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清濁金剛!  作者: 楠原 日野
第三章 天使も悪魔も人間も
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急文6 清濁混ざり合わせれば、金剛と化す

急文6・清濁混ざリ合わせれば、金剛と化す


 全身にじわじわと傷が増えてきていたゲネスとティーネが驚いてこっちを見るが、肝心のサーバントは見ようともしない。

 舐められきっているのはわかっているが、少なくともまずは確認しなきゃ始まらんだろうさ!


「っせ!」


 渾身の力をこめて、太刀の重い一撃。

 だがやはり、張りだしてきた氷塊の表面を少しえぐるだけで止まってしまう。

 そしてサーバントは思っていた以上に、デカイ。ワゴン車とかより大きい気がするな。


 ピクリと前足が動く気配。


 太刀の腹に腕をくっつけながら後ろに跳ぶと、丸太みたいな前足で太刀ごと殴られ腕の骨がきしむ。

 歯を食いしばり、氷の大地を足でえぐりながらも踏み止まってみせた。


 なら、これはどうだ?


 脚に意識を集中すると、世界が歪み、時間の流れが遅く感じる――そう思った時にはすでにサーバントとの距離は縮まっていた。

 半分無意識で太刀を突き出す。

 だが突き出すよりも前に氷塊が立ち塞がり、止める事までできず氷塊に太刀を突き立てる。

 視界の端で、ゆっくりした動きのティーネが光の矢を打つ仕草をしていた。

 俺のタイミングと被って、このままなら俺に当たる角度。

 ゆったりとした時間の中、後ろに飛ぼうかと思ったが、かわせばゲネスに当たると気づいてしまった。

 

 まだ間に合うか!?


 横っ飛びに動き、ゲネスを押し倒す形で覆いかぶさる。





 ここでやっと音が遅れて聞こえ、時間の流れが元に戻る。


「あ!」


 ティーネのしまったと言わん声。だが光の矢はゲネスを押し倒し気味でいる俺の肩を

掠めて飛んでいった。


「っく……」


 肩を掠めただけだが、痺れるような痛みが広がってくる。やっぱり防具くらいはつけるべきなのかなんて後悔しつつ、ゲネスの上で身を起こす。


「悪いな」

「いえ、助かりましたわ」


 素直に礼を言われると、なんか調子狂うな。こいつら相手だと。


「後ろ!」


 ゲネスの鋭い声に、考える暇もなく覆いかぶさって太刀の腹を右肩に押し当てて、来るであろう衝撃に備えた。

 その直後に氷の大地をえぐりながら迫りくる爪の一撃。

 激しい衝撃と脇腹に鈍い痛みを感じ、ゲネスごと宙に飛ばされしばらく転がって、止まった。

 身体が軋み、脇腹がだいぶ痛むがそんな痛がってる暇はない。

 顔をしかめながら立ち上がり、太刀を構えてサーバントを正面に見据えた。


「無事か、ゲネス」

「脇腹から血を流している人よりは、ですわね」


 ゆっくり立ち上がり、どことなく余裕を取り戻したゲネスが冷静に服の氷を払う。

 ゲネスは確かに無事のようだ。俺の脇腹にちょっと爪が刺さったくらいで何とか済んだみたいだな。


「こっちきたー!」


 反転して標的を変えたサーバントが、まっすぐにティーネへと向かっていく。

 距離がありすぎるが、まだ何とか間に合うはずだ。

 

 またも脚に意識を集中し、歪む世界に突入。

 駆け出すと同時にサーバントが足元の突き出た氷の塊をティーネに向かって蹴りつけていたが、あれは透過できるはず――いや、目隠し目的か!

