尋問開始
*鬼と祓い屋の物語 10*
*魔女・月島のおはなし*
鬼といった奇怪な者達が襲いかかってくる非現実的な出来事が去って一時間程が経っていた。
制服姿のままの月島は蝋燭で照らされた薄暗い廊下を歩いていた。
――さて、どこにいったのか。
月島は周囲を見渡す。障子や襖で遮られた部屋からは、明かりが灯っているだけでこの屋敷にいるはずの大勢の人々の気配がなかった。
今は屋敷内で無事の人々や、天野達禁龍機関の人々は大広間に集まり、連れ去られた武内 カグラの救出についての作戦や打ち合わせをしている。
援軍であるが、部外者の月島はどのみち天野達の指示に従うだけで、彼等に対した意見を挟める訳もなかった為、先ほどまで大広間にいたがこうして抜け出しても誰にも文句などは言われていなかった。
――こういう会議の際には、いつものようにてっきり目立った行動でもすると思ったのだけど。
いつもの様に活躍しようとする友人、六原 恭介の姿が大広間から気が付けば消えていたのであった。
少し前までは、会議室で月島の隣に立ちヘラヘラといつものように「次は大丈夫、大丈夫。きっと助けられるよ」と言っていたのに会議が始まるとフラフラと部屋から出ていった。
――まったく、あれで励ましているつもりなんだから。
「……はぁ」
ついため息が漏れてしまう。
――そんなにショックな顔をしていたのかな。
月島が鬼との襲撃の際に現れた大広間の光景を思い出した。
高峰の蒼い矛で扉を突き破った先に広がる光景はカラスの様な羽が宙を舞い、荒れ果てた大広間であった。
その中にカグラの姿はなく四体もの鬼と戦う武内家の者の二人がおり、彼等を援護し鬼達を倒した後、彼等の証言から密かに窓から現れた鬼に誘われカグラが連れ去られたという話を聞かされた。
当然、落ち込みもしたし、悔しさもあったが、月島はいつも通り淡々とした表情をしている為、誰からも励ましの言葉等ないだろうと思っていた。だが、何故か、鬼が去った後六原は悔しがり皆から励まされる天野ではなく月島の所に来て、いつも通りの口調で励ましてきたのであった。
――敗北や、奪われたりすることは慣れているのに……
等と自問自答しながら歩いていると、何やら大広間とは別方向から声が聞こえた気がした。
月島は声のする方向に進むとそこは道場であった。
光が入り口から漏れている。中から複数の少女の声が聞こえてくる。
ここで怪我人の治療を行っていると六原が言っていた事を思い出しながら、道場の入り口まで行くと月島は開いている入り口から顔を覗かせドアの中を覗いた。
「先生。除菌されている包帯を貰ってきました」
「はい、ちょっと染みますよー」
「うめくな。目をつぶるデス」
武器をぶら下げた奇妙な出で立ちの少女達が縦横無尽に動き回っている足元で整列され寝かせられている怪我人達がいる。
あるものは包帯を巻かれ、ある者は意識を回復しておらず、またある者はうめき声をあげていた。
まるで、病院の様だと月島は思った。
「クラリスさん。今いる患者の止血が終わりましたら、濡れたお絞りをお願いします。フォンティーヌさんはもう一度バケツの水を全て聖水に変えてください。雪月花さんとルナさんはそちらの患者はもういいので右隣の患者の回復をお願いします。タイメクトさんは六原さんから渡されているシップを各患者の張ってあげてください」
そして、彼女達の中心には一人の初老の老人がいた。
白い髪をオールバックにし、口先まで伸びた髭、燕尾服に黒いズボン、蝶ネクタイにベストと白いシャツといった、何処か米国にでもいそうなを執事服を着た老人。
月島は彼の首元に目を凝らす。蝶ネクタイでよく見えないが彼の首元には見覚えのあるチョーカーが巻かれていた。
執事服の老人はてきぱきと周囲に指示を出しながら側にいる患者の治療を行っていた。
――彼女達は一体何なのだろうね。
突然現れた複数の人物に対して当主である光之助に問いただされた六原曰く『式神』だと言っていたが、周囲の人々はどうにも少し信じられない様な顔をしていた。だからといって彼女達が何者なのか説明できる事もなく、結果として屋敷を助けてくれこうして怪我人の治療もしているので皆は深く追求できないでいた。
