Jealousy
*鬼と祓い屋の物語 11*
*魔女・月島のおはなし*
蝋燭の灯篭で周囲を薄く照らす部屋の中、部屋の中心となる囲炉裏を囲むように三人の男女が座っている。
内大柄の男性は胡坐をかきながら低くどこか威厳ある声を放った。
「ふむ、なるほど。大方の事は理解できた」
月島のこの三日間に屋敷で起きた出来事の説明を聞いた不破は一人で納得してくれたようであった。
「じゃあ、説明してくれるのかな」
六原の仲間であろう目の前の不破と名乗る男性に月島は何故、今回六原恭介がここまでやる気がないのかと説明を求めた。
「焦るな。汝に分かりやすいように言うてやる。しばし待て」
――えーと。
「月島さん、月島さん。主様はね。ちょっと考えるから少し待っていて下さいねーって言っているよ」
真面目な顔で何かを考え始める不破の時代錯誤を感じる口調。この世界に来てまだ一年ほどしかない月島としては、不破の言っている言葉の意味が時折よく分からないでいたが、月島の隣に座る黒装束の少女が分かりやすく訳し説明してくれた。
「ありがとう」
「いえいえ、気にしなくてもいいよー。うちの主様は考えるより行動するタイプなの。それにこういう真面目な事を言うのが苦手なんだ」
「なんだと! 今、貴様、我を侮辱したか」
「やっだなー、してないよ」
天真爛漫とでもいう様な活力のある笑みを浮かべながら不破の言葉を華麗に受け流し、水月は月島に語り続ける。
「だから、主様はちょっと考えるのが苦手だからー、少し考えがまとまるまでワタシがいろいろと教えてあげますよ」
いいですよね、主様。と尋ねる水月に不破は、構わん。と言いながら再び唸り始めた。どうやらまだ考えはまとまっていないようだ。
恐らくもう少し時間がかかるようだと思いながら月島は水月に尋ねる。
「教えるって何をかな」
「えーと例えば、ワタシ達がどういった存在とかを、こんな感じで」
言いながらポンと軽快な破裂音と共に白い煙が水月の体から浮かび、次の瞬間には少女の姿は消え失せた。
代わりにいつの間にか一本の一直線の刀、属に言う忍者刀が座布団の上に横たわっていた。
――転移魔法?いや、ワタシの知っている範囲でこんな短時間で少女と武器を移動できる魔法は知らない。それよりも、水月はどこに消えたのかな。
突如消えた少女に月島が周囲を見渡すよりも早く、再び破裂音と共に煙が上がる。
「こんな感じで教えてあげますよー」
元気のある声と共に、すぐさま晴れた煙の中からは先ほどと同じように忍者刀を背中に背負った黒装束姿の水月が現れ、座布団の上に同じように座っていた。
――手品。なわけ、ないよね。
表情は変えないものの目を瞬く月島に向かって、現われた水月は元気に笑みを浮かべる。
「こんな感じで実際に語るよりも見る方が早く理解できますよね」
「えーと君達は……」
目の前で起こった不思議な出来事に少しだけ驚く月島に水月は説明を始める。
「これがワタシ達、『霊武』という存在なの」
先ほどの目の前で起きた不思議な光景を思い返し、頭の中で整理した月島は水月に質問する。
「つまり、武器になれる人間。いや、人間になれる武器という存在なのかな」
「おっしい。けど、概ね正解。人の様な意思があるのが、ワタシ達が霊武と呼ばれる存在。つまり、意思を持つ武器っていう物だと思った方がいいよ」
――へぇー、それってワタシが六原さんに渡した箒の使い魔のようなものなのだろう。
そこで、一度水月は言葉を区切りちらりと横目で不破を見る。
「じゃないと、霊武の意思を利用して、可愛い女の子の体を形成させてはべらせようとする変態が出てくるのよ、誰かとは言わないけどね……」
「なるほど」
――誰かは分かったのだけど、その話はすごく、聞きたくないな。
今更だがこの人たちに話を聞いてよかった物なのかと月島は内心、不安がよぎってきた。
「けど、あなたはこれを見るのは初めてじゃないでしょ」
「……そうなのかい」
同意を求められ、水月に言われ記憶を辿ってみたが、いくら考えてみても少女に化ける武器と言う物を見るのは今回が初めてであった。
分からないと察したのか水月は月島に関わった武器の事を教える為口を開いた。
