舞台の袖でスッキリすることなく脇役は幕を閉じた。
*鬼と祓い屋の物語 21*
「六原さん」
「うぉ! つ、月島さん。いきなり抱きつくなんて」
「無事だったのだね。天野さんと戦うなんて本当に無茶を……でも、ありがとう」
「へへ、任せてくれよ。天野は先ほどボコボコにして三人娘に返しておいた」
「すごいじゃないか! まさに君はヒーローだよ」
嬉しそうに微笑む月島を六原は見つめ、これでFINだなと満足に思えた。
という六原の未来予想を描いた妄想は天野の拳が六原の顎を揺らす衝撃と共に粉々に砕け散った。
*脇役・六原のおはなし*
ヒキガエルのような声を漏らし六原の体は宙を一瞬浮いた後、背中から大の字に倒れる。
少しかび臭い畳の匂いと感触と共に背に強く打ち、苦悶の声が漏れた。
すぐさま立ち上がろうと六原は体を動かそうとするが天野の拳がきれいに顎に入ったのか、ぐらりと視界が揺らぐ。
――赤鬼さん。大丈夫か。
自分にとり憑く赤鬼に語りかけてみるが返事はない。どうやら、先ほどの天野のパンチで六原の代わりに意識が飛んだようである。途端に萎む風船のように湧き上がっていた活力や筋力が抜けていく感覚が六原を襲う。
「う、く、……」
脱力していく体。口を動かしてみるが幸い顎や歯も折れているわけではないことを確認した六原は立ち上がれない。
だから、代わりに強がって、ニヤリと笑みを必死で作ると鬼に操られているように少し渋みのある口調で話し始めた。
「くくく、この程度か」
「何?」
未だ瞳を赤くしている天野は平気そうに語る六原の声に目を細める。
「この程度で私を倒せると思ったら大間違いだぞ。大間違いだが、あと五分ほど休憩を取りたいのだが……いいかなぁ」
「六原、テメェ目を覚ましているだろ!」
「……何のことだ」
「目が赤くなっていないぞ」
「……何のことだ」
「目をつぶんな!」
だが目を開ける様子もない六波羅の耳に近づく足音が聞こる。気になり薄目を開けてみると六原の顔に向かって一枚の札を顔にはりつけようとするのが見えた。
「ちょ、それはアカン」
思わず声を上げ、伸ばしてきた腕を受け流すとふらつく体を力を振り絞り、畳の上を転がり距離を取る。
こちらに来る様子のない天野の姿を確認したあと。ふらつく足取りのままゆっくりと体を起き上がらせた。
ケタケタと笑う声が聞こえる。
先程から聞こえる耳障りな声であった。
畳が広がり、ふすまで囲まれた巨大な大広間のようなこの部屋。突然、人間同士で殴りあい始めた不思議な光景にいつの間にか小柄の鬼がふすまを小さく開けて握り拳ほどの顔を出し、ケタケタと愉快な笑い声と舐めるような赤い視線を六原たちに周囲から注いでいるのであった。
足止めしている不破の霊武、水月が相手をしていないところを見ると危害はないと見えるが、それにしても笑い声が不快にさせられる。
「六原、何故俺達を裏切った」
札を袖口にしまいながら、天野はゆっくりと息を吐く。すると天野の赤い瞳は元の色に戻っていく。
「別に、裏切って、ないぞ」
「おいおい、無理して立つな」
「無理して、なんか、いないよぉ」
「足震えているぜ?」
同じ状態でも経験か、才能が違うのか向こうは左手一本で六原をボコボコにし、さらには鬼の力を失った六原に対して自らも力を抑えてくれると言う始末。
――嗚呼、すげぇ、情けないな。
先程のような鬼の力は今はもう、感じない。だが、六原は諦めずに飛びかかる。
「とりゃ!」
「いいから無理すんな!」
「ガフッ!」
六原の攻撃をすんなりとかわした天野は拳を振るう。ふらつく足取りでは避けることもできず、六原の腹部に鋭く拳が突き刺さる。
周囲から鬼の歓声がより一層大きくなった。
「かは……あ……は……」
息ができず、六原は口を魚のようにパクパクすると再び畳の上に膝から崩れ落ちた。必死に空気を吸いたいが六原の体はいうことをきかない。
それでも六原の口元は歪み笑みを作っていた。
「ぜぇ、ぜぇ。よし……勝った」
