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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
13/47

無駄な抵抗

*騎士とメイドの物語 08*



「結果だけ言うと、無理だった。すまない」


 デスクチェアに座ったまま六原は頭を下げる。視線の先には月島の部屋に敷いてある灰色のカーペットが広がった。


 校門で月島と会ってから、前回いきなり襲われたこともあったので、すぐさま人気の無い裏庭まで歩くと月島の転移魔法を使い魔女の隠れ家に行くになった。


 マンションの一室であるこの部屋は今、無人である。

 ワーさんは買出しに言ってくるとの書き置きがあったそうで、まぁ、お茶でも飲みながら話し合おうじゃないか。という月島の発言の元こうして、湯飲みに入った温茶をお互い啜っていた。

 

 一息ついた所でようやく六原はつい先ほどあった辰野との出来事、自分が知ったレギオンについての情報を簡潔にまとめ月島に説明し始めたのであった。


今思えばそれは月島也の気遣いであったのかもしれない。

 月島の部屋に行くまでのやる気の無いテンションの六原を見ればどう考えても辰野との交渉は決裂したと言っているようにしか思えなかったからだ。


 だからなのか。お茶を出すなり、じゃあ、本題に移ろうかと月島が急かしてきたのも、いやな事はさっさと言った方がいいからと身を案じたのではないかと六原は思っていた。


 ちなみに本日譲り受ける魔法の箒はまだ、貰っておらず。昨夜と同じようにデスクの壁にかけられている。

 ある程度辰野との会話内容を説明し最後に再び、すまない。と頭を下げる六原にベッドの上に腰掛ける月島は淡々と語る。


「顔を上げてくれないか、六原さん。別に私は怒っていないのだからね」


 言われ頭を上げる月島はゆっくりとお茶をすすっていた。何故か薄く汚れた制服を着替えることなく彼女は落ち着いた様子で語る。


「しかし、そこまで分かってしまったのか。凄い情報収集だね」

「いや、そんなんじゃないよ」


 いつもなら、褒められれば軽口の一つでもいえるのだが、今はそんな気分にはならなかった。


 月島の顔を見るたびに、お前の行動はヒーローじゃない。という辰野の言葉が蘇り、いまいち、気分が盛り上がらない。

 いつもなら、こんな女の子の部屋で二人っきりという今まで彼女のいなかった六原にとって変態的なイベントなら、ワーさんがいないという状況なだけで少しやっべぇ、ラブコメみたいだ!!と気分を上げ、一人で勝手に騒いでいるはずであった。


「どうしたの。もしかして気分でも優れないのかい」


 あまりにも大人しいのか心配してくる月島になんでもないと答え、六原はこれからのことについて相談しようと考えた。


「それでこれからのことなんだが、」

「何か案があるのかい」


 正直に首を横に振りながら言った。


「スマナイ。思いつかない」


 どうして、何も思いつかないのか。自分が嫌になりそうである。

 このままだと何もできないまま彼女は魔法の国か、レギオンに捕まってしまうのに。


 嗚呼、今度こそ、呆れられるよねぇ。

 月島が捕らえられることが嫌だと思う自分がいるが、同時に彼女が辰野側とレギオン側のどちらかに付くことが「正しいことじゃないか」と思う自分もいた。

 まず、どうすれば正しい事に繋がるのか分からなくなった混乱の中、六原は目の前の問題の解決を考えることが上手くできないでいた。

 未だ何の役にも立たず自分にイラつきながら、六原は月島を見る。


 そこには予想に反して、薄く微笑んだ月島がいた。

 彼女の表情に思わずた感情が爆発しそうになり、奥歯を噛みしめた。


――なんで、そんな表情をしているんだよ。


 疑問を口にするよりも早く、月島がゆっくりとした口調で話す。


「まぁ、仕方ないよ。……いや、私みたいな戦いの象徴とされた悪役には過ぎた願いだったのかもしれないね。」


 自虐的なセリフの後、


「だからね、六原さん」


 駄々をこねる赤子を諭すような優しい口調で月島は言葉を繋げた。六原は何も言えず、彼女の言葉を否定できる訳も無く聞くしかない。



「別に諦めてもいいんだよ。」

「……ぁ」


 言葉を発することはできなかった。

 目の前がぐらりと揺れる。頭を思いっきりに殴られたような衝撃が六原を襲う。辰野や、実の姉にも同じような事を言われたが、それとは比較にならないほどのショックを受けている自分がいた。


