告白か果たし状か
<はじめに>
この物語の主点・六原恭介は脇役である。だから、よくいる主人公の様にヒーローになりたいという思いを糧に努力し成長する物語ではない。
ただ場面を盛り上げるためにいるだけのちゃらんぽらんな脇役はヒーローのように活躍することはできないのだからだ。
だから、ヒーローになりたい六原の思いなど関係なく、本当に最後までただの脇役のような行動をして終わるお話です。
*騎士とメイドの物語*
季節はほんのりとした暖かさ感じる五月。全国的に比べて遅咲きであるこの辺りの桜もさすがに花びらは残っておらず、桜の木には青々とした葉が散らばっている。
一ヶ月前であればあたり一面サクラの花びらで囲まれていたであろう遊歩道を一人の少年が歩いていた。
白いパンツに十字の刺繍の付いた真紅のパーカーを羽織り、精一杯、目立とうとしているのが丸見えの少年。
散った桜の花びらは未だ地面にあり、何故かその薄い桃色の花弁を踏む事が何か悪いことをしている気分にさせられる。と思うのはカッコいいかなぁ。
などと思いながら、少年、六原恭介は一人で歩いていた。
丘の上まで作られたらせん状の緩やかな坂道。右手には急な斜面とフェンスを優に超える桜の木、左手には車道とコンクリートを敷き詰めた斜面が見える。
一年間通い続け、もはや見慣れた光景である道を六原は登っていく。
彼が登る道の先、小さな山の頂上には巨大な建造物がいくつも建っている。
それは度重なる新校舎の建設、舗装等の増設により、今や迷宮のように感じさせたれている学園の校舎である。
一種のダンジョンを連想させるような学園に通う六原は日曜という休日にこんな地味にキツイ坂道を登り山の上にある校舎を目指していた。
久しぶりに歩くのも悪くないなぁ。と思いながら六原は坂を上る。
普段ならバスで屋上まで上がるのだが、今日は日曜で普通は校舎まで上がるバスは土日は運休となっていた。部活にも入っておらず、特に用も無く学園に行くことの無い六原にとってこんな風にゆっくりと景色を眺めながら来るのは少し新鮮である。
「……よぉ、おはよ」
昼間ではあるが最早おなじみとなった朝の挨拶。後ろから不貞腐れている様な声で掛けられると、そこには馴染みのある、いかつい顔の少年がいた。
「あれ、辰野さんじゃないですか」
休日だと言うのに少年学園指定の制服に身を包む辰野と呼ばれた少年。
一見彼の切れ目と表情が硬い為か怖そうな雰囲気を醸し出す辰野は駆け寄ると小さく手を上げる。その肩には少し小さめにゴルフバックの形をしたバッグがあった。
「部活でも行くのか」
「オレは帰宅部だ。……チョット頼まれごとで校舎の裏側に用があるだけだ」
「頼まれ事ねぇ」
一体どんな用事があれば、校舎の裏側に用があるのだろうか。
頭に浮かぶ疑問は深く考えないようにして肩に担いだバッグを見る。中身が気になるがどうせ上手く誤魔化されるに決まっているので、聞いても無駄だなので深く追求はしなかった。
「校舎の裏側か。確かあそこも一種のダンジョンみたいになっていたなぁ」
「どちらかといえば、樹海じゃねぇのか」
学園の裏側は多少の開拓はされているが、道は舗装もされておらず、辺りを覆いつくつ木々とその先に山々が連なっている為かチョットした樹海となっている。
そして、普通ならありえないがその樹海には謎の泉や遺跡があるなどの噂が生徒の間で流れていた。
いわゆる学園の七不思議なようなものであるが、実際、六原も何度か裏側に行ったことがあった際には遺跡の秘宝を巡り、一種のトレジャーハンターまがいな出来事に巻き込まれた経験も少なからずあった。
懐かしい思い出をが頭に浮かんだ後、どうしようかと改めて悩み横に並らび、今回も何も語ろうとしない辰野に首を向ける。毎度毎度シラを着られるのは何となく嫌なので、何か言ってみようと六原は辰野の行動にワザと見当はずれの予想を立てることにした。
正直に言えば無言で男二人で坂を上るのは息苦しかったからであるのが本音である。
「校舎の裏側と言えば、あの伝説の木があるらしいが、もしかして告白ですか」
「あん? ちげぇよ」
狩猟犬のような鋭い目つきと威圧感に内心怖気いている六原は視線を逸らした。
「は、はははそう睨むなって、怖いじゃないか。てっきり、お前と一緒に歩いているメイド服の女性がさ」
「人違いだ」
「そ、そうですか」
一方的に切られる会話。今日は機嫌が悪いのであまりからかわない様にしようと心の中で六原は反省した。
