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脇役謳歌~できそこないヒーロー  作者: uda
*騎士とメイドの物語*
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レギオン

 *騎士とメイドの物語 06.5*


 その日の早朝は肌寒く。どこかでスズメや鶏が鳴いていそうなぐらい日常的であった。


 瑛集学園がある市、天文市。広い市であるが為に東西南北中央の五方向で、建物の傾向が大きく偏っている。

 様々な学園や住宅街等の居住スペースが密集する西側とは違い。南側には幾つものビルや工場が立ち並んでいた。

 中でも南側地区の中心には朝日の光を隠すには十分な程の高層ビルが数多くそびえ立っている。


 竹林のようにコンクリートから生い茂る高層ビル達の中の一つ。建てられたばかりなのだろうか真新しい白い壁、鏡のようなガラスが貼られた二十階ほどもある建物がある。正面玄関には観葉植物がいくつか植えられており、向って正面玄関横には大きな銀色の看板に「有限会社マギクセキュリティ」と社名が記されていた。


 十五階「会議室」。

 長机が綺麗な線のように長く横につなげられ四角状に並べられており、机を囲むように一つの机に椅子が二つずつの均等な間隔で置かれている。

 電気をつけていない為か、窓のないこの部屋の中は薄暗く少し不気味な雰囲気であったが、会議室には夜明け前の時間帯にもかかわらず大勢の人が座っていた。いずれも皆スーツ姿や白衣の姿の男女であり、早朝から呼び出されたのか何人かは眠たそうに目蓋を手で擦っていた。


 そして、誰もが座り部屋にある壇上を見上げる。視線の先には白いスクリーンを背に一人だけ立つ男性がいた。


 三十手前であろう少し細身の男性はきっちりとした高級スーツに身を包み、四角いメガネを掛けている。その鈍く光る銀縁メガネの奥にある瞳はまるでナイフを思わせるように鋭く、動物にたとえるなら狐のような印象を与えさせる。


 じろりと男性は周囲を見渡した。


「フン、全員揃ったようですね」


 敬語だがどこか棘のある口調で言う男性に彼の一番近くに座っていたオールバックの男性が小さく手を上げて発言した。


「社長。いきなり緊急招集なんてどうしたのですかー?」


 上司に対して少しやる気の見えない間延びしたセリフであったが特に気にする様子も無く社長と呼ばれた男は質問に答えた。


「キミ。ソレは今から話すよ」


 社長は一度めがねの縁を指で押さえ軽く支え直す。


「さて、今日君たちに集まってもらったのは他でもない」


 一度、小さく深呼吸をして気分を落ち着かせると社長は口を開く。


「ついに姫を発見することができました」

 

 はっきりと口にした「姫」という言葉に周囲がざわつく。


「落ち着け、君たち」


 予想通りという反応に頭が痛くなる社長は落ち着くように皆をなだめた。


「社長。姫というのはやはり」

「そうだ。会社のことではない。我ら『レギオン』の事だ」

「ずいぶん、急な話じゃないですかー」

「最初の目撃情報があったのは二日前でしたのでね」


 社長は右手を軽く振るう。


「では、君達。詳細情報を話しますよ」


 振るった手の内から一本の棒が現われる。

 よく見るとそれは棒ではなく先端に紫の宝石の付いた黒い三十センチほどの杖。突如として手の平から杖を出すといった非現実的な出来事が起こったのにも関わらず、部屋の中にいる者達は何一つ驚いた様子は無かった。

 

 社長も周囲の班の目を気にする事もなくは小さく唇を動かすと、紫の宝石は白く輝き始めた。


「これを見てくれ」


 先端から放つ光を社長はプロジェクターのように正面に置かれたスクリーンに光を当てた。光は細い線となりスクリーンを縦横無尽に動き回り一つの魔法陣を作った。だが、魔法陣は形が崩れていき、瞬く間に四角い枠組みが形成する。その内側に細かな光りの線が入り乱れ、線の動きが止まった時には席に座った人たちの目には光の線で描かれたこの辺りの地図が映し出されていた。


