脇役の後悔
*騎士とメイドの物語 09*
はいはい、いつも通り、いつも通り。
何も活躍することができないまま依頼人を取られて物語は終ってしまった。嗚呼、まぁ、普段と別段変わらない展開ですけどね。
けれど感想を一言で言うなら自分が役に立たなすぎて、無様で死にたいです。というか、
死んでいるのかな、もしかすると……
さっき首筋に打たれた電撃でショック死かぁ。
はぁ、現実ってきついわー
しかし、案外死後の世界って変わらないものだな。アパートの一室みたいだしね。
地獄は行きたくなかったけど、どうやら、目の前で現実では起こったことが無い素晴らしい出来事が起きているので、きっとここは天国なんだな。
その光景と、頭の柔らかさに驚きと喜びを隠せない。
ハハハ、やっぱオレっていい奴だから天国行きですよね。
そう考えると気が楽になってきたよ。
……というか、あれ、死んだんなら少しぐらいやりたい放題してもいいじゃないのか?
ふふふ、少し理性が溶けて本能が暴走してるって感じだねぇ。
さて、この状況を深く考えていても仕方ないよなぁ。
さぁ、やっちまおうぜぃ。
別に活躍できないまま退場したからイライラしているわけじゃないですしねぇ。
自分自身を鼓舞させながらオレは目の前の非日常的なモノに話しかけた。ついでに抱きつようとした。
「メイドさん!その膝枕の状態からオレにフーフーしてください」
「ハイ、おはようございマス!!」
「ふぎゅ!!」
飛びつこうとした瞬間、拳が目前に迫りオレは思いっきり殴られた。その痛みでここが現実なのだと理解し、オレは少しだけ安堵した。
月島の部屋から少し離れたところにあるリビング、窓辺のカーテンの隙間から覗く景色は暗くよどんでいた。
蛍光灯の光が部屋全体を照らす、テレビの前にある机を囲むように置かれたソファーに寝かされた六原はメイド服の少女に看病してもらっていた。
現在の状況に疑問はもちろんあったが、そんな事より嬉しさがあまりついカッとなって起き上がり抱きつこうとした体はメイドの拳で再びソファーに叩きつけられた。
「いてぇー、あれ? マジで夢じゃなかったのか」
「いいから、起きなサイ」
夢ではないことに安堵し、ヒリヒリと痛む頬を押さえながらメイドを良く見ると目の前に立っているメイド服の女性の顔に見覚えがあった。
「って辰野のメイド?」
メイド服の女性に介護されているという妄想の様なシュチエーションに興奮し、あまり顔なんて見ていなかった六原はようやく彼女が、辰野のメイド、レイだと気が付く事ができた。
メイドは六原の額にかけようとしたであろうお絞りをソファーの前にあったタライに戻しながら、前に会った時と同じような少し違和感のある発音で答えた。
「ヨーヤク、目を覚ましましたカ。後、いきなり飛びつかないでください」
「ああ、すいませんね」
反射的に謝ってから六原は気が付いた。
「えーと、レイさんでしたっけ」
「ええ、自己紹介が遅れマシタ。辰野様のお世話ヲさせていただいているメイドのレイです」
小さくお辞儀をしながら丁寧な自己紹介をする。そのレイという少女の発言の内容に辰野が少し妬ましいなと思いながら六原は簡単に自己紹介をした後、誰もだ思うであろう疑問を投げかけた。
「あの、何で貴方がここにいるのですか?」
改めて周囲を見ればここは月島のアパートのリビングである。壁にかかった時計を見ると襲撃からしばらく時間が経っており、既に夜となっていた。
体に巻かれた鎖は解けていることも少し不思議であったが、辰野達にとって魔女と呼ばれ、討つべき者とされている彼女の家にどうして辰野のメイドがおり、尚且つ敵になったという自分の世話をしているのかというほうが疑問に思った。
「では、順を追って話しまショウ」
メイドは冷静に辰野の問いに返答した。
「まず、ワタシたちがココに来た経緯ですが、近くで魔力のブツかり合い。つまり、魔法使いの同士の戦闘があったのを辰野様が感じたからデス」
