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最初はタイプじゃなかった君と、明日結婚する  作者: ちょこまろ


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5/5

最終話 最初はタイプじゃなかった君が、私の帰る場所になった

結婚式の朝。


美帆は、いつも通り少し寝不足で、少し慌てて、そして悠斗に忘れ物を見抜かれます。


最初は「いい人だけど、それだけ」だった人。

恋愛対象ではないと思っていた人。


でも今、その人は美帆にとって、いちばん安心できる場所になっていました。


タイプじゃなかった君と、今日、結婚します。

 翌朝、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。


 スマホを見ると、悠斗からメッセージが届いていた。


『おはよう。よく眠れましたか』


 私は正直に返した。


『少しだけ』


 すぐに既読がつく。


『僕もです』


『緊張してる?』


『しています』


『悠斗でも?』


『僕でもします』


 同じやり取りに笑ってしまう。


 少しして、もう一通届いた。


『今日も、いつも通りでいてください』


 私は画面を見つめた。


『いつも通りって?』


『笑って、少し泣いて、たぶん何か忘れ物をして、最後にはちゃんと楽しむ美帆でいてください』


 私は布団の中で声を出して笑った。


『忘れ物する前提?』


『念のため確認してください』


 慌ててバッグの中を確認すると、母への手紙が机の上に置いたままだった。


 私は固まった。


 スマホに戻る。


『手紙忘れてた』


 悠斗から、すぐに返信。


『ほら』


『むかつく』


『よかった。いつも通りです』


 私は笑いながら、手紙をバッグに入れた。


 式場に着いてからは、時間が驚くほど早く進んだ。


 ヘアメイクさんに髪を整えてもらい、メイクをしてもらい、ドレスに着替える。鏡の中の自分は、自分なのに自分ではないみたいだった。


 母が控室に入ってきた時、私はまだ泣くつもりではなかった。


 でも母は、私の姿を見るなり目を潤ませた。


「綺麗ね」


 その一言で、涙腺が危なかった。


「まだ泣かないでよ」


「美帆こそ」


「私は泣かない」


「嘘ばっかり」


 母は笑った。


 父は少し遅れて入ってきて、なぜか私の顔をまともに見なかった。


「お父さん」


「うん」


「こっち見てよ」


「見てる」


「見てない」


 父はようやく顔を上げた。


 そして、すぐに目をそらした。


「……綺麗だ」


 その声が少し震えていて、私はもうだめだった。


 ハンカチを目元に当てると、メイクさんが慌てて「軽く押さえるだけで」と言った。


 私は笑いながら頷いた。


 挙式前、扉の向こうに悠斗がいると聞かされた。


 先にチャペルで待っているらしい。


 私は父の腕に手を添えながら、扉の前に立った。


 心臓が大きく鳴っていた。


 扉が開く。


 光が差し込む。


 その先に、悠斗がいた。


 白いタキシード姿の彼は、いつもより少しだけ背筋を伸ばしていた。でも、顔を見ると、やっぱり悠斗だった。緊張していて、目が合った瞬間に泣きそうになって、それを必死でこらえている。


 私は思わず笑いそうになった。


 この人でよかった。


 まだ式は始まったばかりなのに、もうそう思った。


 父と一歩ずつ歩く。


 バージンロードの途中で、これまでのことが浮かんでは消えた。


 最初はタイプじゃなかった。


 いい人だけど、それだけだと思っていた。


 でも、彼はいつも、私の隣にいてくれた。


 私が自分を嫌いになりそうな時、そうならないように手を伸ばしてくれた。


 私が大丈夫と嘘をつく時、ちゃんと見抜いてくれた。


 私が笑えるように、何でもない日を少しだけ楽しくしてくれた。


 父から悠斗へ、私の手が渡される。


 悠斗の手は、少し冷たかった。


 緊張しているのだとわかった。


 私は小さく囁いた。


「手、冷たい」


 悠斗も小さく返した。


「美帆も」


「緊張してる?」


「しています」


「私も」


 たったそれだけで、少し安心した。


 式の間、私は何度も泣きそうになった。


 誓いの言葉を聞く時。


 指輪を交換する時。


 悠斗が私の手を取る時。


 どの瞬間も、特別なのに、どこか日常の延長みたいだった。


 この人となら、明日からも普通に暮らしていける。


 そう思えた。


 披露宴では、プロフィールムービーが流れた。


 幼い頃の写真、学生時代の写真、社会人になってからの写真。そして、二人で撮った写真。


 駅前のベンチでアイスを持っている写真が映った時、奈々がこちらを見て笑った。


 悠斗は少し恥ずかしそうにしていた。


 司会者さんが、私たちの紹介文を読んだ。


「お二人は職場で出会われました。最初から特別な恋だったというより、一緒に過ごす日々の中で、少しずつ大切な存在になっていったそうです」


 私は隣の悠斗を見た。


 彼も私を見た。


「落ち込んだ日に何気なく寄り添ってくれたこと、無理をしている時に本気で叱ってくれたこと、何でもない帰り道を楽しい時間に変えてくれたこと。その一つひとつが、かけがえのない思い出になりました」


