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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
18/47

ヒーローは登場する

*騎士とメイドの物語 12*



 暗闇の中、倒れこんだ六原は少しも動く気配がなかった。


――これじゃあ。勝敗が分からないよ。


 その場でぺたりと座りこむ月島は右手の感覚を確かめる。手の平には少しごつく、そして温かい六原の手が握られていた。


 もともと、負ける気もなければ、勝敗の約束も守る気もなかった。

 それなのに、彼の左手が零れ落ちた時に月島はなぜかとっさに手を取っていた。興味がなかったのにどうして彼の手を取ったのだろう。


「……どうしてなんだろうね」


 六原に訪ねても気を失っている為答えない。代わりに蒸気のような湯気が立ち上り、六原の体に残る傷を目に見えるほどのスピードで回復していく。

 月島は考える、気を失ったから彼の負けだろうか。いや、分からない。右腕を失いボロボロの状態の六原が目の前に現れた瞬間、月島はワタシの負けだと思っていた。だが、彼がワタシに触れれば勝ちということであるからソレは意味がない。


「どうすればいいの」


 無論、返事は返ってこない。

 レギオンから逃げ続ける限り、月島は自分の親しい誰かに迷惑をかける。なら、いっそ逃げずに受け入れようとすれば彼やワーの様な者が命がけで助けに来る。


「嗚呼、やっぱり、ワタシは魔女だな」


 人を惑わす異端の女、そこにいるだけで忌むべき存在なのか。忘れたはずの罪悪感が溢れだし、自暴自棄な考えが月島の頭の中でループする。

 と、先ほどまでの月島ならきっとそんなネガティブな考えを思っていたのだろう。だが、今は心に響く痛みがそれを邪魔していた。

 ずきり、ずきりと矢が刺されたような痛み。目で見る事は出来ないが確かに彼女の胸には言葉がぐさりと刺さっていた。

 

 それは倒れる直前の六原の言葉。


 もう頼ってもいいのだよ。


 だから、救わせてくれ。と無責任な言葉を後に付け足したような六原のセリフ。気を失う前に口にした彼のその言葉が月島の心に響いたかどうか月島自身もよく分かっていないが、体の力が僅かにゆるみ、なぜか安心してしまった。


