元苛められっ子の少年が神様に異世界転生させてもらうと言うよくある話
やまなし
おちなし
いみなし
のヤオイだけどホモじゃないよ
「欝だ死のう」
苦しむのは嫌だから、方々回って大量に購入した睡眠薬を使う事にした。
周りに人が居たら万が一と言う事もある。だから誰も来ないような場所、という事で富士の樹海を選んだ。
眠って死ぬ、意識が亡くなるまでどのような感覚を得るのかはやってみるまでわからないから、寒く無いようにと寝袋と懐炉を用意して暖かく出来るようにもしている。
寝袋や睡眠薬、移動にかかる費用は多少大きかったが、どうせ死ぬんだから後腐れなく使ってしまえと思った。
そうして大量にお金を浪費することは、多少の爽快感を得られる行為だった。
でもその程度の爽快感は、今から死に向かう彼にとって大した慰めにもならなかったが。
彼はいわゆる苛められっ子のレッテルを貼られている。
何もしていないのに不良に必要以上にブチのめされ、歯並びや腕の骨は歪んだまま治ってしまって本来の成長による形状とは違う物となった。
学校で教師に詰られクラスの皆の前で何度も恥をかかされたせいで、沢山の人が居るところでは呼吸する事すら苦痛になり、人の目を見て話すなんて事さえ出来なくなった。
料金以下の不味い飯を出すレストランでも文句を言わずに金を払おうとするのに、挙動不審を理由に料金を払う前に勝手に食い逃げ犯として警察に通報される事もしょっちゅうよ。
そんな彼はもう、10代半ばと言う若さでありながら、生きる事に楽しみを見出せなくなり死に救いを見出すようになってしまった。
とは言え、生来の性格に加え、成長の過程での苛め、さらに実家でも親兄弟と言った家族から向けられる目も冷たい物となり、もはや言葉はかけられず耳にする音はため息だけという状況もあり、彼はとても臆病になっている。
だから生きることは辛く、死にしか救いを見出せないくせに、その死を恐れて踏み出すことにすら躊躇していた。
それでも限界は訪れる。
彼は臆病なまま、それでも死ぬことを選択し、そのための『自分が苦しまない自殺』を必死に考え、そして実行するに至った。
それが、人に邪魔されない場所で静かに眠り、深い眠りの中で痛みや苦しみから切り離された死を得ようと言う物となって実行された。
どれくらい飲めばいいのかは不明だが沢山飲んでおけば大丈夫だろうと。彼は睡眠薬を大量に飲み、暖かい寝袋の中でゆっくりと意識を閉じ自分の人生に終わりを迎えた
「やあ君、自殺はいかんと思うよ」
筈だった。
しかし、声が聞こえてきた。
最初彼はこれは夢の一つだろうかとも思ったが、不思議なくらいに意識がクリアになっていて、夢じゃないと、証拠も無いのに確信できる自分が不思議だった。
これは一体?
「私は神です」
その声はそんな事を言ってきた。
何をバカな、なんて思うことは出来なかった。
声を『声』と表現しているが、もっと深い、ダイレクトに自分の中に響いてくる真実のものという、不思議な確信を持てたがゆえに。
仮に、一国の王様や大統領がボロを身に纏って、薄汚れた姿を晒しながら『私は王様、あるいは大統領です』なんて言ったとしても、きっと普通なら信じられないだろうが、中にはどんな姿をしていても内面から滲み出るオーラ、迫力のようなもので姿形以上に自分の本当の姿を人に見せることが出来る人はいるかも知れない。
でも、そんな人が居たとしても、今自分に話しかけている『神』の前ではそんな人間もただの木っ端と変わらない程の迫力を、神はかもし出している。
しかし同時に、そんな神がなんで自分なんかに? という疑問も沸き立つ。
神だ。
目の前……いや、目を開けていないので目の前もクソも無いのだが、自分の意識に触れているのは神だと言う確信があるが、それだけに不思議だった。
なんで神ほどの存在が自分のようなしょーもない存在に語りかけるのか?