「先月。主様の友人である六原さんが使った首輪の様な物も霊武なのよね」
「嗚呼、あれもそうだったのか」
月島の記憶を辿るにソレは身体強化と驚異的な回復を持つ首輪であった。
思い返してみれば針沼達と戦う際に首輪をつけた六原はぶつぶつと何やら呟いていた光景があった。アレは呪文などではなくただ首輪に話しかけていたのだとすれば水月が言っていることも納得できた。
「そうですよー。あんな風に武器としても使える事も出来るっていうか、本来はああいった使い方をするのが主なんですよー。ちなみにアレも私たちみたいに人の形に形成できるけど、ワタシの主様じゃなくて不破家に代々仕えている為なのか爺さんの姿なの」
「そんな大事なものをよく貸してくれたね」
「まぁ、聞いた所だと、元々今回の様に友人の頼みだっていう事もあったけど、キチンと貸しと言う形にしたらしいよ。もっとも、つい先日に貸しを返したらしいって……えーと、たしかー、次の武器の錬成で必要な巨大な怪鳥の尾羽を持ってきてくれたって聞いたわよ」
「怪鳥ねぇ」
――あまり信じられない言葉だけど、つい先日、姉に連れられて行った別件で怪鳥と遭遇したと六原さん言っていたかなー。
表情には出さないものの、ワタシを助ける為に本当に色々と頑張ってくれたのだね。と月島は改めて思った。
「ふむ、そろそろいいだろうか」
考え終わったのか、不意に正面に座る不破が二人の会話に割って入った。
「嗚呼、いいよ」
――もう少し聞きたかったけれど、まぁ、仕方ないかな。
六原と協力関係なのか。また、どうして、今回君達がこの屋敷に来る事になったのかという疑問はまだ残っていたが、月島は不破に話すように促した。
「では、まず天野について語ろう」
低く紡がれた言葉に月島は疑問を覚える。
――どうして、天野さんの事を……
しかし、次の言葉で月島の疑問は解消される。
「彼が今回の原因だからな」
「そうなのかい」
はい、そうです。と元気に隣にいる水月はおおきく頷いた。
「と言ったものの、我は天野と言う男の事は深く知らん」
「……え」
「それだけではない祓い師という札を使った術や刀、式神、巫女等と言ったことも我には良く分からぬ」
「一体どういうことなの」
不思議に思い、問い詰める月島に、まぁ待て。と不破は制す。
「我が六原から耳にした天野という情報はたった一つである。ソレは彼の職業や鬼をはらう力ではない、強いて言うなら……運命だ」
真剣にまっすぐ月島を見ながら不破は語った。どうやらふざけているようではない表情であるが、何処となく格好つけた様子に隣にいる水月は笑いをこらえている様子でいた。
「のぅ、月島よ」
――いけない。向こうが真剣に答えているのだ。ワタシも真剣に聞かないとね。
なんだい。と返す月島に不破は真剣に訊ねる。
「ぶっちゃけるなら『ハーレムものの主人公』って知っている?」
「はい?」
「おっしいです、主様。最後ふざけなかったらよかったのにー」
何を言っているのか理解できない月島を余所に、水月は「はい、おしおきー」と言って、一瞬で不破の背後に回り込むと、彼の頭にツッコミをいれるのであった。
――嗚呼、やっぱり、この人たちふざけているのかな。
ハーレムもの。一人の主人公に対して複数の異性が恋愛対象とされている事象である。
特徴として、主人公である人物は多数の恋愛対象となる異性からのアピールに対して平等に接する事が多い。又、近年では一般的には平凡な男性の主人公に対して、複数の魅力的な女性が絡み、コメディー、バトル等を織り交ぜたような扱いが主であるとされている。
「なるほどね、それで天野さんがそんな同性からは嫉妬の対象の様な人物であるということ言いたいのかな」
「うむ」
水月の説明を聞き、「ハーレムもの」というモノをある程度理解した月島に、不破は叩かれた頭を擦りながらうなずいた。
「やはり、信じられぬか」
「……いえ、今なら信じられるけれど」
確かに天野と言う少年を知っていなければ月島は不破の話に納得できなかっただろう。
しかし、この三日間の高峰達の天野に対する熱烈までのアピール、カグラに対してまるで彼女の心を温めてあげる様な行動、口調を思い返すに納得できるものと思えるようになっていた。