――じゃあ、何でオレに助けてくれなんてお前は言ったんだよ!!


 頭に血が上り声を荒げそうになる。

 そんなあきらめの言葉を聞きたくなかった。それならばまだ呆れられ、蔑まれるほうがよかった。

 だからいってこの思いを目の前の少女にぶつけたところで何にもならないと六原は知っていた。


 もし、ファンタジーな物語によくいる主人公のよう、目の前の少女を心を動かす言葉があるのならどんなにいいことだろうか。そんな力があるのなら、こんな目の間の少女に何も言えない自分はいなかった。

 

 だから、落ち着け、そうじゃない。と六原は息を短く吐き、自身を落ち着かせ冷静に考える。月島にそんな八つ当たりのようなことを言いたいのではない。


――だが、他に何が言えるのか。未だ何もできない自分に。


 それでも、月島の発言を取り消したく六原は口を開くが、何を言っていいか分からずに口をパクパクするだけであった。

 何も言えず、情けなさだけが積もる六原の周囲を静寂が包み始めた。

 側では無機質な時計の音が聞こえ始める中で、


「それにね。六原さん」


 不意に月島は湯飲みをベッドの棚に置き、部屋の入り口の反対方向にあるベランダへと繋がる大きな窓を見る。


――何か、何か言わないと。どうしてこんな時にいい言葉が見つからない。


 悩みながらも釣られて見ると無機質な白いカーテンが夕日を隠すように閉められていた。

 その窓をじっと見つめながら月島は目を伏せる。


「どうやら、時間切れのようだ」


 何の事だと理解するよりも早く、

 脈絡もなく甲高い音と共に窓ガラスが弾けとんだ。





 耳障りな音が響いた。その音が、窓が割れた音だと判断する前に六原の体は反射的に動いていた。

 手元の机にかけてある銀色の箒を武器代わりに木刀のように構える。


 六原はすぐさま頭を切り替え目の前の状況に対応できるように意識を集中した。既に、頭の中は先程までのショックや混乱を一端置いていた。

 長年の経験からこの後の展開は予想できている。

 だから、六原は今回の様な突然の出来事にも、素早く行動することができていた。


――まぁ、活躍できた事はないけどね。


 自虐的な笑みを浮かべながら、割れた窓に向かい合うように六原は箒を構えた。

 視界に広がる光景、散らばるガラス片を見るに窓ガラスが粉々に割れたと分かると同時にガラス片と一緒に二つの黒い塊が現れる。


 視界に広がる光景、散らばるガラス片を見るに窓が粉々に割れたと分かると同時に二つの黒い塊が現れる。


――敵じゃねぇか。


 足元まで覆う黒いローブに身を包み顔も性別も分からない二人が突如として窓から侵入する。二人の右手には六原の持つ箒より一回り小さな杖が握られていた。

 突然現れた二人に、どうしよう。等と六原は悩む暇も無かった。

 考える前に目の前に現れた黒ローブの二人は跳ねる様に無言でこちらに迫ってきたからだ。だが、二人ともローブの隙間から微かに覗き込む視線は六原には向いておらず、背後の少女を見据えているようであった。


