いきなり、退場
*鬼と祓い屋の物語 16*
*脇役・六原のおはなし*
とは格好をつけた六原であったが現状、特にやることがなかった。
周囲には剣の打ち合う音や獣のような声が遠くから聞こえているので、もちろん油断はしていないが予想以上に鬼はこちらに来ない。時折、廊下から鬼が姿を現しても、不破の霊武であるタイメクト達がすぐさま排除に行っている為、六原や月島はしばらく何もしていなかった。
ケータイを取り出し時間を見る。電波は立っていないケータイの画面にはここに来てから十分ほど経過したことを表示している。
敵もあまり現れない。なら、勝手に動いてもいいだろうと六原は判断した。
――奪われたヒロインを救いに行くため敵のど真ん中に突っ込む。うーん。やっぱり、先月と同じ状況だよなぁ。もっとも、今回のヒーロー役は月島なのだが……
これから起こるであろう出来事を予想し、頭の中でもう一度整理すると六原は月島に声をかける。
「月島」
「なんだい」
月島のそばに行くと一枚の札を彼女に渡す。それは奇妙な文様の書かれた札であった。
「これは」
「さっき結城が天野に渡していたのと同じ七瀬の札だよ。それを貼り付けるだけで憑かれた鬼を払うことができるから」
「本当にここからワタシが離れてもいいのかい」
「当たり前だろう。その為にワーを連れてきたのだからねぇ」
六原は視線をワーに向けるとワーは黙って小さく頷いてみせる。ワーや不破達には事前にこちらのやることを伝えている。だから、後は、目の前の少女が決断するだけであった。
「少女を救って友達になりたいのだろ」
無論、この考えが間違っているのかもしれないが、目の前の彼女が真剣に考えた結論なのだ。
――だから、救ってやってもいいじゃないか。
そんな想いを胸に込め六原は諭すように優しげに月島に語りかける。
「たまには我が儘になってもいいじゃないか。ほら、行ってこい」
六原は軽く月島の背をぽん押して上げる。数歩前へ進まされた月島は振り返ると頭を下げた。
「……ありがとう、二人とも」
「何、主のためなら安いものだ」
「嗚呼、どういたしまして。気をつけて行ってこい」
「ワーも六原さんもあまり無茶をしないようにね」
そう言うと天野が行った方向に月島は走っていく。
「おい、場所は分かっているのか」
慌てて呼び止め、六原はカグラがいるであろう場所を言おうとしたが、月島は止まず、駆けていく。
「敵から聞き出すから、平気だよ」
どういった方向で聞き出すのか疑問ではあったが、聞き出そうとする前に月島の姿は薄暗い闇の中に溶けていった。その月島が去っていった方向をぼんやりと見ながら六原は周囲を見渡す。
狐火による明かりが、ワーの影を大きく伸びていた。そして、何かをつぶやくようにドクリとナイフが脈動する。
「そうだな。では、頑張りますか。って、うわぁ!」
呟いた瞬間、六原は体を太い腕に掴まれ宙に浮かされた。
そのまま違う地点に着地し、ようやく自分がワーの獣のような体毛の太い腕に掴まれているのだと六原は理解する。
「ワーさん何いきなり掴んでいるのですか。……もう大胆なんだから」
「気色悪く、ふざけている場合じゃないよ」
低く唸りながら視線の先を見るように促され、視線を向けるとそこには奇妙な光景が広がっていた。
六原が先ほど立っていた位置。そこには何故か黒いシミのようなものが広い廊下に広がり、その中心から一本の灰色の腕が伸びていた。
「……敵、ですよねぇ」
「そうだね。まったく、嫌な臭いがプンプンじゃないかい」
灰色の腕は床に手をつけると自らの体を引き上げる。黒い水たまりのような場所から蜘蛛のように長い四本の手足が這い出た後、ずぶりと子供のような小さな体格に一本角を額に生やした頭が現れた。
黒いシミから現れた灰色の蜘蛛のような鬼は赤い瞳で六原たちを睨みつける。
少し遅れて六原のナイフの『夜霧』が何かをわめき散らすように激しく鼓動する
――嗚呼、なるほど。『夜霧』が鼓動したのはもしかして、鬼が現れたと教えてくれたものだったのか。
ワーの腕から離してもらった六原は銃を構えると状況を確認した。不破の霊武達は六原と反対方向におり、同じように現れた鬼と戦闘をしている。二人で四体もの灰色の鬼と戦っている様子からとてもこちらを手助けできる状況ではない。そして、自分の隣にはワーがおり、正面には一体の灰色の鬼と対峙している。
突然黒いシミから現れた鬼。たしか見た資料に彼らのことが書かれていた事を六原はようやく思い出す。
「なるほど、これがカゲオニか」
影などの闇から現れると言われるオニ。主に奇襲を得意とするといわれている。
そして、このタイミングで突然大量に現れたところを見るにおそらく月島がいなくなったところを見計らって出てきたのであろう。
――なら、これだけでは終わるはずがない。
「ワーさん、こいつの相手よろしく」
「お、おい。どこに行くんだい」
「ちょっと、あいつと戦ってくるだけだよ」
奥を指さす。廊下の奥からはゆらりと巨大な赤い鬼が現れる。その身に鎧を纏い、手には金棒を持っているあたり結構強そうだなと六原は思えた。
「小僧のくせにやれるのか」
「もちろん」
「じゃあ、行ってきな」
言い終わると同時に目の前の鬼に向かってワーは飛びかかり、勢いよく蹴りつける。風を切る音とともに放たれた強撃にカゲオニは腕で受け止めようとしたが、勢いを殺せずそのまま体が宙に浮かされ壁に激突させられた。
