足がボロボロの状態で、とりあえずウィンクしてみた
*騎士とメイドの物語 010*
地面に着地すると同時に、衝撃で舞った土ぼこりが視界を覆うが、マントと帽子に編みこまれた防御呪文により視界は晴れ渡っていた。
ニヤリと笑みを浮かべた六原は箒にだけ聞こえるように小さな声で語る。
「ヒーロー見参!……て感じだね。いいねぇ」
(最後に手元を狂わせなければ元主の地点に着地出来きて完璧でしたけどね)
「うるせぃ、初めての動きだったからミスぐらいするだろ。……それで、行けそうかい?」
晴れた視界の先を、姉に教えられた月島がいるであろう場所をゆっくりと見据える。
(軌道修正完了です、ご主人様)
「了解!!ブースターも全開で頼みますよ」
箒の了承を受け、両足に設置し宙に浮かぶ魔法陣へ足を乗せる。六原は箒に乗ったまま軽く宙に浮いた。
六原の作戦はシンプルであった。
普通の手段で間に合わないなら普通じゃない手段で行けばいい。そして、都合よく傍にあった箒を使い、空を駈けてきたわけである。
もっとも、相手は六原が空から特攻してくるなどことを予想していないだろうが一応悟られないように、メイドと姉に針沼達を倒すことを条件に少し協力してもらった。
六原の出した提案、相手の注意をそぐ為にメイドは辰野と合流して派手に暴れてもらい。姉にはこの森周辺の敵を狩ってもらう事であった。
先ほどの急降下の際に後ろに乗っていた姉は森の中に落とした。今頃、恐らく先ほど空中にいた周辺の敵を倒している頃である。
そして、姉から借りた閃光弾のお陰で、暗闇の森にいる為空から見る事もできない月島の姿を確認できた六原であったが未だ運転にはなれず、急降下の際に運転を誤って反対側の岸に着地してしまったのであった。
結果として傍から見ればほとんど人頼みとなった計画は最後の最後で、六原自身の手でベストに終わることはできなかったが、六原はちっとも落ち込んではいない。
「まぁ、このほうが堂々と彼女を救うみたいでいいカッコいいから、燃えるねぇ」
目の前に障害物は無いみたいであった。つまり、一直線に突っ込むだけである。
敵の攻撃がくるかもしれない。まだ見たこともないような魔法が襲いかかってくるかもしれない。
それなら、それよりも速く行けば良いだけだ。
ポケットから姉から貰ったチョーカーを取り出し、素早く首に巻く。
止め具となる針を通すと同時にその針を首筋に打ち込む。小さな痛みであったが体が少し痙攣し、首筋が熱くなる。
――主役はオレ。悪役はレギオン、ライバルキャラは姉と友人、そして、ヒロインは月島だ。
出来過ぎているよなぁ。マジで物語みたいだ。ははは……と、乾いた笑いが自然と零れる。
だが、今は気にしてはいられない。
依然としてテンションは上がったままだ。
だから、このまま格好良く、堂々と行こう。
覚悟は既に決めている。首筋に未だうずく痛みに耐えながら、六原は足元の魔法陣を蹴り飛ばした。
同時に背後から、大きく、高く、長い音がする。それは背後にあるブースターが最大力で噴出された音であった。
(ブースター予定値の限界)
六原はへらへらといつものように笑い、決断を下した。
「ぶっ放しちゃってください」
(振り落とされないでくださいよ)
「任せなさいや」
行きますと言う箒の声の後、すぐ背後で巨大な爆発音が周囲に鳴り響く。
箒のエンジンともなるブースターが全開で爆発し、弾かれたように六原は前へと飛び出す。
背後から聞こえる巨大な音は帽子に埋め込まれた魔法陣によって遮断される。衝撃で周囲を漂っていた土煙が瞬く間に晴れ、同時に頭の上を光りの球が掠めた。
「わぉ、いきなり攻撃ですか。ほら、もう少しヒーローの変身シーンを待ってあげるみたいな礼儀はないのかねぇ。……め、滅茶苦茶ビビったじゃないですか」
不意に掠めた攻撃に少しだけ六原は背筋が寒くなる。ミスったらやばいということが改めて感じ、箒の柄の先に付けられたハンドルを握る手が緩みそうになったが、すぐさま強く握りなおした。
視線の先には様々な魔法陣が無数展開されていた。視線の先にはまるで星空の様に煌めく光景が広がっていた。
(ご主人様。恐らく雨のように魔法がこちらにきます)
箒は冷静に目の前の現状を伝えた。
その中の一発でも攻撃を受ければ箒も六原自身もただではすまないことは数時間前にメイドたちから嫌というほど聞かされていた。
「しかし、逃げるわけにもいけないってね」
(では、行きましょう)
先ほどまでの復習した箒の新しい乗り方を思い出し、六原は箒にすぐさま命令を出した。
「軌道を目的地「月島」までの自動修正。後、「陣」を一秒後足元に発動。ブースターは「陣」発動後まで落としておいてください」
はっきりと言葉にした命令は上手く伝わったようで箒は了解と言ってくれる。
晴れた視界からは青、金、白、黒、水色といった様々な色の塊がこちらに迫るのが見える。
その光景に圧倒されながらも六原は両足を少し大きく上げる。背後のブースターが弱まったのを確認すると真下に向かい上げた両足を勢いよく振り下ろした。
(「陣」発動します)
箒の声が六原の頭に響き、「陣」と六原が呼ぶ十センチほどの魔法陣が足元に現れる。振り下ろされる足の裏に出来た魔法陣は空中で固定され、振り下ろされていた足は足場にでも当たったかのようにピタリと止まる。まるで小さなトランポリンを踏んだような感覚であった。
――痛ってぇ!!