――やっぱり狙いは月島だよねぇ。


 月島の前に行く手を阻むように立つ。だが、左右から迫った相手は既に杖を振りかぶっていた。

 二畳ほどの距離はあっという間に詰り、二人の内、右の黒マントが先に右手で振り上げた杖を横に薙ぐ。

 棍棒のように振るわれた杖を六原は箒を右側に地面と垂直になるように構えることで防ぐ体勢をとった。


――フフフフ、コレぐらいの事はオレにだって出来るんですよ。さぁ、見せてやろう。オレの真骨頂。


 体に力を入れスグに来るであろう衝撃に六原は備えた。

 だが、六原は振るわれた杖の先端に小さな正六角形の魔法陣が描かれていたことに気が付かなかった。


 水色の魔法陣は箒と衝突する瞬間にガラスのように割れ、発動する。


「げぇ」

 

 思わず、喉から声を漏らす。

 六原が異変に気付いたのは箒から冷気を感じた時であった。その魔法陣は冷気を生み出し氷を生成していた。

 それはもちろん付近にある杖を箒も凍らせ、氷によって杖と箒を結合させる事など容易くできるほどであった。


「罠かよ!」


 ワザと目の前の黒マントは六原の動きを塞ぐ為に杖を振るったのだと気が付いたときには敵の思惑通りの展開となっていた

 箒が相手の杖とつながり、動かせなくなった隙を見逃すはずもなく左の黒マントが杖を握り締め、襲い掛かってくる。

 上段から振り下ろされる杖の先端には茶色の魔法陣が展開されていた。

 そして、六原には防ぐ方法が思い浮かばなかった。


「ちょ、いや、うわぁ……」


――あ、これマズイ、マズイ、マズイって。いやぁぁぁああ。スイマセン調子こいてましたんでその振りかぶった太くて大きい棒を僕の体めがけて振り下ろすのはやめてくれませんか。壊れちゃうよ、やっべーわぁ。ミスったはオレ。


 迫りくる杖にパニックになり、少し泣きそうになった六原は避けられないと思い激しい後悔の中、目を瞑った。


「駄目だよ」


 暗闇の中、月島の声が響く。


 ジャラリという金属の重々しい音が響いた。

 

 続いて耳にするのは六原が殴られた打撃音ではなく、低い男性の声であった。


「な、がぁ……」


 低くうめいた声が聞こえ、六原は瞑っていた目を開ける。

 視界に飛び込んでくる物体、それは銀色のマネキンのように六原は見えた。


 だが、実際は目の前にいた杖を振り下ろそうとした黒マントが一瞬で銀色の鎖に染められている姿であった。

 ジャラリという音が再び目の前からする。その音の正体は、瞬く間に黒マントの全身に巻かれた銀色の鎖。


 まるでミイラのように鎖のオブジェにされた黒マントは少しも動くことができないまま、前に倒れた。

 箒を凍らせた黒マントも六原もその一瞬の出来事に驚いていた。


 そして、その間を月島が逃すわけも無い。


「ふふ、遅いね」

「しまっ!!」


 気がついた時には遅く、抵抗する間もなく黒マントに鎖が襲いかかった。蛇のような動きで絡みつく鎖に瞬く間に身動きを封じられ、もう一人と同じように六原の近くにいた黒マントも倒れる。その為氷で繋がれた箒も引き寄せられ、慌てて六原は箒を手放す。


 なすすべも無く黒マントの二人を倒した月島の実力に感嘆しながら、見下ろすと六原は一息吐き緊張をほぐす。


「杖が折れても強いじゃないか」


 とりあえず、助かったのでお礼を言おうと振り返る。

 視線の先には六原の背後にあった本棚に移動し、昨夜見た魔道書のような本を開いている月島がいた。

 だが、お礼を言う前に、ジャラリという鎖の音がした。


「ちょ、え、何故に!?嗚呼、そんな所駄目だって!」


 強く縛られる感触がした時には簀巻きのように上半身に鎖が巻かれていた。


――あれーおかしいなー。オレ味方だし、そんな変な趣味は無いのだけどなぁ。つーか、これはなんだ。紅い光?


