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四ツ辻に立つ声  作者: 臥亜


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4/5

三分の中央

23:57。


蒼は部屋を出ていた。


止める理由はいくらでもあった。

だが止まらなかった。


四ツ辻は、夜の底に沈んでいる。


街灯の光が薄く広がり、中央だけが、わずかに暗い。


時計を見る。


23:59。


あと一分。


帰れる。


まだ帰れる。


そのはずなのに。


足が中央へ向かう。


一歩。


アスファルトの感触が、少し柔らかい。


二歩。


周囲の音が遠のく。


三歩。


中央。


0:00。


世界が、音を失う。


車の走行音も、風も、虫の声も、何もない。


完全な無音。


蒼は立っている。


動ける。


だが時間が、進んでいない気がする。


視界がわずかに揺れる。


足元を見る。


自分の影がある。


だが、影が二つある。


街灯は一つなのに。


影の片方が、ゆっくりと顔を上げる。


蒼は理解が追いつかないまま、それを見る。


それは自分だ。


だが、口元がわずかに違う。


ほんの少しだけ、笑い方が違う。


「遅かったね」


声は外からではない。


頭の内側で鳴る。


蒼は口を開く。


「……戻れ」


言葉が震える。


影のもう一つが、首を傾げる。


「どっちに?」


蒼の背後で、気配が動く。


振り向かない。


振り向けば終わると、どこかで分かっている。


だが。


耳元で、はっきりと。


「蒼」


懐かしい声。


自分の名前。


安心が広がる。


振り向きかける。


その瞬間。


足元の影が、もう一つ増える。


三つ目。


それは何も言わない。


ただ、中央にぴったり重なる。


影が重なるたびに、胸が締め付けられる。


「三分だけだよ」


頭の中の声。


「三分で、呼び直すだけ」


呼び直す。


蒼は必死に、自分の名前を思い出す。


蒼。


蒼。


蒼。


だが、その音が薄れていく。


代わりに浮かぶ。


亮太。


自然に。


ずっと前からそうだったように。


影の一つが、蒼の足元から離れ、中央に立つ。


それは蒼と同じ姿。


だが、まばたきの間に、顔がはっきりする。


それは。


蒼より少しだけ、自信のある顔。


少しだけ、迷いのない目。


「こっちのほうが楽だよ」


0:02。


時間が、微かに動く。


蒼は自分の胸を掴む。


心臓が速い。


息が荒い。


だが声が出ない。


中央の影が、手を伸ばす。


触れていないのに、何かが引き抜かれる感覚。


記憶ではない。


感情でもない。


“呼ばれ方”。


蒼という音が、喉の奥から剥がれていく。


0:03。


どこかで音が戻る。


遠くで車が走る。


虫が鳴く。


世界が再起動する。


蒼は、中央に立っている。


一人で。


影は一つ。


時計を見る。


0:03。


三分が、消えている。


息が荒い。


何が起きたのか、はっきり思い出せない。


だが、何かが減っている。


ポケットのスマホが震える。


画面を見る。


ロック画面の表示名。


亮太


蒼は、ゆっくりと口を開く。


「……」


名前を言おうとする。


だが、最初に出てきたのは。


「りょう……」


蒼は唇を噛む。


必死に、思い出す。


蒼。


あおい。


その音が、遠い。


四ツ辻の中央が、わずかに温かい。


まるで、誰かが今まで立っていたように。


そのとき。


背後から、小さな声。


「まだ残ってる」


振り向かない。


振り向かない。


だが声は続く。


「次は、消えるよ」


蒼の視界の端で、影が一瞬だけ、二重になる。


すぐに戻る。


だが確実に、何かがずれている。


スマホに通知。


差出人:蒼


あと一回。


送信時刻。


0:00。


三分間の、内側。


蒼は、中央から一歩、外へ出る。


地面の硬さが戻る。


だが、胸の奥が軽い。


軽すぎる。


何かを失った人間の軽さ。


帰り道。


頭の中で、名前を繰り返す。


蒼。


蒼。


蒼。


だが途中で、必ず混ざる。


亮太。


どちらが本物か、もう分からない。


部屋のドアを開ける。


机の上のノートが開いている。


新しい文字が増えている。


「三分目」


その下に、かすれた字。


「あと、二回」


蒼は立ち尽くす。


三分で、何かを削られる。


二回。


つまり、あと六分。


六分後。


自分は、どちらの名前で立っているのか。


それとも。


もう、どちらでもないのか。

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