「六原の話ではな。彼奴が女難の理由は分からぬが悩む少女達の前に偶然出会い、その後、彼女の悩みを解決し、去っていく。まるで彼女の為に現れた王子の様な振る舞いをする男と聞いておる」
不破の説明を聞きながら月島は考える。
――なるほど、わざとやっているというわけではないのか。どうやら、ファンタジーな事に巻き込まれる六原さんのように、一言でいえば「運命」という様に天野さんは様々な異性の問題に巻き込まれているという事なのだろう。
「そして、彼奴が朴念仁なところもある為か、複数の女性の好意にも気付かずにおる。故に、誰とも付き合う事無くハーレム状態が続いているのだ」
本当に水月の説明通りのハーレムものの主人公の様な奴だ。と改めて月島は天野に対して思った。
「ソレは現在も問題なく続いちゃっていてねー。その所為か分からないけど結果だけ見ると、彼が関わった女性関係の事件は全て確実に彼の手で解決しちゃうのよ」
けれど、それは逆に言うならば女性が絡む事件に関しては、いつも全て絵本の様なハッピーエンドをしてきたという事でもあった。
「嗚呼、だから六原さんはカグラは無事に助かる。何て事を言っていたのか」
カグラは救われると言った六原の発言に今の所、明確な証拠もない。だが、月島はもし天野が六原の調べたとおりの人物なら、そんな発言をした理由も理解でき、納得もできていた。
――まぁ、確かにこのまま天野がカグラを鬼から助けて、彼女をこの屋敷から連れ出してあげれば本当に良くある物語の様なハッピーエンドだ。けどさ……
もし、六原がカグラは天野によって勝手に救われる何て思っているのなら月島の頭には一つの疑問が浮かび上がった。
その疑問にキチンと答えてくれるか分からないが月島は目の前の不破に尋ねた。
「ねぇ、不破さん。どうして、六原さんは……」
「どうして、六原さんが今回この件に、この屋敷に来たのかって事でしょ」
突然、月島の考えを読むように隣に座る水月が話に割り込んだ。
「水月、貴様またしても、ええい!!今度という今度は!!」
水月が何を言いたいのか不破は理解したように彼女を睨みつけるが、水月は笑って不破を制する。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。ワタシは武器ですから不快を思われようが、言われようが大丈夫なんですよ。だから、ここはワタシに任せてなさい」
水月の言っている意味がそう言う事なのか月島が分からない目の前で、不破と水月は見つめ合う。やがてあきらめたように不破はふっと小さくため息を吐いた。
「……では、頼む。すまんな」
「承知です」
満面の笑みを浮かべて頷くと水月は月島に振り向いた。先ほどと変わらない笑顔の筈なのに何故か月島の心を不安に駆りたて始めていた。
「では、月島さん。六原さんがこの件に関わった理由だけどね」
そして、水月は一度目を伏せ、ゆっくりと指を差した。
指先は言い訳のしようもなく、まっすぐに、誤解もなく月島を差す。
「そう、君だよ」
「……え?」
少しは予想来きていたが、それでも月島は理解も納得もできない。それだと、六原がこの屋敷に来た理由が酷くふざけた物になると理解していたからだ。
「嘘でしょ」
愕然とする月島に首を横に振る水月は再度理由を語る。
「言ったでしょ。天野は異性を否応なく惹きつけちゃう。それは六原の姉の命令で来た女性のアナタにも当てはまるの。なら、理由は簡単。六原君は月島さんが天野に惚れるのじゃないかって嫉妬していたってことよ」
「……」
月島は何も答えなかった。ただ表情をあまり変える事のない彼女には珍しく、月島は口をポカンと開けて驚いていた。
天野と話しているとこで駆け付けた様に会話に入り……
天野と二人で夜の警備にこうとすれば止めに入る……
天野が月島に助けを求めようとすれば割って入る……
思えばこの数日間の六原が水月の発言を裏付けるような行動をしていたのにも関わらず月島は何故か、未だ水月の語った内容を素直に受け止めたくなかった。
「信じられぬか」
そんな月島の様子に見かねたのか不破が月島に語りかけた。
「奴がそんなちっぽけな嫉妬で来たと思えぬか。だが、ソレは否だ。奴はまだ少年。例えるのなら、惚れた武器を横から掻っ攫われるのは誰でも不快になるだろう」
