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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
6/47

これが憧れの同棲生活

*騎士とメイドの物語 04*


――また駄目なのか。一生懸命やっているのに。けど、相変わらず、暴力は怖いし、討論でも相手に意見を譲っちゃう。けど、頑張りたい。だって、憧れているから。それに少なくとも救われたいと言ってくれた少女がいるから。嗚呼、とにかく強くなりたい。


 先ほどまで閉じていた目蓋がゆっくりと開き目の前に見たことも無い白い壁が現れた。

 目の前の状況が分からない中、おぼろげな意識がはっきりとしていく。

 少なくとも自分の部屋ではなく、ようやく目の前の壁が部屋の天井だと分った。

 そして、六原は見知らぬベッドに寝かされ、先ほどまで意識が無かったという状況を理解した。

 首を動かし周囲を見渡す。

 部屋の広さは約六畳。六原の部屋と比べるとあまり変わらない大きさだが、なぜか広く感じた。基本的な家具はあるが、あまり小物類は置かれておらず少し生活感の無いように見えた。

 知らぬ間にどこか分からないところに連れて行かれていた状況に不安と疑問が浮かび上がる。


――まぁ、いいかなぁ。とりあえず、ゴロゴロしておきましょうかねぇ。……って、いやいや、駄目だろ。


 再び閉じかける瞼を無理やり開ける。

 未だ寝起きの頭に気だるさと睡魔が同時に襲いかかってきている六原はベッドの上で深呼吸し自分自身を鼓舞し始めた。


「やべぇ、いきなり目が覚めたら見知らぬ天井って主人公っぽくてカッコいいなぁ。うん、よし、オーケー。いつもの自分だ。さぁ、起きようじゃないか……って、あらぁ?」


 調子も取り戻したところで六原は自分の体の違和感にようやく気が付いた。

 体を起こそうとしたのだが、力が入らない。


 無理やり動かそうとすれば体全身がしびれて動けないような感覚である。無理矢理動かそうと何度か挑戦してみるが体は一向に起き上がれない。


「……いってぇ」


 体を動かすたびに体の数箇所から鋭い痛みが湧き上がる。おかげで未だ重かった目蓋が一気に覚め、視界がはれる。


 腕の激痛のお陰か、意識を失う前の自分の状況を思い出し。この痛みにも納得する。


「そっか、刺されたん、だっけなぁ」


 痛みのせいで途切れ途切れにつぶやきながら、気絶する前の出来事を思い出し、今更ながら背筋が寒くなった。

 知りたくもないのに痛む場所がナイフの刺さった箇所を教えてくれる。左腕、右ふくらはぎ、背中に2箇所、あと太ももの上、


――ケツかぁ。もうチョット左にずれていたら色々とやばかったな。主にアッー!!ッていう感じになりそうで。


 一歩間違えれば命を落としていたかも知れない危険な状況であったが、多少は慣れているので飛び出した事に関してはそこまで悪い気は六原はしない。むしろ、少し自分が誇らしかった。


――しかし、改めて考えるとよく無事だったな。まぁ、女の子のピンチに体を呈して守るオレ。少し格好よかったと思うから別に後悔はしてないけどねぇ。つーか、なんだ。この格好。


 動ける場所だけを動かし六原は自分の格好を見れば、見覚えの無いジャージを着させられていた。痛みのない左腕を使いポケット等を探してみるが、入れておいたはずのケータイや財布が無くなっている。そして、体の感触と襟首と服の間から見るにナイフの刺さっていた箇所は六原が気絶している間に治療してくれていたようで、がっちりと包帯が撒かれていた。

 あまり動けない為、分かったことは部屋の時計から時刻が十七時半だということぐらいである。


――あれ、けどその時間帯って丁度月島と泉であっていた時間じゃなかったか。


 どういうことだと思いながら、六原はもう一度ベッドから上体を起こそうとしてみるが体が思うように動かず起き上がる前に再び姿勢が崩れ、体はベッドに再び倒れこむ。


 どうやらこの部屋から出ていくのは現状無理であると理解し、ため息をつくと六原は体を動かすことを諦めた。


 途端にすることがなくなったので、とりあえず、体を休めておこう。悪いようにはされないはずだと思い。目を瞑った。

 重たい目蓋は今ではすっかりと覚めてしまったがこうしてジタバタしていても体力を無駄にするだけだと重い大人しくしておく。

 外からの雑音入らず静まり返る部屋の中で壁にかけてある時計の秒針の音が響く。

 