「……何言ってんだ?」
「へへへ」
頭がおかしいものでも見るように呆れた瞳で六原を見下ろす。
天野は気づいていないようである。六原を相手にしているため時間が思った以上に経っていること。そして、このぐらい足止めできていれば月島がカグラを助けに行く時間稼ぎには十分であった。
しかし、見下ろされるのは腹が立つので六原はよろよろと両膝に手をかけ立ち上がる。
――今頃、月島の熱い説得でカグラがメロメロになって助けられて、ハッピーエンドなのだろうねぇ。いや、仲良くなってくれるといいのだけど。
「いやいや、いやいや、何言っているんですか。そろそろ、オレの力を開放してお前をボコボコにぃ!」
六原は力を込めた左手で不意を打つように殴りかかる。
「意地を張んなって」
「ぼこっ!」
だが、拳は空を切り、カウンター気味にもう一度顎を殴られ。そのまま畳に叩きつけた。
「何故だ、お互い左腕しか使えない状態で、鬼の力を使っての素手での喧嘩だ。一発ぐらい殴られてもいいじゃないかよ。まさか、これが主人公補正ってやつか」
「お前、意外と余裕あるよな」
「ははは、照れるじゃないか」
――まぁ、もう立てませんけどねぇ。
先ほどの天野のパンチで完全に視界が揺らぎ、体にも力が入らなかった。
大の字に畳の上に倒れた六原が少しも動こうとしていない様子に、六原は天野が動けないと判断したのだろう。小さく息を吐き、肩の力を抜くと倒れた六原の横にしゃがみこみといつもの少し落ち着いた声で語りかける。
「最近のお前おかしいぞ」
「そうかいねぇ? これでも常識人なのだが……」
「冗談で濁すなよ。以前のお前は、夜ヶ峰とも仲良くしようとしていた頃の……」
「それはできれば言わないでくれ。思い出したくない」
きっぱりと昔の話をしようとした天野をはっきりと拒絶する。
その話は月島と出会うより以前の事であった。
今から二か月前、天野達と打ち解けずにいた夜ヶ峰という無口な少女のお話。急に転校し、天野たちの仕事を手伝うことになった夜ヶ峰は何故か無口で人とコミュニケーションをとろうとしない、だから、孤独であった。
そして、その話を聞いた天野のクラスメイトである六原が無口で孤独を抱えていそうな彼女を助ければヒーローになれるし惚れてくれて一石二鳥じゃね。と下衆な考えから夜ヶ峰や天野と交流し始めたのだ。
――今思えば、甘い考えであったし、最低な理由だったねぇ。
結果はいつも通り。親切の押し売りのような形で迫る六原は避けられてしまい、同じく交流していた天野が余計になつかれるというわけのわからない状況になった。そうして天野は彼女の悩みを解決し、惚れられ、六原はとなりから掠め取られてような理不尽な出来事にショックを受けた後、彼らと距離を取ろうと決心と付けてバッドエンドとなったのである。
――ははは、ヒーローになれるという認識が甘かったよな。つーか完全に逆恨みだねぇ。嗚呼、カッコわりぃ。けど割り切れないんだよねぇ。
「ははは……」
今では笑い話のような出来事につい自嘲気味な笑みが浮かべてしまう。
「どうして、こんな茶番のような事をふっかけてきた」
「まぁ、正直に話すとね」
未だ意識がくるりくるりと回り、頭がおかしくなりそうになる六原は一度深呼吸をしたあと観念したように言い始める。
「一応脇役で、ある意味今回の黒幕だからね。黒幕らしく少しボコられたほうがいいかなっと思ったんだ」
代わりにお前もボコるチャンスがあったからという事は本人の前ではさすがの六原も黙っておいた。
「意味がわからん。つーか、目的が見えないんだよ」
「嗚呼、そっちかぁ。悪いが今回いつものように救い求めるヒロインを助けるのは月島に譲ってくれないかなって思ってね」
「それならそうと言ってくれれば」
「言っても無駄だと思ったんだ。どのみち天野はカグラと打合せしてこの事件が解決した後にお前らの機関に入れるって話だろ。そんなハーレムルートまっしぐらの展開ごとぶち壊してやるためにはこれが一番だと思ったのだよね」
