友人とお手玉
*魔女・月島のおはなし*
――しかし、本当に大きな家だね。
特に考えもなく離れを後にした月島は自分の警備場所を確認してみようと思った。辺りは薄暗くなり、空の見上げると青空はほとんどが灰色に染め上げられていた。
――手早く終わらせよう。
離れから一番近い壁を見ながら早足に歩きだした。大事なのは地形の把握である。戦闘は深夜という事も考えれば、視界が悪くなる。その前に少しでも有利に動けるように考えておかなければいけないと月島は思っていた。
左手にある何処までの続くような白い壁に沿ってまっすぐ歩く。
瓦屋根の大きな広場の建物、道場があり本館である屋敷とは壁のない廊下と木の屋根でできた簡単な渡り廊下でつながっていた。
静まり返る道場を少し気にしながらまっすぐ壁沿いにしばらく進むと正面に壁が見え、右に進むしかなくなる。
足早に右折し先をみると、白い壁は再び長く続いていた。
左側に壁があるのを確認しながら、月島はまっすぐ進む。道場の壁が終わり、渡り廊下が視界の右端に映る。
――どうやら、本館の裏側のようだね
夏虫の鳴き声を壁越しで耳にしながら、視界に見える本館の姿を見ながら月島は辺りを見渡しながらまっすぐ進んだ。
入り口とは反対方向な場所に位置する裏側なのにもかかわらず、この辺りも荒れた形跡はなくきちんと手入れがされており、歩きやすかった。
本館の窓から溢れるぼんやりと光で照らされた道を月島は歩いていく。数分すると突き当たりの壁が見えた。
――あれ、
ふとした違和感が耳を通る。
――何か声がする。
歩みを止め、静かに耳を澄ますと夏虫の独特の声とは別に穏やかな声が聞こえてきた。
まっすぐ歩くにつれて独特なリズムで紡がれる言葉が歌声だと気づく頃には本館の裏側は終わりを迎え、右を振り向けばそこには大きな日本庭園が広がっていた。
――これまた広い庭だね。
薄暗さで月島は良く見えないが砂利と綺麗に刈られた丸みを帯びた樹木、大きな石などが芸術的に敷き詰められた広々とした庭園である。
月島は未だ聞こえる声の主を探した。
その主である少女はスグに発見できた。屋敷の縁側に一人ポツンと腰かける隻眼の少女がいた。
「カグラさん」
月島の言葉は闇に吸いこまれ、代わりに少女の歌が周囲に奏でる。
「あんたがた どこさぁ~」
別世界の生まれである月島にとって聞きなれない言葉を歌いながら少女は両手で器用に四つのお手玉をぐるぐると回すように高々と投げていた。
初めて見る遊具。
しばらく眺めている事にしようかと思ったが、人の気配を察したのか、不意にカグラはこちらに視線を寄せ、ばっちりと目が合ってしまう。
そして二人とも蛇に睨まれたように固まった。
――何だか今日は良く目が合うね。
さてどうしようか。少し悩んだが、そもそも相手は依頼主でそこまで知り合いでもない。
挨拶だけでもしておこう。と当たりさわりなく「こんばんわ」と言おうとしたが、
「あっ」
固まる少女の状況に違う言葉が出てしまった。
「危ない」
「え……」
固まる少女に言ったが遅かった、彼女の放り投げた二つのお手玉が空中から落ちて来て、
「あぅ」
見事、彼女の頭に落っこちた。
「大丈夫かい」
「は、はい、少し驚いただけですから」
頭に当たったお手玉が地面に落ち、慌てて拾う少女に月島は思わず声を掛けた。
「えっと、あの」
お手玉を拾い終わり、再び縁側に腰掛ける少女はこちらを見上げる。そして、何かを言おうとしているが上手く話せず、言葉が詰まっていた。
――驚かせてしまったのかな。
「えっと、月島さんでした、よね」
必死になりながら少女、カグラは言葉を紡ぐ。
「そうだけど。ごめん、邪魔をしてしまったのかな」
「い、いえいえ。そんなことは」
途端に首をものすごい勢いで左右に振る。彼女の長髪もそれに合わせフルフルとしっぽのようにうごめいた。
――なんだか、最初の印象と大分違うようだけど。
「だから、その、ですけど」
「あ、いたいた。月島さん」
何かを言い掛けたカグラであったが縁側の奥からの良く通る声にまたもやカグラは小さな悲鳴を上げ身をすくめてしまった。
――小動物みたいだ。
何となくカグラを見ているとうさぎを思い出す様な気がした。
「いてくれて助かった」
呑気に言いながら月島達の前に現れたのは天野であった。
「君は六原さんと一緒にいたのではなかったのかい」
「え? え?」
不思議そうにきょろきょろするカグラを放っておいて月島天野に質問を投げかける。
「それが地図は当主に見せて貰うまではいたけど……」
頭を片手で掻きながら、天野は事の経緯を月島に説明した。
――なるほどね。
「つまり、一人になって迷ってしまったという事だね」
「ああ、そうだな」
天野の説明を聞くに、どうやら二人で当主である光之助に訪ねに行き、事情を説明すると、後で夕食の際に人数分の屋敷の見取り図を持ってくる手はずになっていると教えてもらった。