――あれ。なんで……
寝かされ治療されている人々に張られている湿布のような物。月島には見覚えがあった。湿布のようではあるがその内より発せられている魔力は懐かしさを感じさせる。
それは自分のいた世界で使われていた治療道具であると月島は確信した。。
――何故彼女達がソレをもっているのだろうか。
まっさきに六原の顔が浮かぶが、彼自身の力では作ることもできないだろう。
作り方を知っているとしても、彼一人でこれほどの大量にできるような簡単なものではないのだ。
―― 一体、六原さんは何をしたの。
「あれ、月島どうした」
何故かひどく不安になってきた月島の背後から声をかけられる。
少しだけ、驚いたが別段表情に表れる訳もなく、いつもと変わらない冷めた目で月島は振り返った。
「何だい。六原さん、こんな所にいたのか」
「まぁね、あっちにいてもオレの何の発言も意味がないからね」
ヘラヘラと笑いながら所々に土埃をつけた制服姿の六原は言う。その脇には腕を組んだ大柄の作務衣服を着た青年が仁王立ちしていた。
見覚えのない青年は六原が援軍のリーダーで友人であると光之助に説明した人物であった。
「……君は、えーと」
月島が六原の隣に立つ作務衣服の男性の名前を思い出す前に六原が答える。
「こいつは不破 慎太郎。まぁ、オレの仲間って事だよ。紹介遅れたな不破、この子が月島 小夜子だ」
「ふむ、貴様があの『魔女』とはな……」
――っ!!
唐突に魔女と言われ、何故目の前の男が知っているのかと月島は警戒しかけたが、隣の六原が慌てている姿を見て、何となくだが六原がこの不破という男性に月島の正体を話したのであろうと思った。
だから、月島は反応していないように振舞いながら小さくお辞儀をした。
「挨拶が遅れたね。ワタシが魔女の月島 小夜子だよ」
「ほぉ」
不破はじろりと月島の全体を見つめる。すると小さくため息をついた。
「やはり、我には人間の女の良さが分からぬな」
――嗚呼、この人も変人なのか。
喧嘩を売っているわけでもなく純粋にそう思っている目の前の男性の発言に、月島は怒るわけでもなく六原さんの友人なだけはあるな。と納得できた。
「すまない。こいつ変人でな」
「大丈夫だよ。六原さんで慣れている」
「おう、なら良かった……あれ?」
月島の皮肉に気付かずに小首をかしげる六原に月島は訊ねる。
「それで、二人は何をしていたのだい」
「まぁ、ちょっとした打ち合わせを……な」
六原はあやふやな言葉で答えながら隣の不破に同意を求めた。不破は同意なのか首を一度縦に振る。
月島は六原達の打ち合わせについて少し疑問を覚えた。
――どうして、コソコソとする必要があるのだろうか。
今、武内カグラの救出についての打ち合わせをしている大広間で皆と打ち合わせせずに隠れてする意味はあるのか。先ほどの戦いでの戦果から考えれば、六原達の意見ぐらい聞き入れてくれる筈であると月島は思っていた。
ただし、それは二人の打ち合わせの内容が武内カグラの救出であることが前提であった。
「……今度は何を企んでいるのかな」
「……まぁ、いろいろとねぇ」
再び曖昧に六原は返答する。だが、月島としてはその質問は否定して欲しかった。
否定しない事は本当に何か企んでいる事を肯定している。
「それはカグラの事ではないのだね」
「いや、それは……あれ、もしかして、これが誘導尋問ってやつなのか」
参ったなぁと片手で額を覆う六原。その横で不破が六原くん、マジチョろい。等という場違いなセリフが聞こえたが空耳だろうなということにしておいた。
「なぁ、六原さん少し聞きたい事があるのだけど、いいかな」
「どうしたん……いや、場所を変えようか」
月島の真剣な瞳に軽口で語る事をやめた六原は月島にいてくるように促す。
案内された場所は離れの屋敷の囲炉裏の間であった。
電気はない為、六原は部屋の周囲に設置されている蝋燭に持ってきたマッチで火を灯した。そして、月島は六原に促されるまま囲炉裏を囲むように二人で座った。
「ごめんね、怪我人を見ていたのだろ」