また、訳の分からんことを……と小さく声を漏らす天野。その声は周囲が静寂に包まれているため、六原の耳によく届いた。
「月島に言うぞ」
「嗚呼、そうかい。いや、ソレは言わないでくれない?」
と六原が言っているが、月島に言ったところで彼女はこのことを知っているのだが、できれば無関係だと皆には思って欲しかったので六原は嘘をつくことにした。
――そして、この健気な行動で月島はオレにときめきのメモリアルというオチが待っているのだよ。……嗚呼、本当にそうであってほしいよなぁ。
等という天野の睨む視線に目を逸らし、決闘のような展開で負けたショックに軽く現実逃避し始めているところで、不意に天野は首を上げ周囲を見渡し始める。
「おい、六原。静かすぎないか」
「そう、だねぇ」
気にしていなかったが天野の言葉で六原はようやく周囲が先ほどまでの小柄な鬼の笑い声や視線を感じないことに気が付く。
「なぁ、この状況今気づいたがやばいよな」
「そんなわけ無いだろう。周囲は水月が守っているんだぞ。不破の式神がそう簡単にやられる訳無いだろう」
言いながらこういうこと言ったら大体意に反する現実が待っているんだよな。と後悔したあたりで部屋の四方を囲む襖の一つを突き破り、六原たちの目の前をボロ雑巾のような何かが通り過ぎる。
畳の上に落ち、ゴロゴロと転がり反対側の襖に激突したところで転がってきたものが周囲を警戒していた水月であったことに気がついた。
「水月!」
「はい、は、い。水月ちゃんです、よー」
「息も絶え絶えに言ってんじゃねえよ。つーか、大丈夫か」
「平気じゃないでーす」
力なく手を振りながら不破の霊武である水月は痛みなど気にしないように立ち上がる。
顔を覆うマフラーなどの衣服はボロボロで顔や腕にはところどころスリキズが目立つ中、水月は右手に握った忍者刀を構える。
「お二人共男同士のイベントを楽しんでいるところ申し訳ないですが」
「意味ありげに言うのやめてくれないかなぁ」
「お前も話の腰を折るな。で、どうした」
「ちょっと、手ごわい相手が出てきたのでお手伝いしてくれないでしょうかねー」
一体何が。と水月が構え、視線を向ける場所を六原と天野は見る。水月が飛び込んできた穴の空いた襖から黒い腕が現れる。
一部の鬼特有の三本しかない太い指が襖に空いた穴の周囲にかけたと思ったときには襖は縦に引き裂かれ中から黒い化け物が現れた。
その出で立ちが視界に映ると同時にゾワリと背中にカンナを当てられたような寒気と震えが六原を襲う。
言い知れない恐怖が六原の意識を一瞬で飲み込み、悲鳴や、声が震えそうになるのがカッコ悪いのでなんとか我慢しながら六原は問う。
「お、おい、天野あれって」
「……牛鬼!?」
日本人形のような白い肌の能面を顔に貼り付けソレは現れる。黒い霧上にも見れる黒い外套をだらりと足元まですっぽりと覆い、僅かな隙間から丸太のような人肌をした両腕を覗かせている。
天井まで僅かの隙間しかない長身のソレは広げた襖の穴から背をかがめ、無言でこの部屋に入ってくる。
「牛鬼?あれが」
「いや。違う。新種の、いや、増援か」
「お、落ち着けよぉ。とりあえず、とりあえず、どうしよっかぁ」
「あんたら、落ち着かないと割とマジで死にますよ」
ズルリズルリと畳を擦るような音を立て、不気味に這いよる新たな鬼はこちらに向かってくる。
天野は焦っているようだが、六原は焦っているというより怖がらないように足の震えを誤魔化しながら、立ち上がろうとするが天野に殴られたダメージが抜けきっておらず、体が思うように動かない。
「つーか、マジでなんなの? ここに来て新種とか出しゃばり過ぎだろうが、空気読めよ!」
怯えていた恐怖と共にこの理不尽な出来事に対する怒りが沸き上がってくるが震えは止まらず、鬼も止まることもない。
(……新種ではない)
突如に先ほどまで途絶えた声が野太い声が六原の脳を揺さぶった。
――あれ、赤鬼さん。起きてたんですか?