同時に足の裏全体にとてつもない反動が加わったが、それは一瞬で六原の足元に足場が出来たということであり、下ろそうとした足の力は自由を求め六原の体は空に向かう。結果、急激に箒の高度が上がる。
「グッ、ギ…」
激しい激痛が両足から響き、六原は顔をゆがめる。
真下を様々な攻撃魔法が通過する中、六原は前を見る。まさかこんな風に避けるとは思っていなかったのか、何人かは表情が驚き、一瞬の隙が出来ていた。
その隙を見逃さずに六原は再びブースターを上げるように箒に命令し、スピードを下げることなく月島の元に特攻した。
手元に浮かんだ四角い魔法陣から数字が浮かび上がる。月島の元へ行くまでの時間が描かれる。
辿り着くまで約十秒。
飛んでくる槍や剣等の攻撃的な形の魔法を右側に発生させた陣を蹴ることで素早く移動し回避する。
そしてすかさず、後ろに浮かんだ魔法陣を両足で蹴り、スピードを落とすことなく六原は突っ込む。
ギチギチと、耳障りな音が、陣を蹴るごとに足の骨が軋む音が頭に響く。
高速で動く箒を無理矢理力技で軌道修正しているのだ、正直子の動きは足を壊しかねないと箒に警句されているレベルである。
「陣」。六原はそう呼んでいるが、正式にはソレは魔陣壁と呼ばれる箒に付属されている魔法陣であり、六原の身に付けているマントや帽子と同じように箒内の魔力を使いできるものである。
しかし、魔陣壁は主に発進のときの足場等に使われるものであって、決して六原が使っているように軌道を緊急変更する為の壁として使うものではない。その行為はバイクで走っている最中に両足を地面に付けて止めようとしているようなものである。
ある程度は箒の方で何とか衝撃を和らげようとしてくれているのだが、それでも、足が痺れるように痛む。
だけど、引く気は無い。
足が痛み、壊れる前に、もっと速く・・・願い、六原はさらに背後に陣を展開させ蹴り飛ばしレギオンの魔法と真っ向からぶつかった。
鞭のようなしなる水の鞭を掻い潜る。
湖から突き出た巨大なツララも飛び上がり回避する。
雷を纏った誘導弾も連続で陣を蹴ることでかわし。
何の力も無い六原はただ、箒に言われるまま両足で陣を蹴飛ばし、両手で箒にしがみつくのみ、握る手は絶対に緩めない。
「み、見つけたぁあああ」
足の痛みで目の前がくらくらしながらも黒ずくめの人影の中、暗闇の中で制服姿の少女、月島の姿を見つける。
そして、一瞬の内に針沼の横を通り過ぎる。
(そろそろ、止まりますよ)
「よし! 来い!」
一度着地してから月島を保護して去って行こうと作戦。月島の元に近づいた六原は足元に陣を展開し、正面に向かって蹴り飛ばすことでスピードを落とす。
パキリと何かが割れたような音が足のうちから響き。一瞬意識が吹き飛ばされる。
しかしそれでもスピードが止まらない箒だったが高度を下げると陣をけるために前に突き出した両足がストッパーの役目となり、がりがりと地面を削りる。
「いってぇえええええ!」
痛みで意識が戻ると同士にがりがり。靴底が地面をこする音が騒音のように耳に鳴り響く。すぐさま、アクセルの部分を緩める。
(着地の際に足が壊れるかもしれませんが耐えてくださいね)
今更ながら意識を覚ました六原に箒は語りかけながら地面に着地する。
「ッ! ガッ!」
足に電気を流されたような痛みが奔り、これ以上陣を蹴ることが厳しいですと箒の警告を耳にしながら、スピードは落ちる。
だが、止まりきらずに月島の前で止めるはずが大きく横にずれた。
しまったと思ったときには既に遅く黙った六原を見つめていた月島の脇を無残にも通り過ぎた。
悔しさでグリップを握る手に力がこもる。
(失敗です、このまま着地します)
「――ッ、頼んだ」
