問題はあるけども、今日はそれを忘れてパーとたくさんお食べ」
さすが年の功、良い事を言うね。というのは六原は消して口に出さないようにした。
「「はーい」」
六原と月島はお互い返事をするとグラスを上げる。
「では、かんぱーい!」
「「乾杯」」
ワーの一言の後グラスを互いにぶつけ合った。
このような宴会が始まったそもそもの理由は月島の一言から始まった。
「六原君。鍋をしようじゃないか」
いきなり買い物袋を両手に抱えて帰って来た月島の第一声を聞き、六原は突然のことに頭が追いついていかなかった。
ベッドから体を起こし、ドアの正面に買い物袋を持つ月島の姿を見て、ある程度状況を理解した六原はあえて断ることも無かった。
その後、チョットお互いの呼び方の変更や鍋の準備等があったが、概ね目立ったことは無く。痛みもほとんど治り、通常とあまり変わらない程度に体を動かすことが可能になった六原はこうして、リビングに呼ばれて鍋をいただいていた。
お互いの回復祝いで作られた鍋は素直に旨かった。
「アンタたち、鶏肉が煮えたからサッサと食べときな。おいおい、そこの白菜はまだ煮えきってないから反対側の豆腐をとりな」
「へーい」
こうして、鍋奉行ワーさんの取り仕切りのもと管理された鍋は綺麗に鍋の具材を順当に減らしていっている。
姉との鍋とは大違いだ。と六原は感激した。
以前姉と二人で鍋をしたときはお互い自分勝手に具を取ってしまったためか、底に豆腐等の具材が沈みつぶれてしまったことや、煮すぎてボロボロになったモノがあり、その失敗した具材をお互いの皿に投擲すると言った軽い戦争をした。最後は具材を顔面に押し付ける辺りになったところで帰宅した父の拳骨で戦争は終結したが、その日から二人で鍋はもうしないと六原は決めている。
「六原さん。体の調子はどうなのだい?」
ワ―から取ってもらったアツアツの豆腐を受け取りながら月島は尋ねた。
「激しい運動まだ無理そうだけど、一応普通の生活が送れるレベルまで体は回復したよ。つーか凄いね。この回復術、あの怪我が大体二日ぐらいで治るのかよ」
六原の怪我の箇所にはまだ包帯が巻かれていた。その間にはシップのようなものが肌に張られているのが見える。
簡単な説明は聞いていたがそれでも寝ている際にこの不思議なシップについて非常に気になっていた。そして、ワーに詳しく聞いた所によると治癒系の魔法陣が描かれた札が貼り付けているとの事であった。
このシップは魔法陣の力と遺跡の薬草の効果によって人の回復速度を異常なまでに上げている効果を持っている。一応デメリットとして、一週間前ぐらいから事前に作っておかなければきちんとした効果の出るものが出来ないこと、副作用として、酷い眠気と治癒魔法の耐性ができ次回からは効きにくくなるとのことであった。一応、回復魔法が効かない人向けの手段らしいのであまり使わないほうが良いとのことであった。
「けど、回復魔法のほうがもっと早いからね」
酒が入った為かやけに上機嫌にワーが答える。
回復魔法という言葉に、ふと六原は月島の腕を見る。昨日見た時に巻かれていた包帯は既に無くなっている。見たところどこにも怪我はない。
それに比べて六原は未だ傷だらけである。嗚呼、やはり回復魔法を使った方が便利なのだろうと思い直した。
「まったく、主が血だらけの見知らぬ男を拾ってきたときはどうしようかと思ったよ」
一升瓶をラッパ飲みする豪快なワー。顔も赤くなってきており大丈夫なのかと思ったが、月島に心配するそぶりも無いので大丈夫なのだろうと思っておいた。
「いやぁ、本当にお世話になりました。この恩は必ず。あっ、スイマセン。そこのネギとってくれませんか」
「何か緊張感の無い子だね~。あたしの姿を見た時もそこまで驚いていなかったじゃないか」
丁度ワーのそばにあるネギ。六原からはとりづらい位置にあった。
「一応、驚いたつもりですが」
「いや、何かわざとらしさを感じたんだがね。ほれ、とりな」
「ありがとうございます。しかし、わざとらしさ、ですかぁ」
湯気が漂う出汁をたくさん含んで柔らかくなったネギを器に入れもらい。軽く礼を言うと六原は他の鍋の具材を箸でとる。
「まぁ、慣れていますからねぇ」
熱い具材を息で冷ましつつ食べながら答える。口に広がるネギの甘味を噛み締めていると、その言葉に先ほどまでに背筋を伸ばし上品に食べていた月島が反応した。
「やはり、こういったことに色々と巻き込まれているのかい」
月島の言うこういったことが多分非日常のような存在とのどこかファンタジー小説の物語のような事を指しているのだろうと思った。
咥えたネギをすぐに飲み込むと六原は答えた。
「まぁ、大体月に一度のペースだけどね」
「それは多いね」
月島は多いというが六原はいまいち姉のせいで基準が良く分らない。
そして、六原の言葉に獣のように一度ピクリと耳を動かしたワーは日本酒をテーブルに置き六原のほうを向く。
「主から色々変わった人生を歩んでいると聞いてはいたが。そいつは凄いね。酒の摘みに最近面白い出来事は無いのかね」
「そうですねぇ」
――しかし、ワーさんマジで大丈夫か。さっきから鍋に手をつけずにずっと酒しか飲んでいないのだが。後さ、ビンごと飲んでいるけど大丈夫なのか?
