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清濁金剛!  作者: 楠原 日野
第三章 天使も悪魔も人間も
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急文5 余裕はないけど知らなければいけない

急文5・余裕はないけど知らなければいけない


 菜緒の肩を揺り動かし、声をかけ続ける。


「菜緒! 菜緒!」


 もうずいぶん呼び続けた気がする。

 こうしている間にもゲネスとティーネは善戦しているが、見事に息がバラバラで時折同士討ちしそうになる所を俺が声を張り上げ、なんとか保たれている。そんな状態だ。




 はっきりと、旗色が悪い。




 菜緒が目覚めてくれれば、まだなにかしらの方法もあるかもしれないが、今のままでは逃げる事すらままならないだろう。

 あの巨躯であの俊敏さは、色々反則だ。


「この程度の下級サーバントすら、まともに相手できないなんて……!」


 飛礫をかわしつつも悔しがっているゲネス。

 その隙に後ろからティーネが光の矢を放つが、氷塊が張り出し防がれてしまう。


「むー。こっちじゃこんなに弱くなるとか、納得いかなーい!」


 あの口ぶりからすると、天界や魔界ではもっと強かったみたいだな。それが理由で敵として相対する天使や悪魔に単身では歯が立たないってことなのか。納得。

 話を聞く限りでは撃退士数人がかりで天使や悪魔と互角なのに、仲間の堕天使やはぐれ悪魔だと仲間と組まなければ勝ち目はないってのは、弱いのがこっちに来るとかじゃなく、弱くなってしまうって事なんだな。

 むう、いかんな。こんな状況でも落ち着いて分析するのは慣れと癖だな。

 とにかく、そんな冷静な分析は置いといて、これは本当にまずい展開か。


 一刻も早く、菜緒が起きてくれないとな。


「菜緒っ」


 再び呼びかけると、ピクリと菜緒の肩が反応する。


「菜緒!」


 もう少し強く呼びかけてみると、今度はまつ毛を揺らし確実に反応を示す。

 そしてやっと、うっすら目を開き始める。


「菜緒」


 静かに呼びかけると、突然菜緒の目が見開かれ、俺の顔を凝視すると冷えた手で頬に触れてきた。


「ホンモノ……?」

「偽物があるかよ」


 軽口で返したが、菜緒はそんな余裕がないと言った表情で唇を噛みしめ、ふらつく足取りで立ち上がった。


「逃げて。あれは私達1年じゃちょっと手に負えそうにないから、時間作ってる隙に」


 袖から筒を取り出すと、槍へと変化させる。

 いつも使っているやや長めで黒い柄の槍ではなく、少し小振りで全体が白い槍だ。きっとメインの方は落としたのだろう。

 まあ、あれだけ派手に飛ばされて気を失ってたら、当然か。


 こうなってくると、また少しこっちも変えていかないとダメだな。


 集中し、手に持っている小振りの刀を小さい筒に変え、ベルトの後ろに刺して固定し、もう1本を取り出す。

 そして集中。

 さっきのよりも大振りで、やや幅の広い太刀へと変化させ、行こうとしていた菜緒の手をつかむ。


「逃げはしない。俺も戦うさ」


 変哲もない当たり前の事を言ったつもりだったが、菜緒は振り返って睨み付けてきた。


「逃げてよ! 透を守らせて!」

「逃がすと守るは、別物だろ」


 途端、菜緒の顔が辛そうなものに変化する。


「生きてほしいの。透が今、私にとって唯一の拠り所なんだから」


 なんだろう、一体なんでそこまで必死なのかよくわからない。命懸けとかとまた何か違う感じがするのは、気のせいじゃないと思う。


「んな、全滅確定みたいな言い方するなって。俺にも菜緒を守らせろよな」

「私は!」


 うつむいて叫ぶ。


「どうせもういらないんだから、せめて透の役に立たせてよ……!」


 悲痛。そんな言葉がしっくりくるような、絞り出した声。

 なんでそんな結論が?

 俺の知らない何かが、菜緒をこんな形に変化させたのだろうか。


「菜緒、なんで自分がいらないなんて結論になったんだ? いつもの口癖、じゃないよな」


 聞いてる場合じゃないとは思いつつも、聞かなければ解決できない。

 そんな事は当然かもしれないが、菜緒については誰よりも知っていると思っていただけに、聞くのは反則な気がする。

 けどきっと、それは思い上がりだったんだな。

 向こうの方ではまだまだ激しい戦いが繰り広げられているのが、音でもわかるし、視界に時折映るゲネスとティーネの余裕のなさそうな表情でわかってはいる。



 でも、今は菜緒を知りたい。あの夜、守ると誓った、菜緒の事を。



「……父さんと、母さんがね。離婚で私に関してもめたって話したよね」

「ああ」


 菜緒にとっては間違いなく一番辛い話。





「その時に言われちゃった。俺は娘なんていらない。私も娘なんていらないって」








 なんでそこで、笑えるんだ。







「透みたいに強くないからさ、凄いショック受けて。そのショックでこんな力に目覚めたから、逃げる様にこっちに来ちゃったんだ。

 その時、案内してくれた人が同じ学校から2名も来るなんてって言うからピンと来たんだ。透もここにいるんだって」


 中学校の方には、ここに俺がいるのを親父に知れるのもアレだからと口止めしてたのに、菜緒が知っていたのはそんな理由か。


「透に私も入学するって伝えて下さいって言っておいたのに、透ってば会うまで忘れてたんだもんね。私も通うってこと」

「え、聞いてねぇよ?」


 あのおっさん、伝え損ねたって事か。そこはまあ恨んでもしかたない。

 俺と同じ結論に達したのか、菜緒は寂しそうな笑みからほんの少しだけ回復した。



 が、すぐにまた戻ってしまう。


「だからさ。必要されない私なんだから、せめて透の誓いを護るくらいの役に立たせてほしいんだ」


 なんか、少しだけムカっときたぞ。


「何で俺の守る範囲内に、菜緒、自分がいないとか思ってるんだ?」


 怒気をはらんでいるというのは菜緒もわかってくれたらしいが、何故怒っているのか今1つ理解できていない。そんな顔だ。


「だって、私に対しては罪の意識からくるものでしょう?」

「それは確かにある。あの日から、菜緒の顔を見るたびに考えてしまったことだけど、それよりも前から、菜緒も守りたいと思っていたさ」


 どう見ても納得いかないという顔。

 やはりこれは菜緒自身で整理つけるしかないか。




 なら、そろそろ行こう。


 立ち上がり、菜緒の手を離して抜刀。いつもよりずっしりとした獲物を両手で握りしめた。


「菜緒が俺の誓いを護りたいって言うなら、それはそれでいい。けど、俺は菜緒も守ると誓った。

 だから俺は、菜緒に生きててほしいんだよ」


 身体から金の粒子が立ち上る。無意識だったが、どうやら意識しなくても出せるようになったみたいだ。

 飛礫の音が止むのを見計らい、飛びだしてサーバントをまっすぐに目指す。


「俺には必要なんだよ、菜緒が!」







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