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男は孤独だった。
妻子はいない。
両親も、遠い昔に亡くしていた。
隣家すら、町三つ分は歩かなければならなかった。
男は毎日のように孤独に蝕まれていた。
毎晩、夜の静けさが苦痛で仕方がなかった。
夜鳥の鳴き声が、一人でいる恐怖をいっそう際立たせた。
私はいつか死んでしまうだろう。
その時、私はまっとうに墓に入ることができるのだろうか。
突然倒れ、人知れずゆっくりと朽ちていくのではないか。
そう思うと、夜も眠れぬほど恐ろしかった。
それでも男が孤独で居続けたのは、どうしたって代えることのできない、窓に映る世界一美しい景色が好きでたまらなかったからだった。
男はその景色を愛し、自然を愛していた。
額縁に飾られたその景色だけが、男の孤独を癒してくれた。
しかし、ある夜、嵐が訪れた。
恐ろしい嵐だった。
空が割れるような轟雷が鳴り響き、暴風が窓をガンガン叩いた。
一夜が過ぎて朝が訪れる頃には、外の世界は一変していた。
美しかった景色は嵐とともに消え去っていた。
海は濁って怒り狂い、木々は薙ぎ倒され、道はぬかるみ荒れ果てていた。
あぁ、なんてことだ。
あの景色が、あの美しい世界が消えてしまった。
神よ、なにゆえこのような残酷なことをなさるのですか。
あぁ、本当に恐ろしいことだ。
私は遂に真に孤独になってしまったのだと、ひしと感じた。
男は嘆いた。
嘆き悲しみ、泣き腫らした。
泣いて泣いて泣き腫らして、やがてムクリと起き上がった。
ムクリと起き上がり、無言で道にレンガを置いた。
次から次にレンガを並べた。
お世辞にも、綺麗に並べられてはいなかった。
一瞥しただけでは、それを道とは思わなかった。
牛が、羊が、男をからかい、レンガを踏み荒らしていった。
男はその度、ただレンガを置き直した。
牛たちの酷い言葉には、いっさいの反応をしてやらなかった。
置いては荒らされ、また置いた。
そんな日々が、何日も続いた。
哀れ、哀れ。
どうしてそんなに哀れなのか。
ひとりぼっちで石を置く。
ひとりぼっちで道を敷く。
可哀想で、見ていられない。
愚かしくって、見ていられない。
鳥の群れが、歌いながら男の頭上を飛び去った。
羽虫たちが、くすりと笑って草むらに消えた。
それでも男は、身動ぎもせずレンガを置いた。
ひと月が経った頃だった。
男が熱にうなされた。
熱の夜ほど孤独に感じるものは、はたして他にあるまい。
男は酷くうなされた。
けれど男は、もう決して泣きはしなかった。
夢で、神をみた。
窓の隅にぽつんと佇んでいる、遠く遠くの丘の上に、立派な樫の木が生えている。
神はそこで手招きをしていた。
さぁおいで。
神は、そういいのこしたきり姿を隠してしまった。
あくる日、男はレンガを手に持った。
いつものように、脇目も振らずに置いていった。
けれど途中で、ふらりと倒れた。
ぽつりと、雨が頬に落ちた。
一粒、また一粒と、雨は男の顔を濡らした。
あぁ神よ。
なにゆえこのような残酷な世界に、私をお創りなさったのですか。
男の頬は濡れていた。
雨が、少しばかり強くなった。
ほんの小雨だった。
一日もすれば跡形もなく消えてしまうような、ほんの小雨。
それでも、多少道はぬかるんだ。
男にはそれで十分だった。
十分すぎるほど、十分だった。
あくる日、男はレンガを持たなかった。
そのあくる日も、レンガを手に取ろうとはしなかった。
そのまたあくる日も。
詮無きことだ。
何をしたって変わらない。
いずれ壊されてしまうのならば、どうして私は足掻くのだ。
神も、誰も、答えをくれはしなかった。
男はすっかり痩せこけた。
覇気などは、雨とともに流れ落ちてしまった。
すっかり嫌になってしまった。
嫌になって、嫌になって、光にすらも嫉妬した。
どうしてそこまで美しく光るのだ。
私はこんなにも卑しく、悍ましいというのに。
あぁやめろ、やめてくれ。
ここでは私たちは相容れない。
どうか、そんなに眩しく光るのはやめてくれ。
男は耳を、目を、全部塞いで突っ伏した。
けれど光は、やっぱり男を照らしてやった。
男はたまらず走り出した。
一心不乱に、半狂乱に、怒って、狂って、叫び散らした。
おい、見ろよ。
あの男め、ついに狂ってしまったらしい。
これは傑作だ。
だれか、額縁を持ってこい。
契約書とペンも忘れるなよ。