 

 どれぐらいそうしていたのかは分からないが、少しずつ体の力が抜け始めた六腹の耳に部屋の外からだろう断続的に響く低い音が聞こえた。

 音は少しずつ大きくなるにつれてそれが足音だと分かった。


――誰か来るのか?なら、寝ていられないな。まったく、せっかく一休みしようと思ったのになぁ。


 敵かも分からないこの状況で寝ていられず六原は痛みを堪えながら上半身を起こす。少しふらふらするが、ナイフの刺さっていない方の手をベッドに置き支えることで姿勢を保った。同時に足を組みドアのほうに顔を向ける。

 体の満足に動かせない六原なりの警戒であった、

 どや、カッコいいだろう。などと必死になって余裕ぶっている体勢を整えるとそろそろ来るだろう人物を待つ。


 足音は近くまで迫ったかと思うと、部屋のドアノブが動く。

 扉が開き、ゆっくりと現れた少女は六原が格好付けておきているのを見ても表情を変えず、少女の姿を確認しホッとしている六原に声を掛けた。


「なんだ。起きていたのかい」


 目の前の少女、月島は六原が起きていることに対して特に驚くことも無く部屋に入ってくる。最後に見たボロボロの制服姿と違い。白いカーディガンに黒のロングスカートと言った落ち着いた服装になっていた。


 六原は無理して格好つけていた体勢を解き、だらりと力なく上半身だけ起き上がらせた姿で月島に話しかけた。


「いや、もう少し、なんか反応があってもよくないかな」

「体は大丈夫?」


――うん、合っているけど、オレが求めていたものとは少し違う、もっとこう、涙目になりながら、「バカ。心配したんだから!!」って言わせたいねぇ。


 思ったことを言った所でドン引きだとは理解しているので六原は黙っておくことにしておいた。まぁ、見ての通りだよ。と袖をまくり包帯に包まれた箇所を見せる。


 月島は短くそうかと言うとデスクの近くにあった椅子に腰掛けこちらに向き直った。


「そういう、月島さんは大丈夫か?」

「何のことだい」

「ナイフが腕に刺さっただろ、それに、あの戦闘のダメージもあったじゃないか」

「嗚呼、その事か。私は大丈夫だよ」


 自分の身に関しての話題なのに対して、興味も無いようにあっさりと答える月島。しかしカーディガンの袖でよく見えなかったがその右手の甲には真新しい絆創膏が巻かれていた


――あれ。ちょっと待て。確か、ナイフが深く刺さっていたよな。それにもっと全身傷で包帯とか巻いていた筈だったと思うけど。何でこんなに傷がないのかなぁ。


 おかしいなと思いながら見る六原の視線に気付き月島は薄く微笑む。


「あの程度なら回復魔法で何とかなるから」

「便利だなぁ。回復魔法」

「まぁ、少し傷痕は残るのだけどね」


 言いながら右手の甲を見せるようにヒラヒラさせる月島。そこで、六原の中で一つ疑問が浮かんだ。


「けど、それならオレにも回復魔法かけてくれないのですか」

「嗚呼、それはね」


 一度言葉を切る。そして、なぜか言いにくそうに目を逸らしながら月島は答えた。


「かけようとはしたのだけどね。キミには魔法に対する適応、いや才能がなかったのかな。あまり効果をはっきしないのだよ」

「……そうか」


 まぁ、杖があれば話は別だったのだけどねと付け加える月島の言葉は六原の耳には残らなかった。


――また、才能ですか。


 聞きたくない言葉を聞き、テンションが一気に落ちて行くのを感じる。


 才能が無い。その言葉に内心少し六原は落ち込んだ。まるで、才能が無いやつは努力しても無駄と言われているその言葉は、凡人なくせにヒーローになろうとしている六原にとって唯一の気にしていることであったからだ。


