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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
2*鬼と祓い屋の物語*
41/47

すべてを裏切るモノ

*鬼と祓い屋の物語 16.5*



*鬼幹部・赤鬼のおはなし*


――なんだ、この人間は!


 石段などで囲まれた大きな空間の中央にポツリと立つのは作務衣服の男性。彼が片腕で振るう桜色の日本刀からは、以前赤鬼が門を襲撃した際の戦った白と黒の少女たちと同じ神秘的な気配が漂っている。


「ふん、次は誰ぞ」


 つい、先程まで彼に襲いかかった仲間たちは彼のひと振りの日本刀に斬撃に石畳の床に崩れ落ちている。

 不思議な鬼たちを斬ったはず刀。薄い桃色の刃からは不思議なことに鬼の返り血を一滴もついてはいない。

 だが、周囲は鮮血に塗れていた。その理由は彼が刀をひと振りすると刃から血が波状に広がるからであった。


 斬った相手の血を吸い、振るえば血を吐き出す日本刀は鬼をひと振りで屈服させる。まるで見たこともない力。理不尽な強さ。


 赤鬼の脳裏では数日前、襲撃しようとした屋敷の門前での出来事を思い出された。見せつけられた不尽な力で撤退に追いやられた異様な鎧と武器を身に纏った人間の少女たち。

 まさか、再びこのような屈辱の発言をする等と金棒を強く握り締め、赤鬼は背後に控える配下の鬼たちに命令する。


「兵を、兵を引かせろ」


 言いたくはなかった。

 しかし、このままではただの犬死になるならば、少しでも未来のために兵を残すことを赤鬼は選択した。

 状況は理解しながらも部下は反論せずにはいられなかった。


「しかし……」

「あれは我らでは倒せん。時間は我が稼ぐ。キサマらは撤退の準備を始めろ」


 無理やり、自分も言い聞かせるように感情を殺した声で言う。

 赤鬼は部下から鉈のような刀を受け取ると作務衣服の少年に向かって一歩前に歩みよる。


「では、我が相手になってやろう」


 脇腹が鈍く痛む。人狼に蹴られた箇所だ。既に着込んでいる鎧も凹み、欠けてもいるような状態で目の前の相手に勝てる見込みはないのは理解しているが、時間ぐらいは稼いで見せよう。

