文化祭
「……明日だね」
静まり返った音楽室で、鈴がぽつりとつぶやいた。
窓の外では、夕焼けが街をオレンジに染めている。
文化祭は、いよいよ明日。
最後の合わせ練習を終え、明里と隼人が帰ったあと、音楽室には鈴と怜央、ふたりだけが残っていた。
鈴は楽譜に視線を落としたまま、ふと口を開く。
「……うまくいくかな。緊張してきちゃった」
「大丈夫だ」
怜央の声は低くて、変わらず飄々としていた。
「覚えてるか?世界に伝えようって言ったやつ」
「うん。」
「あの頃はただ漠然とその目標があっただけだったけど今は違う。これが成功すればもしかしたら行けるかもしれねえ。世界」
「……うん。そうだね」
鈴は小さく笑って、譜面から顔を上げる。
「ここまで来られたの、怜央のおかげだよ。……ほんとに、ありがとう」
怜央は少し目を細めたようだったが、それを隠すように首を傾げる。
「急にどうした。……らしくないぞ」
「ふふっ、たまには言わせてよ」
鈴は冗談めかして笑うと、まっすぐに彼を見た。
「これまでの“ありがとう”と、これからの“よろしく”を込めて、ね」
しばしの沈黙。
怜央はふっと息を吐くと、窓の外の夕空を見上げてつぶやいた。
「……しょうがねえな。最後まで、付き合ってやるよ」
その言葉は、いつもの調子のはずなのに、
なぜか鈴の胸に、そっと火を灯した
翌日、体育館のステージ裏。
本番を目前にした4人が、互いの顔を見合わせる。
「みんな、きっと大丈夫! 今日ここが、私たちの始まりだよ!」
『おっー!!』
アナウンスが会場に響く。
「続いては、今日が初公演。バンド――Re:note !!」
観客席の最前列では、鈴の両親が娘の登場をいまかいまかと待っていた。
その隣、ビデオカメラを構えた怜央の母。父は、どこか険しい表情のまま体育館の入口に立っている。
あかりの母は、まだ演奏が始まってもいないのに、手にしたハンカチを固く握っていた。
そして隼人のかつてのチームメイトたちも、無言で静かにステージを見つめている。
鈴がマイクの前に立つ。
キーボードの前に明里、ベースを構えた怜央、そしてドラムセットの椅子に隼人がゆっくり座った。
体育館が静まり返る。
鈴が深呼吸をひとつして、ゆっくりと目を開けた。
「……こんにちは、私たちはRe:noteです。
今日は、皆さんに私たちの音を届けたくてここに立ちました。
もし少しでも心に響くものがあれば、嬉しいです。
それでは、聴いてください――『この音が君に届いたら』」
静寂を破ったのは、ドラムの心震えるような音。
続いてベースが寄り添い、キーボードがやさしくリズムを刻む。
鈴の歌が重なった瞬間、会場の空気がふわりと変わった。
曲の内容は今ここにいることの奇跡を歌詞に、音にした。
出会えた奇跡、いずれ訪れるであろう別れ、けれど私たちは永遠に繋がっている。
体育館の照明が、4人を照らす。
彼らの音が、鈴の歌が、体育館中に響きわたる。
それぞれの心の奥に、沈んでいた何かが――
音によって、少しずつ解きほぐされていく。
演奏が終わると同時に、少しの間だけ、会場が静かになった。
その後、一人、また一人と拍手が生まれ、それはやがて大きな波になって体育館を包み込んだ。
怜央が、鈴を見て小さく頷く。
あかりが涙をこらえて笑い、隼人は口元をほころばせた。
鈴は、少しだけ震える声で言った。
「……ありがとうございました!ここが私たちの始まりです!どうかこれからも応援よろしくお願いします!」
──そして、もう一度拍手が鳴り響いた。
この音は、きっと、終わりじゃない。
ここから、何かが始まっていく。
それぞれが失ったものを、音が繋ぎ、希望へと変えていく。
あの日、あの出会いがなければ――今、私はここにいなかった。
今日という日は、まぎれもなく、人生を変えるそんな“音”だった。




