魔女の救済
*鬼と祓い屋の物語 20*
*魔女・月島のおはなし*
先ほどの戦闘から一転して周囲は微かに鎖でくるまれた鬼の苦悶の声しか聞こえなくなった半球状の洞窟のような空間。月島の足元には背を丸めて倒れた着物姿の女性、カグラが冷たいゴツゴツした地面に倒れている。
周囲に動くことができる鬼がいないことを確認する月島はこの部屋に元からあったであろう奇妙な洞穴に気がついた。恐らく対峙する鬼の背に隠れて分からなかったのだろう。少し前までカグラが立っていた白い円の先である部屋の奥には細長く人がすっぽり入れるような大きな穴が床に開いていた。
崖のように垂直に掘られた長方形型のただ穴だが、何故か月島はその穴が不気味に感じる。だが、その理由を深く考えることはやめ、倒れたカグラに視線を移す。
周囲に鬼がいない。ならば、早くカグラの安否を確かめるのが先だと思ったからであった。
眠るように目をつぶる彼女の周囲には未だ額に札を貼った際に現れた文字が浮かび、月島に近寄らせないように二人の間に壁のように漂う。
――結界、いや、催眠みたいなものなのか。
冷静に自分の知識から目の前の不思議な現象について考えを巡らせる。
――とりあえず、壊してみても大丈夫そうかな。
そう結論を出すと月島は先に足元に転がった分厚い背表紙だけとなった本と呼べるかどうかも分からなくなった物を着ている装束の帯の背に差し込むと、両手で杖を握り魔法陣を描き、杖を再び炎の刀に変化させる。
そのまま達筆な腕で書かれたような文字の漂う周囲に向けて右から左に大きく杖を振るう。
ぐっとなにか挟まるような感覚がしたのも一瞬でスッパリと何かが斬れた時のような感覚が杖を握る手に伝わる。すると、浮かび上がっていた文字がまるで幻であったかのようにうっすらと消えていった。
不思議な文字が消えるのに合わせてカグラのまぶたが僅かに痙攣する。
「う……う、あ、ここ?」
「え……嗚呼、起きたのかい?」
文字が完全に消えると小さなうめき声とともに動かないでいたカグラがうっすらと目を開き、月島は目を覚ましたことに安堵しつつ、少し慌てたように言いながら杖を覆っている炎を消した。
月島は右手に杖を持ったまま彼女の目の前に跪く。
「何があったか覚えているかい」
「……は、はい!白昼夢のようにぼんやりとですけど、だ、大丈夫です。ありがとうございます」
まだ、意識がはっきりしていないのかカグラの声は少し頼りない声であった。
しかし、心配をかけないと無理やり大丈夫そうに立ち上がる彼女に何か言う気は月島にはない。
立ち上がったカグラはキョロキョロと首だけを動かし周囲を観察する。その仕草はなにか大切な物を探しているようである。
「どうか、したのかかい」
「あ、えーと、その」
不意にカグラがこちらに視線を向ける。向かい合って立つ月島の視界には以前まで札を貼られ隠されていた箇所があらわにさせられている。
血が流れた後がないみたいなので以前からえぐり取られたのだろうか彼女の右目は既になく。ポッカリとした空洞が空いており、その痛々しい様にさすがの月島も表情がわずかに歪んだ。
「あ、あの月島さん」
「なんだいカグラちゃん」
「あ、天野様は来ていないのですか。」
「ん?嗚呼、彼なら」
(どうしよう。彼女はてっきりワタシではなく天野さんが助けに来てくれると思っていたようだね。さて……正直には、話せないよね)
六原が天野の行く手を阻んでいるなどと言えるはずもない。迷った月島は適当な事を言うことにした。
「たぶん、どこかで鬼の相手をしているんじゃないかな」
「そうですか、来てくれたのですね」
若干嬉しそうに語るカグラに何と言えばいいのか月島は困っていると背後で大きな足音が聞こえ振り返る。
振り返った視界。
何かが飛んできた。理解できたのはそれだけであった。
だが、迫ってくる何かの正体を知るよりも速く、体に染み付いた月島の経験が働き、反射的に右腕に握る杖でその何かを叩き落とす。
金属音とともに重い衝撃。疲労している手首がわずかに軋む。
