三日目~籠の少女
*鬼と祓い屋の物語06*
*魔女・月島のおはなし*
三日目ともなり、月島はこの護衛という仕事も慣れ始めていた。
いつも通り授業を終えるとスグに自宅に戻り、バッグに入れている荷物を確認した後、あらかじめ離れの屋敷に作っておいた転移魔法陣を使い移動した。
瞬く間に離れ屋敷に到着し、バッグから六原から渡されていた巾着袋を取り出すと右腕に通す。ちなみに六原と天野達は用事があるらしく少し来るのが遅れるので先に行っておいてほしいと今朝方に言われていた。
制服姿のまま離れ屋敷から出た後、門の近くにあいた門番らしき人物に軽く月島は挨拶をする。門番は突然屋敷内に現れた月島に驚きを隠せていないようであった。
怪しまれた月島はしまったな。と思いながら門番が疑問を口にする前に、逃げるように縁側に向かった。たぶんそこに武内カグラがいると思ったからである。
縁側には昨日と同じようにカグラが着物姿で座っていた。その両手には湯呑を持ち、茶を啜っている。
「こんにちわ、カグラ」
「あ、月島さん。こんにちわ」
人懐っこい笑顔を返すカグラは立ちあがりこちらを振り返った。
「今日も良い天気だね」
言いながらカグラの隣に座る。すると後ろの襖が開き、給仕の弥生がそっと温茶をお盆に載せて出してくれた。
――だから、何でワタシが来るのを知っているのだろうね。
疑問に思ったが弥生がほほ笑みながらお茶とお絞りを出してくれたので、聞くのはやめておく事にした。
弥生は「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」と言うとお盆を抱えて去っていった。
――ふぅ、お茶が美味しい。
月島がお茶に一口つけた所でカグラが声を掛けた。
「今日も学園だったのですか」
「ああ、そうだよ」
「今日はどんな授業で?」
「数学、古文、体育、英語……あたりさわりのない授業だったかな」
カグラは月島の答えに何故か嬉しそうに再度質問する。
「授業の内容では講師が変わると聞いていますけど、面白い教師はいるのですか」
「そうだね。ワタシのクラスで言うなら」
頭に月島のクラスの担任の顔が浮かぶ。まぁ、一言で片づけるならある意味面白そうな人たちなのだけどね。と月島は思っている人物であった。
まぁ、良いだろうと思い月島は担任教師について語る。
「担任は英語がベテランのチャイナ服を着て扇子を持った女性で、副担任が自称霊能力者と言っているスーツ姿の男性だよ」
「それはまた、胡散臭い人達ですね」
「やっぱりそう思うかな」
昨日と同じように学園の話題をカグラは振ってくる。
――やはり、学園の話題か。よほど学園に行きたいのか。それとも……
その話題にふと疑問を感じた。聞くべきかと少し悩んだ結果、月島は思いきって聞く事にした。
「ねぇ、カグラ」
「何ですか」
「どうして、学園の話題ばかり言うの」
「それは、学園に行ってみたいから……」
「本当に?」
カグラの答えに間髪いれずに月島は疑問をぶつけた。視線は彼女の嘘を見抜くかのように彼女の瞳を覗き込む。
「……」
射抜くような瞳にあてられたのか顔を一度伏せ、カグラは言葉を詰まられる。
そして、顔を上げることなく絞り出すように答えた。
「外の、世界を見たいのです」
――嗚呼、そうか。
カグラのセリフで月島は彼女の言いたい意味が理解できた。
そして、お互い無言になり、しばらく間が空いた。遠くでカラスの鳴き声が空しく耳に残らせる。
意を決し月島はカグラに淡々とした口調で自分の推測を尋ねることにした。
「キミは一度もこの屋敷から出た事がないのかい」
「そう、ですね」
やはりと月島は思った。
――この子は孤独だったのだ。
月島の心の中には彼女が一人と言う事に憐れみも同情もない。自分も昔は似たような境遇であったからだ。だから、ただ、理解できるだけであった。
「私は生まれた時から、力を蓄え、いずれ血を濃くする為の存在らしいのです」
