マンティコアこわい
えー、人の性格は十人十色。怖いものも人それぞれでございます。しかし人食いの怪物なら、どうでしょうな。
【登場人物】
熊五郎 江戸っ子。悪知恵が働く
八兵衛 江戸っ子。見栄っ張り
留吉 江戸っ子。調子に乗りやすい
大家 物知り。
マンティコア 人面獅子。毒針の尾を持つ怪物。人間を喰らう。
(長屋の一室。熊五郎、八兵衛、留吉が酒を飲んでいる)
八兵衛
いやぁ、怖いものってのは人それぞれだが、俺はコウモリがこわい。あの骨ばった羽、ゾッとしちまうよ。
留吉はどうだ。
留吉
俺ァ怖いものなんざねえよ。
八兵衛
お前、この間、夜中に便所へ行けなくておまる使ってたじゃねえか。
留吉
あれは便所が怖かったんじゃねえ。
八兵衛
じゃあ何が怖かったんだ。
留吉
便所までの道が汚かった。
八兵衛
怖かっただけだろ。
留吉
おめえだってこないだ夜道で「人魂だ!」って叫んで腰抜かしてたじゃねえか。
あれ猫の目に行灯の明かりが反射してただけだったぞ。
八兵衛
あれはあれだ。「俺はまだ人だ!」って意味で。
留吉
ゾンビ映画のテンプレすぎるだろ。
熊、お前は何が怖いんだ?
熊五郎
俺か?
(熊五郎、少し間を置く)
熊五郎
……マンティコアが怖い。
(八兵衛と留吉、一瞬だけ顔を見合わせる)
八兵衛
ああ。
留吉
マンティコアね。
八兵衛
まあ、ありゃ怖いわな。
八兵衛
おっ、こんな時間だ。俺ァ帰る。
留吉
おう。
八兵衛
またな。
熊五郎
ああ。
(熊五郎が帰った後。八兵衛と留吉が顔を合わせる)
八兵衛
……なあ。
留吉
何だ。
八兵衛
マンティコアって何だ?
留吉
さあ?
八兵衛
お前、さっき「マンティコアね」って言ってたじゃねえか!
留吉
お前が「ああ」って言ったからだ!お前も知らないのか?
八兵衛
なんで知ったかぶるんだ!
留吉
江戸っ子が知らねえなんて言えるか!
八兵衛
……喧嘩しててもらちがあかねえ。大家さんに聞こう。
留吉
そうだな。
(大家の家)
八兵衛
大家さん大家さん!聞きたいことがあるんですがねー!
大家
何だ、騒々しい。
留吉
マンティコアって知ってますか?
大家
ああ、マンティコアか。それはな。人の顔をした獅子だ。
八兵衛
人の顔をした。
留吉
獅子。
大家
尾には毒針がある。
八兵衛
尾に毒針。
大家
歯は三列。
留吉
三列。
大家
人を食う。
留吉
化け物じゃねえか!
八兵衛
熊五郎が怖がるわけだ!
大家
なんだ、熊五郎に痛い目見せようって腹か。感心しないな。
留吉
で、どこにいるんです?
大家
いない。
留吉
なぜです?
大家
西洋の化け物だからだ。
ここは江戸だぞ。マンティコアなんぞいるはずがない。
そもそもそんな話伝わってすらいない。
八兵衛
なんで大家さんが知っているんですかい。
大家
大家だからだ。
留吉
なるほど。
大家
ただな。
八兵衛
ただ?
大家
隣町には、件がいるらしい。
留吉
件?
大家
牛の体に、人の顔を持つ怪物だ。
何か予言をしてから死ぬらしい。
頑張れば、マンティコアに見えないこともないかもしれん。
留吉
ですよ?獅子とは一文字違いとはいえ、ずいぶん違いませんかい
大家
顔は人だ。
留吉
いいな。牛ならそれなりに大きさもある。熊五郎を怖がらせるには十分だろう。
大家
そうだろう。
八兵衛
よし、隣町へ行こう!
(隣町)
八兵衛
しかし、件ってのはどこにいるんだ?
大家
この辺りだと聞いた。
留吉
あっ。
八兵衛
何だ?
留吉
あれじゃねえか?
(遠くから、ズシン……ズシン……と地響き。)
大家
……。
八兵衛
……。
留吉
……。
(獅子のような影が一体、また一体と現れる)
八兵衛
大家さん。
大家
何だ。
八兵衛
あれ、何ですか?
大家
マンティコアだ。
八兵衛
なるほど。
留吉
あれがあの。
八兵衛
獅子の体っても、獅子をみたことがねえからわからねえや。
留吉
人の顔も、日本人の顔じゃねえなあれ。
全員一緒に見えら。
八兵衛
全員?