その事を不思議がっていると神様からは
「別に君である事に特別の意味は無い」
との事。
別に自分である事に意味は無いが、話しかけた理由は有るらしい。
自殺する程に追い詰められる人生を気の毒に思うそうで。
かと言ってこの世界に対する未練も無ければ生きたいとも思っていない自分に対し、どーせ天国なんてものはないのだから、せめてもう一度人生を楽しませてあげようと思ったそうだ。
別に自分である必要は無いのだが、なんとなく目に付いたから、との事で。
とはいえ、この世界に対し絶望した者にこの世界で新しく人生をやり直させるのも、少し違う気がするという事で『違う世界』に転生させようと言われた。
もちろん、ただ生き返ったところで何が出来るものではない。
短い人生だが負け犬の根性が染み付いた魂だ、何度やり直してもそのままでは同じ事の繰り返し。
だから、神様は特別な力を与えてくれた。
更に、精神に対し、多少は強くなれるような補正も与えてくれた。
「精々、次の人生を楽しむが良かろう」
神様の言葉はそれで締めくくられ、意識が再び落ちた。
「ここは……」
目が醒めた時、彼が居たのは富士の樹海ではなく、綺麗に澄んだ湖の中だった。
水中であるのに苦しくない、その事から夢か幻かとさえ思ったが、記憶の中にある神との会話を思い出し、現実だろうと認識した。
次に、水の中なのに苦しく無いのは魚類か何かに転生でもしたのかと思ったがそうでもなかった。
人間だ。
自分の体に意識を向ければ、自分の内観が手に取るように分かる。
年齢は14~5歳くらいの少年だろう。容姿は以前のものと変わっているが、見た目が良くなった事と、以前の自分の人生を嫌っていたことから、すぐに自分の今の姿を受け入れることは出来た。
次に分かるのは水の中でも苦しく無い理由。
肺活量も凄まじいのだが、それ以上に、この体は魔法、超能力とでもいうのか。そんな不思議な力を持っている体なので、どこであろうと問題なく生命活動を続けることが出来る体のようだった。
とりあえず自分の身体能力をある程度把握してから、少年は上昇し湖の上に立った。
周りを見渡すと草原が広がっている。所々に動物が点在しているが、それらの姿は少年の記憶にある地球の動物に似ているようで違っていたり、まったく見たことも無いものも居たりする。
それらを見て、本当に異世界なんだな。と納得した。
それから数日。
一日中走り続ける事もできる体力はあるし、空を飛ぶ事だってできる。
やろうと思えばテレポーテーションのような能力だって持っているだろうからどこにでも行ける。
それが分かっているが、逆になんでも出来るからこそ、無理に急がずにゆっくり歩きながら移動する。
お腹が空けば魔法の力で食べ物を作り出せるが、それだけでなく、周りに居る動物の肉なんかを食べたりするもして、普通の人間なら外敵に怯えて寝る前に備えを怠れないのだろうが、今や睡眠もコントロールできる体であり、その上で寝ている間の安全を確保する能力さえ持っている事を確認した。
そんな少年は特に目的も持たずにぶらついていたのだが、ある時、規格外の視力と聴力を持って『それ』を知覚した。
なだらかな起伏のある草原。今のペースでゆっくり歩けば4~5時間前後の距離に、人が居た。
人と言っても個人レベルではなく、集団である。
なんとも放牧的な、地球で言うモンゴルチックな身軽な村、と言うような人の集まりがありそうな集団。
それに襲い掛かっている村とは違う集団。
彼は前世の知識から、野党とかの類が村を襲っているのかと思った。
それを見て、どうすべきかとも。
こちらからは見えても向こうからはこちらなんて見えていない。
やり過ごすことは出来る。
無限に走れる体力で逆方向に走って逃げれば、自分は安全だろう。
しかし、襲われている村を見る。
彼等は明らかな弱者で、襲っているほうは強い。
それが、まるで前世での自分を見せられているように感じられた。
彼は元々、苛められていたが、そんな自分を特別とは思っていない。
特別良い人間では無いし、特別駄目でもない。ただ『普通』の枠内の中で底辺だっただけだと思っている。
だから、今襲われている村の人々も、あくまでこの世界の『普通』の枠内の中での底辺だから、一方的に襲われて、きっとこれから酷い目に合わされるのだろうと思った。
そこに介入する意味はあるのだろうか、とも。
だけど、神様はこんな自分に、偶然目に付いたと言うだけで第二の人生を用意してくれた。
だったら、偶然自分が見た人を助けるとして、何らかの意味は無いが、過去に苛められていた自分の姿を彼らに投影したと言う理由から、彼らを助ける事は別に悪い事ではないはずだと思う。
そう思った時には体が行動していた。
テレポートで村の中心に飛び、神から与えられた能力で村の人間と襲っている側の人間とを識別し、襲っている人間達を5メートルほど宙に浮かせ、村の人間に手出しができないように行動を封じた。
次に村の人たち、傷ついた者の傷を癒し、まだ息があるものは何とか助け話を聞いた。
概ねは想像通り、突然表れた盗賊団に襲われていた所だったらしい。
この村は普通の遊牧民族的な村で、特に大きい国に所属していないが、その事は世界規模で虐げられる理由にはならないという事も聞いた。
この世界には一応国が幾つかあると言う話やら、色々と。
次に、こういう場合盗賊たちをどうするべきなのかも。
普通なら人に襲い掛かるような盗賊なのだから、殺すべきらしい。
しかし、彼は少し悩んで、盗賊達を違う大陸へとまとめてテレポートさせる事で終わりとしておいた。
別に人の命を奪うことを恐れたわけではなく、何となく殺すのが趣味に合わないと言う理由からだが。
そうやって、村を助けた彼は、村の人たちから大層感謝された。
人から感謝されるなんて、前世ではなかった経験にむず痒いものを感じながら、それでも悪い気はしなかった。
前世では対人恐怖症で、沢山の人の注目を浴びていると呼吸すら出来なくなるストレスを感じていたが、今ではそんなものが無い事に感謝する。
感謝……誰に対してだろうか?
彼は思った。
村の人々は彼に感謝しているが、本当に感謝されるべきなのは……
そこまで思い至った彼は、神に感謝を奉げるべきだと思い、村の人達に伝えた。
この世界にも宗教はいくつかあるそうだが、彼が感謝を奉げる神は一つだけだ。
数日後、村で歓待を受けていた彼は、自分の神に対する感謝を他の人たちにも感じて欲しいと願い、旅立つことにした。
村では引き止められ、彼自身も自分を嫌わないで居てくれた村の人達に好意を持っているが、それ以上に神に対する感謝が大きかったのだ。
そうして彼は、神に対する感謝を世界中に広める旅に出て、沢山の人と触れ合っていく。
神からはこの世界に転生させてくれた事に意味は無いと言われたが、意味はなくとも自分のやるべき事はこうだと信じて。
そうして彼はそれなりに豊かで幸せな人生を送れたのであった。