 それにボロボロの今の状態ではとてもじゃないが今後戦力になる気はしなかった。

 誇らしく言う赤鬼をゆっくりと少年はこちらを見返す。


「……我だと」

「そうだ、我が相手」


 言い終わらずに少年は片手を額にあて、嘆くように叫んだ。


「やっべー、マジかよ。一人称かぶっちゃたじゃん」

「……は?」


 周囲が何とも言えない空気に急激に変化し、少年はわざとらしく咳払いをすると刀の先を赤鬼に向けまっすぐに見据えた。


「……なるほど、貴様が相手か。面白い」


 落ち着けと赤鬼は自分に言い聞かせる。相手のペースに乗ってはいけない。ゆっくりと深呼吸をする赤鬼に不破は足元を見渡しながら語りかける。


「赤鬼よ。足元が邪魔ではないか。貴公の潔さに免じてきゃつらを運び出すのを見逃してやらぬではないが」

「何を、言っている」


 足元には刀傷を無数浴びせられた鬼たちが倒れている。皆息も絶えだえにしており、いつ朽ちてもおかしくなかった。

 もしや、罠かもしれないが、かといって断る理由もない。

 悩む赤鬼に少年は手を出さないように後ろに下がる。


「どうするかは。貴公に任せるがな」


 今一度赤鬼は鉈を握る手に力を込めたが、ゆっくりと諦めるように力を抜いた。


「……感謝する」


 吐き捨てるように言うと退こうとしている部下たちに倒れた鬼を救助するように命令し、彼らをこの部屋から運び出す。


「一体どう言うつもりだ。情けをかけたつもりなのか」

「試験のようなものだ」

「ふざけるな!」

「阿呆な事など言ってはおらぬが、後は、そうだな。目の前で死なれても迷惑だからだな」


 自分で斬り付けたのにも関わらずなんとも身勝手な言葉。なるほど。なんとも人の子らしい解答であった。


「恩を売ったからといって手加減はせぬぞ」

「ふん、笑止。むしろ全力で来るがよい」


 うめき声をあげていた鬼たちと部下の鬼も部屋から遠ざかり、石段に囲まれた空間には今や一体の鬼と一人の少年だけとなる。

 奥へと続く黒い鳥居の置かれた坑道のような入口を背にし鬼は再び鉈を構えた。


 背後では去っていく仲間たちの気配が残っている。まだ、時間を稼がなければいけない。

 だから、捨て身で飛びかかるわけにもいかず鬼はただ対峙する。


「来ないか。……ならば、こちらから行くとしよう」


 少年は目を伏せ短く言うとこちらに向かってゆっくりと歩き出す。

 赤鬼と少年の距離が詰まり、鉈の間合いに入った瞬間、赤鬼は迷わず横一線に鉈を振るった。

 鈍い手応えとともに鮮血が散り、何かが宙に跳ね上がる。


 やったなどと楽観的に鬼は思わず、続けざまにもう一撃加えようと鉈を振るおうとしたところで気がついた。

 鉈が先ほどと比べて軽くなっているのだ。赤鬼の目に宙に飛んだものが写る。それは自分の鉈の切っ先であった。


 そこでようやく少年の刀によって鉈が断ち切られたのだと鬼は悟ったが、手を緩めはしない。もう一度少年に向かい鉈を叩きつける。

 だが、結果として刃同士がぶつかる音とともに再び鉈が短くされるだけである。


「おのれ」


 このままでは手も足も出ない。鬼は半分ほどの長さになった鉈を少年に向かって投げつけ、すぐさま相手に飛びかかった。


 投げられた鉈を華麗にキャッチした少年は動じることなく襲いかかる赤鬼に容赦ない一閃を放つ。


 鮮血とともに振り上げた右腕から己の血が吹き出る。

 続けざまに激しい痛みが全身を突き刺す中、鬼は、笑った。来ると思っていた攻撃であったからだ。

 だから痛みに怯むことなく残った左腕を少年に向け、勢いよく突き出す。


「おしいな」


 しかし、拳は少年に届くことはなかった。手首の締められる感覚。少年はその細腕で赤鬼の豪腕となる拳の手首を握り、受け止めたのだ。


「馬鹿な、人にそのような力が!」


 納得がいくはずのない。驚きのあまり、声を張り上げる赤鬼に容赦なく少年は彼の腹部に向けて掌底を放った。


 腹部を揺らぐ衝撃。ぐらりと上体が傾いた鬼を少年の風を切るよう放たれた蹴りが頭部を揺らされる、その身を持って少年の理不尽な力を浴び、赤鬼は床に崩れ落ちた。


 揺らぐ視界の中歩き去ろうとする少年の気配がする。

 どうやら、この場で鬼の命は取らないようである。

そして、そのことに少しだけ安堵する自分自身に赤鬼は憤怒した。


「がぁああああああああああああ!」


 叫ぶ。本能のまま叫ぶ。

 右腕に力も入らず、視界が揺らぐ、向こうもこれ以上戦うことを望んではいない。だが、それでも、赤鬼は立ち上がる。


「一体どう言うつもりだ。同情のつもりか!」

「なんのことだ」


 斬りつけられた肩の傷は浅く、先程も蹴りつけるのではなく返す刀で首を切り落とせば確実に息の根を止めていたはずであった


「皆殺されてはいない。何故だ。手加減でもしているのか!」


 左腕で殴りつける。だが、いとも容易く避け、カウンターのように少年の右こぶしが鬼の顔面を捉えた。

 視界がゆらぎ、感覚がマヒした。が、歯を食いしばり残る力を振り絞り彼の喉元に牙を向けた。


 たとえ首から下を斬られたとて貴様の喉元を喰らう。


 予想外の動きに少年の瞳が僅かに見開かれる、小さな隙が生まれた。


 少年は知らなかった鬼というものについて――

 少年は侮っていた鬼の執念というものに――


 そして、鬼は知らないかった。彼の武器 、霊武について――


 目前の少年の喉元を捉えた視界がガクリと顎の衝撃とともに上に揺れる。


「がっ!」

「あっ、わりぃ」


 左腕に握られた刀の塚がアッパーのように鬼の顎を捉えたのだ。


――なぜだ。確かにやつの表情は油断を……


 思考する暇は与えられない。続けざまに刃とは反対部分にある刀の峰が右に左に彼の体を打ち付ける。血肉のような刀身からは血が溢れることはなかったがそれでも一撃、一撃の打撃は鬼を痛み付けるには十分な威力であった。

