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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
17/47

覚醒、できたらいいよね。

*騎士とメイドの物語 011*



 熱を帯びた痛みがじわりと腹部を覆い尽くしていく。痛みの中心には未だ槍が突き刺さったままであり、そこからボタボタと血が流れ落ちていた。

 視界と意識はまるで切れかけの電球のように途切れ途切れでハッキリしない中、突如現れ槍を突き刺した男性は笑みを浮かべていた。きっと、仕留められて事に対して達成感による喜びだろうという考えが思い浮かんだ。

 目の前の光景と自身の状態は確認はでき、六原は改めて自分が刺されたのだと認識した。

 途端に沸々と熱い何かが込み上げ来る。


 ギリッギリッと口の中から音がする。


 怒りが込み上げ歯を食いしばり、六原はこぶしを強く握った。力を入れると腹部の血がこぼれだすが気にしない。

 力を込めた右腕が、巻かれた札が静電気のようにバチリと光る。


 準備はできたようだ。


 口の中を血の味が多い尽くし、気持ち悪さを感じながら六原は口を開いた。


「ふだ……ふ、『札』発動!」


 口内の血で上手く言葉がでないが、何とかあらかじめ発動となるキーワードを唱える。

 その必死の言葉に答えるようにぼぅ、と六原の言葉に札が反応した。

 ぼんやりと紫色の光が札に灯り始め右腕を覆う。陽炎のような光に一瞬目を奪われる目の前の男。


「お前なぁ」


 その完全に油断している相手に六原は右拳を握り、吼えた。


「イテェじゃねぇか!」


「グバァ!」


 不意を突いた拳は男の顔面にめり込み、槍から手を離した男は吹き飛ばされ、遠くの木にぶつかる。確認はしていないが気を失っているだろう。


 足だけではなく右手にも痛みが走る。

 人を殴るには慣れていなかったので変な殴り方をして痛めたのだろう。


 痛みで虚ろな瞳をしながら右腕を確認する。

 予想以上に力を込めて人をためか右腕は赤くはれ上がっていた。右腕の状態を見ていると、気が遠くなる感覚に襲われ、膝をつく。未だ槍が突き刺さっている腹部の痛みが一層ひどくなってくる、体がびくりと痙攣した。


 朦朧とする頭、いつしか全身から汗が噴出す中で、


(失礼ですが、主の生命の危機を感じ勝手に『身体強化』しましたがよろしかったでしょうか。)


 突然、頭の中に声がした。聞いたことの無い声であったが、六原にはそれが誰なのか見当は付いている。


――ウロさん、です、かね。


 姉に渡されたメモ用紙の内容を思い出す。「首輪が正常に稼動した際には首輪の妖精、ウロちゃんっていうダンディズム溢れる声がヤバイ薬やっているヤツみたいに脳内に直接語りかけてくるからねー」

 姉の言う通り30代半ばの深みのある低い声は六原の思念に返答する。


(ええ、自己紹介が遅れました。私の名前はウロボロスという者です。ウロちゃんと気軽に呼んでください。)


 少しお茶目な物言いに気が楽になり小さう笑みを浮かべた。


――うぃー、よろしく。ウロちゃん。

(それで、どいつをぶちのめしますか。全員?)

――わー、凄いバイオレンス、ですねぇ。


 メモ用紙の内容を思い出しながら六原は首輪に指示を出した。


――まぁ、とりあえず、オレも腹から血を流して、結構、ヤバイ状態だから、さぁ。『オート』で、お願い、しますわぁ。


 断続的に途切れ始めた意識の中で首輪は穏やかに答える。


(分かりました。では、体お借りしますね。)


 首輪が言い終わると同時にゆっくりと体から力が抜ける。寝起きのだるさのような、思うように体が動かなくなる。

自分の体が自分の意志とは反するそんな感覚が六原の全身に浸透していった。


「……はぁ、はぁ、すげぇ、何だ、これ」


 どうやら、口だけは動くようであった。

 自分自身の体が結う事を聞かない中で、ゆっくりと、だが、体はしっかりと立ちあがる。そして、刺さった槍を両手で持つと引き抜き始めた。


「ちょ、え、待って…がぁ」


 説明通り、体の自由を奪われ、恐らく首輪の操作により六原の体がひとりでに動かされ始めたのだ。


「いや、いやいや、痛いから。痛いからぁあああああああ」


 しかし、神経は通っているので今まで感じたことの無い傷みが襲う。


(男でしょう、少しぐらい根性を見せてください。)

――いきなり、根性論ですか!凄い、不安になってきたんですけど!って、駄目。それ以上体が壊れちゃう!?

(大丈夫です。いざとなれば首輪からチョット後遺症が残る麻酔薬をぶち込みますから安心してください。)

「いやぁ、お薬はらめ!!」


 ふざけているような叫び声のせいで傍から見れば薄気味悪い光景のなか、制止しようとした六原の意思に反して、体は意に反し槍をゆっくりと引き抜く。


「ちょ、オ、モ、くぐ、が、ぐぁぁぁああ!」


 絶叫が、断末魔が森の中に響き渡る。

 もしかしてこの首輪、実は呪われている武器なのじゃないのかという不安と激痛で目の前の意識を暗転と覚醒を繰り返させる。

 口から血でないものを吐き出したのかもしれない、と思った中でもう少しで引き抜かれる槍を体は一気に引き抜き始めた。

 

 一瞬だったのか、それとも時間がかかったのか分からない感覚があやふやの中で、六原に刺さった氷の槍は引き抜かれた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぬ、けら、のか……」


 貫いたのが氷であった為傷口が凍っていたのか、血は思ったより吹き出なかった。


「ハァハァー、あん?」


 いつしか荒い息遣いなっており、口元からだらりと涎を垂らしながらチラリと前方を見据えた。

 

 目の前の一人芝居のような六原の奇怪な行動に月島だけうつむき表情が分からないが、他の皆は唖然としていた。


 あきらかに、皆の視線は六原を気味悪くおもっているようだ。

 

 オレのせいじゃないと否定もしたいが、それよりもその場で少し休みたい体は勝手に動き、陸上競技でよく見られるクラウチングスタートのような体制をとっていた。


(先に言っておきますが。これから一週間ぐらい療養生活になりますので覚悟してください。)

――オーケー、分かった。

(おや。潔いですね。)