メイド曰く、辰野や月島等の魔法陣を使うのには特殊な魔力という体内エネルギーを使用しているとの事であった。そして、魔法使いの中では周囲で発生した魔力を感じ取れる者もいて、辰野もその一人であったとの事である。
「ですが、ある程度腕のある魔法使いなら結界という特殊な魔法陣にヨッテ、よほど近くに来ない限り、分からないようになっているのです。しかし、ナゼか結界が壊され、その周囲から魔力の形跡を感じたと辰野様は言ってオリマシタ」
それは月島でだろうと六原は予想をした。レギオンに襲われたので、仕方なく勇者たちにでも助けてもらおうとしたんじゃないのか。と口をはさもうとした。
だが、何故月島がそんなことをするのか。と思い、その答えが浮かばなかったのでもしかしたら、月島ではないのかもしれないと思い直した。
「結局、結界を壊した人物はわかりまセン。そして、魔力を探知しワタシ達がココに辿り着いた時には魔女も使い魔もおらず、代ワリニ、縛られている変態がいたというわけデス」
「いやいや、オレも結構頑張ったんですよ」
しかし、活躍もできずこの有様という事実は伏せておく。
「ワタシは辰野様に言われ、貴方の介護。辰野様は迷うことなく貴方の鎖を斬った後、魔女を追跡しております」
「スルーしないでよ……って、分かるものなのか」
「辰野様は天性の魔力を感じる神経が異常に発達しておりマス。ここに来る前にも近くで僅かな魔力を感じ、その感覚を嗅ぎワケ、追っていますノデ……」
「まるで犬だねぇ」
「それは否定はしません」
そこは否定して欲しいと苦笑いを浮かべつつ、六原は言葉を漏らす。
「やっぱ、何だかんだで友人は助けてくれるのか。すごいよなぁ、あいつ・・・」
その言葉に先ほどまで能面のように無表情のメイドの顔が少し微笑んだ。
「エエ、ワタシの自慢の弟子デスヨ」
「へぇ、そうなんだ。ちなみに、メイドさんのご主人って誰なんですかね?」
「それはもちろん王女デスヨ」
不思議そうに答えるメイドに六原は少し苦笑いを浮かべた。
――あらあら、見た感じ辰野はメイドさんの事を良く思っているみたいな感じだったんだけどなぁ。弟子じゃなぁ……アレ、チョット待てよ。
「どうして主が王女なのにメイド服なんて着ているですか。王女はこの世界には来ていない筈ですよね。」
何気ない質問だったが、なぜかメイドは頬を少し掻きつつ言いにくそうに小声で言った。
「それはアレが戦闘服よりこの服のほうが似合っている何ていったからデス」
「へ、へぇ~」
――なんかいきなり照れたんですけど!?
ソレに動き易いんデス。等と言い訳まがいな事を早口で捲し立てるメイドの姿を見ながらあのメイド好きの木偶の坊をどうしてやろうかまぁ、次会った時に助けてもらったお礼と一緒にちょっといろいろと質問しておこうと捻くれた結論を六原は出しておく事にした。
助かったものの、聞いた情報をまとめあげた結果はより一層厳しいものとなり六原は辰野より早く月島に会わなければいけないことになっていた。辰野にとって彼女は友人ではなく敵なのだからだ。きっと見つけ次第魔女を狩ろうとするのだろう。
「では、ココからはワタシ独自の行動ですガ」
「あ、はい」
メイドはポツリと呟くと机をはさんで向かい側のソファーに座った。距離が離れたのにどうしてかますます威圧的に感じ、ソファーに倒れていた六原もメイドの姿に習い座りなおした。
「一体何があったのかは大体想像できマス。ワタシたちの敵であるレギオンに彼女はついたということですネ」
「いやいや、チョット待ってくれ。」
まるで月島の意思で自らレギオンについたみたいに聞こえ、慌てて六原は訂正する。
「ソレは誤解だ。アイツは、月島は無理矢理仲間にされたんだよ」
「そうですか」
「おい」
同情も、否定もせずにメイドは感情の無い声が六原の言葉を切り捨てる。それがあまりにも薄い反応に瞬間的に頭が沸騰したように怒りが湧き上がり掴みかかろうと立ち上がったが、
――いや、待てよ。落ち着けよ。守れなかったはオレの責任で、こいつらは関係ないだろ。八つ当たりはいけない。