「ねぇ、ワタシは、他者にひどい事をしてきたワタシは休んでいいのかな」


 握られている手は放す気がないという意思があるかのように強く握られているのに答えは返ってこなかった。

 実際、意識が朦朧としている中言ったセリフが六原自身、まだ三日程度しか会っていない少女の心の内を理解して言っていたとは到底思えない。

 それでも少年が彼女を救いたいと思う気持ちは本物であった。

 だが、彼女に届いたかどうかは月島自身にも分からない。自分の気持ちなのに分からなくなる。


 六原の右肩、腕を切り取られ辺りからは新たに右腕が形成され始めていた。


「病院に、つれていかないと」


 反対側の握り締めた手を見つめ月島がこれからどうするべきか答えを出し、まずは六原を病院に連れて行こうと考えた。


 静かになった泉の周囲の岸辺で月島は膝を上げる。

 先程まで聞こえるのは虫達や風のざわめきだけの中で、がさりと音がした。

 月島の後方で茂みが揺れるその音に、立ち上がろうとした体はピタリと止まる。


「やれやれ、結局力尽きましたか」


 振り返れば一つの影がふらふらと現われる。


「……無事だったの」

「ええ、これのおかげでね」


 おぼつかない足取りで茂みの中から現われたのは針沼であった。六原に殴られる際に杖を盾にしたのか、真っ二つに折れた杖を両手で片方ずつ握締めていた。


「私の杖も少々特殊でして、無事で何よりです」


 吹き飛ばされてから地面を転がったのか顔は土で汚れ、数か所の擦り傷がみえる。


「姫様が倒されたのですか。いや、さすがです」


 ボロボロのくせにまだ余裕があるように振舞う針沼は宝石の付いた先端を泉に向け、扉のような形をした魔法陣を描く。それは異世界に行く魔法を使うための最終工程であった。


「さて、邪魔ものも消えましたので何とか間に合いましたか」


 針沼は杖を前に突き出す、同時に完成された魔法陣はゆっくりと前に飛び、泉の水面に浮かぶように張り付いた。


 月光に照らされた泉が一面に青く光り輝く。

 光は瞬く間に消滅した時には魔法陣は水面にはなく、代わり魔法陣と同じような形をした鉄の扉が現われていた。


「時間もありませんので、速やかに戻りましょう」


 水面に浮かぶ奇妙な鉄の扉がゆっくりと動き始める。

 重々しく開いた扉の先は泉の水面ではなかった。そこには青白い光りが覆われており先を見ることができなかった。

 だが、その扉の光景こそが月島が無事に元の世界に戻る為の準備が完了したことを月島に伝えている。


「部下は後で回収いたしますので、急ぎましょう」


 近づき手を差し出す針沼。


 衣服は汚れ、未だ六原とのダメージが残っている針沼。彼も月島をレギオンの元に戻すために命がけなのだ。針沼がどんな思いでレギオンに参加しているのか分からないが、少なくとも今回の針沼に対しての行動を月島は裏切る。


 ごめん。と申し訳なく思う。


 答えはもう決まってた。だから、一度心の中で謝ると月島は塞いでいた口を開いた。


「すまない。私は戻らない」


 手を差しだそうとした針沼の体が、石になったように固まる。

 突然の言葉に針沼は少し驚いたが、すぐさまメガネの縁を指先で整えながら鋭い目つきで言い返した。


「……それなら、無理矢理にでも連れて行きますが」


 二つに折れた杖を無理矢理繋ぎ構える針沼、一方の月島の魔力はほぼ尽きており、六原のときのように魔法陣を描く力はもうあまり残されていなかった。

 だが、臆することなく月島は淡々と言葉を言う。


「もう一度言おうか、私は戻らない」

「貴方無くして国の再建はどうするおつもりですか」

「それは」


 針沼の真剣な問いに月島は即答する。そして知っていた事実を、レギオンの行動にもう意味がないことを全て針沼に叩きつけた。


「今戻ったところで、あの世界にある祖国の平和は既に守られているのだろ。それに、私達の敵、魔法を使えないものを糾弾していた副王は勇者によって粛清されたらしいじゃないか。だから、もう、私達が戦う必要は無いんだ」

「しかし。それでもレギオンは……」


 言いよどむ針沼、それでもまだ反乱を起こそうとしていると言いたいのだろうと思った月島は言葉を畳みかける。


「今のレギオンの上層部はただ、権力が欲しいだけさ。結局、反乱をした事によって、国は変わる。その為の処罰は王国内で行われるよ」

「我々が始まりだったのですよ!」

「でも、見返りを求めても良い立場ではないはずだろ」


 珍しく声を上げる針沼に諭す様に月島は言う。

 関係ない人も巻き込んで内乱を起こし、傍から見れば周囲の状況に納得できず駄々をこね、挙句に死者まで出している組織に誰がお礼を言うのであろうか。


「ワタシなんて異端の魔女と呼ばれ忌み嫌われているのだよ」


 杖を構えたまま静かに針沼は問う。


「私達についてきてくれるのではなかったのですか」

「ごめん、けど、それだと無駄になってしまうから…」


 握り締めていた右手をほどく、繋いでいた六原の左腕は力なく地面に落ちた。


 体の傷は急速に回復していっているが六原は未だ目を覚ます気配はない。

 それは数えることが出来ないほど何度も傷を負い、気を失い、痛みを堪えてまでに月島を救おうとした結果であった。だが、結局、彼の言葉も行動も今まさに針沼に無理矢理元の世界に戻されそうな状況では全てが無意味になろうとしていた。


 考えるだけで、苦しくなりそうになった。


――何故か、嫌だよ。


 月島には六原の行った行動が無駄になってしまうという事が耐えられなかった。

 会ってまだ僅かでしかない彼について知っていた事はそれでも幾つかあった。


 月島のような非日常な位置に立つ多くの人々と交流が多いが、彼自身、魔力も剣術の才能もない事。


 姉がヒーローと呼ばれる存在であり、そして、自分も才能がないのにもかかわらずヒーローになろうとしている事。


 しかし、活躍も出来ず。

 彼の周りで起きる奇怪な出来事は彼の姉や友人が解決していく。

 結果、ナンとも役に立たない日々を送っている…

 それらを全てまとめて彼の事をいうのならば、


 要するに彼はいつも物語の脇役だった。


 そんな彼の事情をワ―から知った月島は少し興味を持ち、そして彼の人生に惹かれた。


――与えられた環境になじもうと努力して、失敗してそれでも何度でも挑もうとする。そんな彼に憧れていた。ワタシもそうなってみたいと思っていたからだろう。


 少女も夢があった。レギオンの象徴と言う人形ではなく祖国の平和を導く一団に、一人の英雄になりたかった。だから、レギオンの誘いにも乗ったのだ。だが、彼女はレギオンにとって唯の傀儡でしかみられていなかった。