――その代わり、スタイリッシュに格好良く、やっちゃってください。

(ふふ、出来るだけ努力しましょう。)


 足に力が入るのが分かる。


(では行きますよ。)

――オーケイ。よーい、どーん。


 掛け声と共に体が勝手に動き、地面を力強く踏み込み、六原は全力で駆け出した。身体強化によって走り出した六原は、今まで味わったことの無い風を切る感覚を味わう。


「皆さん。迎撃してください!」


 六原が駆け出す瞬間に我に返った針沼の鋭い声が響き渡る。彼の一喝で周囲の者達は一斉に魔法陣を展開していく。


「大丈夫です。落ち着いて行動してください」


 少し前の戦いぶりを回想する限り、六原が彼らにたどり着くまでに充分距離があり、皆の魔法が発動できる距離であった。


「社長、まずいです」

「速いぞ」


 だが、彼らの想像の異常の動きで、走るというより這うようにレギオンのいるところまで六原は迫る。


(通常貴方の走るスピードの二倍で行っていますよ)

――うぉぉ、すごいっすね。……今度は足も痛いですけどね。

(それは歯を食いしばって我慢して下さい。)

――……うぃ。つーか、前のやつら攻撃しそうなんで何とかお願いしますね。


 前方にいるレギオンの人々は杖を構えていた。

 その内の一人が魔法陣を描き切る。杖の先端が光り、バレーボールの様な形の光弾が放たれた。距離はまだ少しあった。横に飛んで避けようかと思ったが、体の自由は利いていないのでどうしようもない。

 迫る光に悲鳴でも上げるかと考える六原に安心させるように首輪は語りかける。


(あんなシャボン玉すぐに破裂できますから、大丈夫ですよ。)


 右腕が伸び、手刀のように構えると光弾に向かって打ち払うように薙いだ。


――ワォ。大丈夫なんですか。

(大丈夫、大丈夫。)


 軽口を叩く首輪の声が反響する中、右腕に巻かれた札が紫色の光を輝かせた。

 そして、手刀と光弾がぶつかりあい、次の瞬間、まるでクッションでも当たったような柔らかい感触がすると同時に、目の前の光りは六原の手刀により真っ二つに引き裂かれた。


 激痛を覚悟していたが、拍子抜けするほど衝撃はない。

 形が崩れた光の弾は今まで目の前に無かったように消え失せる。


 そのまま六原の体は何事もなかったように魔法を打ち払い駆ける。スピードは落としていない。

 六原の体はまず一番近くにいる二人組に向かう。光弾が掻き消えた事に驚く表情をしている二人の男性の内一人に狙いを定めた。

 相手の表情が六原の目に映る。どうやら、この訳のわからない目の前の状況が理解できていないらしい。


――わりぃ、オレもこの原理良く分かないんですよねぇ。


 いきなり目の前で見たこともない力や現象が起きれば、そりゃあ驚くだろうなと少し手加減したい気持ちもあったが体は勝手に動いているのでそれも叶わない。結果、全力で目の前にいる男性の腹部に拳を叩き込んだ。


 まるでイノシシのように突撃し放った拳は見事に命中し、耳元で蛙のような鳴き声が聞こえ、叩き込まれた相手はくるくると回転しながら宙を飛び湖の中に落ちていった。


――殺してないっすよね。

(大丈夫です。しばらく動けないだけです。さて、お次は……)


 殴った腕の痛みに耐えながらの質問に穏やかに首輪は返しながら、次の目標を探す。


「――ッ、この!!」


 短い舌打ち。近くにいる二人組みの片方が舌打ちをしながら後ろに飛び、杖を地面に突き刺した。


 突き刺された地面が光る。魔法陣に反応し、巨大な剣山のように無数の岩石が地面を突き破り現れ、六原に真下から襲い掛かる。

 当たれば串刺しになるが、六原の体はもう一度右腕を振りかぶり足元に振り落とし、岩石の針を打ち壊す。


――うぉ、すげぇ。すげぇ、痛い。

「畜生、コレも効かないのかよ!」


 彼らの武器をものともしない、あまりにも理不尽な力に大声を上げる相手に無常にも六原の拳は岩石の先端を全て薙ぎ払った。


 そして、六原は砕いた岩を足場にかけ、飛び上がる。その跳躍によって一気に距離を詰め、彼の頭上を越えるような位置まで来たところで片足を上に振りあげ、先程の岩石の魔法を放った術者に踵落としを浴びせ、昏倒させる。


(時に、六原さんは暑いのは苦手ですか。)

――まぁ、猫舌だから、あまり得意じゃないな。

(いえいえ、そういう意味ではないんですよ。)


 首輪の話を聞きながら着地と同時に、上半身は前に倒れる。

 直後に首筋を熱風が掠めた。


「あっつ!」


 思わず声が出てしまった身に覚えのあるその感覚は、火球の狙撃であった。燃え上がることなく紅い弾となって通り過ぎた火球は茂みに落ちると、衝撃と共に爆発し、茂みを燃やすことなく、小さなクレータの後を残し消え失せる。


――嗚呼、言いたいことは分かったわ。

(まだ来ますよ。)

――マジですか!?まぁ、できるだけ、無茶をしない方向でお願いします。


 針沼のいる方向を見ると同時に拳が動く。視界に入ることなく紫色に光る札を巻いた右腕で火球を打ち払った。

 だが紅い球は一つではない。複数の火球が様々な方向から迫る。

 それはいつの間にか六原を囲むように移動したレギオンたち全員による全方位からの射撃であった。

 針沼と月島の方向にはこちらに来させないようにする為であろう、その場所だけ針沼と共に二人が残り、三人で月島を守るように囲んでいた。


――アレでは下手に近づけないねぇ。

(一旦下がります。それから一人ずつ倒します。)


 そして、視界が揺らぎ、大きく後ろに飛び跳ねる。獣のような飛び上がり、迫りくる火球をほぼ避け、まるで六原の体に誘導されるように襲いかかる残りの火球は拳で叩く。そのまま真後ろにいたレギオンの一人に拳を叩き込み、気を失わせた。