残る理性が総動員で押しとどめ、六原は小さく謝るとゆっくりと座りなおした。
六原の行動にメイドは特に驚きはしなかったが僅かに小さく頭を下げた。
「ワタシの発言が気に障ったのなら謝りマス、申し訳アリマセン」
淡々と謝るがどこか丁寧な物腰にすっかり先ほどまで沸騰寸前の頭は完全に鎮火した。
「いや、オレの方こそチョット冷静じゃなかった。それで、何を聞きたいんですか」
率直に月島は問う。
「ワタシが聞きたいことは情報デス。彼女がどこに行ったか心当たりはないのですか」
その質問に六原は頭を巡らせる。特に情報と言ったものはなかったと思ったが、月島とスーツ姿の男、針沼の会話からある程度の情報は出てくる。
敵であるが助けてくれた相手にどうするべきか考えた六原はどちらが得策かと少し悩んだ末、仕方ないと諦め、知っている事をメイドに言う。
「あいつらがどこにいるかは分からないが今夜に彼らは元の世界に戻ると話していたよ」
「……ナるほど、もう大丈夫です。分かりました」
何かヒントになったのだろうか一人で納得するメイド、その態度に何か掴んだことは明白である。
「これだけで参考になったんですかねぇ」
六原のほうを見向きもせずにメイドは流すように相槌を打つように返答した。
「エエ、貴方の話が本当なら彼らの目的地が分かりマシタ」
もう戦力ハ揃えたのですカ。イマイマしいですネ。等と小さく愚痴を言うとメイドは六原に向き直る。
「それでハ、貴方も夜は遅いので早く家に帰ったほうがイイデスヨ」
立ち上がりどこかに行こうとするメイドを六原は慌てて呼び止める。
「ちょ、チョット待ってくださいよ。どこにいるか検討できているのだろ。教えてくれ」
「イエ、無関係な人ハ……」
最後までメイドの話を聞かずとも内容は分かった六原は素早くソファから立ち上がり、ソファー横に飛び上がると膝をそろえ頭を地につけ、
「そこを何とか!!情報を教えたじゃないですか」
土下座しながら着地する六原。正直、自尊心等が六原にジャンピング土下座までする必要は無いんじゃないのかと訴え掛けていたが気が付いたときにはヒーローのような姿とは逆に助けを求め縋り付くように土下座をしていた。
「……ナゼ、そこまでするのデスか?彼女は大罪人デスヨ」
そのセリフに待っていましたと六原は土下座をしながら得意げに笑った。こんな時に言えるカッコいいセリフはヒーローに憧れている六原ならたとえ寝起きだろうがはっきり言える。
「ソレは」
なのに、上げた顔の口からは、今はヒーローになれるから。カッコいいから。等といういつものセリフが、なぜか続いて出てこない。
気の利いたセリフ。
心に残るセリフ。
単純にカッコいいセリフ。
突き刺さるようなセリフ。
どれもコレも頭の中で簡単に出てくるのに、その言葉が薄っぺらくしっくりと六原になじまない。
『只の悪だ』
頭の中でタツノのセリフが反響した。
「……」
何も答えられず時間だけが過ぎていく。沈黙に耐えられなかったのは以外にもメイドで、彼女は投げやりに言う。
「まぁ、いいデス。ワタシには関係のナイことですから」
その時、ガチャリという扉の開く音がした。
「……どうしても知リタイナラ、まぁ、コノ人に聞けばいいでしょう」
メイドは玄関先への廊下に続くドアを見るように促した。
ドスドスとドアの向こうからから乱暴な足音が聞こえる。
一体誰だ。扉を眺めながら思う中で足音が立ち止まり、一呼吸置くと同時に乱暴に開け放たれる。
「ふ、ふふ、ふははは!!」
高い笑い声と同時に表れるのは一人の女性。
黒い薄手のコート、紺色のジーンズを着込み、長い髪をなびかせる。そして、何より印象的に残るのは彼女のツリ目気味の瞳の奥が爛々と輝いていることであった。
女性は部屋に入ると同時に仁王立ちし親指で自分自身をさすと声高らかに叫ぶ。
「さぁ、ヒーローの登場だ」
――うわぁ、ひでぇ。