 他の鎖で巻かれている二人とは違い、何故か六原の胸元には仄かな光が灯されている。

 右わき腹と右腕付近の間、鎖でぐるぐる巻きにされ鎖帷子のようにされた辺りに紅い光りが洩れていた。


「六原さん、前!」

「はい?」

「歯を食いしばって」


 疑問より先に言われた通りに歯を食いしばる。

 その時、何かが目に入った。よく凝らせば黒マント達が現れた窓の外、住宅街の屋上から同じような赤い光が見えた。


 何だろうという疑問はすぐにどうでもよくなった。


 瞬く間もなく光は線のようにこちらに迫り、それが赤い光の弾丸だと認識する暇もなくズドンと轟音が外から響きわたった。


「ぐぁ!」


 六原の右側に衝撃が起きた。と同時に視界がぶれた。六原の体は一瞬の浮遊感の後、壁にぶつかった衝撃で目の前が大きく乱れる。


「ガッ、あ、あ」


 突然吹き飛ばされすぐさま全身を駆け巡る鈍い痛みに歯を食いしばる。腹を衝撃が襲い上手く息が出来ない。


 苦しさのあまり、咳のようにむせかえるが、思考はできていた。


 憶測と経験、そして想像からから何が起きたか分かった。痛みに耐えながら六原は月島に訪ねる。


「……ッ、魔法。遠距離魔法か」

「嗚呼、キミは今狙われているよ」


 マジかよ。と思いながら六原は息を整える。衝撃の割に痛みはそこまで酷くなかった。


 一瞬だが微かに先程見えた六原に迫った紅い閃光。

 おそらくソレは窓から見えた紅い光の場所から放たれた遠距離魔法じゃないのか。と六原は経験上推測すると同時に、何故、放たれる前に六原が狙われる事を月島が予想できたのかという疑問が浮かんだ。