(八兵衛がふと見渡すと、そこら中にマンティコア)
八兵衛
一匹じゃねえ!こいつらそこら中にいやがる!
大家
食われるぞ!逃げろ!!
八兵衛
おう!
(八兵衛と留吉、逃げる)
大家
「お前ら、ちょっと……」
留吉
「大家さん、ジジイだから体力がねえんだ!」
八兵衛
「引っ張るぞ!」
(大家の手を引き、走る)
大家
「私のことはいいから、逃げろ……!こいつらがわしらの町まで来たら、大変だ、その前に、このことを誰かに……」
留吉
「おう!」
(手を離す)
(走る八兵衛と留吉の背後から、断末魔が響く)
(暗転)
(少し後。八兵衛と留吉)
八兵衛
……大家さん。
留吉
……。
八兵衛
死んぢまった。
留吉
ああ。
八兵衛
今月の家賃はタダだ。
留吉
違いねえ。
八兵衛
なあ。
留吉
何だ。
八兵衛
熊五郎を怖がらせるんだよな。
留吉
ああ。
八兵衛
捕まえるか。
留吉
マンティコアを?
八兵衛
ああ。
留吉
町を守るのは?
八兵衛
知ったこっちゃねえ。ここで引いたら、江戸っ子じゃねえ。
留吉
違いねえ。
(マンティコアの群れ)
八兵衛
よし。
留吉
どうやって捕まえる。
八兵衛
漁船から網をかっぱらってきた。お前が囮になれば捕まえられる。
留吉
嫌だ!
八兵衛
じゃあ俺が。
留吉
……いや、俺が
八兵衛
どうぞどうぞ。
留吉
お前!
(留吉、マンティコアの前へ)
留吉
こっちだ! 化け物!
マンティコア
ガァァァァァァァァァァァッ!
留吉
ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!
(留吉、逃げる)
八兵衛
今だ!
(八兵衛、網を投げる)
八兵衛
捕まえた!
(熊五郎の家の前)
留吉
本当に放すのか?
八兵衛
ああ。
留吉
死んだらどうする。
八兵衛
あいつに借りてた借金がなくなる。
留吉
クソ野郎。
八兵衛
江戸っ子だ。
(戸を開け、マンティコアを熊五郎の家へ放す)
留吉
逃げろ!
(八兵衛と留吉、逃げる)
(熊五郎の家)
熊五郎
ただいま、っと
(マンティコアがいる)
熊五郎
ま、マンティコアだ……
マンティコア
……。
熊五郎
ひいぃ!
(マンティコア、一歩近づく)
熊五郎
来るな!
(さらに一歩)
熊五郎
来るなって!
(マンティコアの腹が膨らむ)
熊五郎
……?
(ポンッと、はじけるような音)
熊五郎
……?
(小さなマンティコアが現れる)
熊五郎
……?
熊五郎
何だ今の。
(ポンッ)
熊五郎
おい。
(ポンッ、ポンッ、ポンッ)
熊五郎
増えてるううううううううう!!!
(町中)
町人の声
うわあああああっ!化け物だああああ!
別の町人の声!
外郎売が食われたぞー!
別の声
屋根にいるぞ!
別の声
井戸に三匹いる!
別の声
八百屋に五匹いる!
別の声
八百屋のが七匹になった!
別の声
団子屋でみたらしを頼んだら一串に四匹刺さってた!
別の声
金魚売りがマンティコアを売り始めた!
別の声
金魚売りだった奴が食われた!
(八兵衛、留吉が走ってくる)
八兵衛
マンティコアだ!熊五郎の家から出てきた!
留吉
一匹だったはずだぞ!
八兵衛
単為生殖だ!一匹から増えたんだ!
(マンティコアが次々と現れる)
八兵衛
逃げろ!
留吉
どこへ!
八兵衛
どこでもいい!
町人の声
助けてくれえええええええええええええええええっ!
マンティコアたち
ガァァァァァァァァァァァッ!!!
全員
うわああああああああああああああああああああっ!!!
(阿鼻叫喚。人々が逃げ惑う)
(翌日)
八兵衛
いやぁ、ひどい目にあった。
留吉
まさか尾を切ると頭が弱点になるなんてな。大家さんの家にあった攻略本がなければ危ないところだった。
八兵衛
にしても疲れたな。マンティコアは本当に怖かった。熊五郎、他に怖いものはないのか?
熊五郎
そうだな、疲れたし今は、冷たいお茶が怖い。
小さいマンティコア
ガァ
八兵衛
あっ、マンティコア!
留吉
討ち漏らしだ!追え!
(三人がマンティコアを追いかける)
(幕) ::