二人はお礼を言いそのまま離れに戻ろうとしたのだが、何故か六原だけ呼び止められ二人で話したい事があると言われ、奥の部屋に連れていかれてしまった。
残された天野は離れに戻ろうとしたが、行きは六原に引っ張られるように連れて行かれた為、ここがどのあたりなのかよく分からなかった。
結果として彷徨っているところに聞き覚えのある声がしたので足を向けた所、月島とカグラがいたという事であった。
「すいません、すいません。大きな屋敷で」
何故か罪の意識を感じているカグラが何度も頭を下げ始める。あまりにも可哀想に見えたので大丈夫、と頭をなでておく事にした。
そして、目の前で必死に謝罪されている天野は困ったように頭を掻いた。
「えーと……カグラさんだっけ」
「え……は、はい」
「何だかさっき見たときと雰囲気が違うように見えるんだけど……」
「え、そうですか」
「いや、ぜんぜん違うからね」
不思議そうに首をかしげ、カグラは「えーと」と少し考え、
「ああいう雰囲気の時は気が引き締まるんですけど。こういうプライベートだと気が緩むんです、よ」
言っていてなんか恥ずかしくなってきました、と顔を真っ赤にしてカグラは両手で覆いながら伏せた。
――いや、緩み過ぎだと思うけど。
月島は冷静に言いかけたが、今の状態のカグラに言うのはさすがに気がひけたので
やめておく事にして、何か言葉を掛けようとしたが、良い言葉が出て来なかった。
――あまり、人を元気づけるのは得意じゃないのだよね。嗚呼、六原君は別かなぁ……単純だから。
「そんな恥ずかしがることなんてないよ」
「え?」
側に立つ天野はカグラに言葉を掛ける。隣に来るように縁側に腰を掛けた。
「正直言って、最初会った時は声を掛けづらいかな。何て思っていたけどさ」
そんな、酷い。と少し涙声でいいながらカグラは顔を上げて天野を見た。
しかし、非難しようとした口は彼の、天野の微笑みに固まってしまった。
「けど、今は話しかけやすいし、仲良くしたいな。て思う」
――完全に横から掻っ攫われた気分だよね。まぁ、いいけど。こういうセリフは嫌いじゃないから。
だから、天野のセリフに乗る事にした。
「ワタシも短い期間かもしれないけど今の君と仲良くしたいとは思っているよ。」
真っ赤になった頬を隠すように伏せ、震える声でカグラは二人の言葉に応えた。
「あ、ありがとうございます」
「いや、本当の事を言っただけだから」
頭が混乱しているのか、しどろもどろになりながらカグラは口を開いた。
「えーと、その、言いにくい事なんですけど、」
本当に言いにくいのだろう、着物の膝のあたりに置いているカグラの両手がギュウと布をきつく掴んでいるのに月島は気付く。
「あ、あの、私。普通じゃないから。学校とかには通っていなくて…だ、だから、その。こんな風に同世代の人たちと話す機会がなかったので、良かったら、またここに来て仲良くしてくれないですか」
普通じゃないと自分で言う彼女が一体どういう生活をしてきたかなど月島は分からないが、少なくとも先ほどの言葉は精一杯の勇気を出して言った言葉だと言うのは伝わった。
「もちろん」
「ああ、じゃあ一緒に遊ぼうか」
月島と天野はそれぞれハッキリと返事を返すことにした。
「遊ぶ。ですか…今はこれしかないけど……」
そう言ってカグラは脇に置いていた小さな箱を膝に乗せ開けた。中からはいかにも高級そうな漆塗りの箱の中には色とりどりのお手玉が入っていた。
「さっきから思っていたけど、これは何なのだい」
「えっと、お手玉って言います。こうやって」
先に持っていたお手玉を側から取り出すと、カグラは歌を紡ぎながら四つのお手玉を器用に空中でジャグリングを始めた。
「てんまやまにわたぬきがおってさ~」
まるで歌の音程に合わせてお手玉がはねているように感じさせる動きに月島は面白そうだと思った。
「っと。こんな感じで投げて掴む遊具なんですけど……」
「うん、面白そうだね。ちょっと貸してもらってもいいかな」
「は、はい。最初は三つを交互に投げましょう」
そう言いながら月島はお手玉の箱を脇に寄せた後、お手玉を三つ取り出し月島にルール―を教えてくれた。
――なるほど、おたがい交互に左右に投げ合うってことだね。
投げるタイミングは歌に合わせた方がやり易いらしい。歌い手は当然ではあるがカグラになった。
「じゃ、じゃあ、いきますね」
緊張しているのか震える声であったが、カグラの手つきはスムーズに動き、歌声に合わせお手玉を月島に渡す。
「……」
無言で、ぎこちない手つきながらも月島はお手玉を受け取り、一度でジャグリングし終わるとカグラに返した。
中々様になった動きではあったが、十秒もたたないうちに手元が狂いお手玉は地面に転がった。
意外と難しく、同時に何とも言えない悔しさを感じ、
「もう一回しよう」
