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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
12/47

どうすっかなぁ

*騎士とメイドの物語 07*



――フフフ、カッコいい男は何も言わずに去っていくものさ。


 早朝、普段より早めに起床した六原は昨夜の内に受け取っていた学生服に着替えた。服を脱ぎ、シップの様な札をはがすと未だ傷口は疼くが六原の目にはナイフで刺された傷は後かたもなく消えているように映っていた。


 背中にナイフが刺され、穴だらけになっていると思っていた制服はワーさんの手芸テクニックによって傍から見れば穴等無かったかのように修復されていた。


 本当に家政婦みたいな使い魔である。

 調べて見た所月島の様な使い魔は、元々いた生物と契約する事で高い知能などを持ち、人間のような思考や器用さをもつことができると分かったが、てっきり戦闘に特化しているかと思っていたので手芸や料理ができる等というのは予想していなかった。


「おや、もう行くのかい」


 着替え終わり。玄関に行く為にリビングを出ると廊下の別の扉が開き割烹着姿のワーさんが現れた。


 やっぱり、ワーさんにはバレるか、と何となくこの展開は予想できていたが、出来れば月島と会いかったがそれは言わない約束である。


「ええ、お世話になりました。後ご迷惑おかけしました。」


 迷惑をかけたというのは昨日の空中飛行に対してのことも含めている事は言うまでも無い。


「別に気にしちゃいないよ。お前、主に挨拶はしていかないのかい」

「カッコいい男は何も言わずに去るものさ」


 本当の理由を上げるとするなら、今だ寝ているであろう少女の部屋に入って声を掛けようとするのは緊張したのでやめておく事にした。


 そんな六原の内心を見越したのかワーは短い溜息を吐いた。


「ああ、そうかい。でも、書置きぐらい残していくんだよ」


 サラリと照れ隠しに言った六原の妄言をスルーするとワーはキッチンに向った。


「……了解です」


 そっけない返信に寂しさを感じながら仕方なく六原もリビングに戻り、テーブルの横においてあったメモ帳とペンを貸してもらう。

 まず、今日から学園に通うので教科書等の準備があるので朝早くに帰る事と、貰う予定であった箒は今日学校から帰ってきてからもう一度家を訪ねるからその時にでも受け取るから、もし、都合が悪いのなら学校にいる間にでも連絡してくれと電話番号を最後に書くと六原はペンを置いた。


 辰野との戦闘で結局教室に鞄は置きっぱなしであった為、変わりの鞄を思っていかなければいけないと、考えているとキッチンの方から声を掛けられる。


「ほら、これもっていきな」


 ワーの声に振り返ると何かが飛んできた。ふわりと放物線上に飛んでくる何かに慌てて受け取ろうとするが間に合わず、顔面に温かい何かが当たった。膝の上に落ちたそれを見るとラップに包まれたおにぎりであった。


 丸く固められたご飯にのりで巻かれたおにぎりは先ほど作ったのだろう、まだ温かかく手のひらサイズの物が三個ほどビニール袋でまとめられていた。


「ワ―さん、これは?」


 六原はおにぎりを手で持ちながら、ワ―を見る。

 ダイニングとキッチンとの間のカウンターの先、朝食の準備をしながらワーはぶっきらぼうに言った。


「……朝メシ食べてないんだろう。ちょいとご飯を炊きすぎてね。帰り道にそれ食っていきな」


――ワーさん、貴方が婆じゃなかったら嬉しさのあまり抱きしめていましたよ。


「気が向いたらいつでも来な」

「はい」


 何故だかツンデレという言葉が浮かびあがったのは気のせいでだろうなぁ、と思いながら六原はお礼を言って頭を下げた。

 その後、部屋を出る前にワーさんからこの辺りの簡単な地図と場所を教えてもらい、大体の帰り道の見当が付いた六原は魔女の家から出ていった。

 何故か去る際に寂しさを感じた事は恥ずかしいので六原は心のうちにしまって置く事にしておいた。




 ガッタンゴットン、嗚呼、良いリズムで電車が動いている。

 自宅に向かう為の帰りの電車、座席に座るオレ。右手にはワーから貰った地図とおにぎりや使った着替え等が入った紙袋が提げられていた。

 電車に乗る際に早朝のラッシュで座席には座れないものだと思っていたが、意外に人は少なく座席に座ることができ、今はこうして人目をはばからずにおにぎりを食べているわけであった。