(ふん、先ほどな。それで今いる彼奴は牛鬼様とは別の鬼神であるぞ)
――へぇ、名前は……
(あの面は……すまんが分からぬ。恐らく、まだ、名のない鬼神であるのだろう)
――鬼にも色々と面倒なのですなぁ。んで、相手の正体はわかったけどさぁ……うん、コイツはまずいなぁ。
六原はこれからの出来事に対して思考する。
目の前の鬼が襲いかかってくる。それに対して天野と水月が共闘して鬼を倒すのだとしても、今自分にとり憑いている赤鬼が裏切り、意志の弱い状況である六原の体を操るとすればなかなかまずい状況であった。
天野に対抗する為に不破に捕獲してもらった鬼であるので当然裏切るだろう。
そんな事を考えていると鬼神はいつの間にか目前に迫る。だが、体は自力では動かない。
――さて、どうしようか。
(いいから、さっさと体を渡せ。我ならやつの攻撃をかわす事ぐらいできる)
――……は?
(さっさとしろ!)
ぐらりと大きく頭を殴られたような感触の後、体から力が抜けてくる。同時に鬼神は腕を振り上げ拳を振るう。その攻撃を天野は瞳を紅くし、腰の刀を抜くがその攻撃を受け止めようとしたが刀ごと弾き飛ばされ、続けざまに鬼神が振るう拳はが六原に迫る。
「ふん」
六原は低い声を自然は言い放つと左手で器用に拳を受け流し攻撃をかわし、体を起こす。
鬼神の面、その奥から覗く真紅の瞳が六原と目が合う。
生気の感じないその瞳に少し悲鳴を上げそうになるが体が操られているので無理そうである。
――おいおい、いいのかい。裏切って。
(もとよりもう裏切った身、今更戻れるか。それに貴様を守るのが契約なのだからな)
――そうかい。あんたも律儀だねぇ。
等と頭の中で赤鬼と会話していると受け流した腕とは反対の左手が六原の体に迫る。六原も右手でもう一度払おうとするが折れている右腕はまだ治っておらず、動かすのが一瞬遅れた。
(ぬかった!)
――マジか!
反応に遅れ、鬼神の左手は六原の体を襟首掴む。息苦しさを感じるのは一瞬で、鬼神は六原の体をと襖に向かって投げつけた。
――あっ、やべぇ!