ようやく止まり痛みに片目をつぶり振り返れば、先ほど月島のいた場所には針沼の仲間が既に移動し身柄を確保していた。
「はぁ、はぁ……畜生。また失敗か。」
結果として、月島を箒で掻っ攫っていこうとする計画は潰れてしまった。
それでも何故か高揚感はまだ落ちていない。六原は諦めていない。
「ははは、いいね、いいね」
足首の痛みで呻きたくなる衝動を抑え、代わりに笑う。
今回はヒーローのようにはいかないと思っていた。しかし、計画は失敗。敵に囲まれ、ヒロインが目の前にいるシチューエーション。
「良いクライマックスじゃないか!!」
まるで最後にヒーローになれるような憧れていた舞台。その中心に立っていないような感覚に嬉しくてたまらなかった。
「さて、じゃあラスボス戦に行きましょうか」
そして、六原は箒を肩で担ぐと笑みを浮かべ高らかに吼えた。
「お待たせ♪ヒーローの登場だ!」
「「「……」」」
ウインクと共に発したセリフ。
突然現れた突っ込んできた挙句、あまりにもふざけた登場セリフに、周囲の人達は何も言い返せなかった。
――あれ?もしかして外したか。おかしい、かなり格好よく決まったと思ったのになぁ。
感嘆の声がひとつも上がらない事を不思議に思いながら、反応の無い周囲を見渡す。レギオンは月島を確保し、彼女の行く手を阻む壁のように六原の前に立っていた。
その中心に立つ針沼はメガネの縁を押さえると突然現れた六原に声を掛けた。
「もしかして、えーと、六原さんでしたっけ」
――なんでしょうかねぇ。その反応。自然とこちらのテンションも下げた方がいいと思うじゃないですか。
「はい。そうですが……」
ハンッ、と軽薄な鼻で笑われた。
「まさか、貴方のような只の一般人が、こんな大それた登場をするとは思いませんでしたよ」
語る針沼の口調からは今にも小バカにしたような拍手を送られそうであった。
完全に舐められています。
「しかし、妙ですね。何故キミは周囲を索敵していた上空の部隊と出会わなかったのでしょうか」
「嗚呼、あの箒の乗った3人なら、もう一人のヒーローが相手をしているよ。まぁ、あの姉をヒーローと呼ぶのはやっぱり気に食わないが。
しかし、協力してくれたんだ。良しとしよう。
今頃、空中にいる相手とキャッキャ、ウフフと追いかけっこの最中だろう。もっとも姉が鬼役で一方的に遊んでいるのだろうと容易に想像がついた。
「どうして」
黒いローブを纏った人達の奥から声が響いた。
声の主である月島はレギオンに拘束されながら六原に凛と声を届かせる。
「どうして、来たのだい?」
てっきり叫ぶような声を上げると思っていたが落ちついた声の少女に六原は箒を手近にあった木に引っ掛けるように置きながら答えた。
「おう、助けに来たからに決まっているだろ」
「しかし、姫様はそれを求めていませんよ」
「いや、いかにも悪役みたいなお前の言葉なんて聞いていないからね。とりあえず、お前は今からオレが姫様奪うから、邪魔しないでくれよ」
六原の言葉に針沼は鼻で笑って返答する。
「奪う? もしかしてその箒で掻っ攫うつもりですか?」
実はほんの少し前までそんな作戦であったが、針沼に言うとまたもや鼻で笑われそうなのであった。
だから、本当の事は言わないでおく事にした。
代わりに笑みを浮かべ今からやる事を伝える。
「そんなわけ無いよ。堂々と邪魔するやつらを正面から倒して奪うから」
「誰にでも乗れるそんな箒しか乗れない無力なお前に何が出来るのです?」
針沼の挑発的な笑い、六原は怒る様子も無く笑みを浮かべる。先ほどの興奮が収縮していき代わりに、内心はこの展開にいらだっていた。
「そうだね。確かにオレは何もできないだろう。だけどな、こんな無力なオレでも必死なんだよ」