 しかし、ウメーな。このシャケおにぎり。

 程よい塩加減のご飯、香ばしいシャケの香りに満足しながら、ワーさんに感謝しつつ無邪気におにぎりをほおばる。


 窓際に移る朝日に照らされる建物の景色と静かで電車の揺れる音しかない穏やかな雰囲気、オレは別段やることもないので再び月島について思考をめぐらせる事にした。


……最近この事しか考えてなくないかなぁ。まぁ、いいけど。


 さて、話を戻そう。

 何故、オレに助けてくれてと言ったのか。彼女には仲間がいないのか。そして、不意に彼女の笑顔を思い出した。いや、何故思い出した。


 ああ、もう、何故かイライラしてオレは頭を掻く。

 笑顔は置いておこう。しかし、今までの内容を聞くに月島にはまだレジスタンスの仲間がいるはずだ。

 ならばどうして、助けをオレに求めたのであろうか。仲間に頼ったほうが楽で安心できるんじゃないのか。


……正直いまいち月島という少女の行動が良く分らない。

 

 彼女自体少しつかみどころの無い少女である為なのかは分らないが、彼女が一体オレに何を期待しているの分らなくなってきた。

 今となっては月島が言った、救ってくれ。と言うセリフに真実味をもてないぐらいだ。

 まったくもって、頭が痛くなる。この件に対する考えがまとまらない。


……ふむ、しかし、このおにぎりおいしい。


 またもや思考は関係ない方向に転がったところでオレは短い溜息を吐いた。

 やっぱり、考えても解決できそうにも無いよねぇ。


 よし、探偵気分はやめよう。

 名探偵のように真実を推理することはやめ、次のおにぎりを食べようとビニール袋に手を突っ込んでみたが見つからない。袋の中を覗き込んだが中は空であった。どうやら、貰ったおにぎりは全て食べてしまったみたいであった。


 さて、コレからがオレの活躍になるといいけど。

 そこまで良くない頭を使い、オレは最後に考えを無理矢理まとめる事にした。


 家に帰って学校にいく。そして、学園で辰野と会い、話し合いに持ち込み、何とかして、月島を見逃してもらうようにしてみる。もしくはどうすれば、狙わないでもらえるか解決方法を模索する。


 後は帰りに月島の家によって、魔法の箒を貰えばハッピーエンドって所か。

……うん、どうしようもないほどパッとしない方法だよね。

 できれば、辰野をボコボコにして二度と近寄らないようにしてやるのが物語の筋って所なのかもしれないけど、それじゃあ、暴力で解決しているみたいで悪役じゃないかと思うので、却下。

 

 とりあえず、今は学校に行くまでに辰野の説得方法を模索しよう。

 おにぎりはなくなってする事がないのだ。仕方ないだろう。

 それに寝起きの頭にはちょうどいい運動じゃないか。等とカッコつけた考えが自然と浮かびながらオレは最後の悪あがきの為にケータイを取り出した。





そんなこんなで、久しぶりの学園。ほぼ無断で休んだ事に対して色々と皆からからかわれ、心配も一応少しはされたりはしたが、概ねいつものことであった。


 休んだ理由を聞かれた際には、正直に言ったら頭の病院に直行されそうな夢のよううな展開に巻き込まれて、体がボロボロになったんだぁ。と言うと皆納得してくれた。皆さん本当に適応力高いよね。


 まぁ、今回はいつもみたいに自宅療養ではなく、女性の部屋で看病してもらったことは「妄想ですね。」と一同から言われ信じてもらえなかったがね。


 辰野も一応学園には来ていた。もっとも、オレに話しかけてくることは無かった。


 だが、朝に打ったメールはキチンと辰野から返信されていた。

 放課後この校舎の屋上で話があるというメールに対して、たった一言「分った」という短い返信。それだけで、放課後まで話す必要をオレもあまり感じず、いつも通り普通に授業を受け、いつも通りの少し変わった学園生活を過ごし、あっという間に放課後になった。

