急文2 知恵のある強敵
急文2・知恵のある強敵
「手前で降ろしてくれ。どんなのがいるかわからないのに、こんな状態じゃ色々危険だろう」
習った限りでは、何かしらの遠距離攻撃を仕掛けてくる敵も多いらしい。もし本当なら、俺が狙い撃ちされるの目に見えてるしな。
しかも万が一、こいつらが狙われたとしてもかばえるかどうか怪しい体勢だ。
「わかりましたわ」
「了解だよー」
ゆっくりと高度を下げ、氷山に足がついた。
氷でできているはずだが表面がざらついていて、意外としっかり踏みしめる事が出来る。
ああ、地面に足がつくのってスバラシイ。
「と、こんな無駄感傷に浸ってないで、急がないと!」
駆け出そうと思い顔を上げた矢先、黒い塊が飛んできて反射的に避けそうになるが、寸前で避けてはいけない事に気づいて、身体で受け止める。
両腕でしっかり抱きしめたが勢いに押され、ざらざらした氷山の坂を転がり落ちていく。
このままじゃ海に落ちる――そう思ったが、背中に衝撃。なんとか止まってくれた。
「菜緒!」
身体を起こし腕の中に呼びかけるが、反応がない。
まさか最悪の状況かとも思ったが、浅いながらも呼吸はしていた。
制服は所々破け、白い肌に傷が目立ち、裂けたスカートから足が見え隠れして少しドキッとするが、とにかく致命傷となりそうな大きな怪我はなさそうだ。
「よかった……」
「それはよかったですわね」
「そうだねー」
腕を組んで後に立っている2人が言葉とは裏腹に、なにやら冷ややかな目で俺を見下ろしている。
しかも2人して片足を上げ、蹴りの姿勢のまま。
そんな視線をされる心当たりがないんですけど、なんて悠長な事、考えている暇がないな。
集中――
意識を研ぎ澄ませ、力を発現させる。と同時に、菜緒を抱えたまま無理に横っ飛び。
さっきまでいたところ大きな衝撃に轟音。普通車並みの氷塊が突き刺ささる。
「さすがにあんなもんの直撃はやばいどころじゃないな」
つばを飲み込みぞっとするが、誰の返事もこない。あいつらの姿が見えない。
まさか。
「あれに巻き込まれたのか!?」
氷の粉塵が舞う氷塊を凝視していると、氷塊の中から涼しい顔をした2人がゆっくり姿を現す。
ああ、透過能力か、よかった。
「物理的に飛ばしただけの物質なんて、たいして意味がありませんわ」
腕を組んで髪をかきあげる。
「でも節約しなきゃなー。思ったより疲れちゃうし」
唇に人差し指を当てて表情こそは平然としているが、アホ毛が少し垂れ下がっている気がする。
バロメーター的な役目もあるってことだろうか。
「下級のサーバント風情が、この私を狙うとはいい度胸ですわね」
「ティーネちゃんもちょっと怒ったぞー!」
まっすぐ山頂へ向けて駆け出す2人。
山頂に目を向けると、どれほどの大きさなのかよくわからないが、さっきの氷塊くらいはありそうな犬――いや、風貌からすれば狼か――がこちらを見下ろしていた。
「サーバントってことは、あれも天使側が地上に落とした生き物ってことか」
白い体毛に鋭い眼光、それでいてほっそりとしたシルエット。どことなく美しさというものがあるのは、気取った感じのする天使にはありがちな傾向。
というのが俺の見解。
実際はどうなのか知らないけど、イメージ的に天使の僕って言われたら、そんな感じだよなぁ。
「邪魔しないでくださいましよ、天使」
「こっちのセリフだよっ」
むう、やはりこういう時でも仲は良くないか。当然だけど。
でも今はあいつらに頼るしかない。
「しばらく頼む! 少なくとも菜緒が目を覚ますまでは耐えてくれ!」
「足手まといになるから、そこで大人しくしててくださりますか?」
「そんな武器じゃ来てもあまり意味ないよ!」
おおう……はっきり言われた。
