騎士は正々堂々と決闘をする 2
時間に換算すればわずか数分後。あっけなく魔女と騎士の戦いは幕を閉じた。
少し前まで鼓膜を突き破るような爆発と剣撃の響き合う音は止み、今となってはその出来事があったとは思えない僅かな静寂が辺りを包んでいた。
だが、先程までの目の前で起きていた戦いは現実である。その証拠に彼らの戦いの爪痕で辺りの木々は折られ、切り裂かれ、抉られた地面の痕等が周囲に無数広がっていた。
魔女と騎士による常識はずれの戦いは終わり、騎士は敗者の前に近寄ると再び剣を向けて言い放つ。
「はぁ、はぁ……オレの、勝ちだ!!」
目の前で起きた最悪の結果を只呆然と見ているだけしかできなかった六原は何ともいえないもどかしさに駆られていた。
このままだと近くで倒れている月島は捕まってしまう。彼女を助けようと思う六原はまず友人を止めようと思い、まずは傍に駆け寄ると、考えずに思ったことを口にする。
「待って、オレが活躍してないからもう一回リトライで!!」
「ストップ」
いきなり、首筋に冷たい感触がする。見えないが感覚とメイドの声から確実に刃物だと理解でき、六原は動くことができない。
「……少シ黙りなサイ」
「……うぃっす」
――まずいなぁ。どうしようかなぁ。
首筋やこめかみに武器を当てられることには何度か経験している六原の頭は意外と冷静ではあった。
一応抵抗ようと体に力を入れようとしたが、それよりもはやく刃が首にスレスレまで押し込まれるという結果に終わってしまう。
「……うへぇ」
素直に諦め、大人しく両手を挙げてみるが、首筋の刃は一向に緩む気配がなく、六原はその場に拘束される。
無力感が襲い少し弱気になりながらも、六原はあきらめず思考する。目線の先では辰野が身動きの出来ない六原を一瞥すると、剣の先端を月島に向ける。
「よう、まだ生きているか」
「ふふ、これでも丈夫、なのでね」
月島が面を上げた。体を起こせず、仰向けに寝転がると頭上で話す辰野に何でもないように含みのある笑い声を上げた。
あれだけ派手に吹っ飛んで意識があることには安心したが、見た限りでも制服が微かに焦げ、土まみれになっているが月島に目立った外傷は特につけられては無い。
だが、疲労と傍から見えないところにダメージが蓄積しているのか、呼吸は荒く、一向に立ち上がろうとしなかった。よく見れば、右腕に巻かれた包帯からうっすらと血がにじんでいる。
そして、辰野も月島がしばらく動けないと思っているのか拘束やトドメを刺さずに語りかけた。
「意識はあるのか」
「見て分らないのかい」
「そうか。なら、敗北を認め、我が王国に投降してもらおう」
「いやだと言ったら、どうするつもり」
月島の問いに答えるように辰野は刀を上段に大きく構える。
「手足を斬ってでも無理矢理連れていく」
「おいおい、女の子を力ずくは無いだろう」
「黙りなサイ」
「……へい」
六原としてもこの状況を変える一言でも言ってやりたいのだが、首筋にナイフを押しこむメイドによりこれ以上何も言えず、何もできないという歯がゆさを隠しきれずいつのまにか奥歯を強く噛み締めた。
「投降しろ」
月島はそうかと短く言うと辰野の攻撃によって折れた杖を握る。彼女の杖の先端の赤い宝石は最早光を放つことなく深く淀んでいた。
辰野は抵抗しようとする月島に不思議そうに尋ねた。
「折られた杖にはもう力が無いだろうが」
「……」
「魔法でも使おうとするなら暴走するのがオチだぞ」
質問に応えることなく魔女は宝石がついた杖を撫でる。
「ふふ」
そして、うっすらと微笑みを浮かべた。
何でこんなときに余裕のような笑えるのかと六原は疑問に思うが、首筋により深く食い込む刃物感触がジワジワ恐怖をあおり落ちつかず、考えがまとまらない。
「こんなか弱い女性に対して手を上げるなんて騎士として恥ずかしくないのかい」
上目使いでどこか妖艶な雰囲気を醸し出す魔女のセリフ。こんなときにでも扇情的だと感じる六原とは対照的に騎士は怯まない。
「か弱い女性が上級魔法の連発なんてしないだろうが」
「……まさカ」
状況を理解できない六原の後ろで、息を呑む声がメイドから聞こえた。
「タツノ!」
メイドは魔女が何をしようとしているのか悟り、阻止する為に辰野に叫ぶ。
「その杖を奪い取りなサイ!」
「え……おう」
叫ぶメイドが何を言いたいのか分らなかく、一瞬迷ったが、それでも辰野はそのまま剣を振り下ろす。
が、その一瞬は魔女にとっては十分な時間であった。
「全く女性に手を上げるなんて」
彼女は宝石のついたほうの杖を頭上に放り投げる。
そして、目を瞑り、迫る剣に気にせず言葉を続けた。
「魔女の罰が当たっても知らないよ」
その言葉と同時に刀を振り下ろす辰野の動きはピタリと止まり、月島はその場から転がり退避した。
辰野は月島が何をしたのかようやく気付き、叫ぶ。
「自爆か!」
「何ソレ!」
驚き声を上げる六原の目線の先で、折れた杖は最後の力を振り絞ってかけられていた自爆魔法を発動した。杖はまるで風船が割れるように軽快な音を鳴らす。同時に中から、膨大な煙と光が衝撃と共に溢れ出し、周囲を巻き込んだ。
「がぁぁ!」
カウンター気味に入った爆発を辰野は後ろに大きく跳ぶことによって回避した。しかし、大量の光はまともに浴びてしまい、悲鳴を上げながら顔を片手で押さえ苦悶の声をあげる。