ビッシと口端を吊り上げ笑う女性。六原は傍にいるメイドと同じように溜息をつきたい気持ちを抑えながら、笑顔を浮かべた。そして、立ち上がりゆっくりと女性に握手を求めるように手を差し伸べた。
「……新キャラですね。よろしく」
「実の姉、だろうが!」
「フガッ!」
とぼけると、六原は実の姉、六原メイに蹴り飛ばされ、ソファーから転げ落ちた。
慣れている理不尽な暴力に六原はいつも通り受け身を取り、すばやく起き上がる。
睨むように女性を、姉を見つめると、低い声で唸った。
「殴る事はないだろうが」
だが、凄んで吠えた所で姉はにやりと笑うだけであった。
「いいわねぇ、その表情。久しぶりに姉弟喧嘩でもしようじゃない」
姉は笑いながら人差指だけをくいくいと折り曲げ掛かってくるように誘う。唯でさえイライラしている六原はその煽りだけで喧嘩を買うには十分だと決断し、叫ぶ。
「上等だぁ!」
六原は獣のように姉に飛びかかる。
そして、もつれ合い。殴り合う。
「いてぇ! ぐーは、ぐーはいかんだろ!」
「ほらほら、この程度なの」
突然の出来事に対し、取り残されたメイドは二人を見ながらポツリとつぶやいた。
「……どちらでもいいので。さっさと終わらせてクダサイネ」
メイドはソファーに座りなおすとやることもないので、とりあえず映画でも見るように六原恭介と六原睦月の子供の様なじゃれ合いの喧嘩を眺め始める事にしたのであった。
「ギブ…アップ…うぅ」
数分後、床の上に六原は大の字になり倒れていた。
「よっしゃ!勝ったぞ。見ていたか、レイちゃん」
「ハイ、メイ様が大人気なくマウントを取りボコボコにしたトコロ等もしっかりと見ておりましタ。……大丈夫なのですカ?」
「……うぃ、一応、ねぇ」
再びソファーに寝かされ、見慣れてきた天井をぼんやり眺めた。
久しぶりの姉と弟の再会は姉の跳び膝蹴りがゴングとなり姉弟喧嘩に変わった。結果は六原自身も分かっていた事だが普段通り、姉がほぼ無傷での完勝であった。
「にしても後頭部打撃はやめて欲しいですねぇ」
愚痴りつつ、六原は上体を起こす。襲撃の際にボロボロになった制服は途中で脱ぎ、下に着ていたカッターシャツはもうクシャクシャになっていた。手やひざなどは擦り傷が多々あった為、今は側にいたメイドが家にあった救急箱をまた使い、甲斐甲斐しく手当てをしてくれている。
先ほどよりさらに包帯と絆創膏を巻かれることになった六原は目の前で消毒液を塗ってくれているメイドに訪ねた。
「あのー、メイドさん。できれば、治療魔法みたいなものは使ってもらえないですかねぇ」
短く、ほんの短くだがメイドの動きが止まった。その間にメイドに代わって姉が問いに答えた。
「嗚呼、ソレは駄目よ。レイちゃんは魔法がまったく使えないからね」
「……え、使えない?」
「そう。調べているみたいだから知っているでしょ。アッチの世界では魔法が使えない人の方が多いの。彼女もその一人というわけ。まぁ、もっとも、魔法が使えなくても彼女はメチャクチャ強いから彼女に魔法なんていらないけど。ついでに、魔法が使えないからこの異世界に来るまでに日本語は独学で勉強したけど、少しまだ話すことが難しいみたいなの。まぁ、そんなところが堪らなく可愛いらしいのだけど」
などと自慢するように語る姉。
――確かにそのひたむきな努力設定は萌える。しかし、この姉に説明されるのは何かムカつくわぁ。
ソウデスネ。とメイドが短く答え立ち上がった。どうやら手当ては終ったらしく。救急箱の蓋を閉めると机の上に置いた。
体を起こし捲りあげていた袖やズボンを下ろす。怪我しているのは主に膝や肘であった為、あまり目立ったようにはなっていなかった。
「さて、レイちゃん」
治療が終ったこと事を待っていたように姉はメイドに話し掛ける。
「魔女の居所は大体つかめたのかな」
「ハイ。貴方の弟からの情報デ、彼らの行動が予測できまシタ。どうやら、元の世界に戻るミタイですね」
顎に手を当て少し考え込むようなしぐさを姉はしながらメイドのセリフの意味を理解した。
「……なるほどね。ワタシ達がきたゲートかな」
