再会の音
ギターの弦が、静かに空気を震わせた。
一音目はまるで、深い深い森の中で朝陽が差し込んだような温度。
そして、ベースが低く唸りを上げ、ドラムのスティックがリズムを刻む。
最後に、キーボードがそっと色を重ねて──
その瞬間、4つの音が“ひとつ”になった。
誰かが息をのんだ音が、ホールの隅でかすかに聞こえた。
目の前には何百人もの観客。けれど、鈴にはそれがまるで幻のように思えた。
今、自分たちの音が──あのとき止まってしまった音が──再び動き出す。
それだけで胸がいっぱいだった。
ドラムがアクセントを打ち、イントロが終わる。
そして──
鈴の歌声が、空気を震わせる。
強くて、でもどこか泣きそうな音だった。
その背中を支えるように、レオがギターを奏でる。
あの頃と変わらぬフォームで、変わらぬ音で。
サビで4人が目を合わせる。
隼人がドラムのスネアを打ち鳴らし、明里の指が鍵盤の上を駆ける。
そこにあるのは、ただ音だけだった。
だけどその音には、伝えたい気持ちが、届けたい想いが、全部込められていた。
鈴の声はもう、震えていなかった。
レオのギターは迷いを捨てていた。
隼人のリズムは誰よりも力強くて、
明里の音は、まるでそのすべてを包むように優しかった。
ステージが静まり返る。
音が消えたわけじゃない。
“聴いている”のだ。
全員が、音と、彼らの想いを。
最後の和音が鳴り響き、全てが終わった。
一瞬の静寂のあと、ホール全体が歓声に包まれる。
叫ぶ声、拍手、涙すら混じった歓喜の波が押し寄せた。
──再会の音だった。
止まっていた時間が、動き出した音。
会いたかった。伝えたかった。届けたかった。
それが、いま、確かにここにあった。
鈴はマイクを持ったまま、そっと振り返る。
仲間たちが、そこにいた。
怜央が、隼人が、明里が──“Re:note”が、そこにあった。
4人が、静かにうなずき合う。
ステージのライトが、ゆっくりと落ちていく。
まだ、胸の中にその音が残っている。
────────
幕が下りたステージ裏で、鈴と怜央が向かい合う。
「……久しぶり」
「やっと思い出したか。遅せぇよ」
その声に、鈴の胸が熱くなった。
「リリー嬢……今のは一体……?」
国王とセシルが駆け寄ってきた。
彼らは、鈴の演奏に異変を感じ取ったのだろう。
「お主らは……」
国王が怜央たち3人を見て言葉をかけようとしたその瞬間──
地響きが、ホール全体を揺るがした。
「……っ、何事だ?!」
次の瞬間、衛兵が駆け込んでくる。
「緊急事態です! ドラゴンが学園に侵入、暴れています!」
「な……っ、なんだと?!」
国王は即座に指示を飛ばす。
「至急、騎士団を呼べ! 生徒たちの避難を最優先に! 学園長の元へ案内を頼む!」
「リリー嬢、話はあとだ。君たちも避難しなさい」
そう言い残し、国王はホールを後にした。
「ド、ドラゴン……? 急すぎるって!」
「なんでそんなことに……!」
颯太と天音が慌て、莉子が必死になだめている。
「俺たちは行く。冒険者として加勢する。鈴、また後でな」
怜央が言い残し、隼人と明里と共に走り去っていった。
「皆さん、こちらへ! 急いで避難を!」
ホールを出ると混乱しながら到着した騎士団の指示に従い非難している人たちがいた。
「ドラゴンなんかに人間が敵うわけがない……」
「勇者でもいれば……」
絶望に染まった声が、周囲から次々と聞こえてくる。
ホールの外では、人々が騎士団に誘導されて避難を始めていた。
けれど、その足取りは重く、恐怖で動けずにいる者も多かった。
怯え、立ち尽くす人々。
泣き叫ぶ子どもを守るように抱きしめる母親。
剣を抜きながらも震えている若い兵士──
そのすべてが、鈴の目に焼き付いた。
「……私に、できることは……」
震える声が、喉の奥から漏れる。
でも、その手はもう、わずかにも震えていなかった。
──これでいいの?
ただ見ているだけで?
あのステージで、「本当の私」を見つけたばかりなのに。
今、目の前にいる誰かが傷ついて、失われてしまうのを……
また、何もできずに見送るつもり?
違う。そんなの、もう嫌だ──
「私なら……きっと」
心の奥底に、力がある。
ずっと、誰にも気づかれずに閉じ込めていた“何か”が。
それを恐れていた。
知られるのが怖くて、拒まれるのが怖くて、使おうとすらしなかった。
だけど、今は──そんな恐怖に怯えている場合じゃない。
この人たちを守りたい
強く、強く、胸に刻む。
これは勇気じゃない。
選ぶしかないから選ぶ。
守るべきものがあるから、立ち上がる。
誰かのためにじゃない。
“私”が、そうしたいと思ったから。
──たとえ、この力が怖れられても。
──たとえ、この先がどうなろうとも。
──たとえ、もう一度死ぬことになろうとも。
私はもう逃げない
後悔しない
誰かのためじゃなく、自分自身のために。
その瞬間、鈴の瞳に宿った光が変わった。
迷いを捨てた強さが、その小さな背に確かに宿った。
「リリー?! どこに──」
「リリー様、危険です!」
周囲の声が届かないほど、彼女は走り出していた。
もう、後ろは振り返らない。
──この命に、できることを。