カグラはポツリポツリと言葉を漏らす。その声に先ほどまでの明るさはなく深く沈む様な悲しみを帯びているようであった。
「決められた人生。まるで、私は籠の中の鳥じゃないですか。こんな家今すぐにでも出て行きたいものです」
カグラは右目を、札の様なもので覆われた場所を右手でさすった。
「ですけど、こんな右目のない顔では普通の日常は送る事は出来ないでしょうね」
言い終わるとフフフと自虐的にカグラは笑う。
「……」
その表情に月島は何と声を掛けていいのか分からない。
――嗚呼、六原さんも私の時にこんな感じだったのか。
今、月島がカグラに何を言っても駄目な気がした。
つい先月まで似たような事で月島自身も悩んでいた事を思い出す。月島が自分の事に対する悩みを話した時、六原の何とも言えないような表情の理由が分かった気がした。
「そう…」
ようやく絞り出して出た言葉は相槌だけであった。
カグラがゆっくりと顔を上げる。その顔には困ったような笑みを浮かべていた。
「ごめんなさい。暗くなるような事を言って」
「いや、ワタシが尋ねた事だから……ごめん、謝るよ」
月島は頭を下げた。
「いいんです。諦めていますから…」
けれど、とカグラは続けて言う。
「よろしければ、偶にで構いません。遊びに来て下さい」
「もちろんだよ」
断る理由は月島にはなかった。顔を上げ答えると軽くほほ笑みを浮かべた。
「ワタシ達は友達なのだろ」
だが、その声色は若干元気がないように月島自身も感じた。
その時月島は気が付いていなかった。
月島とカグラが会話する縁側を一対の瞳がのぞいていた。
その視線を送るのは木の枝にとまる一羽のカラス。
紅く爛々とした瞳で黒い鳥は屋敷の外からじっと彼女らを不気味に見続けていた。
*脇役・六原のおはなし*
やっと用事も終わり、六原が武内家に着いた時には日が暮れる手前となっていた。今回の件で色々と準備がいる為、体が休むことを求めているがそんな訳にもいかなかった。
――敵が来るとすればそろそろだよなぁ。
六原が調べる限り、敵が、鬼が来る可能性が高いのは今晩なのだ。なので、鬼が現れた際にはスグに対応できるように、もう一度、準備しているモノの確認を六原は放課後から行っていた。
その為、いつもより遅れて屋敷に来た六原であったが離れ屋敷には天野しかおらず、天野も離れから出ると言う事であった。
やることも特にないので、六原は先に来ているであろう月島を探しに行こうと思い、庭に向かおうとしたのだが……
辺りを見渡すと左手には見慣れてきた白い塀があるが、庭と呼べるようなものや縁側もなく代わりに田植えを終えたらしい田んぼや緑の生い茂った山々が見えていた。
「…で、どうしたん?」
六原は離れの前で待ち構えているようにしていた月島に話があると言われ、屋敷の外まで連れて行かれたのであった。
門を一度抜け、塀伝いに門番から聞こえない位置まで歩いた所で六原は問うと、正面に立っている月島は何か悩みがあるように少し目を伏せていた。
少し風が強いのか彼女は風で肩にかかる髪を鬱陶しそうに払った後口を開いた。
「いきなり呼び出してスマナイ」
「いや、別にいいよ。まぁ、オレもカグラちゃんと遊びたかったけどねぇ」
えっと小さな声で月島は驚きの声を上げた。
「けど、六原さんは若干カグラに好かれていないみたいだよ」
「マジで!」
――いやいや、そんなバカな。
月島の発言を信じられずに六原は自分とカグラとの時の反応をもう一度思い返してみる事にした。
――とりあえず、見た感じ、同世代の人と会話するのは慣れてなさそうだから、オドオドせずにテンション上げていこうぜ!!って感じでこちらのテンションを上げて迫ってみた訳なんだよなぁ。
しかし結果として回想してでてくるカグラの顔は涙目になりながら、おびえている表情であった。
「嗚呼、ごめん。悟ったわぁ」
――オレも寝不足で冷静じゃなかったからな。まぁ、これから仲良くなっていくかな。