 しかし、魔法の衝撃を受けた右腹部を見ると答えが浮かび上がった。

 未だ鎖に絡められたままの六原は月島に訪ねる。


「狙われているっていったよね」

「うん、そうだよ」

「それってこの紅い印が付いているからかね」


 記憶を辿るに放たれた魔法は六原と窓の関係上確実に正面から来たはずであった。しかし、結果として右側から弾丸のような魔法を受けた。

 六原は腹部を見る、鎖で巻かれた間からは信号機の様な赤い光が漏れていた。どんな模様かは分からないが、恐らくこの印に向かって紅い弾丸がくるのだろう。と推測できた。


「……うん」


 小さな声で月島は六原の推測を裏付ける。

 紅い印は先ほど杖を凍らせた魔法使いが放ったのだ。印が付いているのを月島が発見した為こうして鎖で防御する為、六原の体に巻きつかせたと六原は結論づけた。


――まぁ、原因が分かったからといってどうすることもできないよねぇ。つまり、この状況は詰んでいるって事かなぁ。嗚呼、どうしよう。


 壁に激突し、うずくまるようにして悩む六原に突然男の声が聞こえた。


「どうやら、これで終わりのようですね」


 パキパキとガラスが割れる音がする。


 振り向くと窓が割れて床に散らばったガラス片を踏みつけ一人のスーツ姿の男性が立っていた。

 メガネを掛け、奥の瞳は狐を思わせるような鋭さが印象的であり、どこか仕事ができそうなタイプだけど協調性が掛けていそうな男性だと六原は思った。


「誰だ、新キャラか」


 六原の言葉を華麗にスルーするとスーツ姿の男は跪き、月島に向かって手を差し伸べる。


「お迎えに上がりました姫」 

「聞けよ、オイ」


 見るからに悪役臭い格好をしているスーツ姿の男に向かって月島は微笑みかける。


「意外と早かったじゃないか。この世界で会うのは二度目かな、針沼」


 黙って、じっと針沼を六原は見つめるが決して視線を合わせず、針沼は月島の方を向いている。


「今日の襲撃した部隊は君の仲間だったかい」

「はい、申し訳ありません手荒なまねをしてしまいまして」


 言葉こそ謝罪を言い、笑みを浮かべる男性であったが誠意の欠片は何故か感じられない。


――何か、いらつくヤツだな。


 月島は問いを現れた男性に投げかける。


「……ワーさんはどうしているのだい」


 その質問に疑問を六原は覚え、つい口を挟んでしまった。


「あれ、ワーさんは買出しに言っているって書き置きがあったて言ってなかったか」

「アレは私がついた嘘だ」

「まじか! 普通に騙されたぁ」


 嘘をつくなんて、一体月島に実は何があったのかと聞こうとするよりも早く、針沼と呼ばれたメガネの男性は差し出していた手をメガネの鼻縁に添えると月島の質問に答えた。


「彼女なら安全に保護しましたよ。さぁ、姫よ。今宵戻り、あの国に正義の鉄槌を下しに、我らと共に……」


 そして、月島に着いて来る様にと手を差し伸べる。こいつ、かなり格好つけてるなぁと六原はぼんやりと思った。

 目の前で起こった光景を六原は説明を求めず、ある程度今まで関わった非日常的な実体験と法則から、予測できた。


「えーと、つまり、この目の前の男はレギオンのお偉いさんで月島を追ってきたって所か。それで彼らを撒く為にワーが囮になって、月島がオレに助けを求めたってことか」

「まぁ、大体そんなことだよ」

「……」


 六原が言葉を挟んだことにより差し伸べた手をまたもや受け取ってもらえず、やり場の無い右手を針沼はポケットに突っ込む。


「しかし、驚きました。お逃げになられたので何事かと思えばまさか彼に別れを言う為だったとは、お気づきできず申し訳ありませんでした」

「……嗚呼、そうだね。せっかく最後のお別れだ。もう少しデリカシーってものを勉強して欲しいよ。おかげで少し反抗してしまったじゃないか」


 助けを求めていたのじゃないのか。という疑問に思ったが、よく考えれば助けを求めるにしては悠長であったし、なによりワ―の事で嘘をつく理由もない事を六原は気付かなかった。


「そうですね。確かに少々紳士的ではなかったですね・・・以後、気をつけます」

「おい、最後のお別れって……」


 身を乗り出そうとしたが、鎖に絡まれてただベッドの上で暴れるだけであった。


「姫。貴方の使い魔も待っていますので、さぁ、行きましょう」


――それって、人質って事か。ワーを人質にし、月島にレギオンの元に戻ってくるようにと言いたいわけか。


「おい、月島。ムグッ!!」


 行くな。と反射的に言おうとした六原の口は猿轡のように鎖に絡まれた。


 突然の出来事に驚きながら、鎖を絡ませた月島から視線を外さない。


「ほい。はてひょ」


 だが、鎖が口に咥えさせられている為、上手く話すことができない。

 それでも鎖を噛みちぎろうとする六原に月島は振り向いた。


「というわけだ。六原さん」


 六原に語りかける月島の手には昨夜見た魔道書が淡く光りを発していた。

 月島が何かを口ずさむと鎖で新たに絡まれた六原とは対照的に襲撃者の黒マント達を拘束していた鎖は光の泡となり消えていく。


――おいおい。逆だろうが。


「君なら、もう状況は分かっているだろ」


 何故か、突き放した様な事なセリフで月島は本をそっと静かに閉じる。

 魔道書からは発せられていた光は蛍光灯のようにパッと消えたが、六原の全身を巻く鎖は消えずにいた。


「鎖は一時間ぐらいしたら消えるから、それまで我慢していてくれないか」


――嗚呼、何か分かったぁ。つまりお前はワーの身柄を引き換えにレギオンにまた戻ろうと思っているのか。ハハハ……ふざけんな。


 静かに、怒りが胸の内から燃え上ってくる。

 だから、人質を取られ、さらには目の前にいた男はいつでも狙撃される状況で役に立たず、敵に追い詰められた状況なら諦めて針沼の元に下るしかないは六原も内心理解していたが、叫ばずに入られなかった。


