南棟の4階で
「失礼します……」
南棟の四階。どの部屋に入ればいいか分からず、しばらく廊下を歩き回っていると、一つだけ中に人の気配がある部屋を見つけた。
ガラガラと重たい扉を開け、そっと中をのぞく。
中では、ひとりの男の子がピアノを弾いていた。
その旋律は、どこかで聞いたことがあるような、懐かしく、胸を揺さぶるメロディー。
部屋には、見たこともない不思議な形の楽器がたくさん並んでいて、そこだけ異国のような空気が漂っていた。
しばらく演奏に耳を傾けていると、ふいに彼と目が合った。
「わっ!」
お互いに驚いて、数秒間の沈黙が落ちる。
「……誰?」
先に口を開いたのは、彼の方だった。
「はじめまして。リリー・アルベールと申します」
名乗った瞬間、彼の目がまん丸に見開かれる。
「リリー・アルベールって……この国の、公爵令嬢!?」
驚きのあまり、かけていたメガネがずれてしまった。
「ぼ、僕は颯太っていいます。」
慌ててメガネをかけ直しながら、彼は名乗った。
「それで……どうしてここに?」
「アマネさんとリコさんに呼ばれて、来たんです」
「2人に?」
ちょうどその時、扉の方から声がした。
「来てくれるかな〜?」
「アマネちゃんがあんな強引に言うから、来ないかもよ」
「あっ!」
扉の向こうから顔をのぞかせたのは、アマネさんとリコさんだった。
「来てくれたんですかぁ!?」
さっきの険しい顔が嘘のように、アマネさんはぱっと笑顔になった。
「ほ、本当に来てくれた……」
リコさんも目を丸くしている。
「で、なんでリリーさんをここに呼んだの?」
ソウタさんが疑問を口にすると、アマネさんが彼にだけ聞こえるような小声で何かを伝えた。
リコさんと目が合い、私は軽く会釈を交わす。
内容は聞こえなかったが、ソウタさんの目が見開かれ、驚きが顔に浮かんだのが分かる。
「……ら……いいんじゃない?」
「うん。わかった」
ソウタさんがこちらを向き直る。
「さっき弾いていた曲、もう一度弾いてもらえませんか?」
「え……ええ、分かりました」
深呼吸をして、鍵盤に手を添える。
さっきの曲──頭の中に自然と浮かび上がる旋律を、指先にゆだねて弾き始める。
•¨•.¸¸♬︎•¨•.¸¸♬︎
さっきよりも正確に、そして心から楽しんで弾けている気がした。
「……まさか……」
ソウタさんがつぶやき、そばにあった不思議な形の楽器を手に取り、椅子に腰を下ろす。
そして――
聞いたことのない音が、私のピアノに
──────────重なった。
演奏が終わってもその音が頭に響いている。
しばらくの沈黙の後、
「今のはなんですか?」
「どうして弾けるんですか?」
質問が被りお互い苦笑する。
ソウタさんは何故私がこの曲を弾けるのかが気になっているようだが私にも分からない。
そのことを伝えると「不思議なこともあるんだね」と少し納得のいかない顔で頷いた。
私がした質問に対しては丁寧に教えてくれた。
ソウタさんが弾いたその楽器は、糸のような細長い紐が何本か付いて真ん中はくり抜かれている。
「初めて見ました。」
「これはいせ……僕たちの故郷の楽器なんです。ギターって言います。」
「こっちにはないから、作るのにすごく苦労したよね」
そう言って3人は苦笑いする。
「……作ったんですか?」
思わず声が出る。これを一から自分たちで?
「ええ。僕たちの故郷には当たり前にあったものなんです。でもこっちには無くて」
「材料も道具もなかったから、一度分解してから、思い出しながら一つずつ試して……感覚を頼りに、やっと再現できたんです」
「色んな人の力を借りました。具体的には火で金属をとかして────」
と早口で話し始めるのについていけてないとアマネさんがいった。
「すみませんリリー様。あいつの家楽器屋さんなんです。だから修理とかで楽器の構造知ってるから作れたんですけど……楽器マニアだから話し始めるとなかなか止まらないんです。」
なるほど。
確かに他にも見たことの無い楽器が沢山ある。
「触ってみますか?」
リコさんが言う。
「よろしいのですか?」
「もちろん」
「ほら颯太!貸して」
話に夢中になっていたソウタさんから楽器を取り渡してくれた。
「意外と重いのね」
なんて思いたがら手に取る。
あれ?なんで?
─────────構え方が分かる。
初めて持った感じがしない。
さっきのソウタさんの演奏を見たからな。
試しに音を鳴らして見ると
試しに音を鳴らしてみると――
ポロン……と、空気が震えた。
それはまるで、水面に一粒の雫が落ちたような、透き通った音。
「……!」
自分で鳴らした音なのに、思わず息をのむ。
続けて指を動かすと、驚くほど自然に、音階がつながっていった。
……おかしいわ。こんな楽器、見たこともないのに。
さっきのソウタさんの演奏を思い出して真似している……そう思おうとした。
けれど、指の動きは思考よりも速く、音の導きに、身体が勝手に応えていく。
まるでこの手が、この楽器を“知っている”みたいに。
夢の中にいるようなあの感覚
「すごい……綺麗な音……」
莉子がぽつりとつぶやく。
「……やっぱり……!」
天音の目に、一瞬、光が宿った。