「逆に天野さんは好かれているけどね」
「……ソレは知っているよ。どうせ、今頃カグラちゃんと遊んでいるのだろう」
「良く分かったね」
月島に連れられ門の外に出た際に、先に出た天野が庭に向かっていたので、それぐらいは簡単に六原には想像がついていた。
「ねぇ」
辺りは薄暗くなっていく中で、月島は不意に呟く。
「どうすればいいのだろうね」
「ん…」
何がとは月島は言わなかった。なので、六原は代わりに言ってあげる事にした。
――話の流れで何となくわかるよな。
「嗚呼、カグラの事かい…」
「やはり、分かるの」
「任せてくださいよ」
自信たっぷりに六原は言う。
「大方月島さんはカグラの境遇を聞かされたのだろう。…嗚呼、ちなみにカグラ本人から聞いたのか」
静かに月島は首を縦に振った。六原はそうかぁ。と短く相槌を打ち、顎手を掛け、しばらく考えるしぐさを取った。
「それで何て言っていたか教えてくれないか」
「六原さんなら既に知っているのではないのかい」
「いや、一応確認でね」
月島はカグラに聞いた事を、カグラの境遇について六原に話した。
――なるほどねぇ、そういう展開か。
話を聞き、大体の事を把握できた六原は一人内心で納得した。
――さて、どうしようかな。
「六原さん…」
再度、尋ねてくる月島。どうやら本気で悩んでいるようだ。
ふと、頭の中に今と似た様な光景が思いだした。先月の出来事、針沼達に襲われボロボロになった後、六原の姉との会話であった。
――あの時と同じことかな。姉と同じような事を言うのは嫌だけどねぇ。
しかし、言うしかないよなぁ。と他に言葉ないので諦めながら、しかし、嫌そうな顔をするのもイカンと考えた六原は吐きかけた溜息を呑みこんだ。
――とりあえず、目に力を込めて、眉にしわを寄せて真剣な表情をしてみようか。その方が傍目から見てかっこいいからねぇ。
眉と目に力を入れ、咳払いをすると六原は月島の顔に向かい会う。
「まず、聞いておきたいけどさ」
「何だい。その変顔は……」
「うん。たぶんそんな反応だと思ったよ」
「じゃあ、やらない方が良かったんじゃないのかい」
「いや、空気を和ませようとね」
ごまかすように乾いた笑い声を上げる。「場が締まらないね―」「まったくだねぇ」とお互い気が緩んだ所で六原は語りだすことにした。
「月島さん」
「何だい」
そして、六原は月島に問い掛けた。
「……キミはどうしたいのだい」
「それは……」
続く言葉を堪えられず、しばらくの月島は無言であった。六原も彼女の答えを待つようにしている為、周囲から夏虫の甲高い鳴き声や、まるで夜を待ち望むようなカラスの鳴き声が強くなってくるように何故か六原の耳に響いた。
熟考した後、月島はゆっくりと口を開いた。
「よく、分からない」
「……そうか」
――嗚呼、分かっている。答えられない事を責められないよなぁ。
オレも最初は答えられなかったからね。とつい先月の事を思い返しながら六原は月島に姉と同じようにヒントを渡す事にした。
だが、ヒントといった所で姉のように心を開く様な言葉を六原は持っていなかった。
――だから、昨日もほぼ徹夜漬けで情報を集めたんだけどねぇ。六原頑張りましたよ。お陰で今もすごく眠い、本気で、眠い。
無論、まだ、秘密にしておかないといけない情報もあるのでソレを漏らさないように気をつけながら六原は月島に情報という名のヒントを渡した。
「じゃあ、一応カグラという少女について言っておくとしようか」
――本当はオレが活躍したいけど、嫌われているからなぁ
「え?」
「知らないだろ。彼女が隻眼の理由や何故、あんな小さな少女が祭られているかとかさ」
月島は黙って、首を縦に振った。
「では、今回も物語風に語ってあげようか」
「いや、ソレはいいよ」
月島は真顔で、首を横に振った。
「えっ、何で…」
思ってもいなかった返答に驚きを隠せず六原はつい聞き返してしまった。
「先月のように話すのは何ていうかはっきり言えないけど、面白くないと思う、後長い」