辰野は色々と他人に言えない秘密がある。
恐らくソレは六原の良く巻き込まれるファンタジーな物語。といっても、この学園に通う生徒の大半が大体こんな感じで一癖も二癖もある少年、少女である為対して珍しくも無い事だが。
六原としても非日常的な出来事に大抵のことなら経験しており、別に聞いたところで困らないし、むしろどちらかと言えば深く知りたい。
だが本人から言ってこない限り、余り真剣につつかないでおこうというのが方針であった。
「まぁ、俺の事は置いて置け。それより、お前こそどうした。そんな私服で学校に用があるなんて」
おびえさせたことを悪いと思ったのか今度は辰野方から珍しく声をかける。
「……チョット、オレも頼まれごとがあってね」
二人で校舎に向かいつつ、六原は休日に校舎に向かうことになった理由を思い返し、起きた出来事を簡潔にまとめ話した。
「今朝、自宅の電話にオレ宛に連絡があってね。受け取ると謎の老婆の声で屋上に来るように言われてねぇ」
「ありえね!!」
「まぁ、普通はそんな反応だよねぇ」
「……お前、それで、屋上に向かっているのか」
「そうだよ」
実にあっさりと答えた六原に辰野は少し眉をひそめる。
「普通はそんな怪しい電話の言う事を聞かねぇぞ」
「何を言っている。面白そうじゃないか」
これ以上追求したところで、六原が諦めて引き返す気は無いと分かった辰野は溜息をついた。
「はぁ……まぁ、お前らしい答えだが」
二人で歩む坂は残り少しとなり、目の前には入り組んだ校舎が現れる。先ほどまで壁があった左手にはフェンスで側面を覆ったグラウンドがあり、熱心な運動部の声が聞こえる。
そして、六原は無邪気に辰野に自分の気持ちを語る。
「だって屋上に呼び出されて何されるかって考えたらワクワクしないか」
「……告白でもされるんじゃねぇのか」
「謎の老婆にか!?その発想は無かった。てっきり、決闘かと思っていたよ」
「お前、よく考えやがれよ。謎の老婆と決闘する男子生徒。見ていたら、間違いな
くテメェが老婆を苛めているようにしか見えないから即座に警察に連れて行かれるだろうが」
「デスヨネー。まぁ、それはそれで、楽しそうだけど」
それから六原が何故呼び出されたのかということを予想し話しながら、二人は瓦屋根の巨大な門をくぐった。
その先には校舎に向かうための玄関が見える。
「じゃあ、オレは裏側に用だからな」
玄関先にはいかずに、グラウンド方面から周ったほうが近い為、辰野は立ち止まると六原とは反対方向を指差した。
「そうか、まぁ、色々あるみたいだけど頑張れよ」
これから裏側で辰野が何をするのかは知らないが背中に背負った長物から察するにどうせ少し危険なことなのだろうと六原は思った。
辰野は少しだけ口元をゆがめ小さく笑みをうかべる。
「……もしへんなことに巻き込まれそうだったら、連絡しろ。多少ぐらいなら力になれる」
「ありがとー」
六原は軽く礼を言うと、辰野と別かれ玄関先に向かう。
「しかし、確かに告白でも面白そうだよなぁ」
苦笑いを浮かべつつ六原は下駄箱に靴を入れ替え、屋上を目指した。
階段を上り、屋上へ繋がる重たい扉を開ける。
扉を潜ると冷たい風が吹き、頭上には太陽が雲に細々と見え隠れしていた。
屋上にはどこにでもあるような緑色のフェンスといくつかベンチがあるだけであった。
少なくとも自分を人影は見えない。
「…まだ来てない、かぁ」
約束の時間は電話では十三時と言われていた。左腕にはめた腕時計を見れば、後十五分ほど時間に余裕がある。
――特にやることも無いしなぁ。かと言ってケータイでもいじっている時に目的の人物が上がってきたら何かインパクトにかけるなぁ。こう印象的なヒーローっぽい待ち方なんてないのだろうか。
ベンチに座り、正面のフェンス越しに見える景色が視界に入ってくる。
運動部が走り回っているグランド。その先にはたくさんのアパートが立ち並ぶ住宅街。
一見どこにでもある日常的な景色。だが、意外とこのイカレタ学園がある所為か、景色とは裏腹にこの街には非日常な事が数多く起きている。
――こういう風に、外の景色を見ながらここに来てもう一年かなんて思い出に浸っているのって格好よくないかな。
等と考え、今までの学園生活を格好良く思い出に浸って見ようか。足を組み遠い目をした。
―― 一人屋上で優雅に物思いにふけるオレ。うん、これでいこう!!