守るようにカグラを抱き寄せ、そこでようやく飛んできたものが斧であると理解する。そして、休む間も与えず、二、いや三本の斧がこちらに飛来してくる。魔法陣を描く時間もなく、魔術書も今はページが全てなく使用できない。
――しまったねー。
冷静に、だが、心の中で小さく舌打ちして杖で跳ね除けようとするが
二度の金属音、だが、三度目に向かってくる斧に対して迎撃までに反動で手が痺れる。
淡々としている月島であったがここまで来るのに疲れていないはずがなかった。その反動がここに来て体を蝕んでいた。
感覚が薄れていく手。それでもなんとか杖を握り締め、飛んでくる最後の斧を受け流そうとしたが力が入らず、なんとか機動を反らせたが杖が手から離れ、気がついたときには手の届かぬ方向へと転がっていった。
そして、地面を震わせるような地響きと、足音を鳴らし奴らが砕かれた入口から姿を現した。
「きさまら、生きて帰れると思うな!」
深い怒りをこもらせた声を現れた鬼の集団の一人がいう。その内一人の両腕には鎖でミノムシのようにされた牛頭が抱えられていた。
鬼の集団の数は先ほどを同じであった。だが、月島は今や完全に丸腰である。
ざ、ざ、ざ、ざ……
「動くな。少しでも動けば、貴様に向けて刃を投擲する」
規則的な足音だけがする。
彼らは入口をくぐり月島たちのもとに歩み寄る赤い集団の化け物たち。
先頭の鬼以外話すこともないが、薄暗い中で輝く紅い瞳の全てが月島に殺意を向けて静かに睨みつけることはしっかりと伝わって来る。
――さて、どうするべきか。
一見、絶体絶命という状況。だが、油断や慢心などではなく月島にとっては――昔とある異世界の国を滅ぼそうとした象徴とされる少女にとっては、この程度の危機、慣れているものであった。
だから、冷静に抱き寄せるカグラを守り、どうやってこの場を切り抜けるか月島は思考する。
あまり時間はないなか素早く頭を回転させ、イチかバチか袖口に挟んでおいた魔法陣を描いた一枚の用紙を発動させ、ひるんだところを素早く杖のところまで駆け寄り別の魔法陣を描く。というのがとっさに月島の頭の中で浮かんだ一番の案であった。
そして、月島は覚悟を決め余裕のあるように、微笑を浮かべた。ここで笑うことで少しでも手元を意識させないようにするためである。
「ふふふ、か弱い女性に集団で来るなんてよほど臆病者と思えるわね」
口で挑発し、気づかれないように小さく手首を折り曲げ、装束の袖口に挟んだ魔術書とは別の折りたたんだ一枚の用紙を取り出そうと――したが、歩み寄る巨躯の鬼達の様子に動きが止まる。
統率のとれた歩行が一斉に乱れながら止まる、そして鬼たちのほとんどの目が大きく見開かれ、動揺する声が集団の中から漏れ始める。
――何、何が、起きて……
僅かな魔力を感じ月島はその方向を、カグラの抉られた片目の方向に首を向ける。あるはずのない右目に魔力と似た力が収束していくのが分かる。
そして、空っぽのまぶたの中に目が出来上がっていた。
ただ、その目は瞳孔も白目もなくすべてが黒く塗りつぶされている不気味な目であった。
「カグラちゃん?」
「後ろを、絶対に見ないでください」
真剣な声でカグラは月島に語る。同時に月島の背後。おそらく少し前に気づいた穴から巨大なナニカが沸き上がってくるのを背で感じた。
確かに月島は振り返らずにいて良かったのかもしれない。そう思えるほど目の前の鬼達の表情が驚愕の表情に変わり、月島の鼻腔を酷い腐臭が鼻を刺す。耳からは口笛のような、乾いた甲高い音がまるでナニカが必死に息をするかのように聴こえてくる。
鬼たちはそれぞれ呟く。
「……主上」
「儀式は終わっていないはず」
「なんというお姿に」
「嘘だ、こんな姿」
口々に言う言葉は違えど皆、声色には悲痛が込められている。
嘆く鬼たち。一体何を見ているのだろうと漂う腐敗臭に少し気持ち悪くなる月島の横でカグラは静かに彼らに語りかける。
「……私は、まだ未熟なのです」
背後ではなにか虫が這う音が耳障りに聞こえ、腐敗臭とは別に焦げた肉の匂いが漂う。