 

 その間に月島に連絡を入れてみたところ、今日はワーと買い物に行く日であったので少し遅くなってから家に来てくれとのことであった。

 

 できるなら一緒に帰るというラブコメのようなイベントをしてみたかったのだが、と少し残念に思ったことは恥ずかしいので伏せておく。

 さぁ、まずは辰野の説得の為、待ち合わせの場所である屋上にオレは向かう事にした。






 昼間とは少し違った冷たい風が吹く屋上。六原は月島と初めて会った時と同じように片隅にあるベンチに座っていた。


「早く来ないかねぇ、辰野」


 先に教室を出て辰野が来るのを待っている六原は一人呟く。学園の屋上はいくつかあるがこの校舎の屋上は普段からあまり使われていないので今のところ六原しかいなかい。

 なので、内密な話ができる事に適していた。


 背後からで甲高い音がした。

 錆びた為、少し開きにくく重い扉の動く音に六原が振り返るとドアの中からちょうど辰野が顔をのぞかせていた。その肩には以前見たことのある小さめのゴルフバックのようなものを担いでいる。

 おそらくそのバッグには、月島との戦闘で使った光る刀身の剣が入っているのだろうと六原は素早く推測した。


――できれば、そういった武器系は持ち込んで欲しくなかったんだけどね。今、戦闘になれば間違いなくオレには勝てる見込みが無いぞ。


「よう。怪我は大丈夫なのか」


 言葉少ない挨拶をしながら辰野の正面に立つ。投げかける辰野の視線は普段よりも威圧的であった。


「魔女の手厚い看護のおかげでね」

「……ほぉ、そいつは良かったな」


 行っていること裏腹に辰野を見れば無言で怒りを溜め込んでいるようであった。


「なんつーか、すごく怒っている?」

「当たり前だろうが、いきなり現れて俺達の邪魔をしてくれやがって」


 辰野は吼えながら、素早くバッグを置きジッパーを開けると手を入れる。


 いきなり戦闘か。と表情は出さず、内心冷や汗を掻く六原の目の前で辰野は中から白い鞘に包まれた一本の剣を取り出し立ったまま腰に携えた。


「ちょっと待て、こちとら丸腰だぞ」


 情けないぐらい条件反射で両手を上に六原は挙げた。


「聞くが、お前は敵か?」

「コレはイエスと言えば斬られるのかな」


 手を挙げたまま慎重に答える六原の返答に絶つのは鼻で笑った。


「ハンッ、そんな辻斬りみたいな真似はしねぇよ。ただ、いきなり襲ってくると困るからな」

「それは良かった」


 どうやら向こうは警戒の為に持っているだけらしく六原は一先ずホッと安心した。

 冷静に考えると六原の知る辰野に限っていきなり襲ってくることは無い。無愛想で乱暴な言葉遣いだが辰野 昴は正々堂々が好きな良識人であるのだ。

 

 だから、辰野は本気で六原が油断した辰野の寝首を狙おうとしていると思っているのだと、六原は想像していた。


「いや、オレの事良く知っているだろ。いきなり襲い掛かってくる真似はしないよ」

「……おい、いつものお前ならやるから困るんだろうが」

「人を外道みたいに言わないでくださいね」


――しかし、いきなり剣を出してくるのは驚いたが、確かに最後にあった出来事から思えば敵討ちしてきそうな感じだよな。まぁ、ここで油断した辰野を月島の仇だ!などと言いつつ不意打ちまがいに襲い掛かってもかっこ悪いからやらないけど。それに勝てる気がしないし。


「いいから質問に答えろ。テメェは敵か」


 さて何と答えようか。

 等と少し悩んでみようかと思ったが結局はいつも通り、会話術等のない正直一直線、本音のぶつかり合いのような会話をするしかないのかと結論をつけると六原は辰野の問いに答えた。


