修羅場
*鬼と祓い屋の物語03*
*魔女・月島のおはなし*
「では、こちらが離れになります……」
日が鎮まりかけている夕暮と夜の間頃、光之助が案内したのは本宅である大きな屋敷から少し離れた小さな別邸であった。
山小屋のような建物の中は軋むような音を出す木材の廊下に、大きな一つの広間を襖と障子で三つの間に仕切られた部屋があるだけの古びた離れ座敷。
この屋敷が今回の仕事で皆が寝泊まりする場所だそうである。
「夕食はのちほどお持ちいたします。では、よろしくお願いします」
皆を入り口近くの部屋に案内し終えると光之助は部下達をひきつれて離れを後にした。
「囲炉裏があるぞ」
「先輩といっしょにお泊りですか。蘭はうれしいです」
「結城、抜け駆けは許しませんからね」
はしゃぐ、結城と六原の声を聞きながら、月島は夜ヶ月が黙って囲炉裏を囲むように置いてくれた座布団に腰を下ろした。畳みの独特な臭いが鼻をくすむりながら、月島は小さく息を吐き出し、力を抜く。
――ようやく一息つけた気がするよ。
厳格な屋敷の雰囲気のせいか、肩肘を張っていた月島はようやくここで落ち着けた気分になった。
ボーとしながらも月島は先ほどの出来事を思い返す。
案内された大広間にいた片目だけを開かせる少女。武内 カグラと名乗った少女の前で高峰と当主である光之助も交えた簡単な自己紹介をした後で、今回の仕事内容の詳細の話が始まった。
牛鬼や巫女、牛頭、払い屋という聞きなれない言葉はあったがある程度内容は理解できた。
武内カグラの護衛。それが今回の主な仕事内容である。
鬼と呼ばれる化け物が目の前に座る少女を攫おうとしているらしく、この屋敷の護衛だけでは心もとないのでこうして援軍として、鬼等を祓う事に対して専門的な機関、禁龍機関に属している天野達が動くことになったらしい。
そして、天野達自身も今回の鬼を率いているリーダー、牛鬼という化け物を追っているらしく護衛だけでなく討伐も目的としているので、できればもう少し援軍が欲しく、六原の姉のツテで月島達が来たという事になっていた。
つまり、月島達にとって今回の依頼主はこの屋敷の人物ではなく天野達という事になっている。
また、肝心の護衛に対してはどうやら鬼は深夜にしか現れないらしいので、その間塀の周囲を監視及び警戒してほしく、その為、どうしても仕事が終わるのは朝方になる為光之助の方からの提案で簡単な仮眠室も含めた離れを使わせてもらえる事になった。
ちなみ今日は初日なので天野達と顔合わせや簡単な説明などがあった為に学校を欠席することになったが、明日からは学校の帰りでも十分に間に合うとのことであった。
ちなみにこの仕事の期日などは決まっていない。牛鬼を討伐するか、向こうが諦めてくれるまでは続く。
といった事ぐらいが、月島が彼らの会話内容から理解できた範囲であった。
――しかし、彼女は一体何者なのだろう
片目を隠した着物の少女。何故彼女を鬼が狙うのかという理由を月島は考えてみた。
仕事の連絡をしてきた六原の姉、六原睦月の説明では退魔の一族の血を濃く受け継いでいると言っていたがいまいち分からなかった。
――六原さんに聞いてみよう。
彼ならば私よりいろいろと知っていて、教えてくれるだろうと月島は思った。
「ちょっと荷物置いてくるね」
声を掛けようとした矢先に六原立ち上がると奥の男子の寝室として使う部屋に荷物を置きにいってしまった。
――後で聞こう。
そして、やる事がないのでボー座っていると少女の声が耳に入った。
「……スミレ。装備は何時、届く」
今まで無言を貫き座布団の上にちょこんと座っていた夜ヶ峰という小柄の少女が唐突に高峰に質問する。
「後、一時間ほどかかりますわね。夕食までには到着しますわ」
腕時計を見ながら答える高峰に分かったと夜ヶ峰は答えた。
泊まり込みになるので生活用品や武器などの装備は後で禁龍機関の人が持ってくる手はずになっている。事前に行く事を連絡していた月島の装備も持っていってくれるらしく、六原を除いて全員手ぶらで来る事ができたわけであった。
――やっぱり、無表情で何を考えているのか、よく分からないな。
良く言えばクール、悪く言うならお面のように表情が変わらない夜ヶ峰に月島は自分のことは棚に上げてそんな印象を抱き始めていた。
すると突然夜ヶ峰は立ち上がると六原と向かい合って話している少年のシャツの背を小さく引っ張る。
「ん、どうした?」
振り向く少年、天野 正雄は優しげにほほ笑むと身を少しかがめた。夜ヶ峰も彼に目線を合わせるように少し背伸びをする。
「一緒に、外、見てまわろう」
誘いながら自然に天野の手を取り、玄関に歩きだした。その口元は何処か嬉しそうに月島は見えた。
――仲が陸奥まじいことで……あれ、天野さんは結城さんと仲が良かったのではなかったかな
「眠いんだけどな…」
面倒だと言いたそうなセリフだが天野は抵抗する振りもない限り嫌というわけではなさそうであった。
――何だろうね。この空気。
不意にほほえましい光景の筈なのに、周囲が何故か張り詰めたように雰囲気を月島は感じる。
「ちょっっと、スイレンちゃん。待ってみようね」
疑問に思う前に玄関に歩きだそうとした天野の空いている手が目にも止まらぬ速さで掴み上げられた。
「何、結城」
歩みを止めた夜ヶ峰が振り返り、もう片方の天野の手を握る結城を見つめる。声は明るいのに表情は先ほどとは打って変わって冷え切っていた。