2人は正面から飛んできた氷塊を走りながらも二手に分かれかわすと、ゲネスが光の矢を放つ。
鋭い音と共にまっすぐに伸びる矢だが、サーバントの足元から突如張り出してきた氷塊に直撃し、氷塊の表面を砕く程度に終わった。
「防御用のだけ魔力を込めてらっしゃるとは、小癪ですわね」
苦々しく舌打ちするゲネス。つまりはそう簡単に砕けないってことか。
あの光の矢、他の撃退士が訓練で同じものか別のものか専門外でわからないけど、使っていた気がするが、かなりの威力だったはず。
少なくとも俺の刀の一撃とかよりは、ずっと。
それなのに表面を砕く程度ってことは、刀じゃいいとこ削っておしまいか。本気で俺が役に立たない可能性が出てきたなぁ。
こんな事なら基礎体力だけでなく、ちゃんと技も覚える訓練しとけばよかった。
もう、あとの祭りだな。
とにかく今は、意識のない菜緒を守る事に専念しよう。
「こんのー!」
ゲネスとタイミングをずらしてティーネも光の矢を放つが、張りだしてきたもう1枚によって簡単に防がれる。
結構際限なしに生み出せる気配がする。
でかい声でサーバントがひと鳴きすると、張りだした氷塊が砕け散り、弾丸の飛礫となって広範囲にわたりばら撒かれた。
「っとぉ!」
菜緒を抱えたまま、地面に突き刺さりっぱなしだった氷塊の陰に隠れる。
「くぅっ……!」
「にゃっ!」
短い悲鳴。
氷の銃撃が止んだところで声を張り上げる。
「大丈夫か!?」
ちょっとだけ間が開く。
「ええ、大丈夫ですわ。相手によって使い分けるとか、ホント小賢しいですわね」
「うー……もう当たってやんないんだから!」
氷塊の陰から2人の様子をうかがうと、2人そろって腕から血を流している。
出血の量からするとかすった程度かもしれないが、守れない自分が歯がゆい。
今俺にできる事はまず菜緒を守る事と、あれの分析。それしかない。
「大きな氷塊を飛ばす、魔力をこめて盾にする、それを砕いて攻撃に使う。
しかも人間ならばそのままで、天使や悪魔の類には魔力付で透過させないようにする知恵を持っている、か」
腕を押さえながらも駆け出す2人。
サーバントが再び吠えると、二手に分かれている間を駆け抜けるようにこちらへ向って突進してきた。
「透の所には行かせないよー!」
俺狙い――いや、違う気がする!
「ゲネス、その場で止まれ!」
声を張り上げると、意外な事にゲネスが言葉に従って止まってくれた。反射的に止まってしまっただけなのかもしれないけど。
一番至近距離となる真横に来た時、ティーネが光の矢を放つ。
だがそれをサーバントはその巨躯に似合わぬ俊敏さで軽やかに後ろへ跳躍し、光の矢をかわす。
かわされた光の矢が、ゲネスの顔の前を通過。
「やっぱり、あのままなら下手すりゃ同士討ちか。知恵回りすぎだっつーの」
どうやら外見は獣でも、中身はそんじょそこらの獣と一緒にしてはいけないみたいだ。
獣の中にも熊とかみたいに知恵が回るのもいるが、それの比じゃない。
「何してますの、お馬鹿天使!」
「へへーん、当たっちゃえばよかったんだよーだ!」
うあ、獣より馬鹿がいる。
「言い争う前に動け!」
一喝すると弾かれたように動きだし、飛礫の第二弾を今度はきっかりかわしてみせた。
声かけてなかったら絶対一歩遅れてたぞ、あの馬鹿たれども。
「というか、ホント小癪だな。
別に張り出した氷塊がなくても飛礫が撃てるようだし、今度は吠えもしなかったぞ」
アレを知恵で上回りつつ、決定打を与えるには一撃必殺クラスが必要だろう。
失敗した作戦はもう通じない、そう見てもいい。慎重すぎるかもしれないが、そう見ておいた方がずっとマシだな。
さあ、どうするか。
腕の中の菜緒に視線を落とす。
「やはり、菜緒が起きてからでないとなにもできん」
早く目を覚ましてくれ、菜緒……!