服を着ている感覚がいつもと違う
日常のふとした違和感から始まる、短い怪異の物語です。
母の言葉に覚えた小さな引っかかり。しかし、その違和感を追いかけた先で待っていたのは、想像を絶する不条理な恐怖でした——。
※短いお話ですので、ぜひ予備知識なしでお楽しみください。
新庄環奈は、いつものように食事を終えて、皿とフライパンなどの調理器(洗う為にキッチンに向かった。
洗い物と言っても、せいぜい自分一人が使った分の食器と調理具だけだ。たいした手間ではない。
後ろでは母親の光子が、テレビを熱心に見ていた。その時環奈は、さっきから、何だか自分の動きがいつもとだいぶ違って違和感を持っていたのだ。
━━このブラウス、なんか動きにくい。ちょっと変だわ。このキュロットスカートもストッキングも。
環奈は三十歳を越えたが、こんな感覚は初めてであった。
━━どうしたんだろう?
環奈はテレビを、観ている光子に話しかけてみた。
「お母さん、今私が着ているブラウスとスカート、なんか変じゃない?」
光子はテレビから目を離さず、ぽつりと言った。
「変? 別に普通じゃない。環奈、あんたはずっとその服がお気に入りでしょう」
環奈は息をのんだ。光子の視線はテレビに向いたままだが、画面は真っ黒で電源すら入っていない。
「……お母さん、テレビついてないよ」
光子がゆっくりと首をこちらへ向けた。その顔には目も鼻も口もなく、つるりとした平らな皮膚だけが広がっている。
「ついているわよ。あんたが『それ』を着て、お皿を洗う番組がね」
ぞっとした環奈が自分の手元を見下ろすと、洗っていたのは皿ではなく、赤黒く変色した人間の顔面だった。そして、自分が履いているキュロットスカートの裾からは、太く固い毛に覆われた見知らぬ男の脚が生えている。
「あ、あ……」
パニックになり、環奈は背後の食器棚の鏡に飛びついた。そこに映っていたのは、四十代ほどの見知らぬ男の顔。そしてその男の背後には、死んだはずの母親の服を着た「何か」が、包丁を手に立っていた。
「さあ環奈、次の場面よ。早く顔を洗いなさい」
違和感の正体は、入れ替わりなどではなかった。環奈はとっくに殺され、皮を剥がされ、この「怪物」の気まぐれなごっこ遊びの衣装として着せられていただけだったのだ。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
普段書いているテーマとは少し趣を変えて、ゾッとするような短い怪異の物語をお届けしました。
着慣れた服や日常の何気ない会話に、もしも決定的な「ズレ」があったら……という想像から生まれたお話です。楽しんでいただけたなら幸いです。




