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四ツ辻に立つ声  作者: 臥亜


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3/5

消えないもの

蒼は、その夜、四ツ辻の中央には立たなかった。


立たなかったはずだった。


ベッドに横になり、目を閉じる。

眠りは浅く、夢と現実の境目が曖昧になる。


どこかで、足音がする。


アスファルトを踏む乾いた音。


一歩。


また一歩。


四方向から。


蒼は夢の中で、中央に立っている。


足元の地面は、わずかにへこんでいる。


そこだけ色が違う。


誰かが、長いあいだ、そこに立っていたように。


声がする。


「まだ、持ってるんだ」


目が覚める。


朝。


スマホの画面が明るい。


通知はない。


時刻は7:12。


だが、写真フォルダに赤いバッジがついている。


昨夜、撮った覚えのない画像が一枚。


開く。


四ツ辻。


中央。


そこに立っているのは――


蒼。


いや。


顔ははっきり写っていない。


街灯の逆光で黒く潰れている。


だが服装は昨日のままだ。


撮影時刻は 23:58。


蒼は、その時間、家にいたはずだ。


写真を拡大する。


中央に立つ影の胸元。


わずかに見えるネームタグ。


ぼやけた文字。


「Ryo…」


それ以上は読めない。


蒼は、喉の奥が冷たくなるのを感じた。


大学へ向かう途中、ふと思い出す。


高校時代の卒業アルバム。


自分の名前が残っている、はずのもの。


帰宅後、実家に電話をかける。


「アルバム、まだある?」


母は少し不思議そうに答える。


「あるけど。どうしたの、亮太」


蒼は息を止める。


「……蒼だよ」


沈黙。


「何言ってるの?」


軽く笑う声。


冗談だと思っている。


蒼は言葉を失う。


「アルバム、見てほしいんだけど」


数分後、写真が送られてくる。


開く。


クラス集合写真。


二列目、左から三番目。


自分の顔。


その下の名前。


佐伯 亮太


蒼は画面を凝視する。


違う。


そこは「蒼」だった。


青いインクで、自分の字でサインもしていたはずだ。


だが、どこにも“蒼”の文字はない。


念のため、検索する。


「佐伯蒼」


ヒットしない。


「佐伯亮太」


自分のSNSアカウントが出てくる。


アイコンも投稿履歴も、自分のものだ。


だが表示名は「亮太」。


投稿の一つに目が止まる。


昨夜23:59。


立った。

思い出せそう。


蒼は投稿した覚えがない。


コメント欄。


ようやく戻る?

今度は長く持つといいね。


戻る?


何に?


そのとき、机の上に置いていたノートが床に落ちる。


開いたページに目がいく。


走り書きのメモ。


自分の筆跡。


震えた文字で。


「振り向くな」


その下に、もう一行。


「三分間が危ない」


蒼は頭を押さえる。


三分。


昨夜の写真の時刻。


三分の空白。


何があった?


ゆっくりと、記憶を探る。


四ツ辻。


中央。


暗い地面。


声。


「戻る?」


蒼は、はっとする。


戻る。


それは、蒼に戻るのか。


それとも、亮太に戻るのか。


もしかすると。


今が“途中”なのかもしれない。


どちらにも完全に固定されていない状態。


だから、違和感が残っている。


もし。


違和感が消えたら。


その瞬間、自分は完全にどちらかになる。


そして、もう片方の名前は、最初から存在しなかったことになる。


窓の外を見る。


夕暮れ。


四ツ辻が見える位置ではないのに、

なぜか中央が頭に浮かぶ。


そこは空席ではない。


そこは、名前を置き直す場所だ。


スマホが震える。


差出人:蒼


まだ残ってるね。


じゃあ、もう一度。


蒼の指が震える。


返信欄を開く。


「お前は誰だ」


送信。


既読がつく。


すぐに返信。


君だよ。


部屋の奥で、何かが軋む音がする。


カチ、と。


まるでドアノブが回る音。


蒼はゆっくり振り向く。


振り向いた瞬間。


自分の口が、勝手に動く。


「……亮太」


自分の声で。


違う名前が、自然に出る。


蒼は口を押さえる。


その奥から、かすかに別の声が漏れる。


「もう少し」


時計を見る。


23:57。


四ツ辻まで、徒歩三分。

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