7歳の時
────10年前────
「今日は、いよいよ魔力測定ね。大丈夫?」
「はい……でも、火は……怖いです」
「お母様と同じ“風”かもしれないわ。心配いらない」
「そうだといいわね」
この世界では、すべての人間が七歳になると、神殿で魔力の性質と量を測る儀式を受ける義務がある。
どんな身分であっても例外はない。
それは、この世界に生きる者としての“通過儀礼”だった。
「リリー嬢、準備はよろしいですかな?」
目の前には、大きな水晶玉が静かに置かれていた。
「この水晶に手をかざしてくだされ。属性と魔力量が判明いたします」
恐る恐る、私は小さな手を水晶に伸ばした。
その瞬間、何かが体から吸い取られるような奇妙な感覚が走る──
そして次の瞬間──
水晶玉が、真っ赤に染まり、甲高い音を立てて爆ぜた。
「……っ!」
破裂音と共に飛び散る光。驚きで目を閉じた私。
だが、目を開けたとき──水晶玉は、粉々に砕け散っていた。
私はそれが普通のことだと思っていた。
でも、周囲の大人たちの動揺した表情が、何か異常が起こったのだと告げていた。
「こんな反応、初めて見ました……」
「まさか……いや、だが……」
「こんなことが……本当に……」
神官たちのざわめきを背に、家族が急ぎ呼び出されて部屋に入ってきた。
父が私を見つめ、神官の言葉を聞くなりこう言った。
「……炎は、まだ怖いか?」
「……はい」
父は短くうなずくだけで、何も言わずに部屋を出ていった。
その背中は、どこか遠く感じた。
神官が静かに告げた。
「属性は“火”。そして────」
──その瞬間、目の前が真っ黒になったのを、今でもはっきりと覚えている。
魔法使いになって、父のように国に貢献したい。
そんな夢を抱いていた七歳の私にとって、
それは“絶望”という言葉しか思い浮かばなかった。
「お嬢様……元気を出してください。きっと、きっと大丈夫です」
「……そうね。きっと」
そう言いながらも、私は心のどこかで気づいていた。
“私は、普通じゃないんだ”と。
あれから一年。
“火”への恐怖は、消えるどころか、ますます心に根を張っていた。
私は引きこもるようになり、社交の場にも出なくなっていた。
そんな中起こってしまった。
私についてくれていたアリサが体調を崩し、一時的に別の使用人がつくことになった。
新しくついたその女性は、明るく、優しい人だった。
距離を縮めようとしてくれたのだと思う。
そして──
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます!」
と、サプライズでケーキを用意してくれた。
笑顔で運ばれたケーキ。
その上に、無数のろうそくが灯っていた。
火──
「い……いやあぁっ!!」
瞬間、恐怖が全身を駆け巡り、思考が白く塗りつぶされた。
次の瞬間、ろうそくの火が暴走し、周囲の空間を焼き尽くした。
部屋は焼け焦げ、近くにいた使用人たちは火傷を負った。
彼女も──例外ではなかった。
右腕に、火傷の痕が残ってしまった。
「大丈夫です。ただのかすり傷ですから」
そう笑ってはくれたけれど、私の顔を見ると、彼女の目はわずかに震えていた。
──その後、彼女は家を去った。
火傷のせいで、良い縁談も断られたと、後で聞かされた。
「誰も……近づかないで!」
「リリー……」
「私……また、誰かを……燃やしてしまう。
いずれ……家族まで……全部を。だから──!」
「おそらく、ご令嬢は感情の制御が極めて困難なのでしょう。
魔力と、“恐怖”という感情……このままでは危険です」
神官が言った。
「……では、封印を?」
母の顔が青ざめる。
「はい。感情と魔力が密接に関わっております。
魔力の暴走を防ぐためには、封印によって一時的に力を抑える他ありません」
8歳の誕生日、私は悟った。
──この力は危険なもの。封じなければいけないものだと。
「……お願いします。二度と、誰かを傷つけたくないのです」
最後まで反対していた母が、そっと私を抱きしめた。
「……必ず、平気になれる日が来るわ。信じてる」
その言葉を胸に、私は儀式の台に立った。
「いずれ恐怖心が消えたらこの封印は解けるようにしておきます。
この力が、いつか誰かを助けるものになりますように」
神官が囁くように祈りの言葉を口にする。
その言葉を最後に、意識が遠のいた。
感情を、支配しろ。己を、抑えろ。支配しろ…
何度も、何度も繰り返される言葉が、頭に響き続ける。
その“呪文”は、今も時折、現れる。
それでも──私はその封印の言葉を受け入れた。
誰かを傷つけないために。
恐怖を隠して、生きていくために。
私は、私自身に“呪い”をかけた。
それが、私の生き方だった。
──今までは、そう思っていた。
でも、今は違う。
私はもう、怯えてはいない。
この力を、己を、受け入れる覚悟ができた。
恐れず、隠さず、逃げず──
“誰かを救うために、この力を使う”