「いやいや、ハッキリ言っているよね」
――畜生。これから月島との毎月、恒例行事にしようと思ったのにぃ。
意味ありげに「むかしむかし」と語る自分の姿に少し憧れを抱いていた六原は悔しかったが、まぁ、また機会を見計らって語るとしよう。と密かな決意を胸に抱き今回はあきらめた。そして、六原はカグラについて説明し始める。
「月島さんは『反魂』って意味を知っているか」
「すまないけど、こちらの世界の事はよく……」
――嗚呼、しまったな。予想出来ていた事だったのに。
「すまない、藪蛇だったな。とりあえず、『反魂』の意味を説明すると早い話が死者になった者を生き返らせる、蘇生という意味なんだよ」
「へぇ、それでその蘇生術が彼女とどういう意味が」
「そんな奇跡みたいな術を武内カグラは使えるって訳だ」
月島の言葉をさえぎって六原は語り出す。
「ある条件と体さえあれば黄泉という死の淵に落ちた魂を手繰り寄せ、再び魂を体に入れる事ができる力が彼女にはある」
「死者を生き返らせる事が…」
「まぁ、月島さんにはチョット非現実的な話になるかもしれないけどさぁ。まぁ、本当の事なんだよ」
とはいっても目の前の少女も一般的に見れば十分に非現実的な存在で俗に言う、「異世界から来た魔法使い」なのだが、六原から見ればジャンルが違うので一般人に教えるように気をつけながら言う。
「その血はイタコ。えーと、イタコって言うのは死んだ人の意思を体に乗り移して話す巫女の様なものだけど、神降ろし、神託もする事ができる程の優秀性がある為、天野達がいる禁龍機関でも重宝され、彼ら退魔の家系でも重宝されている」
だが、分かりやすく説明しようしてみたはものの、上手くいかず、結局不思議そうにしている首をひねる少女に六原は「まぁ、あまり深く考えないでください」と言って諦めるしかなかった。
「少し、タイム」
「いいよ」
少しの間一人で考え、情報を整理しなおし月島のカグラという少女について重要な部分だけまとめ、言葉にした。
「つまりだ。武内カグラという片目の少女は天野達の組織では、表に出せない存在であり、守るべき存在でもある。だから、彼女はこの屋敷に軟禁されているというわけだ」
「信じられないけど、納得するしかないのかないのかな」
溜息を一息吐きながら、月島は六原の非現実的な話を受け入れた。
そして、六原は最後の一言を投げつけた。
「だから、彼女は普通の生活に戻る事は難しい」
「……」
最後に結論を加え六原は語り終える。大仰に手を広げたジェスチャーをした後でショックを受けたかも知らないと不安になり、月島の表情を窺った。
その顔はいつも通り、日本人形のように何を考えている様な分からない顔をしていた。
――まぁ、内心はどう考えている事やらねぇ。
もしかしたら、悲しんでいたり、落ち込んでいたりするのかもしれないと考えた六原は月島を元気づけたいと思った。
「その、なんだ。月島が彼女を支え、救おうと思っているかもしれないがお前が別にやらなくても別の奴がやるから大丈夫だぞ」
「どういうこと」
不思議そうな声を月島は問いただすが、彼女の問いに答える事はなく六原は気だるげに返す。
「まぁ、見ていれば分かるよ」
誰がとはお互い言わなくても分かっている筈であった。六原が思いだすのは月島に連れられ、門の外まで連れて行かれた時のことであった。
そのすれ違いざまに出会った少年、天野は月島のいる庭に向かっていた。
――たぶん、あの後カグラから月島が聞いた様な話をされているのだろうなぁ。
「大丈夫、何とかなるから」
六原は納得いかない様な月島にそう言った。
そして、気がつけば肌寒さがより一層感じる。既に日は暮れて空は灰色に影を落としていた。
話は終わりと言い、六原はそろそろ夕食の時間という事で二人は屋敷に戻る事にした。
それぞれが何かを抱え、深夜となり、見張りのメンバーを決めた。
そして、夜が、鬼の来る時間がおとずれる。