「恐らク」
二人はお互い納得する。しかし、状況が飲み込めない六原は彼女たちが何を考えているのか全く分からないでいた。
「なら、ワタシが辰野君に連絡しておくとしよう」
ケータイを開き、ボタンを操作する姉。いまだ理解できない六原は姉に尋ねる。
「なぁ、月島のいる場所は分かったんだろ」
「嗚呼、恭介君のお陰でね」
うれしそうに笑顔で話す姉のセリフを六原は目を細め、少しだけ真剣な表情で聞いた。
「あのさ……教えてくれないか」
今は敵であり、昔からの憧れと嫉妬の対象である姉に対して頭を下げるなどという行動に悔しさが溢れそうであったが、表情に出さないように何とか押しと止めながら六原は姉に頭を下げた。
「ふむ……レイちゃんはどう思う」
「貴方ガ言われるなら私は構いまセン」
「そう。ねぇ、弟よ」
「何っすか」
「どうして、彼女を助けたいのかしら。それに答えれたら教えてあげてもいいわ」
「……」
メイドと同じような質問に六原はまたもや答えられない。
人を助けるのに理由は要らないという道徳的な答えは簡単に言えるがソレは自分の本心で無い事が分かる六原としてはその答えを言えない。
「質問を変えようかしら」
無言の六原に姉は頬笑み言葉を投げる。
「恭介君は私のようなヒーローと呼ばれるようになって何がしたいの」
「活躍したいね」
いきなり問われた質問に六原は口癖のように鳴ったセリフを反射的に言った。
「どうやって?」
「そりゃあ」
続けざまに言われた質問に六原は答えようとしたが自分が何を言おうとしたのか気付き、口を開いたまま固まった。
話そうとしたセリフはあの少女を救う行いを否定するものだからだ。
だが、言わなかったセリフは姉の口から言われた。
「悪を討つこと?」
思ってしまった言葉を突きつけられ何も言うことができない六原だったが、その言葉は否定したかった。
姉の言葉通りなら自分にとって月島は悪なのだ。
すくなくともこれまでの行動から大衆から見ても善とは思えないだろう。月島にとってもなりたくてなったわけではなかったが、実際、世界を混乱に導いたレジスタンスの代表を倒せばそれこそヒーローのような扱いを受けることは明白であった。
様々な思考が入り乱れ、頭が混乱する。何と答えいいのか、何が自分に正しいのか分からない六原の耳に姉の声が届いた。
「バカね」
ため息交じりに姉は六原に言い放つ。
「違うわ。ああいうのは望んでなるものじゃない」
――そんな事は知っている。だけど、ならないと。
不意に 昔の出来事が記憶の中から蘇る。考えないようにしていた、そんな可能性の光景。
いつしか、忘れようと思っていたその出来事と光景等を思い出す六原に姉はいつしか真剣なまなざしになりゆっくりと語る。
「私がヒーローの様な行動をし始めた理由を言っておくわね」
姉は六原と向き合うようにソファーに座る。「単純な話よ」と言葉を口にした。
「私がヒーローになったのは救いたい奴が、守りたい奴がいたからよ。けっして悪を討つためではないの。だから、悪とか、正義とかに囚われる手はダメ。ただ我が侭に救いたいやつだけを救えばいいのよ」
――とても自称ヒーローとか言っている奴の発言じゃねぇなぁ。
後半は早口に語るとそこで一度言葉を区切り、口端をゆがめ優しい笑みを浮かべた。
「それでも救えない時はやるだけ精一杯やりなさい。その方がカッコいいわ」
そして、姉はもう一度問いただした。
「だから、悩んだ振りをするのはやめなさい。答えは出ているのでしょ」
穏やかな言葉に六原は乾いたと笑い声をあげる。
「ハハハ、そんなわけ無いだろうが」
「嘘ね」
六原の言葉をバッサリと切り捨て姉は再び語りだす。
「普通、物語の主人公やヒーローってヤツは起承転結で言うところの転の部分で悩んだり、苦しんだり、挫折したりするもの。たぶん、他の奴等ならこの後どうするか悩むかもしれないけれど」
お前は違う。姉は六原を見てはっきりと断言した。