 そして、やはりその社長と呼ばれた男性が起こす不可思議な現象に誰も驚こうとはしなかった。


 それはここにいる者達が魔法使いのあまりいないレギオン内部、その組織内でも半数以上が魔法使いで構成されている異質の部隊であり、部隊の隊長でもある社長にとってこのぐらいは目を瞑ってでもできるほど、彼は魔法に長けているからであった。


 地図が出来上がると社長はスクリーン内の一点を杖で叩く。途端にその場所に光りの線が入り瑛集学園という文字と叩かれた場所が赤く点滅した。


「相変わらず上手いですねー」

「キミ、当然だよ」

「いいから、早く始めてください。この後別会場で会議なんですから」

「う、うるさい。分かっている」


 全くとメガネの縁を指で押さえると社長は説明を始めた。


「二日前。この学園にある裏庭にて大規模な魔力による戦闘があったと本部から連絡があったのですよ。そこで私独自で調べてみたところ姫が所有している杖の残骸が現場から発見されました。このことから、姫がこの学園にいるのではないかと推測できます」


 分りましたか君たち。と最後に高圧的な一言を付け加える。


「それで、発見できたというわけですか」


 奥にいるスーツ姿の女性の言葉に口端を吊り上げ自信満々に社長は答える。


「当たり前でしょ。ボクの力を持ってすればコレぐらいの事は造作もありませんからね」


 実際には社長一人の力によるものではないのだろうと何人かの社員は思っていたが、口にすれば機嫌を悪くした社長による高圧的な話や、愚痴がさらに長くなる事は長い付き合いである皆は予想できたので何も言わずに社長の次の言葉を待った。 

 部下を使い、戦闘があった周囲に聞き込みと近くにある学園にはどのような人物がいるのかという調査を行ったことで、姫の居場所を掴むことができた社長は杖を振るう。先端から放たれる光が一度ぶれ、再びスクリーンに映されたときには先ほどとは違う地図に変わっていた。


 もう一度杖でスクリーンを叩き、地図内の一点を光らせる。紅く光る点はどこかの住宅街らしい建物の一つを照らしていた。


「姫の居場所は調査の結果この住宅外周辺のアパートに住んでいることが分かりました。また、彼女はこの世界に来てから月島 小夜子と名乗って普通の女子高生として瑛集学園に通っています」


 いや、社長あの学園に通っているなら普通の女子高生じゃないでしょう。彼の社員たちの多くは内心社長の発言に突っ込みかけたが、どうせ言った所で少し照れながら怒鳴ってくるという何とも面倒臭い状態になるので皆胸のうちにしまっておいた。

 そんな彼らを社長は一瞥し、フンと小さく鼻で笑う。


「何か言いたいようですが、時間もありませんので話を続けます」


 そして、社長は傍に座らせていた秘書を呼び、彼のデスクの上に置いてあるA4用紙の書類を配るように促した。

 皆に配られた書類には瑛集学園の制服に身を纏っている少女の写真と彼女の使う魔法の種類、対策を簡潔に纏めた物。また、今回の姫の身柄確保についての作戦、役割等が細かに描かれていた。