「あ、」


 空気が重くなるように感じた。このままではいけない。才能と言う言葉は嫌であるが、その言葉に嫉妬しているなどと悟られるのはもっと嫌だった。

 目の前の月島の表情が少しずつ曇っている。自分がいきなり黙ったせいだという事をすぐさま理解した六原はなんとかしないとと思った。


「え、いや、」


 動揺しながらも口を開く。六原は自分の表情に気を使いながら、


「そいつは残念だなぁー」


 何でもないようにヘラヘラと笑って答えた。


「是非、日常では味わえない治療を受けてみたかったのに、資格がないんじゃ仕方ないよね」

「どうかしたの?」

「いやぁ、何でもないですよ。ハハハ」

「……」


 乾いた笑いが虚しく部屋に響く。


「まぁ、いいさ」


 何がいいのかは深く聞かないことにした。


「それよりさ」


 話題を変え、そろそろこの状況を理解しようと六原は思った。


「そろそろ現状に対していくつか聞きたいことがあるけど、いいかな」

「なんだい」

「まず、オレが気を失ってから一体どうなった」

「転移魔法でこのままココに帰ってきたのさ」

「ココって、そういえばどこなんだ?月島さんの家か」


 月島はすこし唇の端で笑みを浮かべた。


「家じゃないよ。ここは『魔女の隠れ家』さ」

「隠れ家!?何それ。カッコいい」


 だろ。と月島は得意げに返す。


「だけど、ここはアパートの一室だからあまり、勝手なことは出来ないから理解してくれ。近隣に迷惑が掛かれば私の生活に支障が出るからね」


「分っかりました」


 それはただアパートの一室を借りて生活しているとの事であったが六原としては「魔女の隠れ家」とノリノリで言う月島をカッコ良く、そして、羨ましいと思っているのであまり気にしなかった。


「さて、キミの現状だけどね」


 月島はカーテンからこぼれる夕日の光を見ながら説明する。


「騎士との決闘。アレから丁度一日経っているんだよ」

「丸一日かぁ。それだけ長く眠っていたのか。道理で体がだるい訳だ」


 そこまで気を失っていた事に対しては少し慣れているので六原はあまり気にせずに月島の話を聞く。


「転移魔法で『魔女の隠れ家』に無事辰野たちから逃げることが出来た私は自分と君の治療をしようと思った。だが、キミには適応能力がなかったのでナイフを抜いて適切な治療をしたと言うわけだ」


 六原は問いかける。


「適切な治療?つまり普通に消毒して縫合たって事ですか」

「まぁね」

「けど、普通に治療したにしては体が、凄く痺れているんですけど……」

「それは、治療の際の麻酔と……後、ナイフの毒かな」

「毒!何それ怖い。ナイフの毒ってあのメイドは何を塗ってくれているの!!怖ぇ!!怖ぇ、メイド」


 毒という言葉に六原は情けなく軽くパニックになる、その様子に慌てることなく月島は説明を続ける。


「毒と言っても神経毒という只単に感覚を麻痺させるものだから、後遺症も残らない。そんなに心配はしなくていいよ」

「それなら良かった」


 安心した六原だが次の言葉に絶句した。


「……後、少し呪いが掛かっているからしばらくこの隠れ家から出れないから」

「呪いですか!」


 少し、言いにくそうに頬を掻いたが月島は説明した。


「一応、この家に呪いを防ぐ魔法陣を敷いているから大丈夫だけどね。だから、しばらく絶対にこの家から出ないでくれないか」


――サラッと言っているけど、毒とか呪いとか色々物騒な事をサラッと言うよね。


「ちなみに、家を出たらどうなる」

「まぁ、キミの一生を棒に振るよ」

「分りました。この家から出ないようにします」

「うん、理解が早いのは良いことだよ。それに……」


 そう言うといつもの様に淡々と言葉を続けた。


「私の為に怪我をしたんだ。しばらく面倒を見させてもらってくれないか」

「……え、それって。」


 目の前の少女の言ったことの意味をしばらく理解できず。六原は震える声でもう一度聞き返した。


「しばらくこの家にいろって事ですか」

「そうだよ」


――うっひょぉぉぉ、介護イベントきましたよ。


 脳内がお祭り騒ぎになっているがバレればドン引きなので、軽い笑みを浮かべながら六原は月島の申し出を受けた。


「はい、喜んで」


――いやぁ、生まれて初めて異性に対してそんな風に親切にしてもうなんて嬉しすぎじゃないですかぁ。


「即答だね」


 当たり前だと六原は答える。異性関係でパッとしなかったこの人生。もちろん今まで彼女がいたことは無い。

 だから、正直、嬉しすぎて踊りたい気分の六原であったがココで小躍りすれば間違いなく変態扱いされる事と、この喜びを体で表現できるほど呪いと毒で動かないので諦めざるしかなかった。