「なので死者を生き返らせるとしてもこの程度しかできないのです。生前の頃のような肉体に戻すことも、意識をはっきりさせることもできず、死者のように腐り爛れ、彷徨うだけの亡者としてでしか生き返せられないのです」
そして、月島と鬼の間に黒い塊が落ちる。べちゃりという音が床に叩きつけられた瞬間、それは黒い炎として燃え上がる。
だが、炎としての熱さはなくどちらかというとそれは寒気がする生きた氷の黒い塊のようにも思える。
月島は鬼たちと同様に目の前の光景に眺めることしかできないでいた。一体どういうものかわからない不気味な炎。しかし、月島は本能的に絶対にこれに触れてはいけないものだと瞬時に悟ってしまう。
「ですが、貴方たちのおかげでようやく力を使えるようになった未熟な私でも、こんな風に死者を操り、貴方達に死に送ることもできるのです」
静かにカグラは語る。目的を果たすこともできず、目の前で黒き炎を放つ、ナニカに鬼たちはもはや呆然と月島の背後の何かを見るだけしかできなかった。
その光景に申し訳なさそうにカグラは乾いた笑みを浮かべ鬼たちに頭を下げ、口を開いた。
「だから、私が殺してしまわないうちに消えてください」
さらりと言うカグラの頼み。鬼の一人が力のない声で引くぞと聞こえた気がした。
そして、鬼と月島の間に再び、今度は天井にまで燃え上がるほどの炎が月島の背後から降り注ぎ、黒い炎で視界が奪われる。
黒い炎が勢いを無くし視界が回復していくと鬼たちの姿はまるで最初からいなかったかのように全て姿を消していたのであった。先程まで鎖にくるまれていた鬼もいなくなっていた。
「……諦めてくれましたか。はー、良かったです」
鬼たちがいなくなったことを確認した後、カグラは一度両目をつむり開く。すると、先程まであった漆黒の瞳は消えていた。
「よか、った」
そして、疲れたのか力がフッと抜けたように体がガクリと倒れそうになる。
「おっと、大丈夫かい」
同時に背後の巨大な存在感がスッと消えていったのを感じながら、カグラの頭が床に倒れそうになるのを片手で支え直した。
「あ、ありがとうございます」
「それはこちらのセリフだよ。おかげで助かったよ、ありがとう」
「いえ、お役に立ててよかったです」
嬉しそうに薄く微笑むとカグラは語る。
「これで、この場所から逃げることができますね。あの、月島さん。私を……」
カグラは一瞬言うのを躊躇ったが、一度目を伏せた後、決心したように体を支える月島にまっすぐな目で見上げた。
「私を……天野様のところへすぐに連れて行ってくれませんか」
「……」
――嗚呼、やはりか。
カグラの言葉に月島は六原の言っていた内容を思い出す。月島はカグラの頼みに答えることなく、代わりにおそらく天野に会いにいくであろう目的の予想をカグラに突きつけた。
「カグラちゃん」
「は、はい。何ですか」
「君は天野さんと会って、あの屋敷から出ていこうとしているのだろう」
「……」
カグラは驚いたように目を瞬かせると諦めたように正直に答える。
「……やはり、知っていましたか」
「そんなにあの家が、家族が嫌のかい」
「はい」
かすれた声で神楽は答える。
カグラは望んでいたこのだ。このまま、うやむやになって実家に戻らず、あの鳥かごのような屋敷から連れて出して欲しかった。
そんな事をしようとする理由を六原は推測しあらかじめ月島に教えていた。
「お願いします。どうか、このまま、私を連れてあの家から」
カグラの頭を支えているとは反対の月島の右手をカグラは握り、懇願する。強く握り締めてくる力から彼女の必死さが伝わる中で月島はしっかりとした声で答えた。
「カグラちゃん」
「はい」
「甘えちゃダメだ」
「……え?」
不思議な声を上げるカグラに向かって大きく首を横に振り、カグラの頼みを却下した。
今より、二日前の夕暮れ。
山小屋の脇にできたマルタ椅子に座り、向こうの山に沈んでいく橙色の太陽を見ながら、カグラを私が救うと言い。あっさりと了承した後、六原は月島にポツリと言葉を漏らす。