 読み上げられると、想像以上に恥ずかしかった。


 でも、悠斗は真剣に聞いていた。


「これからも、嬉しい日も、迷う日も、何でもない日も、隣で笑い合える二人でいたい」


 その言葉が会場に響いた時、悠斗がテーブルの下で、そっと私の手を握った。


 強くはない。


 でも、確かに。


 披露宴の終盤、母への手紙を読む時間が来た。


 私は泣かないつもりだった。


 もちろん、無理だった。


 手紙の文字は何度も滲んだ。母が泣き、父が目をこすり、悠斗が隣で静かに見守ってくれていた。


 手紙を読み終え、花束を渡した後、母が私の耳元で言った。


「いい人を選んだね」


 私は頷いた。


「うん」


「幸せになりなさい」


「なる」


 そう答えながら、私は思った。


 幸せにしてもらうのではなく、一緒に幸せになっていくのだと。


 式が終わり、二次会も終わり、すべてが終わった頃には、足が痛くて、頬も疲れて、でも胸の中はいっぱいだった。


 夜、ホテルの部屋に入ると、私はベッドに倒れ込んだ。


「疲れた」


 悠斗も隣に座った。


「お疲れさま」


「悠斗も」


「美帆、途中で泣きすぎでしたね」


「悠斗だって泣きそうだった」


「泣いてはいません」


「嘘」


「少しだけです」


 私は笑った。


 部屋のテーブルには、式場から持ち帰った花束と、ゲストからのメッセージカードが置かれていた。白いドレスから着替えた私は、もういつもの私に戻りつつあった。


 でも、左手の指輪だけが、今日が特別な日だったことを教えてくれる。


「ねえ、悠斗」


「はい」


「最初、私が悠斗のことタイプじゃなかったって言ったら、怒る?」


 悠斗は少し考えた。


「今なら怒りません」


「今なら?」


「昔言われたら、たぶん寝込みました」


「そんなに?」


「好きな人にタイプじゃないって言われるのは、なかなかの打撃です」


「ごめん」


「でも、今はいいです」


「どうして?」


 悠斗は私の左手を見た。


「今、美帆は僕の奥さんなので」


 その言葉に、胸がぎゅっとなった。


「奥さん」


「はい」


「変な感じ」


「僕も、夫です」


「似合わない」


「ひどい」


「でも、嬉しい」


 悠斗は笑った。


 私は彼の肩にもたれた。


「昔の私に教えたいな」


「何を?」


「その人だよって」


「丸い顔の?」


「言ってない」


「思ってはいましたよね」


「……少し」


「やっぱり」


 彼は拗ねたような顔をした。


 私は慌てて言った。


「でも、今はその顔も好き」


「本当ですか」


「本当」


「じゃあ許します」


「単純」


「美帆に好きって言われたので」


 その言い方が愛しくて、私は彼の手を握った。


「悠斗」


「はい」


「電話してくれてありがとう」


「電話?」


「最初に、告白してくれた日。いや、告白は廊下だったけど、その後もちゃんと連絡くれたでしょ。急がなくていいって。寝てくださいって」


「ああ」


「あれがなかったら、私、たぶん逃げてた」


 悠斗は黙った。


「怖かったから。好きになるのも、関係が変わるのも、また自分を見失うのも。でも、悠斗が待ってくれたから、ちゃんと考えられた」


 私は彼を見た。


「向き合ってくれてありがとう」


 悠斗の目が少し赤くなった。


「美帆」


「うん」


「僕こそ、選んでくれてありがとう」


「選んだよ」


「はい」


「最初は気づくの遅かったけど」


「だいぶ遅かったです」


「そこは否定して」


「でも、間に合いました」


 彼はそう言って、私の手を両手で包んだ。


「間に合ったので、いいです」


 私は泣きそうになりながら笑った。


 窓の外には、夜の街が広がっていた。


 どこかで誰かが帰り道を歩いている。コンビニでアイスを買う人もいるかもしれない。仕事で落ち込んだ人も、好きな人に会いたい人も、明日を少し不安に思う人もいる。


 私も、そういう夜をいくつも越えてきた。


 その先に、悠斗がいた。


 特別な運命は、最初から光っているとは限らない。


 見逃してしまいそうなほど普通で、けれど気づけばいつも隣にある。何でもない日を一緒に重ねて、少しずつ輪郭を持っていく。


 私にとって悠斗は、そういう人だった。


 最初から恋に落ちたわけではない。


 でも、今なら思う。


 最初から恋ではなかったからこそ、私はこの人の優しさを、時間をかけてちゃんと知ることができた。


 悠斗が立ち上がった。


「美帆」


「何?」


「アイス、食べますか」


「今?」


「ホテルの下にコンビニありました」


「結婚式の夜に?」


「結婚式の夜だからです」


 私はしばらく彼を見つめ、それから笑った。


「食べる」


「半分ずつ?」


「うん」


「美帆が半分以上食べる前提で買ってきます」


「一緒に行く」


「疲れてるのに?」


「いいの。今日も帰り道みたいにしたい」


 悠斗は嬉しそうに笑った。


