それはハッピーエンドなのか
入り組んだ廊下を抜け、下へ下へと続く階段を月島は降りていく。
「止まれ。人の子よ」
階段を降りるとそこは壁一面に障子、床には畳に囲まれた広い和室であった。
そして、少し離れた目線の先に二体の巨大な鬼がいた。赤い肌に鎧を着込み、それぞれの手には金棒が握られている。
「ここより、先を通りたければ」
「我らを」
「倒していくがよい」
仁王立ちする二体の赤鬼が何かを言っているが気にもとめず、月島は左手の魔術書を掲げ、ひとつの魔法陣を正面に出すと発動させる。
魔法陣から放たれたのは無数の光弾。薄暗い部屋を切り裂くように光の弾丸は鬼の体を射抜こうとする。
「「無駄ぞ、無駄ぞ」」
だが、その光弾は鬼たちの持つ金棒によって弾かれる。無数に放たれた光弾は鬼たちに当たることなく畳や天井にあたり、ホコリを撒き散らす。
「……」
すべての光弾が叩き落とされたことに驚きもせず、月島は後ろに大きく跳躍した。
「「逃がすか」」
距離を取られまいと鬼たちが月島に向ってくる。
その距離を見計らって、月島は光弾を放つ際、右手の杖で描いた銀色の魔法陣を素早く発動させた。
二体の鬼の足元が銀色の光を放つ。
鬼たちがその光に気づくよりも早く、ジャラリという音がする。
魔法陣の中から現れたのは無数の鎖。それはまるで蛇のように鬼たち体に絡みつき、一瞬のうちに二体の鬼の簀巻きを作り上げた。
そして、鬼たちはもがくが鎖を引きちぎることもできず、二体の巨体は畳の上に倒れ、わずかに地面を揺らした。
「卑怯者め」
「不意打ちとは、卑劣な」
苦戦することなく楽々と二体の巨大な鬼を戦闘不能に持ち込んだ月島は特に表情を変えることなく、まるで作業でも終えたように淡々とした表情で二体の鬼に近づく。
喚く赤鬼の内の一体に月島は杖の先端を向け、残る一体の赤鬼の方に首を向け問いかける。
「喚かないでくれたまえ。それで、捉えた少女はどこにいるの」
「兄者よ、答える必要はない」
「答えなければ、弟の身、分かっているの」
月島は弟の赤鬼の目の前で魔法陣を描く。
「兄者!」
「ちょっと、黙ってくれないかな」
叫ぶ弟の赤鬼の口元に鎖を操り、猿轡のように噛ませ、月島は再度問い直す。
「どうするの?」
淡々という少女。に兄者と呼ばれた鬼は隣でもがく赤鬼に視線を一瞥したあと、視線を反対方向に見る。その動作を月島は見逃さなかった。
「そう、分かったよ」
そう言うと赤鬼の口からの答えを聞くこともなく、月島はさきほど赤鬼が視線を向けた障子扉に向かい光弾を放つ。
光弾は障子扉を砕き、中から下へと続く階段が現れる。
しばらくすれば鎖は消えると二体の赤鬼に説明したあと、月島は鬼に背を向けると現れた階段を駆け下りていった。
所々ロウソクが道端に置かれた薄暗い古びた木製の階段。ギシギシと気の軋む音を鳴らしながら間に合うだろうかを少しだけ、不安になった。
少し前に倒した鬼から無理やり聞き出した話では捕まったカグラによる儀式は既に始まっているらしい。
頭に浮かぶ悪い考えを振り払う。
――ここまで来たのだ。諦めてはいけない。
自分自身を叱咤しながら月島は昨夜の六原との会話を思い出した。
明日はいよいよ作戦決行である前夜。いつもの魔女の踊り場、ある程度六原の考えた作戦を伝えられ、月島はワーの協力を得ることができたことを伝えたあと、六原が不意に訊ねてきた。
「一応、言っておくけど無理そうなら別にやめてもいいよ。オレたちがダメでもどうせ天野がカグラを助けるのだから」
「まぁ、そうなのだけどね」
いつも通り敷かれたシートの上に座る六原に隣に座る月島はキッパリと言う。
「彼女をこのまま彼が助けてはいけない気がするのだよ」
「というと」
「確かに天野さんならカグラちゃんを救うことはできるかも知れない」
「いや、できるだろうよ。ついでにカグラちゃんのハートをゲットして、ハッピーエンドになるんじゃないか」
「だけどね、六原さん。それだと天野に惚れて、天野はそれに気づく様子もなく、ひとりの男を取り合う構図に参戦させられるのだろう」
月島のセリフに頷く六原。そして、その結末は月島としてはあまり後味がいいものには思えないのだ。少なくともハッピーエンドには到底思えない。
「思うのだけど、天野に惚れないという選択肢はないのかな」
「それはないな」
月島の何気ない問いに六原はハッキリとした声で否定する。
「自分のピンチに駆けつけるヒーローだぞ。そりゃ惚れるに決まっているだろう。まぁ、オレはなぜか例外なんだけどねぇ」
「六原さんは特に活躍していなかったじゃないか」
月島のセリフに何故か肩を落とし露骨に落ち込む六原を気にすることもなく。なら、とニヤリと口端を釣り上げ月島は笑みを浮かべ答える。
「そんな泥沼の展開にさせるなら、私が彼女を救ったほうがいいじゃないか。だから、私が救う。救って友達になる」
「表情だけ見ると完全に悪者に見えるから不思議だねぇ」
「……ねぇ、やっぱり、悪いことなのかな」
悪者という六原の言葉にほんの少しだけ不安になり月島は問いかけると、隣に座る六原は少し考えた末に答える。
「うーん、確かにカグラを救おうとする天野たちを結果的に邪魔するのはいいことでは正しくはないよなぁ」
やっぱり、そうだよね。と月島は少し気が沈む。
だけど。と付け加え六原は言葉を続けた。
「正しくはない。けど、カグラの為を思ってのその行動は間違ってはいないと思うよ。だから自信を持っていけばいいさ」
「……」
「まぁ、少なくともオレは応援するから」
「ふーん、そう。……ありがとう」
特に表情を変えることなく月島は短くお礼を言った。表情を固めるのは昔から得意であった。
「こちらの作戦も下準備は出来ているしね。まぁ、後は月島次第だよ」
――そうだね。あとはワタシの力次第だ。
弱気になっている場合じゃないと思い。月島は、絶対に救うという強い思いを胸に下へと続く階段を下りていった。