「怯むな。手数で翻弄してください」


 しかし一人倒した所で敵も怯まず射撃は鳴り止まない。針沼たちは再び距離を取り六原に攻撃を開始する。


――凄い統率が取れているな。


 さすがレギオンと名乗る事はあるなと舌打ちしながら、六原は紅い球を避け、一人、また一人、と倒していく。

 飛び上がり、駆け、殴り、蹴り、弾き、迫り一人ずつ確実に潰していく。

 だが、一人を倒すまで時間がかかってしまっていた。そして、時間がかかると共に、六原の腹からは血が零れ落ちていく。先ほどの腹部の刺し傷が開いたのだろう。それだけではなく全力以上を出す両足は鈍い痛みを増していき、意識と、体力を蝕んでいた。


「ぜぇ……畜生、まだ……かよ」


 息が荒くなり、肩を上下に動かしながらいつしか荒い息をしている事に気がついた。口からはいつの間にか出てきたのか、べったりとした血が唇の端から一筋零れ落ちていた。


――後、何人っすかね。


 体が寒く、時折意識が飛びそうになりながら、六原は体を動かす首輪に問い掛ける。


(これで、後四人です。そろそろやりましょうか。)


 飛び上がり、襲い掛かる紅い球を避け、落ちる勢いと共に拳を振り下ろし、敵をまた一人倒す。


 後、四人。

 不意に視界がガクンと下がる。体に限界が来たのか、足が震えて立っていられない。片膝を着き、六原の体は動きを止める。


――じゃあ、お願いしますよ。

(分かりました。)


 承諾した首輪がホタルのように薄い光を放ち始めた。


「そういうチカラですか」


 声が響く。荒い息を整えながらゆっくりと振り向く。

 そこには先ほどから攻撃せずに黙ってただ杖を地面に叩いていた針沼が見下すような視線で立っていた。


「なるほど、なるほど。魔力吸収とスタン系の効果を持つ魔法の札と、身体能力の強化に使える首輪ですか」


(何をいっているのですか。あのメガネは?)

「は、ははは、大体合っているなぁ……」


 人によっては何を言っているかよく分からない説明であったが、ほぼその通りの効果であった為、血を失った青い顔で笑みを浮かべ答える。


「分かった所で、ぜぇ…後四人しかいないよぉ…‥」

「いえいえ、この魔法で終わりですよ」


 杖を構える針沼に六原は前方に集中した。


「六原さん! 後ろ!」

「え――な?」


 突然、叫び声をあげる月島。その声よりも速く、体が勝手に反応し、振り返ると同時に右拳を叩き込む。

 予想したのは魔法を打ち払う感触か、敵を殴り飛ばす感触であったが、真っ先に拳から感じるものは粘着質のある、粘土のような感触。

 振り返り確認すると目の前には灰色の大木のような剣が目の前で止まっていた。


――土の大剣?いや、粘土か?


 止まっているというよりも拳が丸太のような剣にガムの様な粘着質の泥に埋もれ、引き抜くことも出来ないでいた。

 灰色の剣を持つローブのフードがふわりと揺れ、隠れていた女性の顔が見えた。その表情は硬く、仮面を被っているように感じさせ六原は驚きの声を上げた。

 だが、驚いた所で体は動く。六原の意志とは関係なく能面の様な顔に向かって、左拳が放たれた。握り込められた腕は女性の顎を捉え女性は空中を舞う。


(後、三人ですね。)

――とりあえず、女性にはなるべく優しくできないですかね。

(敵は敵です。)

――意外と紳士的だと思ったけど、やっぱり、ウロさんはバイオレンスですなぁ。

(それより、マズイですね。)

――嗚呼……ですよねぇ。


 正直六原の現状としては普通なら先ほど目の前で女性の顔を殴った瞬間を見たことや、それによる罪悪感など気にしていられない。現在の自分の現状を考えるだけで頭の中が混乱しそうになる。

 ぽたりぽたりと血が地面へと落ちていく。

 腹には穴が開き、足は震え上がりもう立つこともままならない。

 既に痛みは麻痺し、体の感覚が奪われているから気が付かなかったが、六原の体は過度の動きと出血により限界を迎えていた。


「アレだけの人並みはずれた動きをしていたんです。もう、限界でしょう。」

「こ、の……」


 針沼も声を無視し、六原の体は震えながらも、右手を覆う土の大剣を引き剥がそうとする。

 だが、六原の右腕を包む大剣は形を変え、地面に杭のように深々と刺さり、六原を動けなくする。

 必死に引き剥がそうとする六原を見ながら、針沼は語りかける。


「さて、どうやらまだ諦めるつもりは無いようですね」

「ゼェ、ゼェ……当たり前、だろ」

「仕方ありません」


 静かに、針沼は呟くと地面を叩いていた杖を地面に深々と突き刺した。

 同時に約4メートルほど大きさの巨大な黒い魔法陣が現れる。円型の魔法陣はゆっくりと針沼を中心に回転する。


 針沼は杖を引き抜くと先端を針沼に向けた。

 同時に陣は杖に操られるように浮かび上がると、杖の先端が中心になるように動き、六原と針沼の間に壁になるように巨大な魔法陣は空中で静止した。


――嗚呼、何か良く分からんが、ともかく凄い魔法が飛んでくることかは分かったわ。コレはマズイ。


「降参しますか」


――降参したい!!けどなぁ。


 チラリと無言でこちらを見つめる月島の顔が魔法陣から透けて見える。


「しない!!」

「……それは残念ですね」


 魔法陣は光を増し、黒い靄のようなものが魔法陣を取り囲む。


――何とかなりませんかね。


(……)


 そして、首輪が答えるよりも早く。


「食い殺しなさい」


 針沼の魔法陣は発動した。先ほどの戦闘が始まった時より魔力を込めていた魔法陣は巨大な力となり、六原に襲い掛かる。


 魔法陣から現れたのは黒い塊、魔法陣から巨大な鞭のように伸びる塊は一瞬で先端に角の生えた蜥蜴のような顔を形作る。それこそは伝説上の怪物、龍。

 黒龍のアギトが開く。口内からは美しく輝く白い牙がズラリと並び、今まさに六原を喰らおうと襲いかかった。


「ちょ、おま!?怖いって、死ぬって」


 軽くパニックになりながらも体は自由に動かない六原は……

 どうすることも出来ず。

 迫る黒龍に噛みつかれ。

 そのまま押し倒され。


「あ、あああああああああああああああああ」


 血を噴出し、肉と骨の折れる音を周囲に響かせながら、断末魔を響かせた。


 