「さよならだね」
小さく月島は呟くと地面に寝ていた体勢から素早く起き上がると、後ろに飛び距離を取る。
すかさず月島は残った片割れの杖を地面に突き刺す。地面に刺さる先端から無数の線が溢れ出し、結合し、重なり合い、様々な魔法陣が浮かび上がる。メイドは魔法陣の設置された場所を見ようとした。だが、魔法陣の位置や形を確認できる前に周囲は爆発で撒かれた白い煙に包まれる。
「おいおい、マジかぁ」
自爆魔法で生じた爆煙は近くにいた六原と月島、メイドを瞬く間に巻き込む。
奪われた視界の中で再び正面ではかすかな発光や爆発が聞こえる。
「チッ……」
白く染まる景色の中でメイドの舌打ちが聞こえる。すると、首に宛がわれていたナイフの感触が無くなった。
不思議に思い。振り返ると目の前に先ほど月島の魔法で見た黒い腕の形をしたような物が地面から生えていた。触ってみようとしたが黒い手は一瞬で飛沫のように弾け飛ぶと消え失せる。
いきなりの出来ごとに六原は少し動揺した。だが、すぐに自分が気に掛けることは別のことであると思い出し声を上げる。
「って、おい。月島さんどこだ!」
意外にも返事はすぐ傍で聞こえた。
「耳元で騒がないでくれないか。驚くじゃないか」
「うわっ!」
右からいきなり何事も無かったように現れた月島に驚く六原の腕をつかまむ。
「さて、逃げるよ」
右手には真っ二つに折れた杖の片割れを握っていた月島は片膝を地面に着き、そのまま足元に杖が突き刺した。
僅かにめり込ませた箇所が小さく赤色に発光する。赤い光は地面をなぞる様に奔り一つの円を描いた後、円の内側に滲みこむように赤い線で図形を描き、一つの魔法陣を完成させる。
「これは……」
「転移魔法ってやつさ」
六原は疑問に思った。
「あれ、辰野が折れた杖は使えないっていってなかったかな」
その割にさっきからバンバンぶっ放していることに今更ながら矛盾を感じる。
「そうだね、普通ならそうだけど。私の杖は特殊でね。バラバラになっても使えるのだよ」
「すげぇな」
「感心するのは構わないけど、私の腕を握っていてくれないかな。杖が折れているから触れていないと一緒に転移できない」
六原の腕を離し、月島は白く染まる視界を見渡すと、淡々と言い放つ。
「さて、後、30秒ほど掛かるからそこが勝負かな」
「勝負?」
疑問はすぐに解決する。
「にがさねぇ!」
「……なるほど」
怒鳴るような大声。
――つまり勝負とは無事に逃げられるかどうかの勝負ところかぁ。デンジャラスだなぁ。
六原の正面から緑の魔法陣と共に剣を握り締め、戦いによりボロボロの制服になった辰野が突っ込んできた。その片足からは血が流れ落ちている。
「さて最後まで気が抜けないね」
迫る辰野に向かい突き刺した杖を抜くと先端を辰野に向け円を描き、魔法陣を発動させた。
「らあああああああああ」
叫びながら特攻してくる辰野に向け壁のように火柱が現れ、辰野の行く手を阻む。静止するかと思われたが辰野は炎の壁に飛び込み突き破る。
それを予想していたように辰野に向け投槍のように何かを投げる。反射的に叩き落した瞬間、辰野は自分が何を斬ったのか理解した。
魔女と呼ばれた少女は呟く。
「……ボンってね」
槍のようなものは杖の片割れであった。
「しまッ」
気が付いたときには杖は自爆し、今度はカメラのフラッシュのような鋭い光と爆発に、辰野は視界をやられ、バランスを崩し地面に倒れる。
何とかなったか。六原は緊張がほどけていく。
瞬間。
何かが視界の端を横切り、とすりというを音が耳に入った気がした。
「っ……」
一拍の間のあと六原の耳に小さなうめき声が聞こえる。
同時に月島の肩を掴んでいた右手が引っ張られた。隣を見れば先ほど杖を投げた月島が右手の甲を抑えうずくまっていた。
――そんな訳なかったじゃねぇか。
月島の右手には一本のナイフが深々と刺さっていた。
おそらく、メイドが投げ放ったものだと分かる前に、
「伏せろ」
六原は反射的に月島を抱きしめ地面に押し倒した。
「大胆だね、キミは。離して、くれないか」
少しぐらい照れて欲しい、何も反応してくれないのは少し男としてへこむが六原は離す事無く月島に笑いながら言った。
「少しぐらい格好付けさしてくれぃ」
――だってさぁ、こんなときにあまりにも何も出来ない自分が許せない。さっきからアレ?オレ何もして無くないか?といういかにも役立たずな脇役のような立ち位置をさせられていたのだ。これぐらいはさせて欲しい。
「やめて」
かすれた声がした。だが、次に身に起きた痛みと熱で聞こえた言葉は吹き飛ぶ。
冷たい感触が体に幾つも入り込んでくる感覚。冷たさは一瞬で煮え湯をかけられたように熱さが込みあげる。
こういう時ヒーローなら強がりの一つでもいう筈なのだろうが、六原は今まで感じたことのない痛みに叫ぶしかなかった。
「イッテェエエエエ!!」
気が付けば六原は叫び声を上げた。
電気でも流されたかのような痛みにより、視界がぶれる。
途切れ途切れの意識の中で六原が見たのは紅い陽炎。
それは地面に描かれた魔法陣が発動の為赤い光が強く放っていたからであった。
赤い光りは一際強く輝き、転移魔法は発動される。不意に体が浮くような感覚が起きた後、六原は強い痛みに耐え切れず意識を失った。
――嗚呼、畜生。