「たくさんの物語に関わっているお前には、こんな似たような場面をいつも見ているお前には、何が自分にとっては正しいのか悩みもせずにすぐ答えるはずよ。違いがあるとすれば、救う対象が悪役のような魔女だということだったというだけかしら」
「いや、けど、それだけで…」
月島の身が心配なこの状況でそんな事をするわけ無いだろと言うよりも早く、姉は即座に六原の言いそうな言葉の先を取り反論を返す。
「それは酔っているだけよ。ファンタジーのようなどこかの物語のようなこの世界に、だから、悩んだ振りをして楽しんでいるの」
「そんなことは……」
自身の醜い部分を晒され、否定しようとしたが六原は上手く答えられなかった。
――嗚呼、畜生。畜生。何も言い返せない。オレは、オレは……
時間が止まったような静寂が僅かな間辺りを包む。けれどもその中で自身の内心について苦悩する六原はその静けさがとても長く感じていた。
心がゆっくりと雪溶けのように自分を覆っていた何かが溶け崩れ、底が見えたようにハッキリと自分自身と向き合う。
「嗚呼、まぁ、けど。そうだよなぁ」
そして、ようやく六原は自身の内面を認めたのであった。
一度息を吐き呼吸を整える。
――もう、いいや。はいはい。認めますよ、オレは悩んだ振りをしていたんだ。最低だなオレ。
だから、諦める。
そんな選択肢は六原にはなかった。
――よし、反省したぞ。反省したから悩むのはやめよう。
もう振りはやめだ。だから、彼女を助けたい訳を話した。
崩れた調子と表情を整える。先ほどの辛気臭い顔をいつものヘラヘラとした笑い顔に整えると、六原はいつもの軽い口調で答えた。
「あのさぁ……説教はもういいから、彼女をサッサと救いたいから手を貸してくれないかな。あまり時間がないのだろ?」
いきなり調子を取り戻した六原に姉は一瞬目を丸くしたが、何がうれしいのか笑みを浮かべた。
「どうしてかしら。彼女を助けたい理由の答えは出たのかな?」
「嗚呼、理由はあるよ」
思い出すのは今まで起きた只の日常の学園風景。クラスメイトの皆がチャイムの合図で各々の席に座り込む。小中高様々な教室。
六原恭介がヒーローになりたいと思った理由の光景。
「今までさぁ」
本心を言えばあまり言いたくない内容であった。それを包み隠し、ふだんの調子で六原は軽そうに語った。
「オレは本当に数々の非日常的な出来事に巻き込まれていた。突然の美少女、美少年の転校生なんてよくある話だった。姉さんもそうだろ」
「嗚呼、そうだね。皆、個性溢れる人達だったな」
そのほとんどがヒーローやヒロインのような煌めいた人だった。だけど、六原は思い出さなければいけない。彼らと反対の人々もいたことに・・・
「けどさ、その中で突然の転校や行方不明で二度と会わなくなった少年少女っていただろ」
「…ああ」
「中にはオレが忘れさせられた奴らもいるかもしれないけどさ。最初に消えていった時は親の都合で転校か、どこかに新しい出会いを求めに行ったのかな、なんて暢気な事を思っていたよ。まぁ、中にはそんな奴らもいたかもしれないけどさ。普通、何の前触れも無く消えるっておかしいだろ」
姉も六原が何を言いたいか気付いたようであったが何も言わない。黙って六原の言葉を聞いた。メイドは二人に気を遣い気配を殺しているようであった。
「ある日そのことが気になってそいつ等を調べて見たんだ。色々と驚いたよ。まず、大抵戸籍は無いか嘘だった。挙句の果てに電話番号も住所も違う。元々彼らがいなかったような現実。彼らは一体なんだったのか不思議で仕方なかった。けどさ、ヒーローやヒロインのような友人とファンタジーのような世界観、何となく彼らが何者なのか気が付いたよ。」
彼らは只の当て馬だったのかもしれない。六原のようにただ巻き込まれただけなのかもしれない。しかし、一番の可能性は。六原は答えを出した。
「あいつらは悪役だった。一体どんな悪役だったのか分からないが、結末は調べる限り皆一緒だった。そう、世間一般に見て悪役だった彼らはヒーローとヒロインによって倒されましたというわけだ」