「嗚呼……」


 少女は感情を出すのは好きではなかった。

 だが、喰い殺される、血だらけの少年に声を出さずにはいられなかった。

 叫いつの間にか体から力が抜け、膝から倒れる。


「……ごめんね」


 少女は呟く。改めて自分に言い聞かせる為に、


「私はやはり救われたら駄目だった」


 軽薄な笑い声が月島の耳に響く。

 笑われて当然だろうと少女は思う。少女の救って欲しかったと思う行動は滑稽であったから。


「何……どういう事だ」


 近くにいた針沼が驚きの声を上げた。そのセリフに不意に疑問が浮かび上がる。


「誰が笑っているの」


 月島はようやく、顔を上げた。そして、目の前で光景に理解できなかった。

 針沼の魔法陣から現れた黒い竜。上級魔法と呼ばれる発動まで時間がかかるが、威力のほかの魔法と比べ物にならない高威力の魔法。

 


 その強大な力は目の前で二つに引き裂かれていた。


 

 断末魔も無く竜は黒い霧となる。その黒い靄の中で紅い服を着た少年が陽炎のようにぼんやりと立っていた。


 腕を覆っていた粘土の大剣をはがし投げ捨てる。服は焦げ、引き裂かれ、自身の血を浴びボロボロとなっているのだが、少年は面白くてたまらないように無邪気な笑い声を上げていた。


「心配すんな、絶対救ってやるからぁ」


 言葉に重みもなくヘラヘラ笑う。

 襲いかかってきた黒い靄は立ち消え、六原は歩き出す。その足取りはしっかりとしており、以前のような疲労感はどこにも感じられない。


「何故」


 目の前の不思議な出来事に針沼は声を震わせていた。


「何故立っていられるのですか?」


 その質問に六原は鼻で笑うとゆっくりと笑みを浮かべた。


「しらねぇのか、ヒーローってのはピンチのときに覚醒するんだぜ」




 地面は幾つかえぐられ、木々は倒れ、泉の周辺はほぼ半壊していた。

 その岸辺で針沼は肩を震わせながら混乱していた。

 渾身の一撃は確かに当たったはずであった。呪いも付加していた攻撃を受けたのに何故彼はそのまま何事も無かったように笑みを浮かべ歩いているのか。


――化け物。


 背筋が寒くなる。先ほどまで只の一般人だと思っていた少年が今では彼が人ではないと言われても信じてしまいそうであった。

 そして、どうすればいいと考える時間はもう無かった。呆然としている内に仲間がまた一人倒される。


 残り二人。

 いつの間にか残りの仲間が一人となっていた。


 一撃。皆が一撃で倒される。これもよく考えればおかしな話である。これでもレギオン内では戦闘実力者が多い部隊である。それなりの格闘術を取得しているのにもかかわらず、誰もが防ぐことも反撃もできずに一方的に倒されていく。


「社長。援軍は?」

「まだ、到着出来ない、筈です」


 転移用の魔法陣は発動されないように結界を森の外から張っている事が裏目にでてしまっていた。


「……援護お願いします」


 傍にいた唯一立っていた会社時では秘書であった女性は杖の先端を両足の踵を叩く。踵に緑色の魔法陣が宿る。秘書と呼ばれていた仲間は杖に炎の刃を形成すると六原に向かい突撃した。


「おい!」


 制止しようとしたが彼女の踵に描かれた魔法陣である風の魔法陣「飛翔」、速度を上げる彼女の動きを止める事はできず、彼女は杖を横なぎに払うように構え走り出した。


「――ッ! 仕方ないですね」


 短く舌打ちをした月島は紫の宝石の付いた杖を空に向かい振るう。

 ゆっくりと歩く六原の紫の足元に先ほどの戦闘の間に描いておいた魔法陣が表れた。魔法陣は雷を形成すると六原の足元から放つ。響き渡る雷の空気を弾く音と彼の小さな悲鳴の後、六原は膝から崩れ落ちる。


「――今です」


 生まれた隙を見逃さず。膝をついた六原の首筋に狙いを済ませ秘書は杖の先から現れた炎の刃を振るった。



 次の瞬間には六原の首が飛ぶ筈であった。

 じゅうっと滑った音が聞こえた。

振るわれた刃は膝をついた彼の手に握られていた。

 

 札で巻かれた右腕ではなく左腕で握った炎の刃。肉の焦げる音と粘つくような臭いが周囲に発する。


「ぐ、あああぁ」


 苦痛に顔が歪む表情をしながら六原は秘書を睨みつけると右腕で彼女の頭部を掴みあげる。


「やめろ!」


 針沼の制止の声も届かず、札に包まれた右腕が一瞬だけ光った。


「社長。申し訳、あり、ません。」


 小さな呟きの後、光り終わると同時にゆっくりと秘書の力は抜け落ちその場に倒れた。

 これで針沼の部下達は皆やられてしまった。


「後、一人」


 炎と雷の攻撃により熱を帯び、夜の肌寒さによって全身から湯気のようなものを吹き上げながら六原は立ち上がり、唯一残った針沼に無言で向かい歩いていく。

 針沼は杖を構えたが傍に倒れた秘書も巻き込んでしまうため攻撃することが出来ない。

 そして背には湖があり、下がることも転移魔法をする時間も針沼には残されていなかった。


――畜生。


「あ。ああああああ!」


 すぐそこまで来ている六原に針沼は残りの魔力を全て叩き込み、魔法陣を描き正面から雷撃を放つ。


 どうして倒れない。疑問が頭を埋め尽くす。


「無駄っすよ~」


 六原は雷に右拳を放つ。そして、雷は右拳にかき消される。何事もなかったかのように再び六原は歩き出す。


「……よう」


 そして、針沼の目の前に六原は来ると立ち止まった。


「化け物が」


「いやいや、これでも普通の人間ですよ」


 語りながら六原は針沼の左手で胸倉を掴み上げる。


「ぐぅ」


 苦しみの声を上げる針沼に六原は言い聞かせた。


「正直、お前らレギオンやそちらの国のことを解決する力なんて今はないから、それまで勝手にしていろよ。だけど、お前らこんな一般人に負けるんだ。もう、姫のことは諦めろ」