「あー、お前の敵かと聞かれてもちょっと、良く分らんが、少なくとも月島の手助けをしたいと思っているね」

「あいまいな回答だな、オイ」

「正直に言うと辰野達が月島を襲ってこないなら敵にはならないと思うよ。質問は以上かい」

「いや、後もう一つ。お前は俺達の事をどこまで知っている」


 辰野の問いに六原は話す順序を考えた後、知っている限りのことを話す為口を開いた。


「辰野 昴。約1年前にレジスタンス、レギオンに対抗する為に異世界から召還された騎士だろう。魔法の国では英雄とまで言われているらしいね」

「良く調べているじゃないか」


 ここまでは魔法の国では良く知られている情報であった。

 そして、ここからは魔法の国でも限られた人しか知らない情報であった。

 その調べ上げた裏事情を、六原は何でもないように言う。


「後あのメイドがキミの監視役って所かな」

「オイオイ、なんで味方のアイツが監視役だと思うんだよ」


 とぼける辰野に六原は調べた情報を纏め上げ、足りない部分は憶測で繋ぎ合わせて答える。


「あのメイドが辰野の師匠で、魔法の国の王女の側近だからかな」

「……答えになってないぞ?」

「え~、またまた、分っているくせにぃ」

「あぁ!」

「……スイマセン、キチンと説明しますから。怒らないでください。泣いてしまいます」


 ギンと睨まれた勢いで早々と謝ると六原はすぐさま説明を開始した。


「ここからは憶測になるけどね。まず、普通に考えて、どうして魔法の国は異世界の騎士に頼ったのだろうと思ったのが始まりかな。だってそうだろ、一応『国』なんだぜ。軍の様なものの一つや二つあるはずだ。それなのに何故ってね、それは……」

「六原……話が長い、全力で巻いてくれ」

「うぃ」


 せっかく名探偵気分を味わっていたのにな、と少し残念に思いながらも、六原は話の要点だけをすぐさま纏め上げる。

 調べた限り。一年前の辰野スバルはこの学園では無愛想な為か、少し学園の皆から怖がられていたがそれ以外は普通の人であった。


 では何故、異世界の騎士として選ばれたのか?


 もしかしたら、辰野の両親が元異世界の騎士などで血筋があったのかもしれない、もしくは、只単に驚異的な素質を持っていたのかもしれない。だが、いくらなんでも違う世界で救世主を探すより、その世界に元々住んでいる辰野のような素質があるものを見つけて鍛えたりするほうが妥当ではないのか。


 調べ上げた情報から考え出された結論はたぶん辰野は必然的にではなく、偶然異世界に転送されて、勝手に異世界の騎士として祭り上げられたのではないのか、であった。いきなりの異世界に戸惑い周囲に知り合いもいない人物に手を差し伸べ。祭り上げたほうが操り、騙し易いのではないのか。


――まぁ、ある程度昔話に合うような人物を向こうも絞っていたと思うけどね。


 魔法の国に伝わる、悪を滅ぼし正義の象徴とされる異世界の騎士。異世界から現われると言うことがまるで神様が魔法の国を守っているかのように感じさせる。

 その異世界の騎士が魔法の国を守るために現れたとなれば、どう見ても魔法の国が正義となるのではないのか。


「つまり、異世界の騎士って言うのが魔法の国をイメージアップする為の飾りみたいなものなのだろう。だから、ある程度素質があるなら誰でもいいんじゃないのかな。そして、只の一般人を英雄に仕立て上げ、後は英雄を操り人形のようにすれば国はより民衆から慕われ強固となるって所かな。そして、英雄とされた君の手綱と戦う為の力を与えてくれたのがあのメイドって所か」


 飾りとはいえ、ある程度活躍しなければいけない。その為の師範、また、辰野が裏切らないように監視しているのがあのメイドだろうと六原は結論付けた。


 そして、メイド、辰野がレイさんと呼んでいた少女を調べて見たのだが、異世界の少女の素性等、一般のオレには調べることが難しくかった。


 最終的に、一度家に帰った時に泣く泣く姉の御用達らしい探偵に連絡をとり、ありったけの金と引き換えに調べてもらった。探偵から貰った調書からはレイと名乗る少女はあちらの世界でも素性等が詳しくなく、辰野の監視に付く前は只魔法の国の王の娘、姫の元護衛だったことが記されていた。


