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四ツ辻に立つ声  作者: 臥亜


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7/10

中央に立つ者

蒼は、自分の声が、自分の喉から出ていない気がしていた。


「……俺は、蒼だ」


小さく呟く。

だがその音は、夜の四ツ辻に吸い込まれ、返ってこない。


中央に立っている。


立たされている。


違う。


“戻っている”。


その感覚だけが、はっきりしていた。


背後で、靴底が砂を擦る音がした。


振り返る。


誰もいない。


だが、確かに、気配はある。


それは視線ではない。

匂いでもない。

足音でもない。


「名前を、返せ」


声がした。


耳元ではない。


地面の下から。


「返せ」


蒼は動けなかった。


足が、地面に縫い止められている。


中央。


交差点の中心。


そこに立つと、周囲の世界がわずかに歪む。


建物の輪郭がずれる。

電柱が、一本、足りない。

信号機が、ひとつ増えている。


そして。


正面の路地の奥に、誰かが立っている。


暗闇に溶ける輪郭。


だが、顔だけがわずかに白い。


その口が、動いた。


「蒼」


違う。


呼び方が違う。


それは、蒼を呼んでいるのではない。


「――亮太」


蒼の胸が、凍りつく。


なぜその名前を、知っている。


なぜ、その名前が、こんなにも懐かしい。


蒼は一歩、踏み出そうとした。


足が動く。


だが同時に、中央から離れた瞬間、胸の奥がひどく冷えた。


そこは、本来、蒼が立つ場所ではない。


中央は。


あの場所は。


――亮太の位置だ。


その理解が、脳裏を裂いた。


記憶が混ざる。


小学生の帰り道。


四ツ辻。


二人で立った。


中央に立ったのは、どちらだ?


蒼か。


亮太か。


思い出せない。


いや、思い出せる。


あの日、中央に立ったのは――


蒼ではなかった。


「お前が、奪った」


地面の下から、声。


「中央は、俺の場所だ」


蒼は膝をついた。


吐き気が込み上げる。


“蒼”という名前が、皮膚の上で浮き上がる。


それは貼り付けられたものだ。


仮の名。


借り物。


本当は。


本当は。


「……俺は、亮太?」


その瞬間。


路地の奥の白い顔が、ゆっくりと笑った。


いいや。


違う。


蒼が笑っている。


中央に立っているのは、蒼の顔をした何かだ。


そして、膝をついているのは。


名前を失いかけているのは。


――誰だ。


「名前を返せ」


四ツ辻が、わずかに揺れた。


アスファルトのひびが、十字に広がる。


中央が、口のように開く。


蒼は、落ちる。


いや。


吸い込まれる。


暗闇の中で、声だけが残る。


「中央に立つのは、一人だ」

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