 そして、今とのなってはその願いはもう遅く、叶うことのない。


 だから、せめて憧れた彼の願いは叶ってほしいと月島は思っていた。


――憧れである彼の願いを断ることは彼の行動が無駄に終わるという事になるのかな。


 彼は六原は少女の英雄になりたいと言ったのだ。

 そして、その言葉が嘘じゃないという行動や気迫も先ほど見せてもらった。

 だから、もう、目の前から消えることなどもうできなかった。


 まぁ、元々は救ってくれとワタシが言い出したことだけど。と自嘲気味に小さな笑みを浮かべる。

 まさか、ワーに言われて渋々言った事がこんなことになるなんておもってもみなかっただろう。


 杖のカケラを右手に持ち、ペンを持つように握る。正面にいつでも魔法陣を描けるように構える。

 体内の魔力も少ない。もう描ける魔法陣は数個ほどしかできない。それでも今の月島に諦めるという選択肢はもうなかった。


「スマナイけれど、力づくで納得してもらうとするよ」


 本当は六原の活躍は全然期待していなかったのだが、ココまでされると不思議とカッコいいと思ってしまう。

 六原さん月島の為に頑張ってくれたのだ。

 だから、ワタシももう少し努力してみよう。少なくとも目の前の相手ぐらいは倒そう。


 静かに針沼は言った。


「そんな状態の貴方が私に勝てると」


 対し月島は静かに笑みを浮かべ答える。


「もちろん」

「仕方ありません」


 針沼は杖を握る右手を頭上に上げた。すぐさま月島は魔法陣を描きいつでも発動できるようにするが、針沼は魔法陣を描くことはしなかった。する必要がなかった。


 周囲の気配が変わっていくように感じる。


 なぜなら、その行動は魔法を行う為のものではなく。

 只の仲間への合図であったから。


「皆さん、出番です」


 木々がざわめくような音が周囲を響いた。気が付くと林や茂みの中から勢い良く六つ影が飛び出す。

 影はどれも黒いローブを着た人であり、すっぽりとフードを深く被っている為表情や性別も区別が難しい彼らは針沼の前に立つ。そして、それぞれの腕には杖が握られ先端は全て月島に向いていた。


「これでも貴方は勝てるとでも」


 針沼は目を覚ましてから、何もしていなかったわけではない。気が付き、泉の前で戦いあう二人を見ると、ふらつく体のまま、茂みの中に一旦身を隠した。

 そして、すぐさま、連絡用の魔法を使い警戒中の仲間にこちらに来るように連絡したのであった。二人のうち六原が勝っても、月島が勝った後反抗しきても対処できるように二人の戦闘が終るのを待っていたのであった。


 得意そうに針沼は笑みを浮かべ月島を見る。もし、逃走するため、転移魔法を使おうとしても、コレだけの数がいれば月島が何かする前に抑えることが出来る。


 冷静に周囲の状況と自分自身の状態から、勝てないと月島は判断した。

 得意の鎖の魔法さえ使えれば何とかなるはずであったが、六原を闘った後に残った僅かな魔力では発動できなかった。


 だが、右手に握られた杖の欠片は手放すことはない。そして、勝てないと思っている自分に呆れる。同じような状況の中、月島の元まで来てくれた人が目の前にいるのだ。たとえ誰かの力を借りたのだとしても六原が来たことには変わらない。