 私たちはホテルのエレベーターに乗り、深夜のコンビニへ向かった。


 白いドレスも、タキシードも、花束もない。


 あるのは、少し疲れた顔の私たちと、左手の指輪と、いつものように並んで歩く時間だけ。


 コンビニのアイスケースの前で、悠斗は真剣に悩んでいた。


「バニラですか。チョコですか。抹茶もあります」


「悩みすぎ」


「結婚式の夜のアイスなので」


「そんなに重要?」


「重要です」


「じゃあ、バニラ」


「原点ですね」


「うん。最初の雨の日と同じ」


 悠斗は少し目を細めた。


「覚えてたんですね」


「忘れないよ」


「僕もです」


 会計を済ませて、ホテルへ戻る途中、悠斗が袋の中を見た。


「スプーン、二本あります」


「よかった」


「一本だったら?」


「悠斗が我慢」


「新郎なのに?」


「夫だから」


「夫、厳しいですね」


「これからもっと厳しいよ」


「覚悟します」


 エレベーターの中で、私たちは並んで立った。


 鏡に映る自分たちは、少し疲れていて、少し眠そうで、でも幸せそうだった。


 悠斗が、私の左手をそっと取った。


「美帆」


「うん」


「今日、すごく綺麗でした」


「今言う?」


「今も綺麗です」


「部屋着なのに?」


「部屋着でも」


「泣いたあとで顔ぐちゃぐちゃだよ」


「それも含めて」


「悠斗って、そういうこと普通に言うようになったね」


「練習しました」


「どこで?」


「心の中で」


「保存した?」


「保存しました」


「容量足りた?」


「足りません」


 私は笑った。


 部屋に戻って、私たちはアイスを開けた。


 二本のスプーンで、ひとつのカップをつつく。


 バニラアイスは、あの日と同じように甘かった。


「美帆、また半分以上食べてます」


「気のせい」


「気のせいではないです」


「いいじゃん。奥さんだから」


「その使い方、ずるいです」


「夫だから許して」


「許します」


 悠斗は呆れたように笑った。


 私はその顔を見ながら、思った。


 最初は、タイプじゃなかった。


 恋をする相手じゃないと思っていた。


 いい人だけど、それだけだと思っていた。


 でも、その「いい人」は、私が泣きそうな時に気づいてくれる人だった。


 大丈夫じゃない時に、ちゃんと叱ってくれる人だった。


 何でもない日を、少しだけ甘くしてくれる人だった。


 私が私を嫌いにならずにいられる場所を、作ってくれる人だった。


「悠斗」


「はい」


「これからも、アイス半分以上食べてもいい?」


 悠斗は少し考えるふりをした。


「たまになら」


「毎回は?」


「相談です」


「けち」


「夫婦なので、話し合いが大事です」


「じゃあ話し合おう」


「はい」


「私は多めに食べたいです」


「僕も食べたいです」


「じゃあ、二個買えばよかったね」


「そうですね」


 私たちは顔を見合わせて、笑った。


 こんなふうに、きっと明日からも続いていくのだと思った。


 大きな事件も、劇的な奇跡もないかもしれない。


 でも、寝不足の朝に笑い合って、仕事帰りにスーパーへ寄って、疲れた夜にアイスを分け合って、無理をしたら叱られて、たまに喧嘩して、ちゃんと仲直りしていく。


 そういう毎日を、この人となら、大切にできる。


「美帆」


「うん?」


「これからも、よろしくお願いします」


 悠斗が少し真面目な声で言った。


 私はスプーンを置いて、彼を見た。


「こちらこそ」


 そして、心の中でそっと思った。


 やっぱり私は、君でよかった。


 好きになってよかった。


 出会えてよかった。


 明日からも、きっと何でもない日が続いていく。


 朝起きて、眠いと言い合って、仕事に行って、帰りにスーパーへ寄って、たまに喧嘩をして、たまに泣いて、たくさん笑って、アイスを半分ずつ分け合う。


 その普通の毎日を、この人となら大切にできる。


 私は悠斗の隣で、溶けかけたアイスをもう一口食べた。


 甘くて、少し冷たくて、どうしようもなく幸せな味がした。


 最初はタイプじゃなかった君が、今では、私の帰る場所になっていた。


― 完 ―

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


最初から燃え上がるような恋ではなかった二人。

けれど、雨の日のアイス、何でもない帰り道、無理をした時に叱ってくれた言葉、そしてそばにいてくれる安心感。


そんな小さな日々の積み重ねが、美帆にとって悠斗を「帰る場所」に変えていきました。


恋は、最初から運命だとわかるものばかりではないのかもしれません。

気づけば隣にいて、気づけば一番大切になっている。

そんな恋も、きっとあるのだと思います。


美帆と悠斗の物語を見届けてくださり、ありがとうございました。

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