 針沼は六原を見る。


「そういう、ことか」


 間近に近づいたことでようやく六原の力のカラクリが想像できた。

 しかし、気付いたところで今の自分には何も出来ないことも分かった。


――この私が、落ちるわけには……やはり、あの時、いや、話が違った。


 混乱する頭の中で針沼は今更ながら自身の選択の後悔をした。


「理不尽すぎる力ですまん。お詫びといっては何だけどッ!!」


 とっさに迫る拳の前に魔法陣を形成する。

 だが、拳は現れた魔法陣を砕き、勢いも落とさずに針沼の腹部に拳を叩き込みながら六原は言う。


「まぁ、何かあったら相談に乗ってやるよ」


 拳は振りぬかれ、杖が砕かれる音を耳にしながら針沼の体は林の中に吹き飛ばされた。





――ウロさん。「解除」お願いします。

(分かりました。「オート」終了します。)

「お、おわった~」


 針沼を殴り飛ばし終えると、六原は大きく息を吐きつつ、その場に腰を下ろした。体に残る痛みは急速に冷え、跡形も無くなくなる。


――いやぁ、あまりの痛みに何かに目覚めそうになりましたね。

(ふふ、そういう素質あるかもしれませんよ。)

――いや、ないから。多分。つーか、どMのヒーローなんて嫌だろ。


 自分の性癖について考えていると後ろで足音が聞こえた。

 振り向り、立ちあがる。六原の目の前に月島が立っていた。


「…よっす」

「……」


――まぁ、ここで愛の告白なんてされたら嬉しいところなんですけどねぇ。

(妄想もほどほどにした方がよろしいですよ。)

――気をつけます。

(では、二人の間を邪魔する気はありませんのでそろそろ完全に「解除」しますね。)

――……いや、ソレはちょっと待っていてもらえないかなぁ。


 何故です。と語りかける首輪に六原は理由を話す。


(……分かりました。しかし、このままにしておくのも体に負担をかけますのですセ―フモードに以降。しばらくはすぐ起動できるようにしておきます。)

――サンキュー。


 右腕の紫の薄い光りが消え、首輪も力を失ったように肌から少し剥がれる。


「六原さん」


 無表情のままであったが月島はゆっくりと六原に語りだす。

 そして、この後に月島が何を言うのかは六原には分かっていた。認めたくないが理由は分かっている。ココに来るまでに箒の後ろに乗せた姉との会話によって判明したものであったが、六原も姉の語った考えに思うところもあり納得していた。


「私は…」


 言葉に詰まる月島。言いたい事は知っている。だから、代わりに六原が彼女の本心を聞くために背中を押すことにした。


「なぁ、これで救われたかい?」


 僅かに、ほんの僅かに驚いた月島はすぐに表情を固め、


 そして、黙って首を横に振った。


 別段、六原はショックを受けなかった。予想出来ていた事であったからだ。


「ここまで無理をさせて、ごめんなさい。けど、やっぱり私は救われちゃいけないんだよ」

「つまり」

「私は異世界に戻り、反乱しようと思う」


 月島という子はおそらく最初から死ぬつもりだ。ここに行く前にそう言った姉のセリフを思い出した。


――そもそも、オレなんかに頼ってきた時点でおかしいんだよ。


 普通なら、こんな頼りになるか分からない普通の男より、レギオン内の頼れる仲間や向こうの世界の知り合い等幾らでもいるはずだ。


 では、何故六原にしたのか。

 迷っていたと言った。あの夜、丘で語った彼女のセリフを思い出す。

 それがもし、自分が救われていいのか、いけないのかなんて考えていたならオレみたいな微妙なヤツを選ぶのも納得できた。


 正確にはワーは彼女が救われて欲しいと願っていたが、彼女は違っていたのだろう。

 だから、六原が選ばれたのはその時はどちらでも良かったのだろう。救われたならラッキー程度にしか思っていなかった。ソレは、彼女は、自分の命をこの時点でどうしていいか分からずに完全に天任せにしていたということであった。


――どちらに転んでもよかったのだ。辛いのは自分だけだからと思っていたのだろうねぇ。しかし、オレと関わってからの騎士との戦闘や、先ほどの戦いでオレが重症になり、ワーも捕まることで決意を固めたという具合か。


「今回のことで分かったよ。ワタシのせいでキミみたいに傷つく人が出てしまうんだ。魔女と呼ばれた私の存在はこんなに厄介なものでしかない。だから、救われてはいけないのだよ」