 そんな六原の前で諦めるというのはなぜか月島は嫌であった。

 少しは彼を見習うとしようと思った。


 だから、月島は表情を変えることなく、針沼に目を合わせると口を開く。


「笑えるね」


 精一杯の虚勢であった。


「まったく、この程度の戦力で魔女を狩れると思っているなんて」


 素早く右腕を振るい、杖のカケラをペンのように虚空に奔らせる。瞬く間に現われる六つの魔法陣を追加させた。

 コレで残りの魔力はほぼ空になったが月島は自信に満ち溢れた目で彼らを睨みつける。


「見せてあげるよう、魔女の力をね。」

「そんな強がりを言って……諦めないのですね」

「当たり前だろ」


 チラリと月島は針沼の背後を見る、湖に浮かぶ鉄の扉、ゲートは未だ開いたままであった。


――あのゲートさえ破壊できれば……


 ゲートを壊す事で一時的ではあるが元の世界に戻る手段がなくなれば、少しは諦めると月島は考える。


「ゲートは壊させないですよ」

「やってみないと分からないよ」


 にらみ合う両者、そして、諦めたように小さな溜息を針沼は吐く。

 そして、何故か笑みを浮かべ片手を上げると周囲の黒ローブの部下に指示を出した。


「皆さん、姫を拘束してください」

「「「「「「了解」」」」」」


 重なる返事の後、六つの影は魔法陣を描く。そして、彼等は彼女のどんな動作にも反応できるように目の前に意識を全て集中させた。


 だから、彼らは、六つの影は気付かなかった。


 いや、気付いたところでどうにもならなかった。


 ソレは止まらない。


 彼らが一歩目を踏み出すよりも速く、


「いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 どこからか声がし、背後から巨大な破壊音が響き渡り、彼らは動きを止め背後を振り向いた。


 ソレは上空から現われた。

 先ほどまで上空の警備部隊を蹴散らしていたソレは空から隕石のように勢い良く降ってくる。その着地地点は泉のゲートの真上。ソレはためらいもなく落下の速度も加えた踵落としをくりだした。


 振り下ろされた踵はソレの狙い通り泉に浮かぶ扉に叩きつけられる。


 轟音が響き、湖に波紋が広がる。

 そして、鈍く砕ける音が泉の周辺に響いた後、両足がくり出す重い衝撃に耐えられず、扉は真っ二つに割れた。


 扉が破壊され周囲に大きな水しぶきが立つ。ソレは叩き付けた反動を利用して飛び上がると針沼たちのいる岸に背を向けて飛び移る。

 水しぶきは止んだが未だ泉に大きな波紋が残るまま、飛び上がった少女は針沼たちの頭上を超え月島の正面に背を向けて着地した。


「話は全て聞かせてもらった」


 皆が突然の出来事に驚く中で、凛とした透き通る声が周囲に響く。


「要するに君たちが彼女を諦めてくれればこの物語はハッピーエンドと言うわけか」


 語り始めるソレの背を見ながら月島は思う。


――彼女は一体誰なのだろう。


 声を聞く限り女性だろう、女性にしては背が高いこと以外白いローブを羽織っているため体型も顔もよく分からない。


「貴方は誰?」

「ふっ、良い質問ね」


 月島の質問に、彼女はローブを勢い良く空に向って脱ぎ捨てる。そして、月島に向かい振り向くと、白く輝く歯を見せつけ笑みを浮かべ、親指だけをぐっと突き上げる。


「正体不明のヒーローだ!!」


「……あ、六原さんの姉ですか」


 こんな場面で格好を付け、六原のようなセリフを言うことで月島は彼女の正体に予想が付いてしまった。


「……え、あ、はい」


 月島の質問にソレは、六原睦月は気のない返事で肯定した。

 黒い薄手のコートに紺色のジーンズの女性、睦月は小声で、少しぐらいノってくれてもいいのになー。と小声で言いながら月島の頭に何気なく手を置く。


「しかし、月島君。君もよくこの場を逃げずに抗おうと頑張ったわね」


 月島が避ける暇も与えずに頭を撫でる。くすぐったい間隔であったが、そのやわらかい手つきに優しさを感じ月島は抗えなかった。


「その決意は忘れないようにしておきなさい。君はまだやり直せる」


 穏やかに言うと月島の頭から手を離し、針沼たちを見つめる。

 同時に黒ローブの内の一人が牽制で放った火炎の弾を片手で握りつぶすことで打ち消した。

 火球などなかったように振る舞い、睦月は目の前のレジスタンスに語りだした。


「では申し訳ないけど、サッサと終らせるから。歯を食いしばりなさい」

「「「「「「え、ちょ!?」」」」」」


 驚く黒ローブに構うことなく腕を振り上げる。

 そして、人差し指だけを伸ばし空に向けると、声を高らかに叫んだ。


「一分で片付けるわ」

 





 そして言葉通り一分後、彼らは地面に伏すことになった。


「めでたし、めでたし」


 敵を倒した後に満足そうに六原睦月は言った。

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