お酒とはおいしいものなのだろうかとお酒を飲んだ経験の無い六原にとってそれは未知の領域である為、少し湧いた興味を理性で抑えながら六原はワーの要望に応える事にした。
いつもなら、そんな話をされたところで他のファンタジーな話をするのは何と無くだが危険の予感がするのでやめていた。だが、今回は一宿一晩の恩といったこともあり、お礼ぐらいに話しておくのも悪くないと気まぐれに思ったからであった。
――さて、何から話そうか。
記憶を掘り返せば真っ先に出てくるのは一ヶ月前の出来事。それはイケメン怪盗とツンデレ少女の物語。
――うん、却下。あれはツンデレ少女が怪盗に対してのデレッデレぶりが酷すぎて個人的に少しイラッと来るからパスで。
記憶を振り替えれば次に出てくるのは二ヶ月前の出来事。それは古の武器を保護する青年の物語。
――うん、却下。アイツ、武器を女の子に変えて愛でるのが趣味の変態さんだからなぁ。
「あかんな」
「頭を抱えたりしてどうしたのだい」
まともに話せるものが無いな。というのは言わないことにしておく。仕方が無いので昔話はやめにして六原は少し考えた後、「魔法使い」について語ることにした。
「魔法使いって意外と色々いるものでしてねぇ」
「ほぉ」
「それはワタシも含めているのかな」
「まぁね。ちなみに正式には何ていうのかね」
「××××って日本語じゃ何ていうか分らないね。まぁ、いいよ。魔法使いでも」
どこかの外国語のような聞いたことのない流暢な言葉を月島が諦めたように言うと諦めて鍋を食べながら話を続けてくれるように促す。
「なんか見た感じである程度な想像でしかないけど、あの魔法みたいなやつは陣を描いて発動する、陣は様々な種類があり、その書き方によって発動する魔法も全く違う……こんなところだけど大体あっているのかな」
「まぁな。陣は魔法を発動する基本だよ。正直コレが魔法を生み出す基礎や地盤となり、様々な自然界の魔法を使うことができる」
酒を飲みながらワーが説明する。簡単に説明したが、正直六原としてはどうして、陣を使うことで魔法を発動できるとか、どんなエネルギーを使っているのかとかは言われても良く分らなく。だって魔法は不思議でファンタジーだからね♪ということで一人納得しておくのでワーのような簡単な説明のほうが良かった。
――さて、そろそろ肝心な事を話そうか。「規制」は、まぁ、大丈夫でしょ。
同じ体質である姉と交わした「規制」、それは色々なファンタジーな世界に巻き込まれていく中で、その世界観を一変するような情報を安易に渡してはいけないと言うことである。
例えば、吸血鬼同士のいざこざに巨大ロボットを出撃させ……
例えば、人の恋の願いをかなえることが出来る天使に、古い神社に伝わる人との縁を繋げることができる糸の情報を教え……
例えば、密室殺人事件で犯人を占いであてたり……
こんないきなり常識を覆すようなことをすれば、きっと取り返しの使い無いことをいつかやる。と六原姉弟たちは思ったのである。だから、出来るかぎり、相手に悟られない範囲で力を借り、相手がそれ以上知る事が出来ない限りの情報を開示して言っているのであった。
だけど、まぁこの情報を言った所で彼女達にはこれ以上知るすべが無いだろうと結論付け、六原は話した。
「それが、魔法陣が無くても発動するやつも世の中に入るんですよねー」
「……そうなのかい」
月島の見上げる視線。どうやら興味を引いたようであったというのが伝わってくるので六原は更に上機嫌に話し始める。
「それはどんなものだね」
「例えば、呪文や言霊に反応する魔法とか体内の魔力(笑)を扱う魔法、呪文書や杖を媒介にしての魔法とかかなぁー」