 嬉しさのあまりニヤニヤと口元をゆがめる六原の表情を見て、月島は呆れたように溜息をつく。


「……また、キミは変な笑みを浮かべているね」

「あまり気にするな」


 しかし、要約するに回復するまで月島の家で同棲しようゼ。と言っているようなものだ。出会って間もない少女ではあるが六原にとっては面白くドキドキなイベントであることに違いなかった。


――いやっふー。同棲だ。しかも、オレの介護だろ。きっとなんつーの ラブコメ並みのイベントがめちゃくちゃあるにちがいないっすよー。

 つーか、もしかして、この傷を治療してくれたのかな。じゃあ、俺の裸見られちゃっているじゃないですかー、やだぁー。


 等と、頭の中がお花畑になっていた六原は部屋が扉のドアが叩かれ事に気が付かなかった。

 そして、ノックに気が付いた月島は丁度よかったと言った後、妄想で忙しい六原の内情を気にせず言った。


「それじゃあ、紹介しよう私の使い魔だ」

「へ、使い魔?」

「失礼するよ」


 どこかで聞いたようなしわがれた声と共にドアが開き、現れたそれに 六原の笑みは固まる。

 絶句した。

 ドアをくぐって現れたのは身の丈2メートルもあり、人のものと思えない銀糸の体毛と、獣を思い出させる耳と牙、顔つきはファンタジーで出てくるものアル物を連想させた、


――人狼。


 狼男と呼ぶほうが正しいのか。だが、目の前の人狼の声は年老いた女性の声をしていたので男と呼ぶのはふさわしくないような気が六原はした。

 人狼は金色の瞳を六原に向け挨拶をする。


「初めましてというべきかね」


 老婆の声に六原は聞き覚えがあった。それは屋上に呼び出され月島に初めて会うきっかけとなった電話越しの声であった。


――めちゃくちゃ怖い同居人いましたよ。


「私の名前はワーだ。ワーさんと呼びな、小僧」

「うぃ・・」


 既に先ほどのような高揚感は風船のように萎みきった六原は呆けた顔で頷いた。

 人狼はニヤリと笑い、大きな口元から人を噛み砕けるような鋭い牙をあらわにする。


「あと、先程あまり好ましくない笑みを浮かべていたようだけど、どういうことかね」

「す、すいません。調子乗っていました」


 不思議そうな顔をする月島を置いて六原はワーに頭を下げた。


「後、ワーさんはこの隠れ家の番人なのだよ。そして、これからキミのお世話としてもらうことになっているから、よろしく頼むよ」

「えっ?」

「あたしじゃ、不満なのか?」


 頭を上げた瞬間に六原の顔をギロリとワーが睨みをきかせる。


「いえ、よろしくお願いします」


 反射的に深々と六原は頭をもう一度下げた。既にどちらが上かは明白であった。


――スイマセン、自分調子乗ってたっす。つーか、オレこんな人狼と一緒に暮らしたら喰われるんじゃないのか。


 いきなり、現れた人狼に睨みつけられる六原は何故か赤頭巾のおばあさんを思い出し、これからの生活に不安を覚えた。





 少し見慣れた天井が六原は目を覚ました視界に写り込んだ。

 嗚呼、そういえばまだ安静中だったけ。と自分が置かれた状況を改めて理解する。


 寝起きのおぼろげな頭がゆっくりと覚醒し、昨日までの出来事を六原は少しずつ思い出した。


 人狼であるワーと会った後、この一室の案内と食事を食べさて貰った六原はすぐに寝てしまった。どうやら、ワー曰く治療の副作用で少し眠くなるらしかった。


 ついでに記憶に蘇る思い出したくも無いモノが頭を過ぎり六原は短いため息をついた。


――気を失っている間、てっきり月島さんがオレの看病をしてくれていたのかと思っていたが、ワーさんだったとは。しかも、寝ている間下着ごと着替えさせられているので健全な男子としては色々と複雑な気分だ。まぁ、月島さんも怪我人でもあるから自分のことを優先するだろうしねぇ。