 ぼきりと、角の折れた音がした時には赤鬼の体は再び床に崩れ落ちていた。


 もはや、赤鬼は何も考えられない。目の前が全てゆがんで見える。

 にもかかわらず、体は立ちあがろうとする。もはや、意地であった。


「恋桜。助けてくれたことは感謝するがそこまで暴れるな。やりすぎだぞ」

「だって、主様を殺そうとしたのよ。それに安心して、峰打ちよ」

「峰打ちでも殴り過ぎだな」

「あら、殺されそうになった相手にも優しいなんて、ますます惚れるわ、主様」


 耳元では聞いたことのない女性の声が微かに聞こえる。

丸太のような丈夫な自身の足が震え、膝に手を置きながらもゆっくりと赤鬼は立ち上がり、少年の前に立ちふさがる。


「ほう、まだ立つか」

「ゆ、ゆずらん。こ、こ、この道は」

「あのな。我等は下にいる巫女を助けに来た、それだけだ。貴様らを滅ぼす気はないのだ。だから、譲ってくれぬか」


 無視して先に進もうと思えば少年は出来たであろう。だが、何故か請うように少年は問いかける。

 試験のようなものだ。と戦う前に言っていたことをおぼろげながら脳裏で思い出す。これも試験の一環なのか。


――人の考えることは分からぬ。

 

 分からぬが、何故か答えて見る気になり。赤鬼は本音をぶちまけた。


「信用できるか。貴様人は皆敵だ! いつも我等を悪と唄い、滅ぼそうとするではないか」

「まぁ、そうなのかもしれぬな」


 赤鬼の本音に未だ回復しない霞む視界の中、少年はゆっくりと右手を上げる。


「譲る気はないか」

「ああ」


 答えたのを合図に少年は指を鳴らし、風を切る音が聞こえた。


「ぐ、がっ」


 瞬間、どこからともなく放たれた矢が鬼の四肢に突き刺さる。


「た、おれは…」


 それでも鬼は仁王立ちする。


「貴様は何のために戦う」


 回復してくる視界の中で少年は先程まで作り物のような話し方ではなく、重みのある深い声色で静かに問いかけた。


「我らは」

「いや貴殿自身のことだ」

「なに?」

「君の想いを聞きたいのだよ」


 しばしの間、自身の事を見つめ直し赤鬼はつぶやくように言った。


「……私は主上を守りたいだけだ」

「主上? 牛鬼か」

「いや、我の主は牛頭様だ」


 今、巫女と共におり、彼女の敬愛する牛鬼を蘇らせようとする主上の事が脳裏をかすめる。

 赤鬼よりも数段強い主上ではあるが彼女の力を持ったとしてもこの理不尽な力の少年には勝てない。だからここで、腕の一本でも、いや、牛鬼様が儀式が終わるまでの少しの時間稼ぎを自身の命をかけて赤鬼はやらねばならないと思っていた。


 矢に刺された箇所からは血が溢れ、流れていく気配を感じながら赤鬼は睨みつける。少年は真っ直ぐに赤鬼を見つめ、そして、ゆっくりと頬を釣り上げ、


「ふ、合格だ」


 小さく息を吐き、笑みを浮かべた。


「……何だと?」

「おい、恋桜。こいつでよくね?」

「もう、主様ったら素敵、大好き」

「よしよし、こいつなら六原も喜ぶ筈だ」

「けど、主様。キャラがぶれていますよ」


 会話にならない会話を少年は握っていた血肉色の刀とする光景を赤鬼は不思議そうに呆然と見つめる中、少年は咳払いをした後、口調を整え赤鬼に話しかける。


「いい目だ。まるで命を惜しまない男の目。そこまで主上への忠義対したものだ。そんな貴殿に朗報だ。貴殿の主、牛頭を助けるようにしてあげよう」

「そんなこと」

「できるんだよ。先ほど我の、払い師よりも強き力を見れば分かるはずだが」


 見せつけられ、体感した彼の実力を考えれば赤鬼はこいつならできるのではないかと思えた。だが、理由が分からなかった。

 その内心を見透かしたように少年は赤鬼に語る。


「このままでは牛頭は他の祓い師達に殺されるぞ」

「――ッ、何が目的だ」

「話が早い。代わり協力してくればいいのだ」

「協力」

「まずは今までの者を全て裏切ってもらう」


――一体何をさせるつもりだ。だが、それで主上が助かるなら。いや、そもそも人間の話を信じられるわけない。


 悩む赤鬼の頬を風が切る音と共に矢が掠める。


「選ぶがいい。自尊心を選びここで朽ちるか。忠義を尽くし全てを裏切るか」


 どちらかを選ぶのは明白であった。命など既に赤鬼にとってはナイに等しいものだった。


「いいだろう。何を、させるつもりだ」

「何、ちょっとした 人 助けだよ」


 そして、人の部分を強調しながら少年は自らの名前、不破 慎太郎と名乗ると契約するように手を伸ばし、赤鬼はその手を握り返したのだった。


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