「いや、ソレはほとんど不破の力で何とかなっているからねぇ。それで何か真面目な表情で睨んできたけどどうしたん。あれか、カグラが連れ去られたのは月島のせいじゃないぞ」
胡坐をかき座る六原は月島が、カグラが連れ去られた事に対して罪悪感を抱いていると思っているのか励ますような言葉を語りかける。
対し、六原の話に耳を傾けながら、座布団の上にチョコンと正座して座る月島は本当に聞いていいのか少し迷っていた。
もしかすれば、自分の勘違いであるかもしれない。
的外れの場合、六原は怒るのか、悲しむのかもしれない。
このまま別の質問をして聞かない方がいいのかもしれない。
これから聞こうとする質問が違っていた場合、六原は傷つくだろう。それに月島としても気のせいで、勘違いであって欲しいと思っていた。
――だけど、多分間違いない、よね。
「そもそも、今回初仕事だろ、最初のうちは失敗なんて誰にでも」
「六原さん」
「……何だい」
語り続ける六原を止め、迷いながらも月島は淡々として口調で六原に問う。
「どうして、今回は手を抜いているの」
答えを求め、囲炉裏に挟んだ六原の表情を見れば口をつぐんで答えようとする気配がなかった。
一度口に出すとせき止めていた者が溢れだすように月島は六原に語り続ける。
「もし、私の勘違ったらごめん、謝るよ。だけどね、どうしても今回の件での六原さんは不自然な点が多いのだ。不自然に騒ぎ立てカグラや高峰さんから反感を買い、まるでその場の空気を悪くしようとしていれば…」
言いながらも月島は思う、私がこんな事を、キミに助けられた私が君に説教の様な事を言うのは間違っているのかもしれない。
「戦いの最中もそうだったよね。六原さんは屋敷の防衛に対して淡々としていた。けど、いつもの、あの時の六原さんだったら素直に守るだけじゃなく、敵の親玉を倒しに行こうとしたり、カグラがピンチの時に真っ先に救いに行ったりする筈だろ」
ただ、月島は不安であった。ヒーローに憧れていると夢を語った少年とは思えない行動にショックを受けていた。
――思えば色々とおかしかった。特に不破という少年と少女達の援軍があったのにもかかわらず、誰にも言わず、最初から現したりもせずに多少時間をおいてから、まるで一度ピンチになる事を想定していてから六原さんは彼等を現した。
「そして、キミは恐らくカグラが鬼に魅了されると予想していたのだろう」
――もし、予想出来ていたのなら、事前に彼女を守ることも救い出す事もできたじゃないか!?
否定して欲しいと月島は思った。目の前の彼を責めながら何をいまさらだと思われるかもしれないが。彼女は嫌だった。
彼が、月島 小夜子という少女を助けてくれた六原恭介が人が変わったようで嫌だったのだ。
人を救いたい。ヒーローになりたいと子供の様なキラキラした瞳で言う彼が、その為に全力でぶつかっていった彼が、いなくなってしまうように感じたから……
――嗚呼、ワタシは自分勝手だな。一度はキミの前から消えようとしたのに……
「違ったら、否定してくれても、いいのだよ。ただ、合っていたら訳を、訳を話してくれないか」
「……」
だが、六原は目を逸らし何も言わない。
お互いの無言が続き、重々しい空気が周囲を包みこむ。
その空気は六原の好きな空気ではなかった。
そして、そんな時いつも目の前の六原は無理やり笑みを浮かべ、軽快な言葉を口にする。
「はは、もしかして、カグラちゃんが助からないって思っているのかな。大丈夫だよ。まだ、期間はある事だしそれに彼女は勝手に救われるよ」
無理やり周囲を明るくしようとする六原に月島は掠れた声で呟いた。
「……質問に答えてよ」
その事も、助けられたであろうカグラを助けなかった事も月島は六原に問いただしたかったけれど、それよりも質問をはぐらかす六原の姿が嫌だった。
「あ……いや」
途端に挙動不審になる六原の周囲に気まずさが再び覆い始める。
――嗚呼、聞かない方が良かったのかもしれない。やはり、裏目に出たじゃないか。
「やはり、裏目にでたようだな」
月島の考えを読んだ様な突然の声は月島でも六原でもなかった。右手から聞こえる声に月島が振り返ると、壁の障子扉が開き、一人の大柄の少年が現れる。