「じゃあ、救う上で必要になるだろう面白い情報、いや、ヒントを与えようかなぁ」
「突然、何かな。いきなり上から目線で……少しイラっとくるじゃないか」
「ちょ、ひどいこと言わないでくれよ」
少し得意げな表情が崩れ、慌てだす六原に悪かったと平謝りを月島はした後、話すように促す。
「まったく。……では」
六原は一度小さく咳払いをすると再び、少し偉そうで含みのある口調で語りだす。
「まず聞きたいけど、なぜ、彼女は、カグラちゃんは鬼に連れ去られる際に抵抗しなかったのだろうね。当主に聞いた所、彼女には相当な払い師としての素質を秘めており、ある程度鬼に抵抗する知識もあったらしいのだよねぇ」
いつも通り、素直に情報を渡すのではなく推理小説に出て来る名探偵の謎解きのように長ったらしい解説を六原はするようである。月島は仕方なしにその六原のノリに乗ってあげることにし、六原の問いに真剣に考え始める。
カグラはなぜ抵抗しなかったのか。
確かにまるで抵抗出来なかったとさらわれた瞬間の光景を見たカグラの従者は天野たちに言っていた。そして、その話を聞いた時に天野さんは難しそうな顔をしていた事を月島は不思議に思っていた。
だが、少し考えれば六原に問われた答えは意外な程あっという間にでてきた。しかし、まさか。と少し半信半疑になりながら月島は返答する。
「六原さんはカグラちゃんが望んで捕まったとでも言うのかい」
「嗚呼、大当たりだね。予想だと、一度捕まったところまでは彼女は予想外だったけど、途中からは取り憑かれた鬼に抵抗するつもりもなかったところなのだろうね。理由はおそらく屋敷からの抜け出すこと」
「え……ちょ、ちょっと待ってくれないか」
口早に説明し始める六原に月島は慌てた様子で制す。到底信じられない話に頭の中は疑問で溢れていた。混乱しているのか上手く頭が回らないながらも月島は六原に問う。
「……分かった。もし、もしだよ。カグラちゃんが屋敷から出たいという目的があったとしてどうして、そんな危険を冒してまで」
「彼女にとっては鬼なんてもの敵だと思っていないのだよ。おそらく彼女にとって憎んでいるのは家族。いや、タケウチ家そのものなのだろうねぇ」
どうして。と月島が尋ねるよりも早く六原は察したのか、言葉を続ける。
「長い間、片目を抉られ普通でない軟禁された生活。あの年の年代には耐えられないものだろう。そんな中にオレたちのようなのほほんとラブコメをするような奴らが身近にいれば当然羨むだろう。妬むだろう。どうして、私が……そして、少女は思うわけだ。――こんな家に、生まれてこなければってね」
「でも、わざわざ捕まるなんてことしなくても」
「捕まることであの家で反魂の力を持つ少女、カグラを匿うことは不可能と証明される。そうすれば、高峰達、禁龍機関が彼女を保護するだろうってところだねぇ。そして、保護するとすれば彼女を助けるであろう天野が申し出てくる。そうすれば、彼女は自由。少し気になる少年と一緒にいられてハッピーエンドってところなのだろう。あははは、三文小説のような話の展開に笑っちまう展開!」
「そうだね」
「だけど、これが幼い少女が必死に考えた外の世界に行く方法だったと思うよ。まぁ、どうせ彼女の生活を聞いた天野がいつものラブコメの天然主人公のように『俺がお前を守って外に連れ出してやるよ』なんて主人公だから許されるようなセリフを言ったのだろうけど」
あくまでオレが推理した展開ですがなぁ。と最後に付け加える六原の話に月島は妙に納得できた。
彼自身今まで色々なファンタジーな世界に巻き込まれたからなのだろうか。大体こういう時にいう六原の推理は当たっており、信用するに十分である。
そう考えると天野が難しく今回の件について考えている訳も理解できた。
――きっと、辛い人生だったのだな。
鬼に身を捧げてさえ、屋敷から出ようとするカグラ。巫女という敷かれた道を歩く人生。それは確かにひどく嫌ものであると月島は知っている。魔女と呼ばれ、レジスタンスの象徴にされ疲れきっていた時のことが脳裏によぎる。