――まぁ、メイドさんは元王女の護衛をするぐらい王に信頼され、実力もあった。だから、恐らく辰野の護衛と監視を同時に行っていたのじゃないかって思ったんだよね。


「といった感じだが、大体、当たっているだろうか」

「大正解だよ。バカ野朗」


――意外とあっさりみとめてくれて助かるねぇ。


「そうかい。まぁ、オレが知っていることはコレぐらいだがね。そして、コレが本当なら、もしかして辰野は自分の意志でなく動いているのか」

「……」


 辰野は何も言わなかったがその沈黙が肯定だと六原は感じた。間違いなく辰野を動かしているのは魔法の国の王に間違いない。そして、王の命令の元に動いているということは逆に言えば辰野の意志はほぼ無いということだ。


 答えない辰野に説得できる余地はまだあると踏んだ六原は言葉を投げかけた。


「なぁ、辰野」

「何だよ」


 率直に聞く。


「月島をどうしたら見逃してくれる?」

「それは無理です」


 率直に返された。


――コイツに敬語で言われるとか、マジで無理なんだろうな。さて、どうしようかね。


 思いっきり無理だという意思表示をされたのでどう切り替えそうかと悩むがいい言葉が浮かばない。必死に回転させる頭の中で、ふと、月島の顔が浮かんだ。

 そして、何故か昨夜の月島の言葉が響いた。


『……無理だよ』


 その言葉通りの結果になることに悔しさがこみ上げる。


――ッ、嗚呼、もう、ふざけんな。


 あがいたところで、良い切りかえしのセリフや目の前の人物を動かすような行動が思い浮かばない。

 びっくりするぐらいのいつも通りの展開であった。

 だからこそ、六原は何も出来ないことが歯痒かった。


――といつもはなるだろうけど今回はもうチョット齧りついてみましょうかね。理由ぐらい聞いてみようじゃないか。頑張れ!自分。


「とりあえず、理由を聞きたいけど」

「理由かー」


 頭に手を当て面倒そうに辰野は理由を話す。


「どうせ、月島のことも結構調べいるのだろ」

「まぁねぇ、ある程度かな。例えば彼女がレジスタンスの象徴とかぐらいかな」

「……ずいぶん調べているじゃないか」

「といっても、大まかに調べたぐらいだからね」

「いや、それより、それでもお前は協力しているのか」


 驚いたような顔で問い掛ける辰野が何を言っているか意味が分らず、六原は不思議そうに思った。


「うん?なんでだ」


 理解していない返答に呆れたように辰野は溜息をついた。


「あのなぁ……まぁ、良い。先にお前の問いに答えよう」


 異世界の騎士は己の敵である魔女について語った。


「彼女は、今は月島と言ったか。あいつはレジスタンス、レギオンの象徴だ」

「ソレは知っている」

「まぁ、正確には違うがな」

「……違うのか」


「正確にはもし革命が上手く言った時に次に王となるあの世界の器、つまり血筋を持っている者であると言うことだよ。だから、レジスタンスはただの村娘である少女が王の隠し子と知り、少女をレギオンの象徴として扱った」


 へぇ、そんなことがあったのかぁ。なんかありきたりな話のようだな。と六原は思ったが、少し違和感があった。


――何かおかしいよな。それではまるで月島はレジスタンスの象徴になったのではなく、させられたと言う風に聞こえるじゃないか。……いや、まさかねぇ。


 六原は気が付いてしまった。昨夜聞こうとし、結局言える事ができなかった月島の質問。レギオンには今は属していないって本当なのかという事。

 そして、それが本当なら。彼女は、月島は、


「おい、それって」


 答える前に、辰野は感情を押し殺すように淡々と六原に言葉を浴びせた。


「魔女はレギオンから逃げ出し、レギオンも魔女の身柄を確保しようとしている。つまり、彼女はあの世界では敵だらけということだ」

「なら彼女は被害者じゃないか。何故王国は救おうとしない」


――分っている。分りきった回答が返ってくるのは分っている。だけど、少しでもあがきたい。


 魔女が大罪を犯している。という予測できた回答は想像通りに返ってきた。


「魔女は、レギオンが潰される前に王の手厚い加護を受けていた二つの村で虐殺、略奪をしたのだよ。女、子供も問わずの皆殺し。そして、ソレは魔女自身の手で行ったもの。そこに彼女の意志が無かったとしても、王国としては民を傷つけた魔女を裁かなければならないのだよ」