「どや、格好良くないか」
笑みを浮かべる六原は背後の存在に気付いていなかった。
「何を、しているのだい?」
「っうお!!」
突然、声をかけられ驚きのあまりおかしな声が出る。見る見るうちに顔が熱くなり、一人で屋上に叫んでいた行為に今更ながら、恥ずかしいのだなと六原は後悔した。
そして、未だ六原は気付かなかった。
誰もいなかったはずの屋上。唯一の出入り口である扉が開いていないのにいきなり人の声がしたということに。
普通に考えればおかしな出来事。しかし、そんな日常的はありえない異常を考える余裕もなく六原の頭の中は目の前で格好付けて、一人ほくそ笑んだところを見られたと言う恥ずかしさで一杯であった。
なので、突然の声に全く疑問に思わずに声を掛けてしまう。
「えー、どうもぉ」
少し恥ずかしさが残っていながら、立ち上がり振り返ると一人の少女が立っていた。
長い髪に学園の制服で身を包み薄く微笑む少女は少しミステリアスである。
「スマナイ。お見苦しいところを見せました。あの、できればさっきの見た事は忘れてくれませんかね」
「わかった。それなら触れないで置くよ」
少女は淡々と話す。
「……こんにちは六原君」
「嗚呼、こんにちは」
少女の挨拶にぎこちなくあいさつする六原は少女の言葉に疑問が浮かんだ。
「あれ、どこかで会ったかな」
「いや、今日が初対面だよ」
「けど、名前知っているじゃないですか」
「君の噂はこの学園でも少し有名だからね」
どうせロクでもない噂だと想像できるので、はははと六原は苦笑しかできなかった。
「そういうわけだから自己紹介をしておこう。ワタシの名前は月島小夜子。今日キミをここに呼び出した者だよ」
「えっ、そうなの」
疑問に思い、まじまじと見ても目の前の少女はどう見ても老婆には見えない。
――こんな美女がオレに何のようであろうか。もしかして、さっき辰野とふざけていっていた告白とかかじゃないのか。つーか、すげーな。美女がオレに話しかけてきているんだぜ。何これ?ラブコメ。残念だがオレには世話焼きの幼馴染の美少女なんて者はいないんだけどねぇ。
「それで、わざわざ呼び出して何のようですか」
「何故そんなに嬉しそうなのかな」
「君があまりにも美しいからさぁ」
「あーはい、ソウデスカー」
。
相手の反応から悪ふざけしてしまったと思い直した六原は、一度咳払いし、空気を整えてから会話を切り出す。
「なんか色々と本当にすいませんなぁ。それで、オレをこんなところに呼び出して何のようですか。危ない相談以外ならお断りだぞー」
「嗚呼、そうだったね。じゃあ、お願いがあるんだけど」
わりと、どうでもいいように、まるで読みたくない本を音読するような口調で彼女は言う。
「私を救ってくれないか」
「いいよ! 当たり前じゃないか!」
彼女の淡々と口調の問いに対し、六原はすかさず吼えるように答えた。救ってくれと言うことに対して深くも考えず反射的に答える対応。さすがに驚いたのか、一度目を瞬かせ月島はもう一度問う。
「……決断が速くない?」
対して六原は笑いながら、間髪いれずに答えた。
「だってさ、面白そうじゃないか」
事情も、内容も知らずに面白そうだからだと協力するという言葉に月島は一瞬言葉を失ったが、少し間をおいて微笑む。
その微笑みは六原には困った風に見えた。
「あれ、もしかして、バカにされた。確かに見た目から実力も何も無い様なそこらのモブに思われがちなオレだが、やれば出来るんだぞ」
「だって、そんなに早く、了承されるとあまり信用できないじゃないか」
薄く笑う少女の言葉。このままだとせっかくのチャンスが棒になってしまう。
「じゃ、じゃあ、どうすれば信用してくれるのかな」
「そうだね。キミは聞いたところ情報収集がとくいみたいじゃないか。だったら君の実力を見るために私のことを調べてみてくれないか」
自分から救ってくれといった割には。いきなり人のことをいきなり試してくる発言に六原は疑問に思ったが、特に深く考えず了承した。
「けど、調べてみてって言っているけど、月島さんから話を聞けばよくないのか」
「まぁ、試験みたいなものだと思ってくれたまえ」