――あれ、不破さん。
先ほど自己紹介されたばかりの名前を思い出す。作務衣服の男、不破はどすどすと乱暴な足音と主に囲炉裏の前まで来ると二人の間にあった座布団の上に座りこむ。
「六原さん、月島ちゃん。やっほー」
彼の背後にはいつの間にいたのか闇に溶け込む様な黒装束を着た少女が控えており、障子扉を閉めると小さく月島達に手を振った後、不破の斜め後ろに座布団もない板の上に正座で座り込んだ。
「使うがよい」
「いやいや、かたじけないですねー」
そう言いながら六原と不破の間にあった座布団を掴むと少女に渡した。少女は明るく言うと一度頭を下げると足元に座布団を敷いた。
「故に言ったのだろう、わざわざ裏でコソコソするより、正面から言った方がいいんじゃねぇ。とな……」
――変わった話し方の人だ。
この国には地方によって色々と口調の違う方言という物があると聞いていた月島は不破のおかしな話し方がきっと遠い地方の方言なのだろうなと思った。
「嗚呼、その通りだったみたいだねぇ」
ようやく口を開いた六原はため息交じりな言葉を言う。
「つーか、教えてなかったのかよ」
「いや、ほら、タイミングとかあるじゃないか」
「どういうこと」
このままでは話に置いていかれると察した月島は隣に座る不破に問う。
不破は何故かしまったなと頭を掻きながら一度咳払いをした。
「では、我が教えてしんぜよう」
「おい、不破さん」
「いやいや、主様。それは違いましょう」
制止しようとした六原の声に同意するように黒装束の少女も言う。
その二人を不思議そうに不破は見つめる。
「何故だ、水月」
水月と呼ばれ、答えたのは黒装束の少女であった。
「その、こういった。すれ違いから起きる二人の人間関係に誰かが入っていくの出歯亀じゃないですか」
――口ぶりからすると、この子も六原さんの事情を知っているようだね。
しかし、すれ違いとは何の事だろうと不思議に思っている月島の隣で不破は分かってねぇな―と笑みを浮かべた。
「貴様もこ奴の理由を知っているならば分かるだろう。ここで我が言わなければ友人のこ奴が言う、それだと女々しいだけだろうに……」
「なるほど、さすが主様」
「ふむ、もっと褒めるがよい」
拍手を送る黒装束の少女、水月に不破は得意そうに笑みを浮かべる。
「やはり、癖のある人たちだ」
「悪いね、ちょっと掴みどころがなくて、キャラが壊れているだけだから……」
「そうなの」
「まぁ、悪いやつじゃないから話していればスグ慣れるよ」
言いながら六原は立ち上がる。そして、一度ケータイを開き、何かを確認したようなしぐさの後、月島に背を向けた。
「じゃあ、すまないけど不破さん頼むよ。オレが説明するのはヤッパリきついわ」
「それはいいのだが、貴殿はどこに……」
「ちょっと、ちょっと他の奴と打ち合わせをしないと行けなくてな。今から天文に戻らないと行けなくなったんだよ」
「っふ、逃げる言い訳乙」
「い、いいわけじゃないよ」
「主様。やめてあげて下さいよ。理由を説明した後、恥ずかしくて気まずいから逃げたいのを止めた所で結果は変わらないですけどねー」
「畜生! お前ら後で覚えていろよ」
三下の様な事を言いながら六原は逃げるように囲炉裏の間から出ていった。続けざま荷物をすぐさま背負い、出口まで走っていく六原の影が障子窓から見えた。
「容赦ないね」
「「いえいえ」」
一体この深夜にどうやって帰るのかと月島は疑問に思ったが六原が月島から譲り受けた魔女の箒を持ってきていた事を思い出し、何処か人気のない所で箒に乗り戻るのだろうなと想像した。
「さて、汝よ」
いつの間にか六原の先ほどいた位置に座りなおし、先ほどいた位置には水月が座る。
「六原が何を思って今回の件に挑んでいたのか知りたいと思うか」
不破の問いに無言でしっかりと月島は瞳を逸らさずに頷く。
月島の答えに、不破は腕を組み直す再び声をかける。
「では、まずは己の知っている事全てを我に言うがよい」
「嗚呼。構わないよ」
そして、月島は少し変わった青年、不破慎太郎に今回の件を自分の知りうる限り話す事にした。