カグラに言うと足元に落ちたお手玉を拾い上げ、渡した。
受け取ってカグラは何故か顔を黙ってコクコクとうなずくと再び歌いながら月島にお手玉を投げる。月島は今度こそはと意気込み受け取ったお手玉を宙に投げた。
カグラの歌に合わせ、二人はお手玉を投げ、受け取り、宙に浮かせる。ソレは次第に歌に取り込まれるようにお互いの動きが少しずつ揃い始める。
「……あ」
しかし、途中でまたしても月島はカグラの動きについていけずに手を滑らせてしまう。
「残念だったな」
「まぁね」
天野の声に月島は振り返ると、目を少し開いた。
――何だ、上手いじゃないか。
天野は縁側に座ったまま、お手玉を一人で投げていた。カグラから借りたのか彼の手の内には六つのお手玉が握られ、器用に空中へ四個、手の内に二個になるように放り投げる。
別に得意ぶっている風にもせず、何ともない様子で六個のお手玉をつく天野の姿に不覚にもカッコいいなと口には出さなかったが月島は思ってしまう。
「すごいです」
天野の隣にいたカグラも月島の様子で気付き感嘆の声を漏らす。
宙に浮かぶお手玉を視線で眺めながら六原は口を開く。
「そうかな、まぁ、昔親戚の家でよくやっていたからかな」
「そうなんですか」
最後に宙に浮いたお手玉を右手に向かい投げ全てを床に置き終わると、天野はカグラの方を振り向いた。
「じゃあ次は俺と一緒にやってみるか」
「はい」
そしてカグラと天野はそれぞれの手にお手玉を四つずつ持つとカグラの歌声と共にお互い投げ合い始める。
まるで始めてやったとは思えない息のあった動きであった。
歌が歌い終わると二人は器用にお手玉を手の内に収める。
「上手いなカグラさん」
お手玉を返しながら天野は言う。
「いえ、いえいえ、私なんて全然。天野さんがいてくれたからですから」
よほどうれしいのかカグラは両手をと首をぶんぶんと横に振る。
「だ、だから、ありがとうございます」
そして頭を思いっきり下げる。本当に感謝している事が自然と伝わってくる。
「違うよ」
しかし、天野はカグラの言葉を否定した。
「お礼はいらない、友達だろ」
「え……」
顔を上げてカグラは天野を呆けた顔で見た後、精一杯の笑顔を浮かべ。
「はい」
元気いっぱいに声を上げた。
――良い話だね。
表情には出さないが少し感動した。
「いやぁ、いい話ですなぁ」
まるで月島の内面を語るように、聞きなれた間延びした声が月島の耳に届いた。
「……おや、いたのかい」
「まぁね」
月島は横目で隣を見る、先ほどまでだれもいなった場所に、いつの間に来たのか六原が立っていた。
――今日はよく突然現れるよね。
へらへら笑いながら六原は一方的に語る。
「さっき来た所なんだけど、何となく状況から見るに偶然通りかかった月島と天野がでこのギャップ萌えの少女と出会い、お手玉で仲良くなったところかな」
「大当たりだよ」
「やったぜい」
小さくガッツポーズをとりながらボーと六原を眺めていたカグラに近づいていく。
「えーと、カグラさんだっけ」
「え、は、はい」
――なぜだか、いやな予感しかしない。
月島の予感は的中する、六原はその場で軽く片手を天にゆびさし、ポーズをとると声高らかに叫ぶ。
「はじめまして、オレの名前は六原恭介。ヒーローさ」
「……はい?」
カグラは予想通り目を丸くした。
――やっぱり、君ってやつはそうだよね。
目も当てられない光景に思わず頭が痛くなる。近くでは天野が短い溜息をしていた。
しかし、何故か六原は不思議そうに、あれ?と言いながら首をかしげた。
「おかしいな。かっこいいとかいう呟きがないけど…」
「当たり前だよ」
「まぁ、いいか」
「おい、反省しろ」
月島の声を無視して、六原はカグラに近づく。
「え、え、えっと…」
戸惑うカグラに六原は変わらずに語りかける。
「いいですねぇ、眼帯、着物少女というのも。よし、友達になろう。さぁ、握手でもしてみようじゃないか。それともハグがいいかい」
「い、いやぁ」
――ヤッパリ刺激が強かったかぁ。
読めていた結果に、とりあえず力ずくで止めようかと思った。
「あいつ、あれでもいいやつなんだ」
「それは知っている」
どんなに良いやつだと天野が言った所でやっていいことと悪い事の区別はつけさせないといけない。
――じゃあ、ガツンとやりますか。
これ以上放置すると涙目のカグラが大泣きするのではないかと心配であった。
そして、意気込みながら月島は六原に近づいて行った。
結果として、そんな心配はいらなかった。
カグラが小さな声で「誰かぁ」と言った瞬間に屋敷の廊下から、屋根から突然と現れた従者によって六原はすぐさま取り押さえられ簀巻きにされた。
その後は従者たちに連れられてカグラはその場を後にした。辺りを見回せばすっかり暗くなっている。
簀巻きにされた六原を担ぐ天野と共に月島は離れに戻る事にしたのであった。