――なら、私が外に連れて行ってやればいいのか。
「じゃあ、彼女はあの家から出たいと思っているのか。なら、私の家で」
「ハイ、ストップ! そうじゃない。そうじゃないんだよ」
自分の家で匿えばいいのではないかと考え始めていた月島に六原は大きく首を横に振る。
「どういうこと?」
「えーとね。月島はカグラがあの屋敷でひどい目に遭っていると思っているかもしれないけどそんなことないんだよ。むしろ逆だよ」
「え……?」
再び驚く月島に六原は言葉を続ける。
「オレの調べた結果だと、武内家の者たちはカグラを巫女に選ばれたというだけで片目をえぐらなければいけなかった事に深く負い目を感じている。特に当主であり、カグラの父である光之助はあの冷徹な見た目に反してものすごい過保護でね。なんせ、軟禁の理由が片目のない彼女が外に出ればいじめられると思って屋敷で囲っていたぐらいだからなぁ。だから、少なくとも客観的に見ればあの家の生活が悪いものじゃないと思うんだよね」
確かに、まだ会って三日間だが、カグラと会った時に彼女は寂しそうな顔をしていたが特に辛いといった印象はまるでなかった。
気が付けば肌寒くなり、あたりも暗さを増していく中で月島は再度疑問を投げる。
「じゃあ、どうしてカグラちゃんは……」
「嗚呼、それはなぁ」
六原は一度頭を掻くと言いにくいのか少し考える仕草をした後口を開いた。
「やばいなぁ。格好良い言い回しが思いつかない」
「いいから、そういうのいいから。普通で頼むよ」
「ええ、そうなのかぁ。残念だね」
本気で残念なのか少しオーバーに六原は肩を落とす。とカグラが自身の生活が嫌になった原因を語る。
「普通に考えてあのぐらいの年頃にはよくあることだろ。ただの、反抗期だ」
そして、すんなりと答えた。
反抗期。思春期の年齢で起きる生理的現象のようなものだ。何かに反抗してみたくなったりするモノであると大まかな内容を知っている月島であったが、言われてカグラの年齢ならそんな風になっていてもおかしくないと思えた。
――けど、そんな。
しかし、頭で理解しても内心は納得ができないでいた。天野たちが再び鬼と戦うことになった今回の原因がただの一人の少女の反抗期から生じたものだと言われてもすんなりと受け止めることなどできなかった。
「まぁ、その事で当主の光之助も深く反省していてね。一か月前に彼女を条件付きで学園に編入すること話を進めていたという話なんだけど。少し遅かったというわけだ。せっかく同年代と会話できるようにという目的も込めて、わざわざオレたち、カグラと同じぐらいの年代のチームを護衛に指名してきたのにね」
「けど、光之助さんはワタシ達に対して冷たい態度じゃなかった」
「普通に天野がいたからじゃないのかな。ほら。悪い虫がつかないためみたいな。天野の朴念仁ぶりと異様にモテる事は武内達の世界じゃ有名だからな」
満足そうに語り終える六原に月島は考える。
六原の言葉を疑っていることはなかった。おそらく本当だろうと信頼していたからだ。
だから、今一度考える。どうすれば彼女を助けることが出来るのか。
――ただ、鬼の本拠地に行ってカグラちゃんを助けて戻ってくればハッピーエンドかとおもったけど、できればもう少し救ってあげたい。嗚呼、人を救うって案外難しいものなのだね。
悩む月島に六原は声をかける。
「月島。とりあえずね、天野はオレが足止めするから。お前は彼女を、武内カグラを救ってやってくれ。大丈夫、お前なら彼女の考えを正してあげて、あいつに家族の大切さを教えてあげられるって……」
「……六原さん」
「なんだい」
「ヒントだけじゃなかったのかい」
そこでようやくヒントというより答えを言っていることに気づいたようであるが、少しわざとらしく、し、しまったー! と薄暗くなった空に向かって六原は叫ぶ。だが、おかげで考えは纏まった月島は彼女を説得するための材料を六原と一緒に考えることにした。
そして、現在。全ての現状を理解していた月島はカグラを説得するためにしっかりと否定し、甘えるなと言った。