 六原の考えを裏付けるような彼女のセリフ。


「阿呆か。救われてはいけないなんて、つらいことを言うなよ。オレはお前が救われていいと思うぞ」


 予想できていたセリフに考えていた言葉を六原は優しく語る。

 だが、やはり、いままで脇役のような存在であった六原にとってそのセリフはどこか安っぽかった。


 ここにきて気の聞いたセリフ一つも語ることの出来ない自分に嫌気が差す。


「なぁ、月島」


 だから、カッコいい言い回しではなく。自分の気持ちをストレートに言った。


「オレはお前を救いたい」


 思いのままぶつけた言葉。しかし、彼女に届くことなく、彼女は拒絶を表し、酷く悲しそうな表情で六原を見下ろした。


「どうして、どこまで私にしてくれる。私は!」


 彼女が続けて言うのは懺悔の言葉。

 出来ればソレは聞きたくなく。六原は口を挟む。


「たった一人の女性が世界平和とか戦争とかに利用されるようなものじゃないだろうが」


 六原の言葉は届かず、彼女は口にした。


「だが、私は人を……」

「救えばいいだろうが!」


 反射的に答え月島の続く言葉を叫び上げる。そんな事で彼女が許される事はないと思っているが、それでも何とかしたかった。


「そんなの、無理に決まっている」

「じゃあ、俺が手伝ってやるよ」


 気がつけば叫んでいた。

 対して月島は静かに語りかける。


「…だから、何でそこまでしてくれるんだ」


 そんなもの決まっている。


 初めて会ったときに言った彼女のセリフ。友人のピンチに何も出来ない自分、このまま自分が活躍することは望まれていないと思い始めた時に月島は確かに言ったのだ。


 私を救ってくれないか。


――そのセリフがオレを救ってくれたからだよ。


 悲しげな月島を真っ直ぐ見つめると六原は言った。


「オレがお前のヒーローだからだ。だから、どうなろうが救ってやる」


 そのセリフを聞き月島は目を丸くした。始めて見るまるで驚いたような表情は何処か新鮮であり、六原は目を奪われた。


 しばらく静けさが続いた。

 沈黙を破ったのは月島が虚ろに微笑んだ後であった。


「残念、ソレは無理だよ」

「いや、何とかしてみせる」


 お互い譲らないと分かったのか、月島は溜息をついた。


「ねぇ、六原」

「なんですか」

「……なら、試そう。勝てばキミはヒーロー。だが、負ければ私は消えるとしようじゃないか」

「ははは、少年漫画みたいな展開でいいですねぇ」


――まぁ、戦って勝ったほうが負けたほうの言うことを聞かせるあの暴力的王道展開は嫌いじゃないからね。


 偏見な思考をしながら、分かったと短く答えると六原は立ち上がる。


「ルールはどうするよ」

「六原さんが私に触れたら認めるよ」

「え……、そんな簡単でいいのか」

「ああ、別にその回復魔法と強化魔法の付いた首輪と札使えばいいよ」

「あれ、バレてる」


 一応、隠していた首輪の能力をサラリと言われ少し驚く。


「その塞がった傷跡の様子をみれば分かるよ」


 改めて腹部を触る。ぽっかりと空いた腹部の傷は今や完全に修復されていた。これはバレても仕方ない。


「さて、じゃあ……始めようか。」


 月島は手を地面に付け、その辺りから拾ったであろう小枝を手に持つと、軽く円を描く。

 それだけで、彼女の姿は蜃気楼であったように掻き消え、気が付くと対岸にいた六原の反対側である入り口側に月島は移動していた。


――ウロさん。聞いていたっすよね。

(はい、もちろん。)

――じゃあ、「オート」いけそうですか。


 「オート」と呼ばれる六原の首輪に付けられた能力は単純な回復魔法と強制的に身体能力を限界まで動かしてくれる効果であった。

 先ほどの針沼との戦いとの途中で見せた力も「オート」の機能であり、回復魔法の回復力を限界まで上げる方法であった。発動まで若干実感がかかるのだが、その尋常でない回復、いや復元といってもいい速さの為にダメージを負うが傍から見れば何事もなかったように見える力を持っていた。


 デメリットといえば痛覚は残っているという事と、首輪に強い攻撃をされれば機能が停止するといったところだ。


――まぁ、「オート」なら何とかなるかなぁ。


 もちろん、目の前の月島との戦いに姉の力を借りるのは六原も嫌であったが仕方ないと諦めていた。


(「オート」は無理です。)

「え、マジで」


 淡々と首輪は語る。


(貴方の身体の事を考えると、アレは週に一度ぐらいでしか使ってはいけません。)

――それは初耳ですなぁ。

(回復ぐらいと右腕だけなら今の魔力で「オート」が出来ますよ。)

「ふむ」


 六原は少し考える。首輪と札がなければ今、何の力もない状態である。このまま無策に突っ込んでも負けるのは確実、なら、少し我慢して姉の力を少しだけ、借りるとしよう。

 けど、やはり本当は自分の力で救いたかったと思いながら、六原はため息交じりに首輪に命令を出した。


――じゃあ、それで。


 右腕に巻かれた札の結び目をきつく縛る。札は魔力を弾き、吸収できる力があった。箒の残った魔力だけでは足りなかったので先ほどの戦闘によって右腕で弾いた魔力を吸収し首輪の「オート」を使うことが出来るようにしていると姉のメモには書かれていた。


(いきますよ)


 セーフモードという機能にしておいたのですぐに回復できる状態になる。

 ぼんやりと六原の右腕に巻かれた札が怪しく紫に光る。そして、首元に再び鋭い痛みが奔り首輪が作動したのを伝えてくれる。


(右腕「オート」完了。)


 準備が出来たと思った瞬間に、右腕が勝手に動き、目の前を横に振るう。

カキンという甲高い音が森に響く。同時に右腕に微かな衝撃としびれが起きているの気がついた。

 どうやら知らない内に放たれた光の弾を弾いたようであった。

 その光の弾は向かってきた角度から見るに完全に六原の頭部を狙っていた。


 サァと少し冷や汗が出る。


――どうやら向こうは本気みたいですなぁ。


 まぁ、負ける気は無いけどね。六原は自信を持ちながら一歩踏み出した。

 瞬間、目の前に幾つもの光が突然視界を覆う。


 目を凝らせば、それは一瞬で現れた約十ほどの魔法陣であった。


「ちょ、マジか!」

「見せてあげるよ。魔女と言われた力を……」


 月島の声が聞こえると同時に、待つこともなくそれぞれの魔法陣は輝きを増し、火、水、氷、雷が槍の姿に形成され、矛先が全て一斉に六原へ襲いかかった。

 右腕が反応し迎撃するが、間に合わず。

 激しい衝撃が六原の体を貫き、森の中に深い絶叫が木霊した。





 何も見えない視界の中、ゆっくりと光りが差し込む。木々の燃える焦げ臭さと血の独特の鉄のような臭いが鼻を刺激し、うっすらと目蓋が開いた。


 ここ数日気絶回数が多いことを思い返す。

 さて、どこだろうと考える前に鋭い痛みが走り、小さく痙攣すると同時に六原は勢い良く目が覚めた。

 痛みですっかりと覚めた視界には体中から細長い氷の棒が生えていた。


――そうだった。オレは串刺しにされたのか。


 身体から生えるようにある幾つもの棒状のものは月島が放った魔法、無数の槍の柄であった。

 その見るだけで痛実や吐き気が強くなる光景に何故意識が飛んでいたのかを思い出す。数多くの魔法に右腕だけオートである六原は迎撃が間に合わず、槍が何度も体を刺し、そして刺された痛みに意識が耐えられず、ショックで意識を手放したのであった。

 もはや何度目かも忘れるほどの襲いかかる激痛に涙目になりながら六原は低く呻いた。


――もう、全く。幾らほぼ死なない体になったからって殺す気で来ないでほしいですよねぇ。


「グッ、ガァ!」


 立ち上がることも喋ることもできず出来ず、身体は蹲ったまま動くことも出来ない。

 月島が打ち出した数々の魔法の中で槍の形をした魔法、六原の右腕だけでは打ち払うことが出来なかった様々な炎や雷、氷を帯びた不思議な槍が足首、肩、腹部を貫通し地面に刺さっているからだ。