 けど、看病されたかったなぁ等という妄想を浮かべ、朝のまどろみに身を任せてぼんやりとしているとノックと同時に老婆の声がした。


「起きな。ほら、朝飯ができたよ」


 ドアノブが回され現れたのは白髪の老婆であった。細身であるが背筋はピンと伸び、どこか優雅さを出している。ここがレストランなら優秀なウェイターと勘違いしただろう。

 老婆は左手で扉を閉めると振り返る、その右腕には黒い布の塊を持っていた。


「……誰?」

「ワーさんだよ。小僧、忘れたのかい」


 ああ、確かそんなことも言っていたよな。六原は昨夜の会話を思い出した。

 人狼であるワーは本人の意思で人間になれるらしい。


「おや、この姿で会うのは初めてだったね」

「そうですねぇ」


 昨日、色々あったが人狼はどうやら本人の意思で人に化けられるらしいとの話であった。

 では何故、昨日は人狼の姿であったのかと聞くと初対面なのでなめられたらいけないと思ったからとの事であり、六原は、自分は協力者であるがこの家での立場は下なんだなと改めて実感した。


 ちなみに、月島はワーがこの部屋から少しの間いなくなった時に現れ、自分の頼んだお願いにについてワーには言わないでおいてくれと言われている。

 理由は教えてもらえず、考えても分らなかったが、こうしてわざわざ治療してもらっているので素直に従うことにした。代わりに、オレの事はこちらの世界で出来たレギオンのメンバーの一人という事になっていた。


「リビングに用意している、動けるか」

「……一応」


 体を起こす。未だ右腕には痛みが奔るが包帯の間に仕込んだ治療促進の魔法が少しは効いるのかそこまで痛くは無く、昨夜、麻酔が切れたと気に襲われた眩暈や体の痺れはある程度は薄れていた。


「手伝おうかい」

「いえ、大丈夫ですよ」


 とはいえ未だ体を起こすことも一苦労である。

痛みを堪えながらベッドから降り、立ち上がる六原の姿をワーは傍で観察した。


「意外と元気じゃないか」

「まだ体中が痛いですけど」

「そうかね?」


 ワーは不思議そうに首をかしげる。


「私の見立てじゃあ、明日になれば普通に生活できる程度に治るはずだ」

「エッ、そんなに早く治るのか」


 ワーの言葉を六原はすぐに飲み込むことが出来なかった。


 いくらなんでも早過ぎると六原は疑問に思った。


 少なくとも体を数箇所もナイフで刺されている。回復魔法のような効果を持つシップを張られて入る為、常人の回復と比べれば驚くほど痛みが引いているのは分っていだが、それでも、明日になれば治るなんて事は想像できなかった。


「本当に?」

「ああ、たぶんね」


――って、おい。じゃあ、ドキドキな同居生活はどうなるんだよ。こちとらわざわざ家に連絡したときにしばらくちょっと同棲してくるぜぃ。って言ったのですけど。


「いやいや、ご迷惑じゃなかったらもう少し治るまで御厄介できないですか、ね?」


 冗談のように軽い笑みを浮かべ言ってみると、ワーは目を少し細めた。


「面白いことを言うじゃないかい、そんなに私と同棲ごっこをしたかったのかい」


 想像するだけで寒気がする。


――これは、もしかして昨日の電話聞かれた?って、アンタと同棲するつもりは無いですがね。


「……いいかい。よく聞きな、ボウズ。何が起ころうと明日には出て行かせるからね」


 言葉遣いこそは平常にワーは話す。だが、目は完全に「お前を狩るゾ」という意思が六原に伝えていた。

 反射的に右手で敬礼をしてしまう。


「りょ、了解です。全力で体を休ませて頂きます」


 獰猛な肉食獣を連想させる気迫に押され、頷く以外六原に道は残されていなかった。


「……よろしい。サッサと着替えて、リビングに来な」


 右腕に抱えたものをこちらに投げて寄越した。

 疑問に思いながら黒い布のようなものを受け取り、広げて見るとそれは綺麗にたたまれたジャージであった。サイズを確認すると六原と同じサイズである。


「質問ですけど、このジャージは誰のものなんですか」


 ワーは頬を指で掻き照れながら答えた。


「あたしのものに決まっているじゃないか」

「うわぁ…色々と複雑な気分」

「なんだい着替えられないのか」


 嫌な表情が顔に出たのか、ワーは右腕の指先をイソギンチャクのように器用に動かしなが、口端を大きく広げた。

 ゾクリ、悪寒が襲ってくる。


「また、私に着替えさせてもらいたいのかい」

「す、すぐ着替えますので、先にリビングにいってください!」


 早くしなよ。と言う言葉を最後に扉は閉じ、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 着替えようと思った六原は体を動かしながら、呟いた。


