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心が知っている音


「まさか……売れるなんて」


アンに勧められて書いた詩集が、下町で思いのほか人気を集めていた。

名を伏せて販売していたのは、貴族の名前があると色眼鏡で見られるかもしれないと、彼女に助言されたから。

読者から届いた手紙やメッセージを読むたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。


『心に刺さりました』

『とても素敵です』


信じられない。私なんかの詩が、誰かの心に届くなんて——。


「……リリー様っ!」


肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。隣でアンが心配そうに私を覗き込んでいた。


「ごめんなさい。少し考え事をしていて……」


授業が終わりアンと2人でお茶会をすることになり、今は庭園に向かっている最中だ。


ちなみに、ミーシャはというと——


「私も行きたいですぅ〜!!」


と叫びながら駄々をこねるのを、先生の元へ引っ張っていった直後だった。

理由は簡単。学期末テストで赤点を取り、補習を受けなければいけないからだ。

薬学の知識は学年でもトップレベルだが苦手なものはとことん苦手なのがミーシャだ。


2人とのテスト勉強の甲斐あって私は学年2位になることが出来た。

 

「リリー様はすごいですわね!セシル様に続いて2位だなんて」

 

「そんなことないわ。アンだって5位じゃない。十分すごいわ」

 

と褒めるとアンは嬉しそうに体をうねらせた。

魔法が使えない分座学で点取らなければ次の学年に上がれないと先生に助言をもらってからより一層勉強に力を入れるようになった。





歩いているとアンがあまり使われていない音楽室を指さして言った。


「まあ、ピアノがありますわ!」


声をあげる。


「私、最近習い始めましたの。ちょっとだけ、弾いてみてもいいですか?」


「もちろん。ぜひ聴かせて」


「ふふ、期待していてくださいね」


•¨•.¸¸♬


鍵盤の上を軽やかに舞う指先。まだ習いたてとは思えないほど、整った旋律が響く。

何よりも、楽しそうに弾いているアンの姿がまぶしくて……思わず言いかけてしまいそうになった。


『私も……』


 

演奏が終わると、自然と拍手がこぼれた。


「とても綺麗な音色だったわ」


「ありがとうございます」


アンは得意げに微笑んで、こちらを見つめる。


「リリー様も、いかがですか?」


「え? 私?」


「ずっと弾きたそうなお顔をしていらっしゃいましたもの。ふふ、隠しきれていませんでしたわよ?」


……見透かされていた。


「……気づかれていたのね。恥ずかしいわ。でも……弾けないわ。昔、ほんの少しだけ習った記憶はあるけれど、それっきりピアノには触れていないの。もう弾き方なんて……」


貴族のたしなみとして昔習っていたが、必要ないと父に言われそれっきり触れていない。

 

「案外、身体は覚えているものですわよ。ほら、座ってみてくださいな」


そう言って、半ば強引に座らされる。

椅子に座わり戸惑いながらも鍵盤に視線を落とす。


♪ ♪♪ •*¨*•.¸¸♬︎


一つ、また一つ。鍵盤に触れていく。

——なのに、指が勝手に動き出した。

 

いつの間にかそれは曲になっていた。

 

まるで引き寄せられるように、旋律が溢れ出す。

頭の中に、存在しないはずの楽譜が浮かび上がってくる。


懐かしい。知らないはずなのに。

何百回、何千回と奏でたことがあるような、そんな音。

まるで、自分のものではない誰かの記憶に触れたような不思議な感覚だった。

 


そしてこの旋律が二人の黒髪の少女へと届くのは、そう遠くない未来のことだった。

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