今まで色々な不思議出来事で魔法使いのような存在と六原が出会ったのは両手では数え切れないぐらいほど体験している。
「色々あるのだね」
「後、魔法の種類も色々あるんだよ。例えば月島たちは炎とか水とかの自然的な魔法を使っていようだけどさ。人によっては神秘的な獣、人などの召還や、機械の遠隔操作、ジャミング、何かを代償にすることで力を獲る物、まぁ、後スカートをめくる魔法とかかな」
「なんだい、最後の!」
「だから、スカートをめくる魔法だね。そうだろ、六原」
「スイマセン!!空気を読みます」
いきなりニコリと笑顔で呼び捨ての声に場が凍ったように感じ六原は素直に謝罪した。
――つーか、こういう風に家族以外の異性と飯を食うのが初めてなんですけどね。正直会話で何を言って良いか分らん。てか、ワーさん普通にこういう会話に入ってきているけどオレの話を信じているのかなぁ?
考えても仕方が無いとすぐに諦め、話を続けた。
「とにかくそんな魔法使いみたいな奴らがクラスに結構いるんですよね。最近なんてアレですよ。魔法使いの学園からやって来た何ていうなぞの転校生(自称)が一問題起こしましてね。お陰で学園が崩壊しかけたってことがあってね」
「嗚呼、それは私も知っているよ」
「エッ、お前のクラスにも来たのか、あのバカ」
「まぁね。何か魔女裁判みたいなことをひらこうとした瞬間に、他の教師に取り押さえられていたけどね」
「うちの友人がスイマセンでした」
一応アレでもいいところもあるのですよ、例えば、ツンデレっぽいところ。等と少しフォローを入れておきつつ、ワーさんが良く分っていなかったので、とりあえず自称魔法使いみたいな奴が軽く学園でテロをしたとこの学園ではよくある事を軽く説明も交えて談笑する。
六原の常識外れの話にワ―は話を聞いて少し呆れたように溜息をついた。
「何か、やっぱりこの学園に主人を入れたのは間違いだったかね。悪い噂ってことは無いんだが、毎回、信じられないような出来事しか聞かないからなぁ。」
「けど、本業である学業はきちんとしているよ」
「そうしないと校長がマジギレするからな」
「そうなのかい?」
「まぁね。ワタシも転校時に会ったことがあるけど、中々迫力がある人だったね」
一応あの学園で誰が強いかと言われれば校長が最強という話である。目からビームを出したり、巨大化したり、銃弾が筋肉によって跳ね返されたりなどというまさしく生きる伝説と言われるヒグマのような体格の老人。
そして、文句があるやつはかかって来い。ワシが法だと言う割には何だかんだで良い人であった。
その校長曰く、ある程度の学業は修めろとのことである。一応毎年何人か
反発するものが現れたがそいつらも校長によって粛清されている。まぁ、それ以外の校則はゆるいので皆好き勝手な事をしているといった具合である。
「……でさ、一つ聞いていいかな」
「なにかな」
大体腹八分目まで程よくおなかが膨れてきた六原は目の前の土鍋の中を覗き込む。そこにはまだまだ具財が残っていた。
「この鍋多くないかい」
「そうかい?」
――いやいや、あきらかに量多すぎだろ。月島にいたってはもう箸置いているし、食べる気がゼロだよ。
「つーか、ワーさんも酒だけじゃなくて手伝ってくれませんか」
ワーは酒ビンを一度テーブルに置く。ビン一杯に入っていた日本酒はもう半分近くしか入っていなかった。
「よろしいので」
「うーん、いいんじゃないか」
月島が了承したところでようやく、仕方ないねぇ。とワーは呟くと箸を取り、鍋に向き直る。
「じゃあ、ちゃちゃっと頂くとするかねぁ」
その口からはギラリとした犬歯が印象的に見えた。
――……結論から言おう。ワーさんすげぇわ。
まさかあれだけ余った残りを全部食べきるとは思わなかった。