最後に物語のような締めの言葉を言う。
――これでめでたし、めでたしだぜ。笑えるよなぁ。
倒された彼らは死んだのかもしれないし、もしくは行方をくらませただけかもしれない。けど、亡くなったヤツがいないとは六原は思えなかった。
月島のことでもそうだからだ。彼女は元の世界でレギオンの象徴とされるのかもしれない。だが、その後、姉と辰野のよって倒される光景はすぐ思い浮かぶ。
「けどさぁ」
語り終えず、六原の独白は続いた。
「いきなり消えるって無いじゃないか」
倫理的に間違っているかもしれないヒーローらしくないわがままなセリフを言い放つ。
「あいつらがどんなことをしたのかは知らないけどさ。それでもオレの友人だったヤツだっていたんだ。けどさ、ヒーローやヒロインがせっかく世の平和の為に倒したのにその言葉は無いとも思っているだろ。そうだよね。あいつらだって苦汁の決断だったかもしれないと思うよ。だから、想ったよ。オレがもうチョット頑張れたらな。変に奇妙な話に関わりがあって、あいつらの友人として良い一面を知っているオレなら彼らを救うことも出来たんじゃないのかな。」
――何も出来ないボクだけど言葉を送ることが出来る。
――彼らの友人として間に入ることも出来たのかもしれない。
――失うのは辛く、寂しい。
――だから、ボクは強くなりたいと思った。ヒーローのように。無力なボクだけどせめて友人や周囲の人々を助けたい。
――強くなりたいから、ボクは、ヒーローのようなオレに憧れた。
かつて、失った友人の事実を調べ上げた後、何もしてあげられずに嘆いていた小さな自分を思い出す。二度と失わせないとして、力をつけたつもりが何をやってもだめだった頃。
いつしか当初の理由を忘れ、ただ単にヒーローになりたいと思っていた。しかし、何もできずに、もう、無理かと諦めたときに現れた少女が再びオレの心にガソリンと火をぶち込んだのだ。
『救ってくれないか』
たとえその言葉が、本心でなくても。その言葉は彼女を救う理由に十分であった。
「只の偽善だけどさ。周囲の人達ぐらい力になってやりたいじゃないか」
「だから、救いたいのか」
「うん、そうだよ」
――しかし、恥ずかしいねぇ。
素直に頷きながら内心を暴露した六原は何とも言えない恥ずかしさがこみ上げる。それを振り払うように六原は一気に他の理由を早口に捲し立てた。
「あ、後はアイツとは逆なんだよ。周りの環境に合わせられなくて、それでも頑張ってあわせようとしているところは一緒なんだけどね。オレは英雄を目標に届かずに嘆いているけど、彼女は魔女を目標に彼女の気持ちに関係なく演じ続けないといけないんだよ。姉やメイドは知らないだろうけどアイツ、普通に見てレジスタンスの魔女というようなヤツじゃないんだよ。合わせたいと願う奴と、合わせているけど逃げたい奴。まぁ、たった数日しか彼女のことを知らないけどさ。それでも逆だから気持ちが反対に分かる。魔女として振舞うアイツと英雄として振舞う道化のようなオレですよ。演じる辛さはしっているからね、いやいやにさせるものじゃない。あんな風に無理なんてさせたくないから、救いたい。開放したい。道化はオレだけで十分だ」
「え、ええ、そうなの」
勢い良く言った為か、少し苦笑いを浮かべた姉は六原と反対側のソファーに座る。隣にいたレイは小声で「コイツモヘタレ」という言葉が聞こえたが六原は聞いていないふりをしておく事にした。
腕を組み、しばらく上を向き思案していた姉は答えを出した。
「最後のセリフがワザと格好つけている気がするけど……まぁ、いいかしら」
姉はポケットからケータイを取り出すと弄り始める。
「どうやら、辰野君はレギオンの妨害にあっているらしくてたどり着くのは難しいらしい。というわけで、すぐに助けに行きたいの。弟よ、手身近に言うわ」
偉そうに言う態度に少しいらつくのを抑えながら、六原は返事をする。
「おう」
「彼女が向こうの世界に行くまで後二時間ってところ。転送される場所は学園裏庭にある泉だ。どこにあるかは分かるわよね」
