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作者: 春夏秋冬
掲載日:2026/09/29



 男は孤独だった。

 妻子はいない。

 両親も、遠い昔に亡くしていた。

 隣家すら、町三つ分は歩かなければならなかった。


 男は毎日のように孤独に蝕まれていた。

 毎晩、夜の静けさが苦痛で仕方がなかった。

 夜鳥の鳴き声が、一人でいる恐怖をいっそう際立たせた。


 私はいつか死んでしまうだろう。

 その時、私はまっとうに墓に入ることができるのだろうか。

 突然倒れ、人知れずゆっくりと朽ちていくのではないか。

 そう思うと、夜も眠れぬほど恐ろしかった。

 それでも男が孤独で居続けたのは、どうしたって代えることのできない、窓に映る世界一美しい景色が好きでたまらなかったからだった。

 男はその景色を愛し、自然を愛していた。

 額縁に飾られたその景色だけが、男の孤独を癒してくれた。


 しかし、ある夜、嵐が訪れた。

 恐ろしい嵐だった。

 空が割れるような轟雷が鳴り響き、暴風が窓をガンガン叩いた。

 一夜が過ぎて朝が訪れる頃には、外の世界は一変していた。

 美しかった景色は嵐とともに消え去っていた。

 海は濁って怒り狂い、木々は薙ぎ倒され、道はぬかるみ荒れ果てていた。


 あぁ、なんてことだ。

 あの景色が、あの美しい世界が消えてしまった。

 神よ、なにゆえこのような残酷なことをなさるのですか。

 あぁ、本当に恐ろしいことだ。

 私は遂に真に孤独になってしまったのだと、ひしと感じた。


 男は嘆いた。

 嘆き悲しみ、泣き腫らした。

 泣いて泣いて泣き腫らして、やがてムクリと起き上がった。


 ムクリと起き上がり、無言で道にレンガを置いた。

 次から次にレンガを並べた。

 お世辞にも、綺麗に並べられてはいなかった。

 一瞥しただけでは、それを道とは思わなかった。

 牛が、羊が、男をからかい、レンガを踏み荒らしていった。

 男はその度、ただレンガを置き直した。

 牛たちの酷い言葉には、いっさいの反応をしてやらなかった。

 置いては荒らされ、また置いた。

 そんな日々が、何日も続いた。


 哀れ、哀れ。

 どうしてそんなに哀れなのか。

 ひとりぼっちで石を置く。

 ひとりぼっちで道を敷く。

 可哀想で、見ていられない。

 愚かしくって、見ていられない。


 鳥の群れが、歌いながら男の頭上を飛び去った。

 羽虫たちが、くすりと笑って草むらに消えた。

 それでも男は、身動ぎもせずレンガを置いた。


 ひと月が経った頃だった。

 男が熱にうなされた。


 熱の夜ほど孤独に感じるものは、はたして他にあるまい。

 男は酷くうなされた。

 けれど男は、もう決して泣きはしなかった。


 夢で、神をみた。

 窓の隅にぽつんと佇んでいる、遠く遠くの丘の上に、立派な樫の木が生えている。

 神はそこで手招きをしていた。

 さぁおいで。

 神は、そういいのこしたきり姿を隠してしまった。


 あくる日、男はレンガを手に持った。

 いつものように、脇目も振らずに置いていった。

 けれど途中で、ふらりと倒れた。

 ぽつりと、雨が頬に落ちた。

 一粒、また一粒と、雨は男の顔を濡らした。

 あぁ神よ。

 なにゆえこのような残酷な世界に、私をお創りなさったのですか。


 男の頬は濡れていた。

 雨が、少しばかり強くなった。


 ほんの小雨だった。

 一日もすれば跡形もなく消えてしまうような、ほんの小雨。

 それでも、多少道はぬかるんだ。


 男にはそれで十分だった。

 十分すぎるほど、十分だった。


 あくる日、男はレンガを持たなかった。

 そのあくる日も、レンガを手に取ろうとはしなかった。

 そのまたあくる日も。


 詮無きことだ。

 何をしたって変わらない。

 いずれ壊されてしまうのならば、どうして私は足掻くのだ。

 神も、誰も、答えをくれはしなかった。


 男はすっかり痩せこけた。

 覇気などは、雨とともに流れ落ちてしまった。

 すっかり嫌になってしまった。

 嫌になって、嫌になって、光にすらも嫉妬した。

 どうしてそこまで美しく光るのだ。

 私はこんなにも卑しく、悍ましいというのに。


 あぁやめろ、やめてくれ。

 ここでは私たちは相容れない。

 どうか、そんなに眩しく光るのはやめてくれ。

 男は耳を、目を、全部塞いで突っ伏した。

 けれど光は、やっぱり男を照らしてやった。


 男はたまらず走り出した。

 一心不乱に、半狂乱に、怒って、狂って、叫び散らした。


 おい、見ろよ。

 あの男め、ついに狂ってしまったらしい。

 これは傑作だ。

 だれか、額縁を持ってこい。


 契約書とペンも忘れるなよ。



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