 これ以上ないはずだが、それでもできる限りの全力疾走でサーバントを追い抜き、氷塊から透過して出てきたティーネを抱きかかえたところで世界が戻ってしまう。

 体を反転。すでにサーバントが右前足を振るっている光景が目に飛びこんでくる。

 太刀で受ける時間もない――そう思った瞬間、目の前で菜緒が槍を跳ねあげ、右前足を上に流す。

 菜緒に危険が迫っている、そう考えるとさっきまで自由に動いていた身体に、何かが絡みつき、軋むような感覚に捕らわれる。


「動けぇ!」


 動こうとしない重い足を気合と呼べる何かで無理に動かす。

 菜緒の前に割って入り太刀を構え予測されるもう1撃に備えた。右前足の陰から伸びてきた左前足を、受け止める。

 だがもちろん受け止めきれるものではなく、菜緒とティーネも巻き込み、3人そろって思いっきり弾き飛ばされた。


「透さん!」


 サーバントの頭部に向け、光の矢を牽制に使いながら、ゲネスが駆け寄ってくる。

 牽制と言えども、やや遅れ気味な氷塊でしっかり防いでる姿が見える


「いってぇ……」


 肩が少しえぐられ、じくじくと痛む。腹部の出血も少し酷くなってきた。

 呼吸も少し荒いし、意識もだんだん遠のいている感じがする




 それでもまだ、弱音ほざく暇はない。




 太刀を大地に突き刺し、両手でよしかかりながらなんとか立ち上がって、3人の前に立ってみせる。

 むかつく事に、サーバントはあえて何もしてこない。余裕を見せつけてきやがる。


「その油断、利用させてもらう、か」


 色々と観察して、やっと見えてきたぞ。

 氷塊の基本形がひし形なのも、氷塊では攻撃と防御同時にできない事も、下から張り出すという性質上、上への反応が若干遅いと言う事も。


「動けるか、3人とも」




「それはこっちのセリフだよぅ」

「透さんこそ、もう無理のし過ぎですわよ」


 ほんの少し間があってから、ティーネとゲネス


「だよね。透らしいけどさ」


 呆れてるのかなんなのか、菜緒が横に立って槍を突出し、腰を落す。

 眉を寄せ、口をへの字に結んでサーバントを睨み付けている菜緒の横顔をじっと見ていると、視線に気づいたのか俺と目を合わせ、顔をほころばせた。

 久しぶりに見る、菜緒のちゃんとした笑顔。

 ちょっといたずらっぽくって、照れているようにも見える、俺がよく知る菜緒の笑顔だ。

 さっきの一瞬、いや、菜緒が傷つくのを見るしかなかったあの時動けなかったのは、菜緒の笑顔をもう見れないかもしれない。そう思ったせいかもしれない。




 血も止まってない右肩も脇腹も痛むし、脚の使い過ぎで膝もがくがくする――だけどまだまだ動けるような気がしてきた。




「一緒に生きて帰ろう、でしょ?」


 そうだ。その言葉を菜緒の口から聞きたかったんだ。

 荒れた呼吸をゆっくり整え、より一層クリアな思考で状況を把握の確認。


「菜緒、脚のやつはまだ使えるか?」


 爆発的な加速で動けるやつのことだが、首を横に振る。まあ当然か。


「あと1回、大きいのが撃てるかなってくらい」

「上等。俺もあと1回くらいしかまともに動けそうにないから、ワンチャンスってことだな」


 消耗度合いで言えば後ろの2人も相当のはずだが、どうだろうか。


「お前らまだ、飛べたり透過できたりするか? もちろん攻撃できること前提だけど」



「ええ。まだ多少の余裕がありますわ」

「それくらいはー……」


 それならまだ結構、方法はあるか。どちらにせよ俺と菜緒がそろそろ限界近いから、ワンチャンスしかないには変わりないし、失敗すればそれで終わりだ。





 何とかしてみせる。





「悪いな2人とも。ちょっとばかり守りきれないかもしれないけど、足掻くのに手伝ってくれや」


 金の粒子が身体から立ち昇る。心なしかいつもより黒い粒子が多い気もするが、この際どうでもいい。

 両手でしっかりと太刀を握りしめて顔の高さまで持ち上げる。刃の無い方を肩に乗せて、菜緒と共にサーバントを睨み付けた。



「弱いのですからもう逃げればいいのに、なんでそこまで命懸けで立ち向かうのですかね」