「ほら、いきな。コイツは私が倒してやる」
「あざーす」
礼を言うと六原は廊下を突っ切った。
こちらに気づいた赤鬼も吠え上げ、突っ込んでくる。咆哮がビリビリと六原の肌を震え上げさせる。
だが、鬼は知らない。この廊下には身を隠せるような障害物などがないことがいかに大切か。そして、彼の武器が銃という高速の弾丸を発射することを。
狙える位置まで近づくと六原は躊躇なく銃を構え、正面から来る赤鬼に向かい引き金を三度引いた。
乾いた破裂音が三度響く。
同時に、カキンという金属音が三度響いた。
「へ?」
驚きの声が自然と六原の口から漏れる。撃った弾丸は鬼の金棒ではじかれたのだ。六原がもう一度相手に向かって弾丸を打ち出すが、鬼は容赦なく弾く。
「マジか、おいおいマジかよぉ」
後ずさりながら引き金を引き続ける。マガジンが切れ、新たなマガジンをポケットから取り出し素早く交換し、もう一度引き金を引くが、六原の撃ちだす弾丸は虚しく全てはじかれた。
「グフ」
低く鬼は笑う。既に赤い巨体が目の前まで迫っており、完全に金棒の範囲であった。
――まって、待ってくださいよ。せっかく活躍できるのになんですか。この反則的な強さ。おかしいでしょ。
「ちょ、タイ」
タイムとも言い終わることもできずに容赦なく金棒は横に振るわれた。先ほどのワーと引けを取らない速度で振るわれた金棒を六原は避けることもできず、横腹に衝撃と激痛をともに加えられ、またたく間に壁に叩きつけられた。
壁にぶつかった衝撃で頭を打ったためか頭から血が流れてくると共に大きく六原は咳き込んだ。
とっさに左手のナイフで金棒を防御したが、勢いは殺しけれず、六原の目の前が歪む。反撃しようにも銃を握る右腕はひどく熱く腫れ上がっており、力が入らない。
未だ起き上がることもままならない六原にゆっくりと赤鬼は歩み寄る。着ている甲冑が不気味な音を奏でながら、間近に来た赤鬼は金棒を大きく振り上げた。
「……トドメだ」
「う、うわぁああ」
脳天に向けて力強くふりおろされた金棒が目の前に迫る。六原は圧倒的な死の恐怖に思わず悲鳴を上げ、目をつぶる。
――…………あれ?
だが、いつまでたっても衝撃も音も聞こえない。
ゆっくりと六原は目を開けた。
開かれた視界には金棒が目の前で静止していた。それは振り下ろされた金棒が一本の太い腕に掴まれてからだ。
「ワーさん!」
「まったく。小僧、大丈夫か」
いつの間にカゲオニを倒したのか金棒を片手で悠々と掴むワーは六原に雄々しい背を向け、ちらりとこちらに視線を向ける。
「ええ、なんとか生きていますねぇ」
「そうかい、それは一安心だね」
言いながら金棒を掴む腕に力を込めると金棒にぴしりとヒビが入り込んだ。
鬼は素早く金棒を外すと四本の鋭い爪の生えた腕を振りかぶりワーに襲いかかる。
「き、さまぁああ!」
「こんな細腕で私に挑もうってのかい」
ワーは動じることなく振るわれる鬼の爪を躱すと同時に鋭い蹴りを放つ。
「出直してきな!」
避ける暇もなく放たれた蹴りに鬼は衝撃で体を九の字に折り曲げ、廊下の奥に転がると低く呻きながら、体勢を立て直し、こちらを睨む。
「お、のれ……」
「諦めるんだね」
六原の耳元で二人の足音が聞こえる。それは残りのカゲオニを片付けたタイメクトたちがこちらに駆けて来くる音であった。
「……おぼえて、おれ」
悔しげな声を上げ、赤い鬼はしばらくこちらを睨んだあと、素早く後ろに跳躍すると廊下の奥に消えていった。
「助かりましたよぉ」
命の危機を回避し、六原の体からドッと力が抜けていく。
体が万全なら命の恩人であるワーに抱きついてやりたい六原であっただが、どうやら、体が思うように動かなかい。
「なにが『もちろん』だい。まったく手も足も出なかったじゃないか」
「面目ない。まさか、相手の拠点にいる鬼たちがここまで強いとは思わなかったですよ」
「いいから、あまり喋るんじゃないよ」
言いながら壁にもたれかかるように倒れる六原の体をワーはつまみ上げお姫様抱っこのようにさせられた。
カッと顔が熱くなり、思わずニヤニヤ笑うワーに訴える。
「ちょ、やめて、まじで恥ずかしい」
「我慢しな。それと少しは無茶しないように反省するんだね」
「……うぃっす」
ワーさんにはかなわないなと思っていたところで駆けつけたタイメクトたちが来ると六原は手当てをするため、白いドレスのような甲冑の霊武、クラリスに肩を担がれ茅の輪へと運ばれることになった。
「おお、クラリスちゃんが主以外の男と触れ合うなんて。これは浮気者デス」
「な、なにをバカなことを言っているのですか」
「ク、クラリスさん。あまり揺らさないでくれないですかねぇ。傷に響くんですけど」
じわじわとくる痛みを六原は苦悶の表情でこらえ、クラリスに肩を担がれる。
「まったく、気を付けるんだ」
ワーが何かを言おうとしたが、何故か最後まで言わず、ワーは六原とは反対の方向である廊下の奥を素早く振り向く。
「どうしたんデス。また、鬼デスか?」
「いや、見慣れた匂いがした気がしたのだが……いや、気のせいだね」
見慣れた、匂いねぇ。引きずられるように歩き、背後で聞こえる声に苦笑いを浮かべながら六原はそれこそどこかの物語の脇役、味方Aのようにあっけなく戦闘不能な状態に追い込まれたのであった。