小さく聞こえないような声で呟く。
「みっともなく誰かにすがりつくくらいになぁ…」
本当なら自分の実力で救いたかった。
だけど、そんな事が出来るほど才能も運も無い。だから、誰かに、例えば、姉に頼るしかなかった。
こんなのヒーローなんかじゃないとは自分自身が一番理解しているがそれでも、彼女を救うという強い意思をこめて、自分自身をヒーローを六原は偽った。
「だけどな。必死になった人間は、ヒーローは不可能を可能にできるんだぜ」
口箸を歪ませ、自身が笑みを作る。嗚呼、かっこわりぃと思った。
自分が嫌になると悪態を付けながら、マントと帽子を払うように箒の置いた辺りに脱ぎ捨てる。
放り投げたマントの内側から十字のマークの付いた紅いパーカーが現れた。
そして、六原は首筋に軽く手を当てた。針が小さく刺さり未だ痛みが引かぬ首筋。その痛みの元となっているチョーカーの止め具の金属板をゆっくりと左手の指でなぞると力を込め首に押し付ける。
足から伝わる高温の熱のような痛みを誤魔化すように軽薄な笑みを浮かべ六原は彼女を思う。
――こんな風にヘラヘラ笑っているようだけど、やっぱり彼女をどうしても助けたいんだよ。他人の力を借りる程なりふり構っていられないぐらいにね。
だからと、思いながら左手の指先に力を込める。途端に先ほどとは比べ物にならない鋭い痛みに体が痙攣したが、六原は構わず力を込めた。
ずるりと刺さっている金属部から首筋のチョーカーが首筋から垂れる血を啜っていく感覚にゾクリと寒気がした。
――だから、少しお前らにとって理不尽で理解不能な力を使ってもハンデだと思って許してくれよ。
これは正々堂々とした勝負ではない。六原にとって今から起きることは誰にでも出来るよう仕立て上げられた茶番でしかないような勝ち戦であった。
「バカですね」
右手を軽く上げた針沼は攻撃するように促す。素早くレギオンの内の一人が氷の槍を形成する。
「……やめて」
「いけ」
月島の制止の声も届かず、針沼は小さな声で指示を下した。
同時に氷の槍を持ったうちの一人の姿が闇に溶けるように消えたのだが、その事に気付かない六原は首筋から手を離す。
首筋の皮膚の中に冷たく硬い感覚が疼く。
姉から借りたチョーカーはどうやら上手く作動したようであった。一応、魔力源は先ほど箒の中にあった魔力を乗っている間に姉が操作し少し貰っていた。箒の魔力で動くか少し不安はあったのだが、体に熱線のような間隔が首筋を動き回る。
六原からは見えないが彼の首に巻かれたチョーカーからゆらりと紅い記号のような文字列が肌の上に現れ、文字列は蛇のように動きながら体中を這い回ると消えていった。
六原は右手の袖を捲り上げる。
しかし、現れたのは肌ではなく、白い何かが彼の右腕に絡まれていた。
ソレは札の塊であった。六原は姉に貰った札に糸を通し腕に巻きつけていた。肘から手首にかけて肌を覆うように巻かれた奇怪な記号の描かれた札は仄かに紫色の光りを灯し始める。
どうやら両方とも正常に動いたようだであった。
確認の動作を終え、六原は目の前の悪役を蹴散らす為に、拳を針沼に向けて突き出すと、堂々と言う。
「さぁ、この力を見せてや―ッ!!」
だが、見せてやる。という言葉は最後まで言うことはできなかった。
「がぁ!!ア、アア・・・・!!」
胸に強い衝撃の後、口から鉄の味のする液体が溢れる。
何が起きたか理解できなかった。
いつの間にか目の前に男がいる。彼の両手には氷の槍が握られており、槍の先端は六原の腹の中に隠れていた。
――も、もう、チョット、空気読んでくれんかぁぁあああ。
気がつくと六原は活躍もすることなく、腹部を槍が貫かれていたのであった。