「ちなみにどのあたりまで調べればいいのですか」
そうだね。少女は何か考え込むしぐさをする。
「私が何者かってことは最低でも分かっていて欲しいかな。ついでに、私がどうして救われたいとかもね。調べたら連絡をくれたまえ、無理そうなら、私のことは忘れてくれてもらっていい」
--いやいや、そんなに簡単に忘れるわけないよなぁ。つーか、救われたいとか言う割には何か変わったことをおっしゃる。しかし、こうも自虐的な発言をされるとやってろうという気になるから不思議なものだなぁ。
等と天邪鬼な思いを抱きながら六原は頭の中でどれぐらいで調べられるか考え、月島と名乗る少女に答える。
「じゃあ、明日にでも連絡するよ」
「え? 早くないか」
「嗚呼、任せてくれたまえ」
しまったな。つい調子に乗って強がった発言をしてしまった。
だが、目の前の少女が先ほどの機械の様に話すのではなく、表情を変えながら話しているので良しとしておこう、と六原は思うことにした。
「……ふふ、そんなに簡単に調べて、助けてくれるのかい」
「簡単だとも。その代わり一日だけ待って欲しい。明日またこの場所に来てくれればキミが何者なのか調べ上げておくよ。だから、当たっていたら信用してくれ」
情報収集。これだけが六原の唯一得意分野であった。
相手がファンタジーな存在だろうが何だろうが、この世界にいるものであるなら、ある程度なら知ることが出来る。それぐらいの人脈と情報の操作に関して、努力し磨いてきた。
たかがミステリアスな少女の一人調べ上げること等簡単なことである。と思いたい。
「あー」
月島は少し考えた後、口を開いた。
「キミは変わっているね。ヒーローを目指していると周囲に言っているのにふざけいてとても頼りになるような気が不思議としないじゃないか」
「そんな馬鹿な。能ある鷹は爪を隠すって言うじゃないか。それにこれでも周囲からは常識枠なんだぞ」
「それは周囲の方がかなり変わっているということなじゃないのかな」
言っていることが間違っていないため、すぐに反論することが出来ない六原に月島はくるりと背を向けた。
「では、楽しみにしているよ」
そして、少しだけ顔をこちらに向け最後に一言、
「期待しているね、ヒーロー君」
彼女の表情は伺えなかったが、その言葉に六原は心臓が一度大きく跳ねたように感じた。
「じゃあね」
「えっ、おい!ちょっと…」
それだけ言うと月島は一瞬固まった六原をおいて、幽霊のようにフッと去っていってしまった。
その光景をほうけた様に見ていた六原は照れくさそうに頭を掻いた。
--これは、恋か?
いやいや、と六原は首を振り否定する。
--そんなふざけた事じゃない。純粋に嬉しかった。ひと目で惚れてしまったと勘違いするほどに……
それ位、六原の心に響いた。
ヒーローという言葉は、彼が今まで目指していて、一度も言われたことが無かった言葉であった。
気分が高揚していくのを自覚しながら六原は立ち上がる。
「さ、さてと。じゃあ、サッサと調べますか」
もう一度座り直し、足を組み、空を見上げる。そして、やっぱりこのポーズはカッコいいよなぁ。と自画自賛した後思考を切り替えた。
六原はさっきの月島について考える。少し気になることがあったからだ。
――しかし、なんか、あの人からは今まであった人とは違う小さな違和感があるんだよなぁ。だから、気になったから、彼女の問いにすぐ答え用と思ったんだよなぁ。
しばらく、考えていたが休日の屋上で一人黄昏ている行為が次第に心細くなってきた。とりあえず、自宅に帰ろうとした六原は月島と同じように出口の扉を開けた。
扉の先に続く階段を下りながら、六原は子供のような笑みを浮かべると小声で呟く。
「さぁ、物語の始まり、始まり、ってなぁ…」
時間もない。六原はこれからの行動を考える。
向こうは自分の名前を知っている。ということは自分の知り合いが六原を紹介したのだろうなということは容易に想像できた。
まずは自分の知り合い。ファンタジーな物語とかかある者達に彼女の事でもきいてみようと思い、六原はケータイを開いたのであった。