途端にカグラは目を見開くと暴れだす。
「い、いやです!」
予想通り、否定すると月島のそばを離れ距離を取る。
――やはり、簡単には納得してくれないよね。
とにかくきちんと話し合わなければいけない。月島はカグラに近づかずに床に転がった杖の方に行くと、拾った杖で青色の魔法陣を描き、この部屋の入り口に向かい複数の氷の槍を矢のように放つ。
鬼の侵入を防いでおくために作り出された氷の槍達は入口の周囲で花火のように弾けると崩れて開かれた入口を覆うように氷の壁ができあがる
これで後はカグラを説得し、あらかじめ仕掛けておいた転移魔法で脱出すれば一件落着である。
――問題は今まで悪役のように生きていた私が彼女を説得できるのかというこのだけど。だが、それでも助けようと思っているから、嗚呼、やってみるさ。
決意を固め入口を凍らせたことを確認すると突然の行動に唖然としているカグラに語りかける。
「ねぇ、そこまであの家が嫌いなのかい」
「ええ、そうです! 私だって! 私だって普通の生活がしたいのです。外に出てみたいのです……もう、こんな不幸な生活なんて嫌なの」
カグラは悲愴を漂わせ訴える。生まれた時に、反魂という能力を身につけているからというだけで家族に片目を抉られ、箱庭のような館で生活を強要される生活。
思春期を迎えたあたりの未だ幼い少女にとって多少我が儘や不満が爆発するのは何もおかしくはない。
だから、月島は黙って話を聞いた。
そして、日ごろ溜まっていた不満や外に出たいという欲望を吐き出すカグラが僅かに肩を震わせる。
「だけど、だけど、今に思えば皆様に怪我をさせてまで叶えたい願いなどではなかったでしょうね」
掠れた声で今更ながら後悔しているカグラに月島は近づく。
そして、ゆっくりと杖を持っていない右手を振り上げる。覚悟したようにカグラは肩を上げ目をつぶる。
「馬鹿だねぇ……」
震えるその頭をぽんと月島は手を置くと優しく撫でた。
「え……」
呆けるカグラに月島は淡々と語った。
「いいかい。カグラちゃん。辛かったら、話を聞こう。相談にも乗ろう。けど、家族を裏切っちゃダメだ。キミは思っている以上に幸せなんだ」
「そんなわけ……」
否定しようとするカグラに月島は膝曲げ、視線を同じ高さにすると説得する。
「あの襲撃の際に鬼たちにわが身構わず、戦った親の姿をキミは見たのかい。君が連れ去られた時に嘆く彼らは巫女としてではなく、家族としての物であったよ。それに、我が娘として、キミに友達が出来てほしいと願い、私たちに仲良くしてくださいね、何て言ってくるぐらいだ」
それは不破の霊武たちと、天野に好意を寄せる三人娘からの情報であった。襲撃際に先に六原に呼ばれた霊武――水月たちに屋敷の者達の行動を観察しておくように六原から頼まれており、三人娘は屋敷に来て、彼女たちが暇を持て余しているのを見計らって親族たちが顔を出し、よかったらカグラと仲良くしてくれないか。と言ってきたということであった。
ちなみに月島は早速仲良くしていたので親族たちから声こそかけなかったが深く感謝しているそうであるとのことである。
そして、知っていなかった事実に、カグラは明らかに動揺していた。
「え、ええ。父様たちが、ワ、ワタシは……」
片目だけが見開き、戸惑うカグラに月島は右手を少女の頭から手を離すと地面に素早く魔法陣を描く。赤ラインで描かれた魔法陣の効果は転移。そして魔法陣を杖の先端で叩き輝かせながら少女に優しげな声色で語る。
「キミは家族に愛されていると思うよ。それに家族達も君の外に出たいという頼みは否定しているかもしれないが、きちんと考えているみたいだからね」
おそらく学園に通うことができることを教えるとカグラは顔を両手で覆い肩を震わせる。その目の前に月島は手を伸ばす。
「だから、帰ろう」
カグラはその手を取り、ごめんなさいと両親の名前を言いながら肩を震わせた。
魔法陣から放たれる光は周囲を覆い尽すように輝き。転移魔法を発動させた。