「え、あ、うん」
――ちょっと、言っている意味がよく分からないけど、とりあえず流しとおこうか。
隣を見れば水月はドン引きですわーとポツリと独り言を漏らしていたが、反応すれば面倒な事になるのでこちらも聞き流す事にしておいた。
しかし、その後すぐに「月島さん」と言い、納得のいかない月島に語りかけた。
「天野さんは無意識に、いえ、運命的にアナタのような悩みや問題と出会い、綺麗に解決してくれる人らしいからねー。アナタが月島と出会った時に再び天野さんと出会うんじゃないかと六原さんは予想していたみたいよ」
「……そう」
短く相槌を打つ月島に水月は説明を続ける。
「ちなみにカグラさんの事を助けようとしなかったのは「どうせ、天野さんが助けるだろうねぇ」なんて爪の甘い事考えていた所為もあるけど、単に屋敷内の防衛にたいして違う命令があったからかなー」
「命令?」
「襲撃の際に六原さんの命令でワタシ達があの屋敷内の防衛に先についていたワタシ達に言われた命令は二つ。一つは死者を出さない事。そして、もう一つが月島の身に何か起きた際に助ける事」
「私の身を……」
何と言っていいのか月島は分からなかった。自分の身を案じていてくれたのにもかかわらず、月島は素直に喜べなかった。
――嗚呼、まだ自分の心には影はあるのか。
過去の事がまだ、ぬぐえないのだ。だから、自分なんてと思ってしまう月島は自分の身をあまり大切にできないでいた。
けれど、拭う気はない。この傷も、罪も一生背負っていこうと思い始めているからであった。
「うむ。この水月だけではなく他にも数名で影から貴様の事を護衛しておく事にするように言われていたのだ」
「そうなのよねー。しかも、理由が嫉妬だから、こんな風にコソコソした事になっちゃったのよ」
「そう」
一言。相槌を打つように月島は答えながら、六原の行動について何と言っていいのか分からなかった。
結局、六原が今回どこかやる気がないように月島が感じたのは六原の目的が月島の想像とは違っていたからであったと月島は理解した。
カグラを守る為に六原の姉から言いつけられた月島に対し、今回自主的に来た六原は月島が天野に惚れるのではないかという事と、月島の身を案じて来たのだ。
――自分でも人を救える事が、ヒーローの様になれる機会があったのに、それを他人に譲り、ワタシ為に捨てるなんてね……
水月は独り言のように呟く。
「うつけ、だなー」
「うむ。男は皆うつけだ」
「そうだね……」
否定する気もない。
同意するように胡坐を組んだ不破に、ただ月島は相槌を返すしかなかった。
落ち込むというより本当に何と言っていいか分からないという様な顔をする月島に不破が語りかけた。
「呆けるな、汝。」
「ごめんね。嗚呼、六原さん傷つけちゃったかな……」
理由を知ってしまい。次に六原と会う事を想像する気とまずいなと月島は感じた。
もしかして、問い詰めてない方がよかったのかもしれないなと今更ながら後悔する。
「彼奴はスグに調子に乗るからな、心配はいらぬだろう。大方先ほど逃げるように出ていったんは水月の言うとおり嫉妬してきたなどという理由を知られて恥ずかしいと思ったからだろう。よって、あまり傷ついてはおらぬ」
「いやー、とんだ阿呆ですね」
「そうだな、彼奴は阿呆だからな」
――ごめん。六原さん。否定できない。
「まぁ、だからな」
言いながら不破は月島に向きる。そして、親指をぐっと立てる。
「あまり深く考えるな。我に言わせれば後は二人で話し合えばスグに解決するぞ。だから、あまり気負ったりせずに行けばいい」
隣を見れば水月も同じように親指を立てていた。
目の前の光景に沸々と沸騰した蒸気のように何かが込み上げてくる。
物語的に言うのなら勇気をもらった。ように月島は感じた。
――嗚呼、もう少し、六原さんの事をよく知らないといけないね。
出会ってまだ一カ月しか経っていない彼を先月の件ですっかりヒーローだと思っていた。
けど、違った。彼は彼だった。
自分の理想を、願いをぶつけていたのだろうと月島は反省しながら、月島は目の前の二人にお礼を言うべく口を開いたのであった。