 服を叩く音。ゲネスが立ち上がったんだろう。


「本当だよ。何か得、あるの?」


 氷を踏みしめる音。ティーネも立ち上がったか。




 2人して何をいまさら。


「強いとか弱いとかも関係ない。もちろん損得で動いてるわけないだろ」


「なら何故?」

「なんで?」


「お前らを守りたいからに決まってる」







 何の反応もない。

 まあいい。


「天使も悪魔も人間も関係なく、女性のために動く。俺にはそれだけで理由は十分だ」


 後ろではどんな顔しているのかはわからないが、すぐ横で短くだがはっきりと、吹き出す様に笑われる。


「今も昔も一緒だね」

「変わるわけがない。3人とも、少しの間話を聞いてくれ」


 振り返らずサーバントをまっすぐに見据え、ようやく頭の中でまとまった事を3人に手短にだが伝えた。

 菜緒こそはいい返事で快諾してくれるが、やはり後ろの2人が少しの間渋ってくる。


「頼む、2人とも」


 後ろで大きなため息が2つ。どんな表情をしているかわからないが、きっと2人して仕方ないですわねとか、仕方ないなーとか言うな。


「仕方ないですわね」

「仕方ないなー」


 やっぱりね。

 こいつらの事がだんだんわかって来たってのは、気のせいじゃなさそうだ。

 天使と悪魔、言い方は悪いかもしれないが清濁でしかないこいつらだが、俺が上手く混ぜれば心強い仲間と言えそうだ。



「行くぞ! しっかり狙ってくれ!」


 脚へと意識を集中。

 後ろではバサァッと翼を広げる音。

 横では呼吸を整え、黒い霧状のようなものを右腕に蛇が絡むかのごとくまとわりつかせている。


 そして歪み始める世界。

 氷をえぐりながら、余裕をかましてただ立っているだけのサーバントに一気に詰め寄って、跳躍。

 サーバントは口を開け、さらに細かく鋭利な飛礫を吐き出してから氷塊の防壁を全方向に展開する。

 腕で目だけは守りつつ、身体の様々な箇所に食い込むがかまわず肩に担いでいた刃を力任せにまっすぐ振り下ろした。

 防壁があろうと、構わない。


 甲高い音。弾かれる感触。


 氷をいくらか砕くが、試した通りに刃は通らない。





 だが、これでいい。





「ティーネぇ! ゲネスぅ!」


 2人の名を叫ぶと、サーバントの足元から翼をはためかせながら氷の大地を透過して姿を現した。


「いっけー!

「そこですね」


 至近距離から2人の光の矢が鋭い唸りを上げ、太刀を受け止めたため他のよりも上に浮いているひし形の氷塊、その下半分の一点に2本とも突き刺さる。

 爆砕音に近い破砕音を立て、崩れ去る氷塊の下半分。

 やっとできた防壁の『穴』。



 菜緒……!



 このタイミングを逃すはずがない。

 俺とタイミングが合わせられないわけがない。



「このチャンス、逃さない!」



 はるか後方、闇と呼べるそれを腕に纏っていた菜緒が槍を突き出し、黒い閃光とでもいうべきものが、まっすぐに伸びる。

 防壁の『穴』を突き抜け、吸い込まれていった。





挿絵(By みてみん)








 どうだ?






 そう思った次の瞬間。

 全方向に展開された氷塊は一瞬膨れ上がり、水風船が爆発する様に破裂。

 これまでと違い大小さまざまとなった氷の破片を体に受け、破裂の勢いに巻き込まれた。

 ギリギリで腕を交差して顔と喉だけは防いだが、全身ズタボロだなと、こんな状況でなぜか考えてしまう。

 宙を舞う感覚。

 ちらっと見えた限り、2人は透過で難を逃れている。



 ああ、よかった。あいつらは大丈夫そうだ――



 背中に固い感触、そしてごつごつした流氷でできた大地を滑っていく。

 ゴリゴリと背中が痛そうな感触はしている、意識がそろそろ途切れそうで痛みを感じない。

 遠のき始めた意識で3人の呼ぶ声が聞こえた気がした。





 無理だと思っていた。

 だけど。





 うまくやってけるかもしれないな……







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