黒髪の少女達
気づけば、廊下に人だかりができていた。
演奏を聞かれていたと知った瞬間、途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、私はピアノからそっと離れた。
「そ、そういえば……先生に呼ばれていたのですわ。お先に失礼しますね」
人ごみをかき分けるようにして、その場を足早に後にする。
アンには、少し申し訳ないことをしたと思うがあれ以上あそこにいるのはとてもじゃないが無理だ。
「楽しかったな……」
胸に残る余韻を噛み締めながら廊下を歩いていると、自分の口元が自然と緩んでいることに気づく。
だめよ。感情を抑えなくては。
あふれてくる暖かい気持ちを、必死に押しとどめる。
(また……あんなことになったら……)
そんな時、背後から声をかけられた。
「あの!」
振り返ると、同い年くらいの女の子が二人立っていた。
一人はキリッとした表情、もう一人は少し戸惑ったような顔つきだ。
同じ制服を着ているからおそらくここの生徒だと推測できるがこんなふたり見たことがない。
「初めまして。私は天音といいます。天使の“天”に、音楽の“音”で“アマネ”」
「わ、私は梨子……果物の“梨”に、子どもの“子”で“リコ”って読みます」
思わず、名乗り方の個性に頭が混乱する。でも、不思議とそれが変だとは思えなかった。
「リリー・アルベールと申します。……私に何か御用でしょうか?」
三つ編みに眼鏡のリコさんが「やっぱり気のせいじゃ……」とつぶやき、そっと目を伏せた。
一方のアマネさんは、ポニーテールを揺らしながら真剣なまなざしを向けてきた。
「今、ピアノで弾いていた曲。……あれ、どこで知ったんですか?」
「……え?」
思いもよらぬ質問に、言葉を失う。
「それに、曲名も教えてください」
──でも、私は答えられなかった。
「……ごめんなさい。わかりません。自然と指が動いて……。どこで覚えたのかも、思い出せなくて……」
アマネは小さく息を呑み、リコはそっと視線を落とした。
「……やっぱり」
「え? 何か、知っているのですか?」
「今日の放課後、南棟の四階にある教室に来てくれませんか?」
「南棟……四階?」
その名前を聞いて、少し身構える。
南棟は、普段ほとんど使われない棟だ。誰かが出入りしているところを見たこともない。
少し不安ではあるけれど、二人の目はまっすぐで――悪い人には見えなかった。
「……お願いします!」
それだけ言い残すと、二人は早足でその場を去っていった。
「なんだったのかしら……」
ぽつんと取り残された私は、心の中でそっとその言葉を繰り返した。
放課後、南棟、四階。
その三つの言葉を、記憶にしっかりと刻み込んだ。