 串刺しにされながらも、六原はもう一度動き出す為、首輪に静かに語りかけた。


――ウロさんお願いしますよ。

(はい、分かりました。)


 痛みに構わず右手が勝手に動き、体に刺さる槍を全て抜き取る。激痛で視界が激しく歪む中、最早見慣れた光景となったように引き抜いた箇所から血が吹き出す。


 全ての槍を引き抜くと六原は未だ流れる血を気にすることなく、前を見つめる。首輪の効果で吹き出した血は勝手に止まり、血を出しすぎた為にショックで閉じようとした視界と思考は急速にハッキリとしてくるようになる。


(では傷もふさがった事ですし、もう一度行きましょう。)

――おう。逝ってくるかなぁ。それにこういう痛みにも何か慣れてきました。

(どMの世界が開いてきましたね。)

――ハハハ、否定できないですわぁ。


 首輪の力で傷が瞬く間に回復した六原は前を見る。やることは単純、月島の攻撃をかいくぐり彼女に触れることが出来れば、勝ちというルール。


――どうしてこんなルールになったのかは深く考える時間もないのでその場のノリということにしておこう。


 目の前にはまるで彼女の前に壁になるように現れる無数の魔法陣が浮かんでいた。


 そんな力があるなら、ワーを助けて逃げられたはずなのに、いや、逃げなかったということはやっぱり救われたくなくなったんだなぁ。と六原は思案しつつ、全力で駆け出した。。

 同時に魔法陣から現れた無数の弾丸が六原に向かって降り注ぐ。


「二度目はさすがに……ッネ!!」


 素早く右に跳ぶ、弾丸となった魔法はすぐさま六原の跳んだ場所に狙いを修正する。そして、コレは先ほど気絶する前と同じ展開であった。

 先ほども、途中まで打ち出された無数の攻撃魔法をかいくぐっていたが、彼女に辿り着く前に力尽きてしまったわけである。


――対策は考えた。ウロさん!

(気絶しないで下さいよ。)


 今度はそうは行かないと決め、身体が宙に浮かびそのまま着地する。その際に真っ先に右手を地面に付けた。首輪の力で強化された右手は五本の指先を地面にめり込ませ全体重を支え、六原の体を一瞬だけその場で制止させる。


 瞬間、六原は叫び右腕に力を込めるのように促した。


「そぉぉりゃ!」 


 自分とは思えない右腕は地面に押し当てられ、六原の体に反動が与えられる。

 そして、まるでバネのように反対側に勢い良く吹き飛んだのであった。

 全体重が右腕に掛かった瞬間にボキリという骨の折れた音がしたが首輪の力ですぐに再生した。


 魔法で形成された弾丸は急激な方向転換に付いて行けず、六原に当たることなく、地面に雪崩落ちていった。


 それは箒で使用した方向転換の応用であった。

 魔法の弾丸とは反対方向の空中に飛んだ六原は着地の瞬間に右拳を地面に叩きつけるようにめり込ませ、スピードを落とすことで素早く着地をすると同時に再び前に走りだす。


 続けざまにもう一度今度は氷の針が襲いかかるが先ほどと同じ方法で回避すると、月島に距離をつめる。


 その距離およそ10メートル。最早目の前には魔法陣の壁しかない。


「六原パンチ!」

(必殺技のつもりですか?)


 壁に向かい、握り締められた右拳がぶつかった。

 ガラスが割れる音がし、目の前の魔法陣にヒビが入り、あっさり砕けた¥る。


「よう。来たぞ」


 いつもの調子で軽い笑みを浮かべ、砕いた魔法陣の間からようやく見えた月島に挨拶をする。

 月島は無表情のままであった。その両手には何時の間に拾ったのか先ほどの戦いで六原が倒した魔法使いの杖を両手で構えていた。


「え?」


 不思議に思う、六原の目の前に紅く燃える炎が現れる。

 今まで魔法陣で見えなかったが彼女の両手に握られた杖の先端は激しく燃え、炎の刃を形成していた。まるで、いつでも六原この場所に来てもいいように、待ち構えていたかのように……


 この状況。六原の頭に嫌な考えが巡った。先程壊した大きな魔法陣。あれは防御するためではなく、視界を覆うためのものだったとしたら。

 六原は独り言のようにつぶやいた。


「これは罠か」

(罠です。)

「……」


 月島は躊躇なく、炎の刃が振う。避けられないと思った六原は左から迫る炎の刃を右腕で咄嗟に受け止めた。腕に巻いた札の力により、横からは勢い良く迫った炎を纏った刃は防ぐことは出来たが、衝撃は抑えることが出来ずに気が付いた時には六原の身体は宙に浮かされていた。


「グッ!」


 呻きながらそのまま横にふっ飛ばされると思った。


 ジャラリと言う音がした。瞬間、右足に衝撃とバキリと音がし、六原の体は急に制止する。


「……ちょ、ま?」


 無理矢理、右足に鎖をからめられ、空中で制止した為に折れた右足の痛みで目の前がチカチカしながら頭の中では警報が鳴り響く。


 無数の金属音が耳に通る。

 何をされるのか分かったが、対応を考えるよりも速く、虚空の魔法陣から放たれた鎖が六原の体に巻きつく。


 そのまま地面に叩きつけられたときには簀巻きのような姿になり、右腕も念入りに絡まれ、身体を少しも動かすことが出来なかった。


「……」


 無言でいる月島の両手に握られた炎の刃を形成していた杖は彼女の魔力に耐えられず、黒い墨と、灰になり崩れ落ちる。

 代わりに、いつの間にか月島の右腕には只の木の棒にしか見えないような物を持っていた。先ほどから持っていた木の枝のような何か。何となくそれが何なのか六原には想像がついた。