――嗚呼、やはり人を殺したのか。


 それも一方的に虐殺の様にだろうと六原は思った。

 内心は月島が人殺しという事は予想でき、今まさに裏付けが取れたが、いまひとつ実感がわかないでいる。


 けれども、辰野の言葉でようやく昨夜の疑問に対する納得いく答えが出てきた。


――そうか。彼女の味方はいないのか。だから、いろいろの問題に巻き込まれながらも誰とも深く関わっていない脇役のようなオレに頼ったのか。


 レギオンからは体の良い人形として扱われ、王国からは命を狙われる。要は知り合いが全て敵しかいないこの状況で頼れるのはもはや赤の他人にしかなかった。その中である程度戦力になりそうで協力してくれそうなのが六原であったというだけ彼女は六原に救ってくれと言ってきたのだろう。


 見ず知らずの人に頼ってしまう。それほどまでに追い込まれていたのだろうか。


「だから、彼女が諦めたところで意志など関係なくレジスタンスが必ず彼女を連れて帰る。彼女は象徴なのだから。そして、その前に王国は彼女の身柄を確保しようと考えている訳だ」


 辰野は語り終える。


 疑問は晴れたが問題が出来た。まさしく四面楚歌といったこの状況でどうすればいいのか、月島が狙われなくなるまで守れる力がオレにあるとは思えない。交渉するにもレジスタンスと王国、どちらも納得のいくように諦めさせるのは難しそうである。


「おい」


 考えがまとまらず、視線を逸らし悩む六原に辰野は呼びかけた。


「それで、これからお前はどうするんだよ?」


 具体的な案は無い。

 ここまで難しい状況とは六原は思っていなかった。

 けれど、六原は辰野を正面から見据えはっきりと言う。


「助けてくれと言われたので助けようと思う」


 そうか。と短く言うと辰野はフェンスにかけたバッグを拾い上げ、地面に膝を付けると剣を中にしまう。

 再びバッグを肩に掛け立ち上がるとベンチに座る六原を見下ろすように顔を向け、口を開いた。


「じゃあ、お前は俺達の敵だ」


 睨む辰野に対して、六原はいつものように緊張感の無い笑みを浮かべた。


「そうだな。お互い頑張ろうなぁ」

「次に会った時は敵だ」

「了解。お手柔らかに頼むよ」


 挨拶のように手を振りながら気軽に答える。その反応に辰野は何故か怒声を上げる。


「オイ、いい加減にしやがれ。場が締まらねぇぞ」

「いやいや、いつものことだろ」


 ソレもそうだなと小さく辰野は笑い。六原もにやりと笑みを浮かべた。


「……けど、いいのか。今襲ってこなくて」

「馬鹿ヤロウ。いきなり襲い掛かるなんて卑怯だろうが」

「……やっぱり、お前良いやつだよね。メイド好きだけどな」


 あぁ!!メイド好きで何が悪いんだよ!?と低くこみ上げるような声を出す辰野だが照れているのか頬が少し赤みを帯びていた。


――このツンデレメイド好きが!!男がデレてもうれしくないからねぇ。どうせなら、お前のメイドさんがデレればいいのに。


 と六原は思ったが、言ってしまえばその場で収まったはずの戦いが始まり、確実に六原がボコボコニされて終わるのは分かっているので胸にとどめておいた。

 全く、と小声で悪態をつく辰野は息を短く吐き気分を整える。


「おい。一応気になったから聞きたいが、どうしてそこまでして彼女に関わる。どう考えてもお前の手に余るものだろうが」

「手厳しい意見ですねぇ。確かに、少し荷が重いです。けど、オレはやるよ」


 自信満々に口端を吊り上げ質問に自信をつけて答えた。


「だってさぁ、これで助けたらヒーローじゃないか」


――ふふふ。今度こそオレ決まっている。カッコいい!?