壁と六原の間にとっさに割って入った水月が六原の体を受け止めるようにし、それでも抑えきれない衝撃を素早く身を起こした天野が駆けつけ二人を受け止める。
「ごがっ!」
衝撃が背中に響く。だが、二人のおかげで背骨は折れておらず、まだ、体は動けた。
「あっぶねー」
「六原さん、大丈夫ですか」
「ったぁ……なんとかですかね。助かりましたぁ」
三人とも仲良く同じ場所に飛ばされ、身を起こす。鬼神は面の奥から除く瞳をこちらに向けると再び奇妙な音を立てこちらに迫る。
(おい、人間。我が囮になる。その間にここの場から逃げるがいい)
――いやぁ、いくら相手が同族だからって、チョイ役のキャラが出しゃばっちゃダメですよ。
(だが、このままでは)
――なぁに、多分話の展開的に大丈夫ですよ。うん、たぶん、きっと、おそらく……
等と六原が赤鬼と茶番をし、水月と天野が息を合わせ二人で飛びかかろうとした。
瞬間。
目の前が大きく発光し、爆発し、鬼神の背後を激しく揺らした。
畳が焼かれたのか焦げたような異臭と煙が一瞬で周囲を包み込む。
轟音と振動が三人の足元を揺らす目の前で背後の黒い外套を揺らしの鬼神は突然の衝撃に膝をつく。その隙を狙ったかのように鬼神の背後、爆煙に紛れ黒いローブを纏った人物が飛び出し、鬼神の後頭部を狙い膝蹴りを繰り出す。
鬼神と同じように足元までローブを覆い、フードを被っている為、その黒ローブは何者なのか分からなかった。唯一分かるのは口元が僅かに覗き、人だということと、胸のふくらみから女性なのだろうということぐらいである。
風を切るような鋭い膝蹴りが鬼神の後頭部に激突し、鉄の塊が打たれたような鈍い音が響くと鬼神の頭はガクンと揺らされる。
明らかに意識を刈取るような一撃であるが、痛がる様子もなく鬼神は振り返ると突如現れた黒いローブの女性に両腕を伸ばし掴みかかる。
丸太のような腕が伸ばされ、黒いローブは自らの両腕を使い払いのける。その際にローブの袖口がめくれ、白く細い腕が一瞬視界に映る。
払われたと同時に鬼はさらに距離を詰め、無言で頭突きを繰り出す。意表を突いた素早い動きであったが黒いローブは慌てる様子もなく冷静に腕を鬼神の頭の上に置くと跳び箱のように鬼神の頭上を飛び越え、着地する前に鬼神の背後を鋭く蹴り放つ。
背後を蹴られ、前のめりによろめく鬼神。
突如現れた人物にどう対応すれかいいか分からない三人を置いて無言で行われる突然の攻防の中、振り返ると同時にラリアットのように腕を振り回す鬼神の腕をかいくぐり黒ローブの女性は距離を取る。
そして、未だ爆煙が晴れない中へと黒ローブの女性は飛び込む。
すぐさま何かが畳から引き抜ける音が聞こえた。
その奇妙な音に気にする様子もなく、鬼神は逃すまいと煙の中へ進もうと体を歩かせる。
ずるり引きずる音が一度だけした後――
肉を貫く音がした。
鬼神の体は僅かに揺れる。黒い外套で包み込まれた巨大な胴体が深々と何かに貫かれる
鬼神の背から飛び出すのは赤い刀身の切っ先であった。
六原にとって見たことのあるその剣は素早く引き抜かれ、黒いローブの女性は後ろに飛び再び距離を取った。
剣で貫かれたのにも関わらず、傷口から血を流すこともない鬼神は呆然とする三人を一瞥した後黒いローブを追うため六原たちに背を向けて去っていった。
煙が晴れていく。鮮明になっていく周囲に鬼神と黒ローブの姿はいない。まるで夢であったかのような出来事。三人はただの呆然と見ることしかできなかった。
――嗚呼、あの人か。
最初に口を開いたのは六原であった。
「水月さん。再び周囲を警戒しておいて。それから任務完了の合図があったら皆で撤退という流れにするのと。また黒いローブの女性が現れたら手助けしてあげてくれ」
「はい。分かりました。けど、一体あの人は……」
「まぁ、ちょっと異世界のメイドってところだよ」