「いや、あのね。今からちょっと先輩に勉強を教えてもらうから、散歩は又にしてもらえない」
月島がクラスで良く見る健康的で明るい笑みを浮かべて結城が言うが、夜ヶ峰を見る表情は退治する彼女と同じように少し冷たいような印象を受けた。
「結城は、この前一緒に遊んだ。だから、今度は私の番」
「あれは、途中で尾行していた皆さんにぶち壊されたから、ノ―カウントじゃないですか」
穏やかに言いながらも結城は力強く天野を引き寄せようとするが、二人の身長が十センチほどあるにもかかわらず、夜ヶ峰は腕をつかんだままピクリとも動かなかった。
「…痛いから放してくれ」
ポツリと天野は呟くがどうやら二人の耳には入らず、お互いが無言でけん制し合っている。
「はなして」
「お断りします」
今にもお互いが全力で天野の腕を引っ張るのではないかという雰囲気である。
――何だろうね。この空気。
「貴方達いい加減にしなさい」
ぴしゃりとした冷や水を打ったような声が響く。
この空気がいつまで続くのだろうと思っていたが二人の間、天野の正面に高峰が立ちあがっていた。
「何よ、菫さん」
「天野様は疲れているのです。だから、少しは休ませてあげなさい」
――おお、良い事言ったね。
相手を思いやっての一言はさすがに反論の得たしようがなく、
「そうだね、ごめんね先輩、スイレンちゃん」
「私も、ごめんなさい」
お互い反省しながら、掴んだ手を緩めた。
――さすがリーダーなだけはあるのかな。
どうやら、喧嘩にならなかったようだ。と天野は胸をなでおろした。
二人が力を緩めたのを見て、高峰は頬笑みを浮かべる。その笑みは一件落着による安堵のからきたものだと月島は、勘違いをした。
「お疲れでしょう、天野様」
「助かったよ、高峰さん」
そして、高峰は囁く、
「お詫びと言っては何ですが…」
高峰は笑みを浮かべながら、両手を塞がれた天野の前に近づいた。そして、彼女は両手を広げ、天野の首元を腕で包みこみ、
「私が、一緒に添い寝をしあげますわ」
胸元抱き寄せ、豊満な胸を天野の顔にうずめさせながら、耳元で誘うように語りかけた。
――うわぁ、エロい。
「「なっ!」」
「ささ…お布団は既に敷いておりますのでね、お早くお早く」
唖然とした二人を見向きもせずに、突然の出来事に放心する天野に身を寄せ、奥の部屋に引っ張ると、腕を持つ二人の手は力なく離れた。見れば二人とも体をプルプルと震わせている。
――さすがに堪えたか、
だが、月島の予想は外れる。
「「わ、わ、私も一緒に寝る」」
二人とも開き直り、天野の両腕にまたもやしがみ付いた。
――たくましいね。
「ちょ、おま、えら…」
しかし、二人同時に飛び付いてきた天野の体は衝撃に耐えられず、そのまま、畳に倒れてしまった。
「お二人とも、危ないですわよ。ここは私に任せて…」
「私が、天野と一緒」
「アンタに任せた方が、危ないじゃないですか」
「……話を聞いてくれ」
かくして三つ巴になった空気の中、どうしたものかと部屋の隅に退避し、様子を眺めていた月島は天野と目を合わせてしまった。
思わず、目を逸らそうかなと思ったが、「助けてくれよ」という少し気だるげだが、純粋な天野の瞳に無視をするのも可哀そうな気がした。
――仕方ないね。映画館のお礼もあるから。
六原のいない今この状況をどうにかできるのは自分しかいない。月島は自分自身を納得させ、思考する。目の前で女性三人に抱きつかれている少年をどうすれば引き離せることができるのか。
判断はすぐさま出た。
――無理じゃないかな?
しかし、今更放り投げる訳にもいかないので、無駄だと思ったが止めるように声を掛けて見ようと口を開いた。
「三人とも――」
「お~い、天野」
何かを言おうとした月島より一足早く声がした。声がしたほうを向けばいつの間に荷物を置いた六原が襖を開けて立っていた。
しかし、六原の声は届かず。依然として三人の女性は一人の男をめぐっていた。
「嗚呼、なるほど」
六原は部屋の状況を一瞥し、状況を理解したようであった。
「もう、状況が読みこめたのかい」
「まぁね。後は任せてくださいよ。さて…」
彼は少しだけ眉を吊り上げ、天野に向かって指を差しながら、
「そこに、ゴキが!」
叫ぶように言い放った。
――え、出た!
瞬間、皆は小さな悲鳴を上げ、天野は飛び上がるように、その場から飛び上がった。
「はい、天野君。行くぞぉ」
その隙を見逃さずに六原は一人だけとなった天野に近寄り、腕を取ると素早く部屋を出て行った。
「おい、行くってどこにだ」
「この建物の見取り図とかあったら見せてもらいにかなぁ。正直ここまで広いと迷いそうだからねぇ」
「分かった、分かったから、引っ張るなよ」
等という、男同士の会話と遠ざかる足音が空しく部屋に響き、女性陣は一瞬の出来事に唖然としていた。
残ったのは六原の嘘によってやり場のない気持ちの少女三人。月島は傍目で見ながら、小さくため息をついた。これ以上この空気の部屋にいる気は失せていた。
――何だか気まずいからね。
「じゃあ、ワタシも散歩してくるとするよ」
静かに言い残し月島は三人の少女を置いて、離れを出て行くことにした。
去り際に「けど、まさか男に取られるのは」「納得、いかない」「ですわね」と声が聞こえたが深く考えない事にして置いた。