 内心、自分の決め台詞に酔いながら六原は月島の表情を伺う。きっと、オレに見惚れているに違いないと予想した辰野の表情は完全に予想を裏切る形となった。


 目の前でつまらなそうに酷く呆れた表情の辰野は溜息を一つ吐いた。


「お前なぁ。魔女のことをそこまで分かっていながら彼女を救えばヒーローになれるなんてまだ考えているのか?」


 何を当たり前な事を。六原は当然のように答える。


「当たり前だろ」

「馬鹿野郎! ……違うだろうが」


 はっきりとした声で辰野は六原に言い放つ。


「ソレはヒーローじゃない」


「……ぇ」


 頭の中が白く染まった気がした。

 今までの六原の考えを全て一刀両断するような簡潔な否定。

 予想外の返答に少し頭が止まったがすぐに否定に対するわだかまりができ六原は辰野のセリフに喰い付いた。


「じゃ、じゃあ、オレは何だって言うんだよ」


 その先の答えが怖くなり唇が震える。悲痛に声を上げる六原に辰野は落ち着いた口調でゆっくりと説明する。


「お前の行動はヒーローじゃない。あの異世界でレジスタンスの象徴、魔女を救うって行動はな!」


 静かに正義の象徴とされた騎士、辰野は六原にとって予想通りの聞きたくないセリフを投げつけた。


「只の悪だ」


 とても大切なナニかがガラガラと崩れ落ちた気がした。


 嗚呼、理解できる。その答えはきっと正しい。

 世界に反逆の狼煙をあげた彼女のような重罪人。彼女を敵として捉える周囲の期待とは逆に彼女を救う為、周囲に反逆と考えられる六原の行動は、思いは、

 周囲にとっては只の駄々をこねる子供にしか見えない。


 深い罪悪感か、それとも、今までの努力が無駄だと思い知らされたのか。胸のうちに重りを落とされたような不思議な感覚に襲われる。


「……嗚呼、そう、だよな」


 六原は平静を装いつつ途切れ途切れに六原は声を出した。

 普通に考えれば、六原としても自分勝手に誰かに迷惑をかけ、悪役のような存在に自らの意志で手を貸すことは只の悪役だ。


 どうして気付かなかったのだろう。


 熱が一気に冷め、気分が一気に沈んでいく。

 今に思えばヒーローになりたくて必死だったからなのか。だから疑問に思わなかったのだろう。

 目の前でがむしゃらにして頑張っていればいつかヒーローになれるなんて考えは、いつしかまったく逆の悪役のような行動に六原を駆り立てられていた。考えがまとまらず、六原は何も言えなかった。


「……やっぱり、自分で気付いてなかったのか」


 小さな舌打ちの後、辰野はバッグを肩に担ぎなおし背を向ける。


「いいか、分ったなら、もうあの魔女には関わるな。それと、もしまた、お前の身が危なくなったらオレを呼べ。……助けてやるから」


 頭を片手で掻きながら最後の言葉は小さく言うと辰野は屋上の扉を開け出て行った。

 一人残る六原は返事も出来ず只俯いていた。


 風の勢いもあり乱暴に扉が閉まる音だけが耳に響く。

 再び周囲には風音と下では部活動にいそしむ学生の声が聞こえるのどかな雰囲気になった気がしたが、六原は力尽きたようにベンチに腰を下ろすと放心したようにその場から動けなかった。


 何かが狂った気がした。歯車がかみ合わないようなもどかしさがこみ上げる。

 自然と自分の両手が強く拳を握っていき、その手は震えていく。

 そして、うつむき表情は良く見ないでいた六原は右手を高く振り上げ、ベンチに拳を叩き込んだ。


「何でだよ。……何で、オレが」


 ガツンと八つ当たりに殴ったベンチの板は壊れることは無く、鈍い痛みだけがこぶしに残っただけであった。


 感情が入り乱れ爆発しそうである。自分でも冷静にいられない。頭の中が真っ白になる。


「はぁ、ふぅ……」


 ゆっくりと呼吸を整え、目を瞑る。

 