「それって、もしかして辰野に壊された杖の一部か」


 そこでようやく、月島は口を開く。


「ああ、そうだよ」

「杖のカケラでも魔法って使えるものなんだなぁ」

「とは言っても難しい魔法は使えないけどね」


 難しい魔法というものが六原にはどういうものか分からないが先ほど針沼が長い時間をかけて使った魔法のようなものなのだろう。


「それで、六原さんの負けでいいのかな」


 近づかずに問う月島に六原は簀巻き姿のまま考える。

 何か出来ないのかと、だが、何か良い案も浮かぶことはなかった。


 どんなに強く思ったところで、自分自身の力で無理なものは無理なのである。

 六原は考えを纏め上げ、そして、平然とした顔で言った。


「いやいや、何言っているんですか」


 確かに全身が鎖で巻きつかれて動くことも出来ない六原であったが、一応出来る事はまだあった。

 しかし、それはできればというより、死んでも使いたくなかったと思っていたこと。


 結局、姉頼みである自分が嫌になり一度小さく溜息をつくと六原は首輪に設定されている命令を送った。。


――ウロさん、札全部でお願いしますよ。

(全部ですか?弾け飛びますけど大丈夫ですか。)

――ええ。後その後にもう一度「オート」お願いしますよ。

(次はもう……)


 無理なことは分かっているし、使えばどうなるかは分かっている。

 ソレを理解しながらも六原は首輪に言い聞かせた。


――手段があるなら自分の命を懸けてでも使うのがヒーローってやつなんです。

(……使えても一分ほどですよ。)

――分かっています。だから、お願いします。

(分かりました。では、逝きます。)


 これから来るであろう衝撃に耐える為、歯を食いしばった。同時に右腕に巻かれた札が光を放ち始めた。


「まさか……」


 月島の目が札に注がれる。どうやら、彼女は六原の魔力の流れが見えているようであった。


――だけど、気付いた所で遅いよ。


 魔力を体内に吸収する効果を持つ札に向ってウロさんが逆に札に魔力を送る。

 

 札の光はさらに輝きを増す。


 札は少しは魔力を吸収できるが許容量というものが存在していた。元々、札は首輪に魔力を供給するようにしてあったからだ。しかし、今、首輪の意思により溜められた大量の魔力が札内に逆流された。そして、結果として札は魔力に耐え切れず……


 六原は目をつぶり歯を食いしばった。瞬間、閃光と熱と衝撃が体を襲い。


 魔力に耐えられず札が爆発した。


「っ!」


 突如起きた爆風に左腕で顔を隠す月島を余所に、大きな破裂音と魔力が爆発した衝撃が右腕を襲い。鎖は弾け跳ぶが、札を巻き付けていた右腕は爆発に耐え切れず、跡形もなく弾け跳んだ。


 爆発の勢いで体が横に吹っ飛ばされ、視界が勢い良く回転する。そして、ようやく、目の前が落ち着いた頃には全身の力が抜け、「オート」となった体はゆっくりと立ち上がった。


(では、副作用で貴方の体の回復力と極度の低下と私の使用は今後一切禁止になりますので・・・)


 事務的に語りかける首輪の声に了承をしながら、六原は思う。


――嗚呼、出来る事ならしたくなかった。


「ハハハ」


 痛みを紛らわす為に乾いた笑いを上げが、悔しさは紛れる事はない。


――自分の力で、少しでも助けたいなんてまだ思っていた。


 だけど、何を言ったところで彼女には届かなかった。

 力を少し借りたぐらいでは彼女に近づくことすら出来ない。


――嗚呼、畜生。


 立ち上がり前を見ると、驚いた表情の月島がいた。

 お前もそんな顔するんだなと少し意外であったが、まぁ、いきなり自爆して右腕を吹き飛ばしたら普通は驚くのかなぁと思いながら右腕を見る。爆発で焼け焦げたのか右腕から吹き出していた大量の血はほぼ止まっていた。

 右腕はもうないはずなのになぜか指先が痛む不思議な感覚を覚えながらおぼつかない足取りで月島の元へと歩く。。


「多分さ、今の僕じゃあ。お前を救えないんだと思うわ。」


 放たれる氷の槍を蹴り飛ばす。


「今は弱くてさ、僕のセリフもお前には届かないけど……」

「……」


 月島は何も答えない。容赦なく次の雷を帯びた鞭が迫る。


「正直、君を救う案の詳細もまだ決めれてないけど…」


 両足を器用に使い、鞭を蹴り飛ばし、踏みつけ、叩き落す。触れるだけでなくかすれるだけで電流が体中に流れ込む。点滅する視界の中で今まで気が付かない間に不審に消えた友人たちの顔が見えた気がした。


「絶対救うから」


 月島が描く魔法陣の目の前に来る。魔法陣の先端から、六原を覆うような鎖の束が銃弾のように回転し六原の体を抉り取る。


「がぁ!」


 至近距離から放たれた鎖は避けることができず、六原の体にめり込む。小さな悲鳴を上げたが、唇を噛みしめ、六原は堪え、語り続ける。


「だからさ」


 六原は鎖に貫かれた状態のまま前に歩みだした。鎖は傷口を広くし。六原の足元の血の水溜りをさらに深くさせる。


 前に、ただ前に。


 ゆっくりと前に進み、目の前の魔法陣の壁を蹴り上げる。

 ズドンと周囲に反響するような音がする。


「あ…」


 小さな声が目の前からした。集中が切れたのか魔方陣は効果を表す前に四散していく。最早痛みは麻痺し出血が多すぎて視界が揺れる中、六原は彼女に声をかけ続ける。


「……だから」


 手を伸ばす。鎖が邪魔で届きそうになかったがそれでも前に体が動き、痛みと傷口を開くことを引き換えに前に出る。


「お前は……」


 だが、届かせたい言葉を言う前に体が鎖から開放され、ゆっくりと六原は前のめりに倒れこんでいった。


(「オート」、身体強化、完全に停止。残りの魔力を使い回復を進行します。)


 首輪の声が頭の中に鳴り響きながら、六原は月島を押し倒すような形で倒れこみかけたが、彼女を押し倒すのには距離がなく。

 六原は月島の目の前でそのまま倒れた。


「六原さん」


「ぜぇ、ぜぇ…おま、え、は」


 近づき屈み込む月島に、六原は息も絶えながら、寝返ると小さな声で呟いた。



「もう、―――だよ」


 聞き取れないほどの小さな声、実際、六原も何を言ったのか分からなかったが、伝わったのか暗くなっていく視界の中で月島はなぜか泣きそうな顔になっているようであった。 

 涙をぬぐってやろうと手を月島に伸ばすが、彼女に触れる前に、


――嗚呼、畜生。


 視界は暗くなり、意識は途切れ。伸ばした手は力なく地面に落ちていった。

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