 部下の一人は訝しげに配られた姫の写真を見つめ、ため息交じりに社長に顔を向ける。


「社長。いくらなんでも女子高生の盗撮は」

「違うわい!」


 鋭い声で社長は否定し、手に入れた経緯を話す。


「チョットした場所から仕入れただけだ。ボクじゃない」


 社長の言葉にまたもや周囲がざわついた。


「女子高生の写真を仕入れって……引くわー」

「おい、今引くって行ったヤツ前に出ろ!」

「社長時間が……」

「分かっている!」


 秘書の声に語気を強めて叫ぶ。そして、一度気分を落ち着かせた社長は作戦内容についての話を続けることにした。


「あー、じゃあ説明するから聞いてくださいね」

「「「わっかりました」」」


 返事だけは一人前になったな。と社長は思ったがどうせ言ったところでいじられるだけなのでやめておくことにした。

 そして、社長は社員たちの書類に目を通させるように促しながら今回の作戦について説明を始めた。





「――以上、コレが今回の作戦になります」


 説明を終えた社長は周囲の社員の様子を観察する。彼らの表情は社長の予想通りと言った反応。一言で言うならこの作戦に文句がある表情だった。


「まぁ、君たちの言いたいことも分かるがコレは決定事項だ」


「ですが……」


 納得行かない社員に再度社長は言い放つ。


「もう一度言いますよ。この作戦が完了しだい我々は祖国の世界に帰還します」


 社員たちの言いたいこと、それは姫を奪還した後は例外なく皆は祖国に戻り、レジスタンスの活動を再開するとの事であった。

 つまり、この会社を即座に畳み、帰って来いとの事である。レギオンが崩壊した為、姫を追ってこの異世界に来たところまでは良かったのだが、ろくな資金援助も無く生きていく為に始めたこの会社ができた当初なら皆即座に戻っただろう。


 だが、会社設立から一年。今や会社の発明した魔力を媒介にした消費道具である防犯グッズ、電池の売り上げで大手会社まで上り詰めた彼らとしてはいきなり戻って来い等とは無茶な話であった。


「今月の予定はどうするのです」

「全てキャンセルだ」


 言わずにはいられない気持ちが分かる社員たちの小言を払いのける。


「社長、オレ最近彼女できたんですけど」

「別れろ」


 社員の個人的な理由にも容赦なく言い放つ。


「すいません。今月発売のゲームをどうしても買いたいんですが」

「……我慢しろ」


 自分だってそうだよ。と吼えたくなる気持ちを抑えながら苦渋の決断をする。

 数多くの諦め切れず社長に言葉を投げかける社員を淡々と一言で払う。

 社長としても内心はレギオン内の幹部共に一言文句を言いたかった。いや、この世界では身元不明の人間たちを使ってここまで様々な挫折や努力、結果を出しながら会社を成長させたのにもかかわらず、会社を潰せというレギオンの幹部達からの遠距離通信に、もし近くにいたならば怒り狂い掴みかかりそうであった。


 もともと、多くの魔法使いで構成されたこの部隊は魔法使いたちの圧政に耐えていたレギオン内部内では仲間としてではなく只の戦力としか見られていない。いくら結果を残したとしても組織の上からは全く評価されていない切捨ての部隊であった。だから、部隊の隊長である社長はレギオン内部において、発言権はないにもひとしい人物であった。


 だから、社長が幹部達に反対したところで何も変わらない事を自分自身分かっていた。レギオンには恩と弱みを握られている社長にとって初めから選択肢等無かったのだ。無論ここにいる仲間達も同じ社長のようにレギオンに逆らう事ができない者達であった。

 ここで文句を言っても仕方ない。やるしかないのだ。社長はめがねの縁を指で押さえる。


「では、作戦時間に遅れないように、皆さん頼みましたよ」


 最後に落ち着いて言い終えると社長は秘書に来るように促し足早に部屋から去った。会議室を出た後、室内から叫び声や泣き声が聞こえたのは気のせいだと思いたかった。


 へし折るぐらいに強く握っていた杖を上空に軽く放り投げるとシャボン玉のように破裂し消え去る。


「君にも迷惑掛ける」

「いえ、仕方の無いことですから」


 そうか。後ろをついてくる秘書に短く言うと社長は荷物を纏める為に社長室に足を向けた。


「さて、気乗りはしませんが、これも仕事ですからね」


 自分に言い聞かせるように社長、この世界では針沼 麗二と名乗る男性は秘書を連れ会議室を後にした。

 失敗すればまずい事は分かっている。しかし、手は打っている。大丈夫だと自分自身をなだめた。


 そして、もはや名残惜しい未練な気持ちは捨て、針沼は姫を手に入れる為、改めて今回の作戦について思考し始めていた。

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