 十分程経ったあたりでようやく呼吸が落ち着く。しかし、依然として胸の中にぽっかりとした大穴を開けられた気分はなくならず、現状も変わらない。


「さて、……どう、すっかな」


 酷く弱々しいかすれた声は風音にかき消され、その問いに答えるものは屋上にはいるはずもなかった。


「どう、すっかなぁ」


 再び口にした空しいセリフは周囲の喧騒に消えていった。





 そこから先の出来事は六原の頭にはあまり残っていない。

 六原は辰野との話し合いの結果を月島にすぐに伝えることなく気が付いたら教室に戻っていた。先に戻っていた辰野は何事も無かった様子で放課後残っているクラスメイトと会話をしていた。


 六原はいつも通りには程遠い状態で荷物をまとめ、重たい足取りを引きずりふらふらと教室を出て行った。六原のおかしな様子に何人かが気付き心配してくれたがその声は耳には入らず、代わりに背後で談笑する辰野の低い声が何故か良く聞こえた。

 

 あまり、何かを考えたくなかった。

 そんな空っぽの頭の中では一つの疑問しか浮かばない。

 このまま、救うのを手伝うか。諦めるか。

 だが、いい答えが浮かばない。

 彼女を救う理由が無くなった。というより彼女を救うことが正しいことか分からなくなっていた。


――オレはヒーローになりたいんだ。悪役なんかではなく。


 誰もが、本人でさえも救ってもらおうと思っていないかもしれないのに救うことはヒーローとして間違っていると六原は思った。

 けど、道徳的には彼女を救ってやりたい自分がいる。

 しかし、彼女を救う方法もなければ、やる気もおきない自分がいた。


 どうすればいいのか。

 自分自身に叱咤しながら。六原は自宅に帰ることにした。何もする気が起きない。今日はゆっくり休もう。

 靴を履き替え玄関に出る。


「やぁ、六原さん」


 声を掛けられ振り返る。正面玄関の先にある大きな門の壁に寄りかかるようにして、一人の少女が手を振っていた。


 六原は思わず、頬を引きつらせる。


 今日、連絡を取った際は放課後はワーさんと買い物に行くのでその後家に来てくれとのことだったのだが。

 何故か疲れ果てたように少し顔色が悪い彼女に六原はぎこちない手つきで手を振り返す。

 体調でも悪かったのだろうか。しかし、今の自分は目の前にいる少女に何を言えばいいのか分らない。辰野との話し合いを聞かれるのが怖かった。

 何と答えたらいいのか。何度も頭の中で問い直しているのに答えが出ない。

 月島はゆっくりとした足取りでこちらに近づく。


 言うしかないのかと未だ悩む六原に月島は声を掛けた。


「今日は箒をとりにいく約束だったじゃないか」

「え……ほうき」


 予想外の質問。そういえばそんなことあったな。と思いだした。


「嗚呼、そうだったな」


 辰野との話し合いの事ではなく。ホッとしたが、どの道、遅かれ早かれ結果は言わないといけないのだ。そう思い。半ば無理矢理腹を括る。


――よし、覚悟完了。


 そして、目の前の月島を見て、話す覚悟を決めた六原は諦めたように力なく言った。


「じゃあ、行こうか。あまり時間も無いことだしね。」


 まずは、月島の家に着いてから今回駄目だったということを正直に言おう。その後のことは少し、色々時間がかかるかもしれないが何とかしよう。けど、彼女を助けることは悪なのじゃないか。という疑問が頭の中を駆け巡り、混ざり合いながら六原の頭は一つの結論を出す。


――彼女の本心について聞こう。


 我ながら名案だと六原は思った。

 思えば自分の事ばかりしか見ていなかった。


 月島がこれからどうしたのか、どうすれば救われたと思うのか。まずは、それを聞き出すことから始めよう。まだ時間はあるはずなのだから。


「ほら、置いていくよ」

「お、おい」


 これからの事を無理やり前向きに考えつつ六原は先を歩く月島の後を急いで追いかけた。

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