「本当に明日で治るのかねぇ、コレ?」


 昨夜月島からの話では傷口にシップのような御札に治療術という、回復速度を極端に上げる少し胡散臭い術がかけられているとは聞かされていたが。まさか明日に治るとは思えなかった。


「嗚呼、せっかくの同棲イベントがぁ」


 嘆く六原であったが溜息をつくと、朝食を食べる為ワーに言われたとおりに痛む体を動かして着替え始めた。




 少し見慣れた白い天井が六原は目を覚ました視界に写り込んだ。


――あれ、デジャブ。


 等と案外この状況でふざけれることに意外と自分は余裕があるのだと考えながら、六原は上体を起こした。


 簡単な朝食を頂き。食後に飲んだ月島が調合したという痛み止め薬のせいか、再び眠りについた六原が目覚めたのは昼過ぎであった。

 月島にこれからのことについて話し合おうと思ったのだが、ワー曰く、朝早くから用事で出かけているそうであった。何でも折れた杖の修復に行っていると言っていた。バラバラになり破片も泉の前に置いていった筈だが、それをどう治すのか非常に興味があったが教えてもらえなかった。


 人狼、ワーも買い出しとちょっと偵察があるとかで朝食を食べ終えるとすぐに片付け、出て行く。ちなみに食べたいものを聞かれ桃缶と六原は言ったら本当に買ってきてくれるらしい。


 なので、今この魔女の隠れ家と云うこのアパートの一室には六原一人しかいない。とはいっても六原としては特にやることも無いのでもう一度寝るかと思ったが、甲高い電子音が耳に届いた。


 聞きなれた音楽。六原が持っているケータイの着信音であった。


 ベッドの上、無造作に置かれたケータイにはワーから借りた充電器が取り付けられている。家族に連絡する際に一応隠れ家との事なので携帯等で無断に使っても大丈夫なのだろうか。と朝食の際にワーに確認したときに貰ったものだ。

 元々、ケータイは充電が切れていた為、財布と一緒にワ―が預かっていた。ワーはあの子が連れてきたんだ、大丈夫だろう。と言って朝食を食べ終えた六原に充電器と一緒に携帯を投げて寄越した。


――コレでも信頼はされているのかなぁ。


 六原は眠たげな目蓋を押さえながらケータイの画面を見る。そして、表示されている名前を見る。よく知った名前であった。


 少し億劫な気持ちになりつつも電話を取る。


「久しぶりね」


 聞きなれた女性の短い挨拶。


「元気にしていた。母から連絡があったが体、いえ、頭は大丈夫かしら?」

「何のことですかね、姉さん」


――畜生。母さん、姉に連絡したのかぁ。


 高校から両親の元を離れ姉の住んでいるアパートに住まわしてもらっているのだが、家主の姉は家にいることが珍しく、基本連絡も取ることが難しいので何か連絡があれば実家に連絡をしているようにしている。


「母さん、あんたが同棲なんてとうとう妄想癖になったかって嘆いていたわぁ」

「失礼な」


 道理で電話越しの母の声が苦笑いに聞こえたのだと六原は納得した。


「こちとら、異性に至れり尽くせり面倒を見てもらってドキドキだよ」


 ただし、それは月島ではなく人狼の老婆であり、そのドキドキは下手をしたら殺られるんじゃないか。と云う恐怖によるものだという都合の悪い所は省いているのはわざとでは無い。


 姉は、六原メイは別段気にすることなく、あらそうなの。どうでもいいような返事をした。


「それで聞いた所、全く持って恭介君は使い物にならなかったそうじゃない」

「……じゃかーし」


 どうやら、六原の身に何があったかはある程度バレているようだ。何故知っているかなんて今更驚く事でなかった。


――なら、中途半端に隠し事をするのはやめよう。どうせ隠していても無駄だし、一応電話の相手も家族なんだ。少しは本当のことを話しておこう。


 六原は今まであったことを姉に話す。老婆からの屋上の呼び出し、自分を救って欲しいという自暴自棄気味の少女。次の日に起きたクラスメイトとメイドの襲撃、そして、何本ものナイフを体に受けたと言うこと。