「ふはへんなぁぁああ!」


 ふざけんな。大声で叫んだがその言葉は伝わることも無い。というより鎖が口に咥えさせられているのでうまく話せない。

 暴れても虚しく、鎖は引きちぎれず擦れて肌が傷つくだけであった。


 ジャラジャラと耳障りな音が空しく部屋に響く。

 月島は完全に身動きが取れなくなった六原を確認すると針沼に向き直った。


「ねぇ、針沼、彼はここに置いていくからこれ以上の危害は加えないでくれないか」

「しかし、彼は我々に敵意を持っているようですが」

「彼は魔力の無い無能だよ。来ても死ぬだけだ。それに、もう、今晩には元の世界に戻るのだろ」


 針沼はどうするべきか少し考え、月島の言葉に従うことにした。


「分かりました。ですが、次に目の前に現れたときは敵とみなしますので・・・」


 後半は月島ではなく六原に聞かせるように言う。


「では行きましょうか」


 針沼は再びポケットから手を取り出す。


「嗚呼、そうだね」


 月島はようやく針沼の手を取った。するといつの間に取りだしたのか彼の左手に握られていた小柄な杖が怪しく光り、丸いかたまりの光がとぷりと床にしみ込んだ。

 同時に彼女他の足元に先ほど見た魔法陣が、転移型の魔法陣が成形された。


――て、待て、待て待て!?まだ、諦めるには早すぎるだろうが。


「ふぉい、ふぉい!」


 体に巻きつく鎖を引きちぎろうと必死の形相の六原に月島は振り向き言葉を放った。


「言い忘れていた、さよならだ」

「ふはへんなぁぁあああ!!」


 暴れる、力の限り暴れるが鎖は一向には外れる気配はなくただ手足を食い込ませる痛みだけが伝わる。


 手を繋ぐ月島と針沼の足元に黒マントの二人は杖をかざし魔法陣が光りを一際大きくする、それが発動の合図であった。二人は転移型の魔法陣の力によって光に包まれ消えていく月島に六原は吼える。

 鎖が口に食い込んだのか、苦々しい血の味がジワリと口内に感じ始め、唇の端がヒリヒリと痛みを訴える。


 彼女を呼び止めようとする言葉は鎖に阻まれ依然として届かないこと等知っているのだが、それでも叫ばずにはいられない。行って欲しくないからだ。


 抵抗する六原を一瞥すると、何か聞いたことの無い言葉を月島が言う。その言葉に黒マントの一人が黙ってうなずいた。


「キミは中々面白かったよ」


 必死に止めようともがく六原に対し、無情にも振り向いた月島は薄く微笑み、六原に静かな一言を放った。


「けど、うるさい男は嫌いだよ。」


 何故だか、その嫌いという言葉よりも彼女の表情に、何故か浮かべる笑みに苛立ちが湧き上がる。


 怒りと同時にどこか心に穴が開いた。

 それが嫌いと言われたショックだと六原自身が理解する前に二人の黒マントのうちの一人が近づいた。彼はそっと六原の首筋に杖を当てる。

 何が起きるか大体予想できる。裏付けるように月島の声が聞こえた。


「だから、しばらく黙っていてくれないか」


――チョット待てよ。こんな、こんなバッドエンドで終るわけにはいかないだろうが。マジですか、ちょ、勘弁してください。


 叫ぶのをやめ、必死に鎖と引きちぎろうと暴れるが鎖はほどけることも無く。


「さよなら、私のヒーロー君」

「へ?」


 バチリという静電気のような音が耳に反響しながら、六原はぶつりと意識を失った。

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