六原の言葉に少しポカンと水月はしたが、すぐさま身につけているマフラーで口元を覆うと一度だけ頷いたあと、鬼神が開けた穴から部屋の外へと出て行った。
――しかし、何故レイさんが来たのだろうね。と思ったけど……うん、大体は想像がつくなぁ。
辰野の仲間でありこの件となんも関係のないはずのレイがどうしてこんな異形の世界に来ているのかは六原には心当たりはある。
一か月前、月島を救おうとした際に敵対する関係となった辰野とレイ。その際に二人に協力していた六原の姉が月島の時と同じように以前協力した代わりに手伝いをしてくれるように言ったのだろう。
今朝久しぶりに家に帰ってきた姉が六原たちの状況を聞いてきたので正直に答えると、暇だったら増援でも寄越そうかしら。とポツリと言葉を漏らしたことを六原は思い出した。
「さて」
とり憑いている赤鬼に少し引っ込んでおいて欲しいと言い、紅い瞳が元の色に戻した後、六原は背後を振り返ると背後で刀を構えている天野に微笑む。
「色々あったが一件落着だねぇ」
「どこがだよ!」
全くと言いながら、天野に刀を鞘にしまう。そして、右手を挙げるとその手に一枚の白い鳥が止まった。よく見れば白い紙で折り曲げられて作られた鳥は指先に触れると、元の紙に戻りひらりと足元に落ちると青い炎を灯し燃え尽きる。
それはあらかじめカグラを救出した際に決めておいた作戦完了の合図の式神であった。
「どうやら、お前の企み通り月島がカグラを助けたようだぞ」
「そうかい。じゃあ、後はここを脱出すればいいってところかな。だけど、その前にいい機会だから天野に言っておきたいことがあるんだよな」
殴りかかってくる相手の話なんて聞きたくないというようなことはなく天野は訝しげな眼差しで話すように促した。
そんな恐らくこのままでは良くない優しい元友人に六原は最後に語る。
「安易に、『もし、捕まったら俺が助けてやる』なんて安易な約束なんてするんじゃないよ」
「聞いていたのか」
「いや、聞いてなくても予想ができる。そうじゃないとそこまでお前が必死になって周囲に『俺が助ける』なんて言わないだろうが……後、もう、カグラに関わるのはやめてくれないか」
「……何でだよ?」
「あの少女を救わないといけないかもしれない。けど、ソレはお前じゃない。お前はこれ以上背負ってはいけない」
何だかんだで鬼と関わる非日常的な話の中で様々な美少女のトラブルを解決する羽目になる天野。その度に惚れられ、少女たちの好意がのしかかる。
数多くの女性に惚れられ囲まれる。そんな人生を歩んでも天野は年をとり、残念なことに美少女に囲まれて生涯を終えるというような女性に気が利くような人物ではない。いつか天野も誰か一人を選ぶ羽目になるだろう。
その時、今まで背負ってきたものを下ろせるのか。
――他人の明らかに惚れられて行為にも気づかない。そんな鈍感な奴が人を救っても、その後も何人も支えることは無理なんだよ。
六原の言っている事が分かっていないような難しい顔をしている天野に六原ははっきりと言った。
「……ばっさりと言うとお目の正義面が気に食わないのと女の子はべらせ過ぎ。さっさと一人に絞れよ」
「ばっさりと言うなー」
天野は諦めたように大きく息を吐く。
「まぁ、いい。お前の言うことだからな。注意しておく。そのかわり、巫女を頼んだぞ」
「任せろ」
疲れたような笑みを浮かべ天野が差し出した左拳。六原もニヤリと笑うと左拳を突き出し、約束事でもするようにコツリと当てる。
少し前に一度、まだ、仲の良かった頃にした記憶が六原の脳裏をかすめるが、何故か遠い記憶のように六原は思えてならなかった。
背後で轟音と共に壁の麩に開かれた大穴からレイと水月が現れ、撤収するように声をかけてくる。どうやら、完全に周囲の鬼は追い払ったようである。
水月たちに手を振り答えながら、二人のもとへ六原と天野は小走りに向かっていった。
こうして、六原は活躍することなく今回の巫女のお話しは終りをむかえたのであった。