 姉は六原の突拍子も無い会話を疑うことと無く信じた。六原メイ本人も弟同様に非日常に巻き込まれることには慣れていたからである。

 この他者からは英雄と囃し立てられる実の姉なら、何かアドバイスぐらいしてもらえるのじゃないかと少し期待しながら六原は語り終えた。

 だが、六原メイは弟の話を聞き終えると、


「へぇ、それは恭介君らしいわ、本当に脇役みたい」


 感想だけ言うと逆に問い返した。


「それで、どうする」

「まだ、やるよ」


 何も疑問や考え等持たずに即答する六原。その答えに受話器越しに溜息が聞こえた。


「まったく全然懲りてないようね」


 今まで失敗に失敗を重ねている六原にとってはこの程度のことでへこたれていない事は当然であった。なので、頭の中では諦めると言う選択肢は無く、これからどうやって活躍しようかとしか考えていない。


「そう、なら朗報を一つ」


 電話からは弾んだような嬉しそうな声ではなく、言葉に重みを乗せ六原メイは言う。


「いい事を教えあげるわ。君の魔女のいた世界で私は今ヒーローをしているよ」

「……」

 

 姉の言葉の意味をすぐさま理解し、驚きの声を漏らしかけたが、六原は一度息をゆっくりと吐き、落ち着きをとる。動揺は相手には悟られたくなかった。


「……へぇ。そ、そうなんだ。ちなみに具体的には」


 落ち着いて自分は答えたと思いたい六原であった。しかし、頭の中は自分でも驚くほど焦っていた。

 姉の言っている事は六原にとっては最悪のことである。言葉通りなら、姉がヒーローをしているという事はこちらの味方にではないという意味である。

 そして、六原の事情を今しがた聞いたはずであるヒーローと呼ばれる姉は躊躇せずにきっぱりと言った。


「もちろん魔女狩りさ」


――これは詳しい事は言わないほうがよかったのかもしれないよね。いや、確実に言わないほうが良かった。


 しかし、ある程度、身内とはいえ敵にやすやすと情報を渡してしまったのだ。自分のいつも通りの浅はかさに嫌気が刺す。


――幸いなのは自分がいる場所を教えなかったことかぁ。


 それは自分が今いる場所を教えなかったというより、外に出ていない為、ここがどこだかいまいち分らないので教えることが出来なかったのだが、場所を特定されなかったと言うだけが少し救いであった。


「い、いやいや、いきなり関わってくるって話的におかしいでしょう。もう少し何かオレにもアンタが来るっていうヒントや伏線あってから来てくださいよ」

「また、おかしなことを」

「だって、いつもそうじゃないか。いきなり現われて全てを解決して颯爽と去っていく。もっと、修行や苦悩なんて場面があってもいいでしょうが」


 今まで溜まっていた言葉をぶちまける六原の言葉を姉は鼻で笑い一蹴した。


「……フン、何を今さら。それでつまり何が問題なのかしら」

「あんたが強すぎるって事だよ」

「当たり前。それがヒーローよ」

「……」


――畜生。少しカッコいいって思ってしまった。


「なぁ、恭介君。今回は諦めなさい。この件はチョット今の立ち位置じゃ難しいわ」

「……」


 畳み掛けるように、しかし、諭すように言う姉に何も言えない。

 言っていることは間違っていないのだ、絶対に倒せるはずが無いと思っている姉が敵になったのだ。


 何も答えることが出来なかった。

 長い時間が経ったような気がした、沈黙が重くのしかかる。

 やがて、六原メイは答えの出さない弟に言葉を掛けた。


「それでも諦めないの」


 六原は乾いた唇を一度舐めると答えた。


「ごめん、諦められない」

「んじゃ、頑張りなさい。健闘祈るわ」


 何ともあっさりと突き放したような返答の後、電話は一方的に切られた。

 しかし、敵になったといっても相手が身内だとあまくなりそうで困るわぁ。と最後の一言にどこか姉らしい優しさを感じた。


 といっても姉が敵になった事実は変わらない。ケータイをベッドの脇に置くと体の傷が痛まないようにゆっくりと再び寝転がった。

 家族と会話したことにより少し安心したわけではなく、どちらかと言うと家族と話して疲れたという、少し親不孝な感じもする変な感覚に襲われる。

 体が、特に目蓋が重い。


――もう少し、寝るか。


 意識がおぼろげになっていく中、姉のことを思い出し呟く。


「……しかし、お互い本当に変な事に巻き込まれすぎだよねぇ」


 そういえば、姉が敵になるなんて初めてだと思いながら六原は再び眠りに落ちていった。

 

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