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あと一歩


目が覚めると、私は医務室の白い天井を見上げていた。


「リリー! 目が覚めたかい?」


その声に顔を向けると、ベッドの横にお兄様が座っていた。

心配そうな表情を浮かべて、私の手を握っている。


「おにい……様? 私……は……?」


声がかすれて、自分のものじゃないみたいだった。


「音楽室で倒れていたところを、アリサが見つけたんだ。大丈夫か? 頭痛いとか、気持ち悪くはない?」


私は、ゆっくりと首を横に振った。


「ああ、よかった……。今、アリサを呼んでくるよ」


そう言って部屋を出ていくお兄様の背中を見送りながら、私はもう一度、天井を見つめた。


私は……


目を閉じると、あのメロディーが脳裏によみがえる。


……如月鈴


そう。

私はリリー・アルベールであって、如月鈴でもある。


すべてを思い出した。音楽、仲間、歌、そして──彼のこと。

おそらく記憶のフラッシュバックの影響で気絶してしまったのだろう。

昔から感じていた違和感はこれだったのか。


「なーんだ、そういうこと。」

 

その瞬間、医務室のドアが勢いよく開いた。


「お嬢様!」


真っ青な顔をしたアリサが飛び込んでくる。

手には、さっきまで演奏していた楽譜がある。

ぼんやりとそれを見つめながら、ふと、先ほど自分が呟いた言葉を思い出す。

「この曲の作者に、会ってみたいわ」なんて……

この曲は──私が書いて、怜央が音にしたものだった。


知らずに放った言葉が胸に刺さる。

どうして忘れていたんだろう。

こんなにも想いを込めた旋律を、自分自身で──紡いだはずなのに。


「これ……音楽室に落ちてました。あの時、お嬢様が弾いていた……」




私は静かにそれを受け取り、指で五線譜をそっとなぞる。


「ええ、ありがとう。これ大切なものなの」


言いながら、自分の手が震えているのがわかった。

心がざわついて、涙がこみ上げてくる。


「大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫」


会わなきゃ。みんなに

 

「むしろ、やらなきゃいけないことができたの。アリサ」


「……はい」


「私はもう大丈夫。」


あの曲を……もう一度奏でたい。

もう一度……会いたい。



─────

 

窓の外に、誰かの気配を感じた。

視線を向けると、そこには暗がりの中、じっとこちらを見つめる人影があった。


心臓が跳ねる。


(今日も……来てくれたんだ)


私は静かに窓を開ける。


「こんばんは。」


「珍しいな、ここにいるなんて。探すのに苦労した」


その声に、胸がぎゅっとなる。


(ねぇ……レオ……)


私、ここにいるよ。


「……あのね……」


「ん?」


「怜……」


名前を口にしようとした、その瞬間だった。


 ──バンッ!


扉が勢いよく開いた。


「リリー、大丈夫かい!? さっき、窓の外に人影が見えて……!」


お兄様の声だった。


「おいっ!そこにいるのは誰だっ!」


しまった、見つかった!


「そこの者、何者だ!妹に何をするつもりだ!」


厳しい声が響く。


レオは一瞬だけ私を見て、肩をすくめるように言った。


「やば、今日は帰るわ。またな」


そう小さくつぶやいて軽やかに窓枠を乗り越えた。


「まっ……て!」


私は叫んだ。


でも、その声は届くことなく、レオの姿は闇に紛れて消えていった。


「リリー!大丈夫かい??」

兄様が駆け寄る。

「え、あ、はい。ありがとうございます。お兄様」

 

言えなかった……

どうしよう。もう来てくれないかもしれない。

それに「私が鈴だよ」と言っても信じてくれる保証はどこにもない。

どうすれば私だって証明できるのか……何か方法は……



 

……確か怜央は冒険者をやっていた。

なら、もし依頼という形で呼べたなら……

私の音楽を聴いてくれるかもしれない。歌声、それが何よりも私の証明だ。


「お兄様……お願いがあります」

「なんだい?」


 

 


 

「しばらくは控えた方が良さそうだな。」


呟いた声に、苦い笑いが混じった。

朝日が顔を照らす。

眠たい目を擦りながらこの間のことを思い出す。

 

こんなに用心深くなったのは久しぶりだ。


最後、彼女が何かを言っていた気がする。

でも、あのときは逃げることで精一杯だった。

あの兄貴の怒鳴り声にかき消されて、結局何も聞こえなかった。


(……顔は見られてない。たぶん)


部屋の明かりはつけてなかったし、向こうから見えたのはシルエット程度のはず。

もし顔まで見られてたら、とっくに騎士団が乗り込んできてる。


──まあ、無事に帰ってこれた以上、今はそれでいい。


そう自分に言い聞かせていたとき、ドアがノックもなく開いた。


「レオ、ちょっと見てくれよ。変な依頼が来た」


入ってきたのは隼人だった。

手には見慣れた冒険者ギルドの依頼書。だが、様子が妙だ。


「依頼……?魔法学園で?」


受け取って目を通すと、俺たち三人の名前がしっかりと書かれている。

なのに、肝心の依頼主の名前がない。


「しかも依頼内容が学園祭のステージを見に行くことだけだってさ。変だよな」

「ああ……確かに変な依頼だな」


そう言いながら、どこか引っかかる。


「……ねえ、行ってみようよ」


明里が、顔を覗かせた。


「指名されてるってことは、何か理由があるってことでしょ。普通の依頼じゃないよ」


「まあ、わざわざ俺たちを指名してる……ってのは確かに妙だな」


隼人が唸るように言う。


俺は依頼書をもう一度見つめた。


何かが引っかかる。

あのとき、窓越しに見た彼女の瞳。

伝えたそうにしていた言葉。

名前を呼ぼうとしていた、あの声。


(……まさかな)


頭を振る。考えすぎだ。

でも……。


「──この依頼受けよう」



何もかも、はっきりさせたい。


「確かめたいことがある」


明里と隼人が顔を見合わせる。


これが偶然じゃないのなら──。


いや、たとえ偶然だとしても、俺はもう一度確かめたいんだ。

 

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