「嗚呼、良く知っている」
二度目に月島とであった場所である泉のことだ。しかし、何故、泉なんかにという内心の疑問はすぐに解決される。
「アノ泉は少し特殊でね。やり方さえ知っていれば決まった時間に異世界同士を繋ぐゲートが出来るの」
「ゲートってのは多分扉みたいなものか。」
多分泉が光ってそこに飛び込んだら異世界に着きましたぁ。て感じなのだろうといきなり突拍子も無い姉の話しに何とかついて行く。そして、自分自身に納得する結論を出した。
――とりあえず、レギオンの残党を蹴散らせばいいのかなぁ。我ながらずいぶんバイオレンスなやり方だけどねぇ。
「……そして、ゲートが出来るまであと二時間ってところよ」
少し言いにくそうに姉は言った。その理由に気付いたのはメイドであった。
「周囲に敵がいるのデスヨね。この三人で二時間ハ厳しくナイですか」
「そうなのよねぇ。まぁ、私がレイちゃんを担いでいけば何とか。弟はどうする」
「ふふふ」
姉が投げかけた問いに六原は嬉しさがこみ上がった。八方ふさがり的に見えるこの状況、前から憧れていたシチュエーションだ。そして、これから一度言って見たいと思っていたセリフを堂々と口に出来るのだ。
六原は姉に目を向けると笑みを浮かべ堂々と言った。
「……オレにいい考えがある」
「凄い自信満々に言うわねぇ」
「ナゼ、いちいちこの子はポーズをとるノデしょうか」
姉は自身のポケットをまさぐる。
「なぁ、さっきのオレのセリフカッコよかっただろ」
「そ、そう。じゃあ、これを持っていきなさい」
少し引き気味になりながら姉がポケットから黒い何かを六原に向かって投げ、六原は慌てて両手で包み込むようにキャッチする。
手を開くとそこには黒い革でできた短いベルトのようなモノと、ソレに包まれた長方形の紙の束であった。
紙に描かれているのはどれも墨汁を染み込ませた筆で描かれたような達筆の五芒星と漢字を崩したような難しい文字がずらりと並んでおり、その全てに一本の紅い糸が通っていた。
「お札か?ソレとこれは?」
「嗚呼、ソレとチョーカーだ。」
黒いベルトのようなものはチョーカーだといわれたが、その留め具となる部分は画鋲のように鋭い針が真っ直ぐに飛び出しており、正しく首に巻くとするなら自身の首を指さなければいけないように出来ていた。
「奇妙な模様ですネ」
「レイちゃんにはなじみのない模様かしらね」
「何コレ?拷問器具ですか。」
札もお守りのようなものかと思い、とりあえずポケットにしまう六原に姉は近づくとメモ用紙を突き出した。
「違うわ。両方とも武器よ。どうせ何も用意していないでしょ。詳しいことはここに書いているから使うといいわ」
この姉の道具を借りるというのは六原としては凄く嫌であったが、いや、物凄く嫌であったが姉の言うとおり、これから月島に会いに行くが大した準備もしていない。
だが、どこかの物語の主役のように六原恭介には隠された力もなく、修行などをスリ時間や師匠もいない。
タダの無力などこにでもいるような一般人であった。
だから、ヒーローのように今は、今回は格好良く、自分自身が納得できるよな救出劇はできない。
それに人を助ける方法にわがままを言ってもいられない。
自分自身に言い聞かせながら、六原は礼を言いつつメモ用紙を受け取った。
六原は現状を確認した。
囚われた少女の場所は分かっている。
移動手段も考えがある。
彼らと戦う武器も手に入れた。
少女の元に行くのにはもう十分心強かった。これならどんな奴でも救うことが出来る。ははは、情けなさ過ぎて自虐的な笑い声を上げそうにはなるが……
六原は集中するべく一度ゆっくり息を吐き、両手で頬を軽く叩き気合を入れて立ち上がる。
そのまま、半壊した月島の部屋に行く。そして、持ってきた自身のバッグから紅いパーカーを羽織る。これで準備は完璧だ。
せめて彼女を助けよう。その思いを胸に彼女を助けるべく行動を開始するのであった。